74話 ランクアップ
郁人達に声をかけたのは
ローダンだった。
「ちょっと話そうや。
ギルドの中でいいからよ」
とローダンに言われ、
ジャルダンで話している。
ポンドは憲兵に再び呼ばれ、
この場にいない。
「チェリーくんも
大したもんじゃねーかあ。
あの野郎を瞬殺とは」
「で、話ってなんだよ?
ローダン」
怪しむ郁人にローダンは
まあまあと声をかける。
「そう急かすなよ。
まずは"ランクアップ"
したほうがいいぜえ」
「ランクアップ?」
聞き慣れない単語に首を傾げると
ジークスが口を開く。
「ギルドメンバーにランク、級があるのは
知っているだろう?」
「うん」
郁人が頷いたのを確認すると、
ジークスは説明する。
「それぞれランクは
最高ランクのSから
1番下のEまで存在する。
そして、依頼も難易度に沿って
ランクが設定されているんだ」
「成る程な。
たしか、ジークスはランクB。
B級だっけ?」
「あぁ、そうだ」
「ちなみに俺もBだ」
ローダンは親指で自身を指す。
「Aになると国やお偉いさんを
相手するのが多くてな」
Aになるには、実力以外に
ギルドからの推薦も必要になると
ローダンは語る。
「実力の他に色々と調べられちまうから
面倒でBに留まる奴は多い。
そこのチェリーくんの番犬くんとかなあ」
ジークスを横目でローダンは見た。
「お前がランクアップしねーのは、
なんでだ?って色々と噂が飛んでるぜ」
「色々って?」
「実はもう既に他のギルドでの
S級だからとかあるが、1番笑えるのは
アレだな!
実は王子で、バレたらやべーから
隠してるとかよ!」
王子なんて有り得ねーだろ!
と、ローダンはギャハハと笑った。
〔実はそれが正解なのよね……〕
("事実は小説より奇なり"
ってやつだな)
郁人は頬をかいた。
「今なら上がってもいいんじゃねーか?」
万能クリスタルくんを2つ持ってきて、
机に置いたフェランドラが尋ねた。
「お前ならお偉いさんと
衝突しないで済みそうだしな。
……内情はオレや親父も理解してるしよ」
最後は聞こえないように小声で伝えながら
ランクアップを促した。
しかし、ジークスは首を横に振る。
「いや、遠慮しておこう。
SやAは長丁場の依頼が多いと聞く。
彼の側にいれないのは困る」
ジークスははっきり誘いを
断った。
〔……英雄らしい回答ね。
あんたがなにより最優先な
ところが〕
ライコは思わず苦笑した。
「こりゃ、もやしがAかSにならねーと
無理だな。
……誰もが憧れるランクなんだがよ」
ジークスの意思がテコでも
動かせるものではないと
悟ったフェランドラは
ため息を吐いた。
「ほれ。
もやし以外の2人も手を当てろ」
「紙が飛び散るんじゃないか?」
大量の紙が宙を舞っている様子を
先程見た郁人は尋ねた。
「かなり討伐しまくる奴用に
設定したから大丈夫だ」
問題無いと笑い、フェランドラが
指示する。
「さあ、手を当てな。
ジークスは最近してなかったし、
チイトは初だからな。
どんだけ出るか期待してるぜ」
フェランドラに言われ、
ジークスは言われた通りに、
チイトは面倒そうにしながら、
手を置いた。
「眩しっ?!」
目が眩む程に光りだすと
2冊のファイルが出てきた。
〔随分、どっしりしたファイルね〕
(六法全書くらいあるんじゃないか……)
ライコと郁人が分厚さに驚くなか、
フェランドラが目を見開く。
「お前ら狩りすぎだろっ?!
これだけの数、迷宮じゃなきゃ
狩りすぎだってクレーム来るぞっ!」
ファイルの中をパラパラと
目を通しながら声をあげた。
「特にチイト!!
お前、ギルドに来るまでの
狩った魔物が表記されてるが
えげつねえな?!
