73話 提案した理由
あまりの実力差に固まってしまう
ギャラリー。
「……一体、何が起こったんだ?!」
「一瞬で倒されちまった……」
「あの黒鎧、強過ぎだろ!!」
「ってことは、あのガキも……?!」
そして、ポンドの強さにざわつく。
(動きが全然見えなかった……!?)
〔一瞬で倒したの?!
速すぎてわからないわよ!!〕
ポンドの速さに口をポカンと開け、
郁人はポンドを見つめる。
「パパ。
あいつがアレ程度に時間かかる訳ないよ」
「彼の実力であの者に負ける訳が
ないからな」
チイトとジークスは当然の結果だと
告げた。
「この方は念のため医師に
診てもらいましょう」
倒れた男を運ぼうと、ポンドは
持ち上げようとした。
「…………」
が、ナイフに目が留まる。
ナイフは普通のナイフに比べれば、
1回り程大きなものだ。
だが、それしか気になる点はない。
「これは……」
しかし、ポンドはナイフを手に取り
じっと見つめたあと、ある事に気づく。
「フェランドラ殿でしたな。
至急、憲兵を呼ばれたほうが
よろしいかと」
後方にいるフェランドラに伝えた。
「なんでだよ?」
不思議そうなフェランドラは
ポンドに近づく。
「フェランドラ殿!
あまり近づいてはなりません!」
それを、制止したポンドは
理由を述べる。
「このナイフですが……
薄めてあるようですが厄介な毒が
塗られております。
鼻が効く方は近づくだけで危険です」
「毒?!」
声をあげるフェランドラに
毒について語る。
「はい。
ナイフが不自然に紫がかったものに
変色しております。
そして、ほのかに香るこの独特な
甘い香り……
間違いなく"ヒュドラ"のものです」
断言したポンドに、
フェランドラは顔を青ざめ、
後ろに下がる。
「マジかよ?!
嘘じゃねーだろうな!!」
「嘘ではありません。
証拠があるとするならば……
失礼」
ポンドが倒れた男の鞄を漁る。
「やはり」
鞄からナイフの鞘を取り出した。
鞘は酷く黒ずんでおり、
所々、紫の斑点が出ている。
「ヒュドラの毒をナイフ等に
染み込ませれば、仕舞っている鞘が
黒ずみ、紫の斑点が出ますからな」
「……ガチじゃねーか!!」
フェランドラは声をあげた。
「ヒュドラの毒を従魔に使う、
しかもそれを塗るなんて犯罪だぞっ!!」
こんな街中で使うかよ!
と鼻を片手で覆ったフェランドラは
更に離れて集まったギャラリーに叫ぶ。
「おい!
今すぐ憲兵呼んでこい!
鼻良い奴はガチで近づくんじゃねー!」
「わっ、わかった!!」
「ヒュドラの毒だ!!
風下に居る奴はすぐに屋内に入れ!!」
「憲兵を呼んでくる!!」
ギャラリーもヒュドラの名に騒然とし、
すぐさま行動する。
(ヒュドラって……
たしかチイトがう巻きを作るときに
鰻の代用に使った魔物だよな)
郁人は思い出し、疑問を口にする。
「ヒュドラの毒って違法なのか?」
〔そう……〕
「そうだよ、パパ」
説明しようとしたライコを
チイトが遮る。
「ヒュドラの毒は少しでも触れれば
毒の耐性無い奴は死んじゃうんだ。
臭いだけでも、鼻の粘膜が爛れたり
喉が火傷したみたいに熱くなる」
耐性が無い奴は悲惨なことになると
チイトは告げる。
「しかも、少しでも触れたら
耐性あっても、麻痺は残るから
人や従魔に使うことは法律で
禁止されているんだって。
あと、迷宮以外で使うのも犯罪だよ」
「それだけヤバいものなら
禁止されて当然だな。
ポンドは大丈夫なのか?!」
慌てる郁人をチイトが宥める。
「大丈夫だよ。
あいつピンピンしてるし」
「彼は耐性があるようだ。
無ければ、あのように
立っていられないからな」
ジークスも太鼓判を捺した。
〔ちょっと!
あんた人が説明をしようと……!!〕
「それよりパパ」
ライコの言葉を、またチイトが遮る。
「あいつ、前より動きが良くなってるの
気づいた?」
「そうなのか?」
気付かなかったと驚く郁人に
チイトは説明する。
「うん。
あのヴィーメランスの犬と
戦ったときより断然良くなってる」
「それは俺も感じていた。
戦っていく内に彼が勘を取り戻している
ような気がした」
チイトの発言にジークスも同意した。
〔人の話を遮るなああああああ!!〕
叱るライコにチイトは眉をしかめる。
<五月蝿い。
きゃんきゃんと吠えるな。
迷惑だろ>
〔あんたに言われたくないわよ!〕
チイトとライコの声が脳内に
響き渡っていると
「お2人の言う通りですな」
憲兵が来たので、ナイフを渡したポンドが
郁人達の元へ戻ってきた。
「ポンドお疲れ様!
言う通りってことは、
やっぱり前と違うのか?」
尋ねられたポンドは頷く。
「はい。
だんだんマスターの魔力が
体に馴染んでいますからな。
それゆえ、動きも以前に
戻りつつあるのでしょう」
「以前って……
記憶を思い出したのか?!」
目を丸くする郁人に、ポンドは
否定する。
「思い出した訳ではありません。
ですが、感覚的にそう感じたと
言いますか……。
ですが、このままいけば最盛期……
いえ、それ以上になる気がしますな」
ポンドはハハハと笑う。
〔こいつ……
護衛騎士と戦ってた時も強かったのに、
まだまだ強くなるとか……
どれだけ強いのよ?!
