64話 互いに譲るつもりはない
チイトとヴィーメランスは
ひっそり宴を抜け出し、
ヴィーメランスの拠点である
塔の1室にて向かい合うように
座っている。
片方はテーブルに足を乗せ傲岸不遜な態度。
もう片方は腕を組み、その態度を
睨み付けている。
「行儀が悪いぞ、チイト」
「パパの前ではしないから問題ない」
「……ったく」
傲慢な態度は相変わらずだと
ヴィーメランスはため息を吐いた。
「始める前に、解除するぞ」
「あぁ。わかっている」
2人は意識を集中させると、
あるスキルの限定解除に入る。
脳内にスイッチが切り替わる音が
響いた。
「よし。
これで万が一話を聞かれても問題ない」
「パパには分かるし、念のため
聞こえないようにしておくか」
チイトは術式を組み上げ、実行する。
彼らが解除したスキルは
"言語翻訳"である。
異世界に来ても言語が通じなければ
面倒この上ない。
ゆえに、異世界に来た者には
自動的に付与されるスキルであり、
スキル欄にも表示されず、
スキルの存在を知っているのは
神のみである。
しかし、彼らは自身に付与された
スキルに勘づき、意識的に
切り替えることが出来るようにした。
理由は単純
ー 郁人が設定したスキルではないからだ
「勝手に付与されるとは……
不愉快極まりない。
パパが設定したもので十分だ」
「それにしては、お前は父上が
設定された以上になっているが?」
チイトの憤りに対し、
ヴィーメランスが疑問をぶつけた。
「それはそちらもだろ。
見たところ、以前より防御が
上がっている。
貴様は攻撃一辺倒だった筈だ」
チイトは眉をひそめた。
「防御か……
それはこちらの世界に合わせて
かもしれない」
ヴィーメランスは自身の推測を
話し出す。
「俺の種族は竜人。
調べたが、この世界では竜人は
防御や攻撃は他種族と比べたら
群を抜くと表記されていた。
それが反映されたものだと
俺は考えている」
推測を聞いたチイトは顎に手をやる。
「反映か……
言語翻訳スキルと似たものかも
しれないな。
勝手に設定を弄くられるのは
腹立たしいが……」
チイトは納得したようで、
同意を示した。
「では、話を戻そう。
なぜお前は種族と関係ないのに、
設定された以上になっている?
あのドラゴン戦にしても
聞きたいことがある」
「……わかった。
貴様の疑問も納得できるからな。
順番に話そう」
チイトは面倒そうに頭をかき、
ヴィーメランスを見る。
「俺の身体能力や攻撃、防御、思考、
判断、分析はパパが設定した通りだ。
しかし……」
チイトは空中にスクリーンを浮かばせ、
自身の情報を公開する。
【属性:闇(炎・水・風・花・土・光)
スキル:傲慢
一定の間、望む能力を行使
することができる。
簡単なもの程期間は長い】
「魔法は"傲慢"により設定以上に
使いこなせ、先程言ったもの以外は
全て設定より上だ」
スクリーンの内容に、ヴィーメランスは
目を見開き、髪をかきあげる。
「前からお前は反則級だったというのに。
更に厄介なものになったな……」
「そして、なぜか貴様らの技も
使えるようになっていた。
俺の属性は"闇"。
それだけだったはずが、
これに映されている通りだ」
チイトはスクリーンを親指で示す。
「傲慢を使わずとも全ての属性を
使いこなせるようでな。
なぜなのか調べる為に自身を分析しても、
なにかに阻まれ不可能だ」
「阻まれるだと……!?
どういう事だ?!」
チイトの言葉にヴィーメランスは
耳を疑った。
「俺にも検討がつかない。
だが、ドラゴンを倒した後に
現れた光と同じ力だということは
あの時に判明した。
分析しようとした瞬間、
同様の衝撃を受けたからな」
わからないことが腹立たしいのか、
チイトは顔をしかめながら話を続ける。
「それに、あのドラゴンと対峙した瞬間、
なぜか力が勝手に制御された。
だから、貴様との共闘を選んだ」
「お前から持ち出されたのは意外だったが。
そういった訳があったのか」
行動の理由に納得がいったと頷く。
「制御とは具体的にどのようなものだ?