ヒュドラやクラーケンって
超危険Sランクだぞ!!」
「マジかよ!?」
ローダンもヒュドラやクラーケンの
名前にファイルを覗き込んだ後、
チイトを凝視した。
「向かってきたから狩っただけだ」
しかし、チイトの瞳に感情はなく、
興味が皆無だ。
「さすが"歩く災厄"……」
「ジークスもだが……
お前もAどころかSも余裕だな……。
けど、苛立って国を壊されたら
堪ったもんじゃねーからなあ……」
皆無な態度にローダンは感心し、
フェランドラはため息を吐く。
「いや、チイトは自主的にはしないぞ」
郁人はチイトについて説明する。
「チイトは基本周りに興味ないから、
自身にかかる火の粉は振り払うが、
それ以外はなにもしない」
だから、自主的にはしないと
郁人は断言した。
「パパの言う通りだ。
俺は自分から行動するとしたら
パパの事だけだ。
それ以外はどうでもいい」
チイトは郁人の自身に対する理解に
嬉しそうに抱きつく。
「流石パパだね!俺の事わかってる!!」
「……そうなのか。
では、ヒュドラなどは……」
「パパ探しの邪魔をしたから
狩っただけだ」
「じゃあよお、国を滅ぼしたのは……」
「パパの悪口を言ったからだ」
ジークスとローダンの問いに
チイトは淡々と返答した。
〔じゃあ、次はこちらが
滅ぼされるかもしれないと、
国々がこいつを倒すべきだと
強行手段に出なかったのは
得策と言うわけね〕
(そんな案が出てたのか?!)
とんでもない案に郁人は息を止める。
〔えぇ。
血気盛んな国からはね。
でも、簡単に滅ぼされるのは
明確だから今の"触らぬ神に祟りなし"
的な案にしたみたいよ〕
(よかった……
本当によかった……!)
強行手段にならなかった事に
筋肉を緩ませる郁人。
「じゃあ、一応聞くがお前は
AやSになる気あるか?」
答えはわかりきってるがと
頭をかきながらフェランドラは
質問する。
「無い。
あと、パパは上限Bまでだ。
パパを利用しようとする奴が
いないとは限らないからな」
「それは俺も同意だ。
彼を危険に巻き込みたくない」
チイトとジークスは理由を述べた。
〔Bまではあたしも同意だわ。
猫被りの言うように、あんたを
利用しようとする奴等が出ないとは
限らないし、例のスキルもあるもの〕
「……そうだな。
俺もなによりB以上は……
ちょっと……な……」
郁人も3人の意見に同意した。
「そうか。
オレも、もやしはBまでが
限界だと思ってたからな」
こいつの体力的に無理だと告げる。
「あと、お前を利用しようとして、
こいつらにぶちのめされるのが
目に見えてる。
特にこいつなんて、下手すりゃ
一族郎党皆殺しだろ?」
「あぁ。皆殺しだ」
フェランドラが指差し、
当然だとチイトは頷く。
「まあ、Bでも仕事は多いし
生活に困る事はない。
ローダンみてーにしなければな」
「それなら問題ないな」
ローダンの生活を振り返り、
郁人は確信する。
「俺みてーに過ごすのは
楽しいのによお~。
で、Bの話をしたってことは……」
「あぁ。
もやしとチイトは手をもう1度当ててくれ」
「わかった」
「面倒だな」
郁人は頷き、チイトは面倒そうに
しながらも手を置いた。
水晶は光り、Bの文字が浮かび上がると
光は収束していく。
「いきなりEからBは稀なんだがな。
あれだけ狩られてDやCは有り得ねーから
今回は特例だ」
滅多に無いんだぜとフェランドラは
ニヤリと笑う。
「なによりクリスタルくんが
そう判定したから間違いなくBだ」
「て、ことは指命依頼も来るわけだ」
「指命?」
首を傾げる郁人にローダンは説明する。
「指命依頼はBから来るんだよ。
内容は色々とあるし、どれを選ぶかは
そいつの自由って訳だあ」
「そうなのか。
ジークスやフェランドラもあるのか?」
「俺は討伐系だ」
「オレは討伐や護衛が多いな」
ローダンの説明を聞き、
ジークスやフェランドラが答えた。
「そして、俺は指命依頼を
受けている最中だ」
「そうなのか?!」
「オレも初耳だが……」
どんな依頼だとフェランドラは
怪しむ。
「個人的な依頼だからな。
内容は……
"チェリーくんを夜の国に連れてこい"
ってな!」
「はあ?!」
ローダンの口から出た言葉に
郁人は目を丸くする。
「さて、行こうぜ!
