69話 店の改造
頬をつつかれる感覚に
郁人は目を覚ます。
「…………あれ?」
視界には顔を覗き込むユーと、
宝石の輝きを詰めこんだ
シャンデリアが飛び込んできた。
「………えっと」
あまりの眩さに目を細めながら
体を起こし、周囲を見渡す。
大きな窓から光が差し込み、
高貴なカーテンが窓を彩るどころか
むしろ主役だ。
ベットも柔らかく、このまま体が
沈んでしまいそうである。
まさに"豪華絢爛"の言葉が
ふさわしい部屋だ。
ユーがどうしたといった様子で
頬を1舐めした。
「部屋が変わってたからさ。
おはよう、ユー」
郁人はユーを撫でて抱える。
(この部屋……)
まるで王族の部屋の様子に、
既視感を覚える。
「ヴィーメランスが用意した
部屋に似てる……」
〔そりゃそうよ。
あいつが配置したんだから〕
起きたのね、とライコは声をかけた。
〔あんた大丈夫?
胸に埋もれて窒息したみたいだけど〕
(大丈夫、問題ない。
母さんは?)
部屋を見渡したあと、尋ねる郁人に
ライコは答える。
〔女将さんなら猫被りと軍人から
説明を受けてるわ。
あいつらが色々と改造したから〕
(改造?)
首を傾げる郁人の耳にノックの音が
届く。
「失礼します」
そして、ポンドとジークスが入ってきた。
「起きられたのですな、マスター」
「大丈夫かイクト?調子はどうだ?」
「大丈夫」
心配するジークスに郁人は告げた。
「マスターが大丈夫そうで安心しました。
ですが……」
「どうかしたか?」
顔を俯かせるポンドに
郁人は尋ねた。
「私は……私はマスターが羨ましいっ!!」
ポンドは勢いよく顔を上げて
力説する。
「あのような目眩がする程麗しい女性の
豊満な胸に埋もれて窒息とは……!
もう1度言いましょう!!
私はマスターがとっても羨ましい……!!」
拳を握りしめながら訴えたポンドを
ジークスは無視する。
「イクト。
ここの変化の説明が終わったあと
女将さんに顔を見せたほうがいい。
2人に連れられるまで君のそばで
涙ぐんでいたからな」
「わかった」
「無視ですかな?!
お2人は何も思わないので?!」
心の底からの声を無視しながら
話を続ける2人にポンドは抗議した。
「母さんに抱き締められただけだぞ?
俺は説明のほうが気になる」
「俺もあまり」
親に抱き締められただけだと
首を傾げる郁人にジークスも頷く。
「……マスターはわかりましたが、
ジークス殿はお若いのですから、
もう少し興味を……」
「イクト以外に興味を持てるものが
無いからな」
「……他にも興味持って欲しいなあ」
「………ジークス殿は竜人でしたな」
断言したジークスに郁人は頬をかき、
ポンドはそうでしたと納得する。
「では、君の部屋の変化について
話そう」
ジークスは近くにあった椅子を
持ってきて、腰掛けながら話し出す。
「君の部屋の改造は客将の彼が行った。
以前の内装が気に食わなかったらしい」
以前の部屋を見て愕然としていた
と話す。
「"聞き及んでいたが、やはり父上が
住まわれる部屋にふさわしくない……!!"
と発狂しかけ、いやしていたな……。
そんな様子で改造し、この様になった」
部屋を見渡したポンドも説明に加わる。
「この部屋のものは全て王族でも
御目にかかれない代物ばかり。
ヴィーメランス殿のマスターへの
想いがひしひしと伝わりますな」
「そうか……」
〔あいつはあんたを最上位に認識してるから
余程気に食わなかったのね〕
ヴィーメランスの自身に対する態度を思い、
発狂の様子が容易に頭に浮かぶ。
「そして
"この建物は一時的にだが父上の
住まわれる場!
故に徹底的に防御する必要があり、
安心かつ快適に暮らせる必要がある!"
と災厄と共に店全体も改造しだしたんだ」
説明したジークスは尋ねる。
「ところで、一時的とはどういう?」
「それはドラケネス王国に暮らさないか
提案されたからだな。
他にも変わっているのか?」
ジークスの疑問に答えながら
問いかけた。
「そうだったのか……
彼なら提案しそうだ」
ヴィーメランスの郁人への態度を
思い出し、頷く。
「他の変わりようは見た方が早いな。
見に行こう」
「わかった」
立ち上がろうとする郁人を
ポンドは心配する。
「マスター。
もう歩いても大丈夫なのですかな?」
「大丈夫。
何回もあったし、怪我したり
病気なわけじゃないから」
ベットから降りた郁人は絨毯の
柔らかさに既視感を覚える。
「……これ」
しゃがんで触れ、塔内にあった絨毯と
と同じだと確信する。
「絨毯も塔内と同じやつだ!