そして……」
ヴィーメランスはチイトの胸元の
傷痕を見る。
「胸元の傷痕について聞きたい。
前には無かった筈だ。
その傷痕を見ていると非常に腸が
煮えくり返る。
治すか隠すかしろ」
ヴィーメランスは眉をひそめ、
不愉快だと口をへの字に曲げた。
「最初の疑問の答えだが、
具体的には、本来の属性しか
使えなくなり、1/3程の力量になる。
傲慢で一時的に水を使えるようにしたが、
本来ならすぐ終わる作業だというのに
時間がかかったからな」
チイトは面倒なことだと説明する。
「2つ目の疑問についてだが、
傷痕は治癒の気配は全く無い。
隠そうにもそれが出来ないから諦めろ」
「1/3か……
傷痕もだが、共闘の理由以外は
わからないままか」
ヴィーメランスは腕を組み、
足を組む。
考えるヴィーメランスに
チイトは口を開く。
「そちらの質問に答えたんだ。
こちらも聞きたいことがある。
聞かせてもらおうか。
"救国の大英雄"様?」
「その顔をやめろ。
特にその呼び名だ!
不愉快極まりない!!」
嘲る笑みにヴィーメランスは、
額に青筋を浮かばせる。
チイトを睨み付け、机を拳で叩きつけた。
火の粉を舞わせ、髪の毛先は
完全に炎となっている。
「"大英雄"……
以前の呼び名に戻っただけだろう。
なにが不満なんだ?」
「理由もわかって言っているだろ!
お前は!!」
吐き捨てながらヴィーメランスは
告げる。
「"英雄"とは使い捨ての道具に過ぎない。
戦などの困った時は頼り、
平和になれば用済みだと、
力を怖れられ、死を望まれるもの。
俺はあのときに痛感している。
ー 俺を使い捨ての道具と同じにするな」
ヴィーメランスの瞳は煌々と怒りに燃える。
「そうだったな。
貴様は1度、身をもって味わっていたな。
人の身勝手さを。
では、なぜこの国を救ったんだ?
壊滅間際にわざわざ」
理解出来ないとチイトは告げる。
「それになぜ、拠点にここを選んだ?
長年戦をしていた騒々しいこの国を」
これも気になっていたと尋ねるチイトに
ヴィーメランスは答える。
「ここを選んだ理由など決まっている。
ー 父上の安住の地にふさわしいからだ」
ヴィーメランスは断言した。
「ここは下とは違い、空気は澄んでおり、
世界を一望できる。
なにより、羽虫が少ない。
その上、風の壁で羽虫の出入りも
容易でないため、勝手に増えずに済む。
だから、安住の地にふさわしいと考えた」
最も尊い御身である、父上にふさわしい
とヴィーメランスは告げる。
「全て消せば良かったが、
父上は羽虫にさえも心を配られる御方。
自身の為に消されたと知れば
嘆かれるに違いない。
ゆえに消すのをやめた」
心が広いのも考えものだ
とヴィーメランスは息を吐く。
「それに、来た当初の俺の実力は
目も当てられぬ程に弱っていたからな」
来て早々、色々と騒がせたお前と違ってな
と告げる。
「父上に見苦しい姿を
見せる訳にはいかない。
休んでいる間に、戦で羽虫共が
自滅していくなら都合が良い。
だから、回復の為に魔力の豊富な
火山の中で休んでいた。
途中、自称女神が来たりと面倒事は
あったが」
ヴィーメランスにとっても、
郁人以外はどうでもいい。
言動からまざまざと知らされる。
チイトも同類なので指摘する者は
いないが……
「ならば、なぜ救った?
