66話 記憶の指摘
組み立て式屋台を片付け終えた
郁人は呟く。
「まさか……
こんな事になるなんて……」
あれから、騒ぎを聞き付けた
祭りのスタッフにポンドが
説明すると、なぜか屋台を
開くことになっていた。
商品は勿論、ちぎりパンだ。
購入希望者が多いため、
1人2個と限定し販売する事になり、
祭りのスタッフから借りた
組み立て式屋台をチイト達と
設置した。
そして、販売を開始した瞬間、
待ってましたと大賑わいで、
ホルダーに入れていた
ちぎりパンは完売したのだ。
「仕方ないよ。
羨ましそうに見ていた奴等
すごく多かったから」
「そうなのか?!」
屋台をスタッフから渡された袋に
片付けているチイトの言葉に目を見開く。
「うん。
食べ歩きしてたときも、
コロッケ挟んで食べてたときも
ずっと視線の的だったから」
袋をチイトから受け取り、
スタッフに渡すポンドも同意する。
「どこで売っているのか聞かれたりも
度々ありましたな」
「そうだったんだ……」
郁人は事実に口をポカンと開けた。
「パパはそういうの疎いからね。
それにしても……
大量に作ってたんだね、ちぎりパン。
まだ塔内にあるし」
〔あんたどれだけ作ったのよ。
業者並じゃない〕
量を思い浮かべるライコの
呆れた声が響く。
「その、パンって発酵させたり、
生地を休ませたりするから
本来は時間がかかるんだ。
けど、ユーがくれた種を使ったら
すごく時間が短縮出来て。
それで調子に乗って……な……」
郁人はユーがくれた種を
チイトに見せる。
チイトは種を見て納得する。
「これ……"パンの実"だね。
名前の通り、パン作りに最適なやつ。
この実を使えば時短出来るし、
大量生産も可能だ」
「そうだったのか。道理で」
郁人はパンの実を眺める。
「でも、あんなに売れるなんて
本当にびっくりした。
素人の俺が作ったパンを
美味しそうに食べてくれて
嬉しかったよ」
郁人は買った人達が美味しそうに
食べていた姿を思い出し、
頬が熱くなるのを感じる。
「いや、パパは調理師免許を
持ってるから素人では
ないんじゃない?」
チイトは郁人の発言に首を傾げた。
「持ってたっけ俺……?
あっ!確かに持ってた!!」
キョトンとした郁人だったが、
脳を回転させ、思い出した。
「ちょうりしめんきょ?」
「それは一体?」
ジークスとポンドは聞き慣れない
単語に首を傾げる。
「えっと、飲食店の開業を
スムーズに行える資格の事だよ」
疑問符を浮かべる2人に郁人は
説明した。
聞いた2人は納得して、頷く。
「そのようなものがあるのですな」
「初めて聞いたが、君のいた国だけの
ものかもしれないな」
「そうだと思う」
こちらでは、店を開くには商売ギルドに
加入して、許可を得る必要がある。
1年に1回更新する為、出不精なオーナーの
代わりにライラックと一緒にギルドへ
行ったことを思い出した。
〔え?
女将さんがオーナーじゃないの?〕
(オーナーは別に居るぞ。
母さんはあの店や土地をオーナーから
借りているんだ)
〔そうだったのね〕
オーナーが居たことに驚いたライコに
郁人は説明をした。
「というか……
パパ覚えてなかったの?