あっ!靴箱もある!」
扉の横に設置された靴箱に
郁人は目を輝かせた。
「君の部屋に入る際は靴を脱げと
言われていたが、踏んで納得した。
靴のままでは勿体無い程の肌触りだ。
君も気に入っているようだからな」
「私も踏んで驚きました」
郁人のテンションの上がりようを
微笑ましそうに見つめながら、
靴を履く2人。
ユーは早く行こうと
袖を引っ張り郁人を急かす。
「わかった。急ぐからな」
急かされながら靴を履き、
扉を開けた。
「……俺の部屋って屋根裏だったよな?」
あまりの違いに郁人は目をこする。
屋根裏と下の階を繋ぐ階段のみが
存在していたのだが、
高級ホテルのラウンジになっていた。
ソファやテーブル、場を彩る絵画や
生け花なども存在している。
「屋根裏は君の部屋の1部と
認識したらしく、災厄の魔法で
空間を歪めてスペースを確保したそうだ」
「他の場所はこのように
豪華ではありませんよ。
マスターの場所だけですな。
掃除なども魔法により自動でする為、
必要無いそうです」
〔ここだけでも国家予算を
余裕で越えるわよ。
あんた……本当に想われてるわね〕
(……想いに押し潰されそうだな)
2人の自身への想いを
郁人は痛感した。
「では、下に行こう」
ジークスは壁のボタンを押すと、
壁の横にある扉が開き別の空間が
出てくる。
「これってエレベーター?!」
見慣れた物の出現に足早に駆け付ける。
「チイト殿がマスターの体に
負荷をかけるのはと設置されました。
認証された者以外は使えないらしく、
これで店がある1番下まで
降りれるそうです」
ポンドは見たときのことを語る。
「いや~
初めて見た時は顎がはずれるかと
思いましたな!」
〔あいつらファンタジーに
ハイテク持ち込んだわね……〕
(それは今更だと思うぞ)
チイトが用意したYパッドや指輪のことを
思うと今更感がある。
「このようなものがあるとは、
初めて知ったが便利なものだ」
ジークスは1階ボタンを押し、
下に降りる。
機械的な音が鳴り、扉が開いた。
「あっ!起きたんだね!
おはようイクトくん!」
そこにはヘルメットをかぶり、
図面を持ったサネリアがいた。
店内には手の平サイズの者達がおり、
家具などを運んでいる。
「そのテーブルは窓際にお願い!
イクトくん体調はどう?」
「体調は大丈夫だけど。
その、何してるんだ?」
状況がわからない郁人は
サイネリアに尋ねた。
「見ての通り!現場の指揮だよ!
内装をヴィーくんに任されたからね!
完璧にこなしてみせるよ!
あっ!水道が出来たのかな?」
小人に先導されるサイネリアの
瞳はやる気に満ち溢れている。
「彼が指揮をとり、渡された図面通りに
店を改造していくそうだ」
「成る程……」
ジークスが郁人に説明した。
〔本格的に改造していくみたいね。
それにしても、女将さん大丈夫かしら?
あの2人と一緒なんて……〕
(大丈夫。
チイト達は母さんに危害を加えないから)
〔たしかにそうね。
するならとっくにしてるわ〕
(いや、チイト達は俺の家族に
危害を加えないって意味なんだけど……)
ライコが別の理由で納得したことに
郁人は苦笑する。
「彼らは本当に働き者だな。
流石というべきか」
ジークスは小人を眺めながら呟く。
「あの小人達を知ってるのか?」
「あぁ。
彼らは妖精族の"ノーム"。
働き者として有名だ。
しかし……妖精族が外に、
妖精郷から出て来るとは意外だな」
〔ノームといった妖精族のほとんどは
妖精郷から出る事はないのに……〕
ジークスとライコが不思議に思い、
呟く。
(滅多に出て来ないのか?)
〔そうよ。
良くない連中に狙われるから。
変装もしないでなんて尚更〕
珍しいわとライコは告げた。
(なんで狙われるんだ?)
〔妖精族が珍しい種族だからよ〕
疑問符を飛ばす郁人にライコは説明する。
〔妖精族は唯一生まれながら
魔力回路、刻印を宿しているの。
刻印はかなり上質なもので、
妖精の王族級になれば存在自体が
刻印レベル。
魔法をあの猫被り並に使えるわ〕
魔道具や刻印も無しで使える猫被りは
規格外中の規格外だけどと告げた。
〔だから、良くない連中が
刻印を自分のものにしようとするの。
以前、妖精を捕まえて刻印を抉り、
自分のものにした奴もいたわ〕
(………それは怖いな)
ライコの説明に顔から血の気がひく。
そこにポンドから声がかかる。
「あの、マスター」
「どうしたポンド?」
「ユー殿なんですが……」
ポンドの視線を辿ると、妖精達に
恭しくお辞儀されているユーがいた。
席を用意され、ドリンクや食事の
用意など至れり尽くせりだ。
「ユー殿は一体何者でしょうか?