全滅まで待てば良かっただろ」
「そうしようと考えていたが、
ただの羽虫ではなく竜の血が
流れていたからな」
ヴィーメランスは視線を下に向ける。
「自身と同じ竜の血が流れている者を
見捨てるのは……
少し……後味が悪かった。
ただそれだけだ」
その言葉にチイトは嘲笑する。
「さすが。
堕ちる前は"英雄"だっただけはある」
チイトの皮肉に、怒りで燃え盛る瞳で
ヴィーメランスは睨み付けるも、
再び話を続ける。
「助けてしまったものは仕方ない。
助けた限りは出来るだけ面倒を
見なければならないからな」
助けた者の責任があると告げた。
「贖罪も兼ね、指導したら
予想外に懐かれてしまい……
忌々しいが、再び"英雄"と
呼ばれる始末だ。
良かった事は使える連中が残っていた事、
なにより、国を助けた事を父上が
好印象に感じている事だ」
ヴィーメランスは息を吐く。
ー 「では、なぜ……
パパに憤怒の気持ちを抱いている?」
チイトはヴィーメランスを
睨む。
「……何のことだ?」
「上手く隠しているが……
俺にはバレバレだ。
パパに牙を剥くというなら……
その首をもらうっ!!」
はぐらかすヴィーメランスに
チイトはいつの間にか作り上げた
刀の切っ先をヴィーメランスに向けた。
切っ先を向けられながらも
臆する事なく、ヴィーメランスは
鋭い視線で見据える。
「確かに……
お前の言う通りだ。
俺は憤怒の感情を父上に抱いている。
しかし、履き違えるなよ。
俺が怒っているのは
ー 父上の自愛の無さにだ」
ヴィーメランスは目を細め、
眉間のシワを深める。
「父上はどれだけ御身が尊ばれる
存在か理解していない。
俺達がこの世界で弱者にならず
今のように生きてこれたのは
父上が俺達に強くあれと
創られたからだ」
ヴィーメランスは自身の手のひらを
見つめ、ぐっと爪が食い込むほど
握りしめる。
「ゆえに、死ぬ事なくこのように
生きてこられた。
全ては父上のおかげだ。
だというのに……!!」
ヴィーメランスは歯を食い縛る。
「父上は自身を卑下し、
尊ばれる事に気後れ。
更には他者が助かるならと、
自身が傷ついても構わないと!!
利き手ではないとしても、
大切な手を自ら傷つけた!!」
感情のままヴィーメランスは
机に拳を再び勢いよく叩きつける。
「他者を優先する癖は以前から
ある為にわかってはいる……
が、どうしても納得がいかんっ!!
いく訳がないっ!!」
あまりの怒りに叩きつけられた所は
黒々と焦げていた。
郁人の自愛の無さに、ヴィーメランスは
怒りを抱いている。
郁人を大切に想っているからこそ、
抱く怒りなのだ。
「そうか……
貴様の怒りは、憤怒はパパを
想ってのことなんだな」
ヴィーメランスの想いを知り、
チイトは刀を仕舞う。
「パパは他者を優先し、自身を蔑ろにする。
いじめの件も他者に気を遣わせない為に
黙っていたくらいだからな」
チイトは当時を思いだし、
大袈裟に不満の声を漏らす。
「あの性格はパパの根本でもある。
直しようがないからな……」
長いため息を吐いたあと、
告げる。
「パパが自身を蔑ろにするなら
その分、俺達でカバーしたらいいだろ。
腹立たしいが、パパを大切に思っている
連中は俺達以外にもいるが」
「そうだな……。
俺達で補うしかない」
チイトとヴィーメランスは結論に至った。
「まあ、俺のほうがパパを大切にする
自信はあるけど」
「その傲慢さは変わらずか。
しかし、俺も負ける気は更々無い」
両者の間に沈黙が流れ、
睨み合いが始まる。
「……………」
「……………」
いつゴングが鳴ってもおかしくない
空気に変わり出す。
ー 「おーい!
チイト!ヴィーメランス!
どこだー!」
郁人の声が聞こえた瞬間、
険悪な空気は霧散する。
「……パパが呼んでる」
「行くぞ。
父上を待たすなど論外だ」
2人は瞬時に言語スキルを入れ、
術を解除し部屋を去った。