資格取れた時、とても喜んでたのに。
それに、あいつに胴上げされて、
天井に頭を打ったりして
インパクトある思い出だよ」
忘れようも無いのにと
不思議そうにチイトは郁人を見つめる。
「そういえば、言われてからや、
似た場面に遭遇してから
思い出すのが多いよね」
「言われてみれば……」
チイトに指摘されて、
初めて郁人は気付く。
自覚していなかっただけで、
向こうの世界での記憶が
薄れている事実に。
〔記憶は大切よ。
元の世界に帰る為にも必要なんだから〕
ライコは注意を促す。
〔こっちに来てから思い出す暇が
無いほど大変だったのはわかるわ。
けど、少しでも思い出したほうがいいわ。
どのタイミングで来たかも
思い出すかもしれないし……〕
(そうだな……)
どのタイミングで来たのか以外の
記憶も朧気な事実に呼吸が
早くなる。
不安で震えてしまう郁人の手を
チイトが優しく握る。
「またパパのお話を聞かせて。
思い出せない部分があれば
俺が教えるから」
チイトは安心させようと微笑んだ。
「……ありがとうチイト」
呼吸が落ち着いてきた郁人は
感謝を告げた。
「そのときは俺も一緒させて貰おう。
私も君のことが知りたい」
「私も同席させていただいても?」
「いいよ。
一緒に聞いてくれると嬉しい」
感謝する郁人にチイトは呟く。
「……2人だけでいいのに」
チイトは頬をふくらませ
郁人に抱きついた。
「拗ねるなよチイト。
2人で話す機会はいくらでもあるしさ」
「……そうだね!
機会なんて作れるし!」
郁人に頭を撫でられ機嫌を直した
チイトは思い出す。
「あっ!
パパ、式典よかったの?
もう終わってるみたいだけど」
「え?」
周囲に耳を傾けると、
式典内容について話していた。
どうやらもう終わったようだ。
「本当だ!
見たかったのになあ……!!」
「そんなに見たかったの?」
「式典ってどんなものか気になって。
あと、どんな話をしたのかもさ」
「内容なら……ちょっと待ってね」
チイトは指で円を描くと、
光の輪となりどんどん大きくなる。
そして再び元の大きさに戻ると
宙に文字を描き出した。
【・前王は生前邪竜に乗っ取られていた為に
凶行に及んだ。
・邪竜はジークス王子に討伐された。
・ジークス王子は相討ちとなった。
・ゆえに、臨戦態勢は解かれ、
邪竜戦争は完全に終結した。】
郁人がよく知る恋する乙女な姿ではなく、
毅然とした態度で説明をする
リナリアも描かれている。
「周囲にいる連中の意識から式典に
関するものをまとめたけど、
こんな感じたみたいだよ」
もう知ってる内容だね
とチイトは呟く。
「……チイト殿、今のは?」
文字と画像を見ながら、
ポンドは尋ねた。
問いにチイトは答える。
「一定の場にいる連中の意識を
読み取る術だ。
いや、媒体がないから魔法か。
更に正確にするなら1人拐って
脳を直接弄ったほうがいいんだが」
「魔法をそんな簡単にですかな……!?」
息をするように魔法を使う
チイトにポンドはただただ驚く。
「……ポンド。
イクトと共にいるなら彼の行動に
慣れるしかない」
ジークスは自身の姿を消しているのを
忘れてポンドの肩を叩いた。
〔意識を読み取るって初めて見たわ……?!
しかも、同時に集団にかけるとか……!!
もうこいつ嫌あああ!!〕
ライコが悲鳴をあげた。
「どうかなパパ?
もっとわかりやすいのが良いなら
1人拐って脳を取り出すけど」
「充分わかりやすいから。
ありがとうなチイト」
物騒な単語に郁人は慌てて礼を言った。
「式典ってこんな感じかあ。
……ジークスは本当に死んだ扱いなんだな」
郁人の呟きをジークスが拾う。
「俺が生存していると知れたら
混乱間違いなしだ。
俺を王にと言う連中が出かねない」
「……そうか」
「それに、俺は王に向いていない。
なにより、君と共に旅が出来なくなるのは
嫌だからな」
ジークスは絶対に嫌だと告げた。
「たしかに、王様になったら
遊びに行くのも難しそうだもんな」
執務とか国のことで気軽に遊びに
行けないしと郁人は頷く。
「君と遊べなくなるのが1番困る。
もし王になったとしても、執務等全て
部下に任せて遊びに行くだろう」
「どんな王様だよ、それ」
断言したジークスにツッコむ郁人。
「パパ!お土産見るんでしょ?