綺麗なねーちゃんのいるパラダイスへ!」
「ちょっと待て」
呆然とする郁人と肩を組み、
ローダンは連れていこうとするが
フェランドラが阻止する。
「マジで初耳な依頼だが……
正式なものか?」
「後で申請するって言ってたしな。
今出たくらいじゃねーか?」
「待てよ……マジだ。
指命依頼がローダンにありやがる。
内容もそのままだ」
フェランドラが急いで万能クリスタルくんで
調べると確かにあった。
「そんな場所に連れていくなど
反対だ」
パパに悪影響だと
チイトは目を吊り上げた。
ジークスも反対だと告げる。
「彼を連れて行かせない。
彼に悪影響だ」
「お前らは過保護過ぎだな。
特にジークス、お前だ」
ローダンは困ったもんだと
わざとらしく息を吐く。
「チェリーくんだって男なんだぜ?
1度は大人の世界を楽しまねーと
つまらない人生を過ごしてポックリ
この世とおさらばだ」
可哀想によおとローダンは涙を拭う
仕草を見せる。
「それを知らないから
つまらないとは限らない。
彼には彼の人生がある。
そしてそれはイクトにとって
間違いなく悪影響だ」
絶対に行かせないと
ジークスは告げる。
「そう断じるのは良くないぜ。
それはお前の価値観で、こいつが
決めたことじゃねーだろ?
1度も見せもせずに悪影響と
断じるのはどうかと思うがなあ?」
バチバチと火花を散らしあう
ジークスとローダン。
〔こいつらの会話……
教育方針でぶつかる親みたいね〕
(それだと俺が子供じゃないか……)
〔そりゃあんた子供でしょ。
もしくは……姫?〕
(姫はやめてくれ。頼むから……!!)
ライコの言葉に項垂れてしまう。
「その依頼の報酬はなんだ?」
「なんと借金チャラだっ!」
チイトが聞くと、ローダンは即答した。
「お前を連れてけば
今までの借金全てチャラだぞ!
チャラになればまたあのねーちゃん達の
パラダイスに行ける!!」
ー「絶対に行かない」
依頼の報酬を聞き、郁人は断言した。
「なんでだよお?!
俺様の今後のパラダイスの為に
来てくれよおおお!!
あの人達にどんな目に遭うか……!!
恐ろしいんだぞ、あの人達!!」
郁人にローダンは顔を青ざめながら
泣きつく。
「お前は1度痛い目に遭ったほうがいい。
むしろ遭え」
「痛い目って、何度も
刺されかけたんだぜ俺!」
「お前が遊びまくってあちこちで
恨みを買っただけだろ!」
自業自得だと郁人は告げた。
「たしかに、自業自得だ」
「借金は働いてとっとと返せ。
女関係も清算しやがれ」
「今がいい機会だ」
チイトやフェランドラ、ジークスも
ローダンの味方ではない。
〔そうね。
こいつの更正にはいい機会よ〕
ライコも同意し、まさに四面楚歌だ。
「お前ら俺が悲惨な目に
遭ってもいいのかよお!!
……あっ!あれがあった!!」
ローダンは思い出したのか
ポケットを漁り、何かを取り出した。
「これをチェリーに渡すように
言われてたんだ!」
「綺麗な紙だな」
「これ……ポチ袋か?!」
ジークスが感心し、郁人は見たことある
袋に驚いてしまう。
蝶が飛んでいる様子が描かれた
紙の手触りは和紙そのもの。
裏には封が1度も開かれていない証拠に
印が捺されている。
和紙からはかすかに、甘くふくよかな
神秘さを感じさせる匂いがした。
「この匂い……どこかで……」
「ほれ、いいから開けろって」
記憶の引き出しを開けながら
ローダンに促されて袋を開封した。
「……これはっ?!」
中身に郁人の体はうずいた。