妖精族は滅多にあのような態度を
示さないのですが……」
「俺にもさっぱりだ……」
郁人は首を傾げた。
ーーーーーーーーーー
木陰亭の1室にはチイト、ヴィーメランス、
そしてライラックがいた。
テーブルを囲み、机の上の図面を見ている。
「これが今の木陰亭だ。
忘れたらその部分に触れるといい。
説明が出るようになっている」
「あら、本当に便利ね」
ライラックは試しに触れると、
説明が出てくることに感心した。
そして、2人に尋ねる。
「それで、本題は何かしら?」
ライラックはそう思った理由を話す。
「説明だけならイクトちゃんが
いてもいいわよね?
私だけにした理由があるのでしょ?」
「……察しが早くて助かるな」
「父上に気付かせなかっただけある」
ヴィーメランスは紅茶を嗜んだ後
ライラックを見る。
ー 「放火の件、父上が関わっているな?」
その言葉にライラックは眉を寄せ、
頷く。
「えぇ。
犯人を捕まえて引き渡す前に
直接聞いたから間違いないわ。
でも、あまりにおかしいのよ……」
当時を思い出しながらライラックは話す。
「イクトちゃんが私に近いから
嫉妬してと言ってたけど……
私と初対面で、1回も客として来た事が
無いのによ」
嫉妬なんて有り得ないわと
告げた。
「言ってる事は矛盾だらけ。
どんどん言葉が支離滅裂になって
気が狂っていると感じたほど。
引き渡す際に何かしたのか
疑われちゃったわ」
頬に手をあて、ため息を吐く。
そして俯いた。
「イクトちゃんは自分のせいだと
感じちゃうかもしれないから
言わなかったの。
……自分のせいだと心を痛めて
どこかに行っちゃうかもしれないから」
「それが目的だとしたらどうする?」
チイトの言葉にライラックは
顔を勢いよく上げる。
「……どういう意味かしら?」
「放火させた理由は父上の居場所をなくし、
孤立させるためだ」
ヴィーメランスは断言した。
チイトの影が不自然に揺らぐと、
すぐに元に戻る。
「……戻ったか」
その影に狂気の光があった事を
ライラックは見逃さなかった。
「……シャドウアイズね。
貴方のように使いこなせる人は
初めて見たわ」
「知っていたのか。
今、こいつらに犯人を調べさせたが、
微かに精神操作の痕跡があった。
パパが虐められていたのもこれが理由だ」
チイトは説明していく。
「この件で確信したが、
この魔術を仕掛けた者は
パパを手に入れようとしている。
痕跡からパパへの歪んだ想いも
感じ取れたからな」
傷つけて楽しんでもいるがと
舌打ちする。
「パパを手に入れたいが、
周囲の貴様やジジイ達が
パパの側から離れる気配はない。
だから、パパから離れるように
仕向けているんだ」
ヴィーメランスは眉間の皺を深くする。
「気に食わないが、犯人は
父上の性格を理解している。
自身のせいで迷惑をかけるならと
周囲を遠ざけようとする父上の性格を」
2人の説明にライラックは頷く。
「たしかに、イクトちゃんならそうするわ。
……性格を理解しているとなると
親しいわよね?
常連客の中に居るのかしら?
それとも……イクトちゃんが会いに
行かないといけない貴方達のような……」
「それはない」
ライラックの言葉をヴィーメランスは
否定した。
「俺達は父上を慕っているが、
父上を傷つける事はしない」
チイトはヴィーメランスの言葉に
同意する。
「そうだ。有り得ない。
もし、傷つけるのなら……
ー パパに近づく塵共だ」
ヴィーメランスとチイトの瞳に
歪んだ光が宿った。
「……貴方達みたい方々ならそうね。
先程の発言を訂正するわ」
ごめんなさいね
とライラックは謝罪した。
「ジジイやポンドにも伝えているが
この事は他言無用だ。
パパが知れば、自分のせいだと
1人で対処しようとするからな。
それこそ相手の思うつぼだ」
「わかったわ。
でも、相手がわかれば教えてちょうだい。
ー イクトちゃんがお世話になった
お礼をしなくちゃいけないから」
ライラックの瞳は背筋が凍える程に
冷たかった。