早く行こう!!」
「わっ!?」
眉をしかめたチイトがジークスとの間に
割り込むと、腕を掴んで歩きだす。
「……名誉が少しでも回復して
よかったです。
父上」
前王の死を嘆く人達を目にして呟いた後、
ジークスは郁人達の後を追った。
ーーーーーーーーーー
商人達が集い、様々な品物が行き交う
商売の国"パンドラ"
ー しかし、この国にはもう1つの
"国"が存在する。
それは国の外れ、国土の8割を
占める霧の森の中に存在し、
人々は"夜の国"と呼んでいる。
中でも1番人気は"蝶の夢"という
店兼旅館だ。
その主人が腕利きの医者でもあり、
また絶世の美貌の持ち主であるため、
顔を拝みに来る者は男女問わず多い。
主人、男は自室の窓に腰掛け、
街を見渡しながらキセルから紫煙を
くゆらせていた。
紫がかった透き通る銀の長髪を
前にまわし、横で三つ編みにして、
髪に花を咲かせている。
瞳には十字が浮かび、
人間とは違った存在だと認識させられた。
顔の右側には蔦の刺青が刻まれ、
男の艶やかな美しさを更に際立たせている。
「……やられたか」
男は目を伏せ、息を1つ吐く。
その動作1つでさえも人々の心を
かき乱すには充分な程、
"蠱惑"だ。
「ほあああああ!!」
「美しい……!!」
「ひと目見れて私は……!!」
実際、顔を拝みに来ていた者は失神したり、
あまりの美しさから発狂している。
「艶男はため息吐いても
様になるとはなあ!」
そこへ快活な声が響いた。
頭にターバンを巻き、
深い緑から下にかけて
淡い黄色の長髪をなびかせた、
飄々とした美丈夫が
堂々と部屋に上がり込む。
「どうしたよ色香大兄?
なにかあったのか?」
「あの御方を見つけた」
「マジで?!どこどこ!!」
美丈夫は喜びのオーラを放ちながら
窓へと駆けつけ、街を見渡す。
「きゃああああ!」
「カッコいいいいいい!」
「こっち見てえええええ!!」
突然の美丈夫の登場に見ていた者達は
ますます色めき立つ。
「ここではない。
種を埋め込んだ奴の1人が見つけたんだ」
「なんだよ、期待させといて。
ヒドイな色香大兄はよおー」
唇を尖らせ、肩を落としながら
窓から引っ込み、畳で大の字になる。
「で、どこにいたんだ?」
「ドラケネス王国だ。
あの問題児と共にいた」
「ドラケネスか……。
俺様のじゃ入れそうにねーわ」
あの風の壁が邪魔なんだよなあ
と頭をかく。
「それにしても、
あの反則くんとかよお~……。
最初に見つけたのはあいつだなあ!
見つけたら連絡する約束だったのに
連絡無しとはヒデエじゃねえか!」
「俺達も守る気は更々無かっただろ?」
「それはそれ、これはこれよお。
で、いつ来るんだ?」
両足を勢いよく振って起き上がりながら
尋ねると、色香大兄と呼ばれる艶男は
ため息を吐く。
「連れてこようとした矢先、
あの問題児が周囲を探るついでに
種を潰したから不可能だ。
おまけに伝令まで来た」
「相変わらず反則だな。
てか、ますます反則度上がってね?
で、内容は?」
「あの御方が何かしら記憶等を
弄られているらしい。
だから、それの解明をしろとな」
「はあっ!?
弄られてるって誰にだよっ?!」
美丈夫は猛禽類のような目を釣り上げ、
声を荒げた。
「その誰かを特定するのが
俺達の仕事ということだ。
特定次第どうするかは……
俺達の勝手でいいだろう」
震える程の艶やかさと冷たさを含んだ
笑みを魅せる。
「そうだな。
特定しろだけだからなあ?」
快活さとは裏腹に底冷えする、
野生的な笑みで美丈夫も答えた。
「でも、あの御方がいないと
特定は難しいよなあ」
「そうだな。
遠隔でも出来るが精確さに欠ける。
……迎える準備をしないとな」
「賛成!
俺様も張り切っていきますかあ!」
犬歯を見せて笑いながら、
軽やかな足音を立て去っていった。
「相変わらず騒がしいものだ。
あの御方が見ればさぞ驚くだろう」
美丈夫の背中を見送りながら、
呟く。
「……会えるのを楽しみにしておりますよ。
"我が君"」
艶男はこぼれるほどの
蠱惑な笑みを浮かべた。