こんな強い奴がなんで試しの迷宮に
いたのよ!?〕
驚くライコに郁人は同意する。
(そうだよな……
いるとしたら、最難関の迷宮に
いそうなのに)
疑問符を浮かべていると、
肩に衝撃を感じ、同時に声をかけられる。
「もやし!
こいつ超強いじゃねーか!
お前もやったな!」
「おわっ?!」
フェランドラが郁人の肩をもう1度
バシンと叩く。
「従魔は契約者の魔力や質によって、
強さがかなり変わる!
いくら魔物が強くても、契約者の
魔力や質が悪かったら
弱体化したりするからな!
やるじゃねえか!もやしっ!」
よくやったと更に肩を勢いよく叩くと
ポンドを見る。
「お前もマジで強いな!
名前は?」
「私はポンドと申します」
騎士のような綺麗な1礼をする。
「受付に咲く麗しき華。
試合の合図や、準備をしてくださり
心から感謝を」
「別に構わねえよ!
こういった事は日常茶飯事だからな!」
フェランドラは頭をかきながら
尋ねる。
「それにしても、華やら綺麗な礼とか
キザだなお前。
どこでもやしと契約したんだ?」
「一方的に契約したのは
試しの迷宮ですな。
正式にはドラケネス王国ですが」
「試しの迷宮って……まさか!!
あのもやしを助けた奴なのかお前!?」
声を上げポンドを指差す。
「はい。
その通りでございますな」
「なんでお前みたいな奴が
あの迷宮にいるんだよ?!
あれは初心者クラスだぞ!」
郁人とライコの疑問を
フェランドラがぶつけた。
「これは私の推測ですが……」
ポンドは顎に手を当て、
考えを述べる。
「あの迷宮は入った者の
実力を計る迷宮。
ですので、従魔となると
その者に合う魔物を会わせる
のではないでしょうか?」
「……そういったものなのか?」
フェランドラは腕を組み、
首を傾げる。
「一方的に契約出来る魔物なんて
滅多にいねーから、前例が
無かっただけ……か……?
だとしてもな……」
ポンドの推測に頭をひねる
フェランドラだが、1点を見つめて
固まる。
「なんだそいつ?」
指差す先にはユーがいた。
騒ぎに起きたユーは胸ポケットから
起きて欠伸をした後、郁人の肩に
移動する。
「この子はユーって言うんだ。
チイトがくれたんだ。
可愛いだろ?」
フェランドラに見せようと、
手にユーを移動させ顔前に出す。
「ユー、この人はフェランドラ。
俺の友達で、よく世話になってるんだ」
頭を下げてユーはフェランドラを
見つめる。
「可愛いって言われたら可愛いが……
なんだか……こいつ……
色んな匂いが混ざってるしよ」
鼻をすんすんとさせて、
ユーの匂いを嗅ぎとる。
「どんな生き物なんだこいつ?
強いのか?」
「どのような生き物かは
わかりませんがお強いですよ。
ユー殿でも先程の者程度でしたら
瞬殺でしょうな」
ポンドの言葉にユーは胸(?)を張る。
「そうなのか。
良かったなもやし!
これで大分マシになるんじゃねーか?
てかポンド……
お前それが目的だっただろ!」
フェランドラが肩を更に勢いよく叩き、
ポンドを見た。
(目的ってなんだ?)
話についていけていない郁人の
頭上に疑問符が浮かぶ。
チイトが郁人に説明する。
「あのねパパ。
こいつがアレを相手したのは
わざとなんだよ」
「わざと?」
目をぱちくりさせる郁人に
理由を告げる。
「パパがいじめられたり、
さっきみたいないちゃもんを
つけられないようにね」
「先程の試合を見て君にいじめや、
難癖をつける者は格段に減るだろう。
君を相手するなら間違いなく、
彼が出るからな」
ジークスも説明に付け足した。
納得した郁人はポンドに
感謝する。
「そうだったのか……!
ありがとな、ポンド!
今日の夕食はサービスするからな!」
「マスターに仕える者として
当然のことをしたまでですので、
お気になさらず」
騎士のような1礼をしたあと、
ポンドは頬をかく。
「ですが……
もし、よかったらマヨネーズ多めを
希望します」
ポンドは少し照れながら告げた。
「任せろ!」
その言葉に郁人は笑顔で答えた。
「……お前?!
少しだが表情動いたじゃねーか!!」
表情を見たフェランドラは
郁人の顔を掴む。
「ヴィーメランスの鱗を
飲んだおかげだな」
「……聞いた時に言おうと思ったが、
ほいほい口に入れるなよ。
少しは疑えよなっ!」
「ひょうひわれてもにゃ……」
両頬をフェランドラに引っ張られた
郁人は抗議しようも出来ない。
「ったく、お前はまた
とんでもないもの口に
入れそうで怖いんだよなあ」
「拾い食いしたみたいな
言われようなんだが……」
解放され、反論しようとした矢先……
「おっ!
久しぶりじゃねぇーかあ!
チェリーくんよお!」
後ろから、聞き覚えのある声が
聞こえた。




