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65話 祭りとちぎりパン




視界に広がる赤、赤、赤。


いや、視界だけではない

全てが“赤“だ。


赤は揺らめき、全てを侵食していく。


あらゆる生物の居場所があることを、

命があることを許さず、ただ奪い尽くす。



ー その正体は“炎“だ



全てを火の海と化し、

灼熱地獄とはこのことだろう。


そんな地獄絵図は消しゴムで消すように、

真っ白なページになる。


どうやら、灼熱地獄は本の挿し絵

だったようだ。


パタンと本を閉じる音が聞こえる。


ー「1つの未来は消されたみたいだね。

しかし、いつ復活してもおかしくない

状況だ。気をつけてね」


男とも女ともとれる

耳障りの良い声が響いた。



「ん……?」



郁人は辺りの騒がしさに目を開ける。


ユーも隣で寝ていたが、同じ理由で

起きたようだ。


(なんだろう……

なにか夢を見ていた気がする……)


ぼんやりとした頭をかきながら、

ユーに声をかける。


「おはよう、ユー」


伸びをするユーを撫で、

騒がしさの正体が気になり

窓に近づく。


「わあ……!!」


騒がしさの正体は、人々の笑い声や

子供のはしゃぐ声だった。


城下町は色とりどりの旗や、

宙を舞い、地面に落ちる紙吹雪といった

様々なもので飾られ、熱気に満ちている。


笛の音が晴れ渡る空に響くと、

次々に様々な楽器の音色が響き渡り

ハーモニーを作り出す。


楽しげな音色は人々を更に熱狂させた。


「そうか……祭りだっ!!」


サイネリアの言葉を思いだし、

急いで服を着替え始める。



ーーーーーーーーーー



〔昨日はお疲れ様!〕


人の活気に溢れた道を歩いていると

ライコから声をかけられた。


郁人達は現在、祭りに

繰り出している。


人の多さに圧倒されるも、

ポンドが先頭に立って人を

掻き分けてくれている為、

意外と歩きやすい。


ユーは郁人の肩でちぎりパンを

頬張っている。


全員分のちぎりパンと他の朝食を

用意した郁人は皆に声をかけ、

一緒に祭りへと出掛けたのだ。


〔世界滅亡の記録が少し薄れたわ!

本当にお疲れ様!〕


ライコの喜びようは声から伝わる。


〔それにしても……

疲れはとれてるの?

かなり濃厚な2日間だったから、

ぐっすり寝かせようと思って

夢に出なかったのよ〕


なのに……と口を開く。


〔あんたは早くに起きて、

パン作って祭りに繰り出してるし……〕

(気を使ってくれてありがとう

ライコ)


気遣いに感謝し、大丈夫と

郁人は説明する。


(フカフカベッドのおかげで充分

元気だしな。

パンは約束してたし、

ユーも手伝ってくれたから)

〔そう?

ならいいけど……

無理はしないようにね。

あんたに倒れられたら大変なんだから〕


ライコの心配する声を耳に、

郁人はドラケネス王国に来てからの事を

振り返る。


来て早々、王家に出迎えられ、

ポンドやユーが仲間に加わり、

ポンドの実力を垣間見たり、

ヴィーメランスの苛烈公という

異名の理由や国への勧誘と

慌ただしかった1日目。


2日目には、迷宮内でのバトルや、

邪竜復活にサイネリアの危機、

邪竜の中にローズイヴァンの

意識があったことや、

ジークスと父の最期の会話、

そして謎のドラゴン出現などなど……


2日間の記録にしてはかなり

濃厚だ。


(すごい2日間だったな……)


振り返り、改めて郁人は実感した。


〔普通の日常じゃないことは確かね。

振り返ると本っっ当に濃いわ。

あたしは軍人に見つからないか

ヒヤヒヤしたけど……。

とにかく、今は祭りを楽しみなさい〕

(そうだな)


郁人はちぎりパンを1口サイズに

引き裂く。


内部にこもっていた熱が

鼻孔をくすぐりながら、

乳の甘い匂いとともにふわりと

出ていく。


口に含めば期待を裏切らない

しっとり感と味に頬を緩ませた。


〔あんた本当に料理上手よね!

この程よい甘さが堪らないわ!〕


いつの間にか味覚を共有したライコは

声を弾ませた。


「パパ!ありがとう!!

ちぎりパン美味しいよ!」


チイトは足取りを軽やかに

郁人に感謝を告げる。


「チイト達が大量に材料を

集めてくれたから作れたんだ。

まだいっぱいあるから欲しくなったら

教えてほしい。

……ヴィーメランスは足りたかな?」


郁人はこの場にいないヴィーメランスに

ついて思う。


ヴィーメランスは改めて国民に

邪竜に関しての説明をする為の

式典準備に手伝いに出ている。


一緒に行きたそうだったが、

郁人からちぎりパンをもらい

手伝いに行ったのだ。


「大丈夫だよパパ。

あいつ大量に持っていったし

それで充分だから。

……贖罪とは難儀なものだ。

放っておけばよかったものを」


後半独り言のようで、

なにか言っていたが

祭りの賑わいにかき消された。


「どうかしたのかチイト?」

「ううん。何でもないよ。

パパは式典見たいの?

祭りのときにするんでしょ?」


チイトの質問に郁人は頷く。


「見てみたいな。

国の式典ってどんなものか気になるし」

「そっか。

じゃあ、式典までの間にお土産とか

見て回ったら?

お祭りで色々と賑わってるからさ」


いつもよりお得みたいだよと

チイトは郁人の腕をとりながら告げた。


「お得なのか!

