68話 灰となった経緯
思いも寄らない言葉に
郁人の頭が真っ白になる。
「え………
どういう……事……?」
ライラックの言葉に
郁人は息を止めた。
「イクトちゃんが行った
2日目の晩に放火されたのよ」
眉を八の字にしながら
ライラックは口を開いた。
「宿泊されてた方達は無事よ。
けど、火の勢いが強くて
建物は間に合わなかったの……」
皆と消火作業頑張ったんだけどと
ため息を吐く。
郁人は顔を青ざめながら尋ねる。
「母さんは!!
怪我してない?!大丈夫!?」
慌てる郁人に大丈夫とライラックは微笑む。
「大丈夫よ。
私はこの通り、怪我1つないわ」
「良かった……!!
犯人は?捕まった?」
ライラックの無事に安堵の息を漏らし、
質問した。
「えぇ。
カランちゃんが捕まえてくれたわ」
「そうなんだ。
カランに後でお礼を言わないと。
今はどこで暮らしてるの?」
問いにライラックは答える。
「今はオーナーの厚意に甘えて
オーナーの家に住まわせて
もらってるわ。
建て直すまでの間ね」
「元通りに建てる感じ?」
郁人の問いにライラックは
首を横に振る。
「元通りには難しいって言われたわ」
「……そっか」
郁人はうつむき、
木陰亭を思い浮かべる。
「……木陰亭
……好きだったのにな」
郁人は何もない更地を見て、
視界がぼやける。
ユーは大丈夫かと
郁人の頬にすり寄った。
ー 「悲しむ必要はございません。
父上」
耳に馴染むバリトンボイスに
振り向く。
「ヴィーメランス?!
サイネリア?!」
先程別れたばかりのヴィーメランスと
サイネリアがいた。
ブレイズに乗ってきたようで、
ブレイズは後ろで待機している。
「やっほー!
ヴィーくんがイクトくんに渡したい物
あるんだって!
僕も一緒に来ちゃった!」
笑顔でサイネリアが手を振り、
ヴィーメランスはチイトに歩み寄る。
「これは時間が経ったものは
戻せないが……
チイト、貴様ならこれを参考にして
出来るだろ」
胸元から首飾りを取りだし、
チイトに投げ渡す。
「……成る程な」
難なく受けとったチイトは
しばらく観察した後、
投げ返した。
「あの~……
それ、国宝だから丁寧に
扱ってほしいな~」
その様子にサイネリアが苦笑するが、
チイト達が気にする素振りはない。
「……………行くぞ」
チイトは更地に向かって手を伸ばす。
すると、地面に大きな陣が
浮かび上がる。
陣が眩い光を放った。
瞬間、まるで時を巻き戻すかのごとく、
逆再生しているのかのように
建物がみるみるうちに戻っていく。
「これはっ……?!」
「夢でも……
見ているのでしょうか……」
「あらっ……?!」
一同は目の前の光景に
ただ息を呑むばかりだ。
「よし。
これでいいだろう」
そして、目の前には郁人やライラックの
記憶通りの建物……
"大樹の木陰亭"がそこにはあった。
〔嘘っ……!?
この魔法……もしかして……!?
いやいや……?!
あれはもうかなり古いものだし、
使えるなんて……!!
でも、あのネックレスが……!!〕
ライコはあまりの事態に
混乱し、なにか呟いていた。
(夢……じゃないよな……?!)
目を何度もこすり、郁人は頬を
つねってみるが変わらない。
現実なんだと実感する。
「パパ!
中を確認してみて!」
「……うん」
チイトが呆然とする郁人の手を引き、
扉を開ける。
「……本当にそのままだ!!」
郁人が驚くのも無理はない。
中も見事に以前と同じであったからだ。
首をキョロキョロさせ確認するが、
以前との変化はない。
前の大樹の木陰亭そのものだ。
「これはすごいな……!!
私が覚えている通りだ!」
「あら!
柱にあった傷もあるわ!」
遅れて入ってきたジークスとライラックは
目をぱちくりさせ、店内を見回す。
確認するように皆で店内を見て回るが
やはり、記憶にある通りだ。
「渡したのは俺だが、
本当に規格外だな、あいつは」
ヴィーメランスは呟く。
「皆様の反応を見る限り、
完璧にそのままのようですな。
チイト殿は……
一体何者なんですかな……?!」
「僕も気になるなあ……
国宝を見ただけで完全に、
いや、それ以上のことを
してみせたんだから」
ポンドとサイネリアはチイトを
じっと見つめた。
チイトは視線を気にせず、
郁人に尋ねる。
「どうかな?
俺は完璧に元通りに出来たと
思うんだけど……」
「うん……!!
もとの木陰亭、家だ!!
ありがとうチイト……!!」
涙を溢れさせながら郁人は
チイトに抱きついた。
「本当にありがとう……!」
「……へへ」
感謝されたチイトは頬をゆるませ、
周囲に花を飛ばす。
「ヴィーメランスも
本当にありがとう……!!」
ヴィーメランスにも
郁人は感謝し、抱きついた。
「っ?!」
ヴィーメランスは素早く瞬きし、
少し固まる。
が、咳払いをし普段と変わらぬ
態度を示す。
「……喜んでいただき光栄です」
「ヴィーくん、嬉しいのが
丸分かりだよ」
ヴィーくんはわかりやすいなあ
と、ヴィーメランスの背後から
顔を覗かせて笑う。
「頑張って顔をしかめてるけど、
目から本心が駄々漏れだし
口元だってゆるゆる……」
「五月蝿い駄竜!」
「照れ隠しで裏拳は危ないよ!」
ヴィーメランスの裏拳をサイネリアは
ひらりとかわした。
「チイトくんに、ヴィーメランスくん。
本当にありがとう」
ライラックは2人のもとへ進み
頭を下げる。
「パパが喜ぶと思ったからしただけだ。
貴様に頭を下げられる
筋合いは無い」
チイトは木陰亭の内部を親指で指す。
「全てが戻っているか確認でも
行ったらどうだ?」
「……そうね。
確認してくるわ。
貴方達に心から感謝を」
2人に向かってもう1度頭を下げると、
ライラックは確認しに向かった。
サイネリアは後ろ姿をじっと見て、
郁人に尋ねる。
「あの人がイクトくんのお母さん?」
「うん。そうだぞ」
頷く郁人にサイネリアは笑いかける。
「目が覚める程の美人だね!
優しそうだし、自慢のお母さん
じゃないかな?」
「うん。
母さんは俺の自慢だ」
郁人は後ろ姿を
見つめながら嬉しそうに答えた。
「そっかそっか。
………うーん、どこかで見たような」
郁人をサイネリアは微笑ましく見ながら、
顎に手を当て、ぼそりと呟いた。
〔……あんたって、
本当に女将さん好きよね〕
(俺は母さんのお陰で
ここまで生きてこられたからな。
本当に……
俺には勿体無いくらい
自慢の母さんだよ)
俺は幸せ者だと、郁人は断言した。
「パパ!
パパの部屋も見よ!
確認しないとダメでしょ!」
「そうだな。
確認しに行くか」
チイトに腕を引っ張られながら
進む郁人にヴィーメランスは
声をかける。
「父上、少々お待ちを。
俺もお供させていただきますが、
その前にこれを」
ヴィーメランスは胸元から
何かを取り出した。
細かい紋様が刻まれた
アンティークの小箱だ。
「口を開けていただいても?」
「?
わかった」
郁人は素直に口を開けると、
ヴィーメランスは紅い何か、
炎のように紅いルビーのような
小さな欠片を箱から取り出す。
「それはっ……?!」
小さな欠片の正体に気付いたジークスは
ハッとする。
「このまま飲み込んでください」
「まっ、待て!!
飲んでは……!!」
ジークスの制止をよそに
ヴィーメランスは小さな欠片を
郁人の口に放り込んだ。
(少し熱いな、これ)
硬いものが舌先に触れ、
不思議な感触に首を傾げながら
言われた通りに飲み込む。
「……これなに?」
喉元を過ぎていくそれは温かく、
体中に熱が広がるのを感じた。
「俺の鱗です」
答えたヴィーメランスは説明する。
「鱗に俺の魔力を込めており、
飲み込んだ者の体温を
上昇させることができます」
俺の属性は火ですから
体温を高めるくらい簡単です
と述べる。
「父上の平熱はとても低く、
薬を服用しなければ起き上がる事すら
困難と聞いておりましたので。
これで少しはマシになるかと……」
「鱗をあげたの?!」
「やはりか……!!」
サイネリアが声をあげ、
ジークスは頭を抱えた。
「鱗ってただ1人にしか捧げない、
忠義の証じゃん!
互いに信頼してないと呼吸が苦しくなったり
痙攣したり拒絶反応がでるやつ!」
「そうなんですか?!」
説明にポンドは目を丸くし、
ジークスは顔を青ざめながら
尋ねる。
「イクト!
不調はないか?!」
竜人である2人は郁人を見つめ、
不調がないか調べる。
〔あんた体に異変はない?!
軍人のかなり強い魔力だから、
なにがあってもおかしくないわ!?〕
声だけでもわかる程に
慌てふためくライコ。
ユーもオロオロし、
大丈夫かと心配している。
慌てる一同に郁人は首を横に振る。
「大丈夫だ。
体の中からポカポカして、
むしろ、心地いいくらいだから」
郁人は問題ないと微笑む。
「……………」
その表情を一同は
凝視してしまう。
「?
どうかしたのか?」
視線の的になり、頬をかきながら
首を傾げた。
「パパ!
かすかにだけど……
口角が上がったよ!」
「少しだが表情が動いた!」
チイトは目を輝かせ、
ジークスは両眉を上げた。
「私も確認しました!」
間違いなく動いたと、
ポンドは断言する。
肩にいたユーは目をパチパチさせ、
じっと見つめている。
「父上のお役に立てたようで
光栄です」
微笑みを見て、ヴィーメランスは
満足げに頷き、胸元に手を当てる。
「ヴィーくんの魔力すごいね!」
サイネリアはキラキラとしながら
ヴィーメランスに拍手した。
「イクトちゃんの表情が動いたの?!」
声を聞きつけたライラックが
颯爽と駆け付ける。
「イクトちゃん!
私にも見せてもらっても
いいかしら?」
両頬を白魚の手で優しく包み込む。
「えっと……こう?」
郁人は微笑むとライラックは
目を丸くする。
「イクトちゃんの表情が
かすかにだけど動いたわ!」
ライラックは感動のあまり
抱き締めた。
「じっと見ないと
わからないものでなくて……
少しだけど動いたわ!
お母さん!とても嬉しい!」
全身で喜びを表現し、
日向にいるかのような
温かい笑みを浮かべ、目の端に
涙をにじませている。
「母さ……苦し……」
ギブアップと背中を叩くが
力がゆるむ気配はない。
視界の端に日向の笑みを入れながら、
郁人の意識は遠のいた。