じゃあ、今の間に買わないとな!」


母さんや先生、フェランドラ達にも

買わないとと意気込む。


「マスター!

おかわりをいただいても

よろしいでしょうか?」

「イクト、俺もいいか?」


ポンドと顔無し頭巾を被った

ジークスはおかわりを要求した。


2人も気に入ったことが口元を

見ればわかる。


「おかわりだな。

でも、その前に口元に食べかすが

ついてるぞ。ん?」


郁人は自身の口元を指差し、

取ったほうがいいと指摘する。


ふと、1つの屋台が目に入った。


「……そうだ!

少しの間、あそこで待ってて!」

「わかったよ、パパ」

「かしこまりました」

「何かあったらすぐに呼んで欲しい」


そして、アイデアが浮かんだ。


人が座れそうなスペースを指差し、

全員が頷くのを見たあと、

屋台に歩み寄る。


「コロッケはいかが!

救国の大英雄であるヴィーメランス様が

提案した料理の1つ!

衣はサクッと、中はホクホクで

絶品だよ!!」

「すいません。

これを5つ下さい!」


コロッケの屋台の店主に声をかけた。


店主は人の良い笑みで返事をする。


「5つだね!はいよ!」

〔どうしたの?

いきなりコロッケを買うなんて〕


ライコは尋ねた。


〔ソースもかかって美味しそうだし、

買いたくなるのはわかるけど。

というか、あの軍人が提案した料理なのね。

……色々関わってるわね、あいつ〕


店主の売り文句を思い出したライコは

呟いた。


(料理の発展に貢献したって

聞いていたけど本当だったんだな)


幅広く活躍してるなと思っていると

声をかけられる。


「あんちゃん見ない顔だな。

ここには観光かい?」

「はい。そんな感じです」


頷く郁人に、店主はガハハと快活に笑う。


「そうかい。

なら、祭りを楽しんでいってくれよな!

5つ揚げたてだ!」

「ありがとうございます!」


代金を渡すと、コロッケを受け取り

3人の元へ戻る。


「パパ何買ってきたの?

……この匂いはコロッケ?」

「うん。

これをな……ユーお願い」


郁人はホルダーから包装された

ちぎりパンを人数分取り出すと、

ユーに差し出す。


意図を理解し、ユーは頷く。

そして、尻尾をナイフのように

尖らせ半分に切り込みを入れる。


「ユーありがとう」


パンの切り込みに郁人は

揚げたてのコロッケを挟んだ。


「パパこれって……

コロッケパンだ!」

「正解!

はい、どうぞ」


郁人は全員に手渡した。


「いただきます!」


勢いよくコロッケパンにかぶりつく。


歯が当たった瞬間、

揚げたてのコロッケの衣がサクッと

音を立てる。


ちぎりパンのしっとりと

芋の柔らかさが同調し、

口の中は芋のあっさりした味と

ソースの濃さ、パンのほのかな

甘さと心地よい。


「コロッケも美味い!」


揚げたての間に食べなくてはと、

はふはふと食べ進める。


「パンとコロッケも合うものですな。

ソースの濃さもちょうど良い」

「コロッケの衣もサクサクで

食べていて楽しいな」


ポンドとジークスもかじった瞬間、

目を輝かせ食べ進める。


チイトとユーは黙々と食べているが、

先程より早い為に気に入った事が

わかる。


「……あんちゃん」


食事を楽しんでいると、

先程のコロッケの屋台の店主が

やって来て、声をかけた。


「それはパンかい?

もしあるなら俺にもくれないか?」

「いいですよ。

はい、どうぞ」

「ありがとな!」


屋台の店主は郁人から受けとると、

包装をとき1口かじる。


「……んん?!

こんな上手いパンはじめてだ!

パンだけでも全然いける!!」


頬を紅潮させながら、

店主は味の感想を述べた。


「パパが作ったものが

不味いわけないだろ」

「ありがとうございます。

コロッケもホクホクで

とても美味しいです」


チイトは当然だと鼻で笑う。


褒めてもらい照れ臭そうに

しながら、郁人はホルダーから

もう1つ取り出す。


「その、良かったらもう1つどうぞ。

コロッケとも合うので……」

〔あんた……

意外とおだてに弱いタイプ?〕


郁人は感想を述べて

そして、差し出した。


「これあんちゃんの手作りかい!?

驚いたなあ!

良いもの食わせてもらったよ!

しかも、もう1つくれるなんて

気前が良い!

だが、これをタダでもらうのは

気が引ける」


屋台の店主は曇りない笑顔を浮かべ、

郁人の手を握ると何かを置いた。


何かはお金だった。


「その、お金は……!!」

「良いもの食わせてもらったからな!

その代金だ!ありがとよ!」


屋台の店主は快活に笑いながら

去っていった。


追いかけようとしたが、

チイトに止められる。


「貰っといていいと思うよ。

タダで貰うのは気が引けるって

言ってたし。

突き返すほうが良くないと思う」


素直に貰っておこうと告げる。


「それに……もう遅いかな?」

「なにが……?」


郁人が周囲を見渡すと自身に

視線が集中していることに

気づいた。


「あの……」


1人の少女が郁人に駆け寄る。


「その……

フワフワパンください!」


そして、お金を差し出した。


「私も1つ!」

「俺も俺も!」


少女の声を皮切りに

一斉に集まってきた。


「えっと、その……!」


郁人は突然の事に胃が落ち着かない。


「マスター。

腹を(くく)りましょう」


ポンドが混乱して目を回す

郁人の肩をポンと叩いた。




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