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57話 とある男の半生




その男は1国の主であり、

王として国を、民を愛していた。


王である以上、血筋を絶やす訳には

いかないため、側室もいたが、

正室であるただ1人の女性を

1人の男として深く愛していた。


その愛しき者の名は“アナスタリア“。


アナスタリアと側室は姉妹であるが、

性格は正反対であった。


妹である側室は活発的で、

サンサンとした夏の日射しが似合う

まさに太陽のような女性だ。


対して姉、アナスタリアはおとなしく

柔らかく透き通った月明かりが似合う

まさに月のような女性であり、

男を月のように優しく照らした。


その月に男は惹かれ、愛を捧げた。


側室の妹も男の愛の深さを知り、

姉、アナスタリアを優先することを

反対しなかった。


なぜなら、

理解していたからだ。


ーアナスタリアが王を、

なにより王の“心“を支えていることを。


そんなアナスタリアの精神面は強かったが

対照的に体がひどく弱かった。


風邪をひいたら数日寝込んでしまい、

危うく命の危機に陥る事もあった。


側室の妹は常々自身の丈夫さを

姉に少しでも譲れればと、

ため息とともこぼしていたこともある。


病弱なアナスタリアを心配し、

王は優秀な医師を用意した。


体に悪影響が無いように

細心の注意を払っていた。


そんなアナスタリアを

深く愛していた王にはある悩みがあった。



それは……

ー世継ぎ、子供のことだ。



アナスタリアの体は子供を産めば

ますます衰弱する可能性が、

最悪亡くなる可能性がある為、

王は周囲から圧されても拒否していた。


しかし、アナスタリアは子供を

望んでいた。


“私は王の正室。

そして貴方様の妻、女でもあります。

ですから、私の役割を

果たさせてくださいませ。

なにより、私は……

貴方様の子を産みたいのです。

貴方様との大切な子供(たからもの)欲しいのです“


当人に言われ、なにより

アナスタリアとの間に子供が

欲しかった王は、遂に同意した。


そして……

2人の間に1人の子供が産まれた。


アナスタリアとは違い、

体の丈夫な、竜の血を濃く受け継いだ

2人の愛の結晶(ジークス)が。


アナスタリアは産んだ影響で

寝たきりの日々が多くなり、

体も衰弱していったが、

子供を“私の愛しい宝物()“と呼び、

たくさんの愛を注いだ。


しかし、子供が産まれてから

王の心に(かげ)りが出来た。


勿論、子供を愛しているし、

目に入れても痛くないくらいに

とても可愛くて仕方ない存在だ。


しかし、寝たきりになったアナスタリアを

見る(たび)、ふと思ってしまう。



ー”この子さえいなければ”と



産んでから寝たきりになるという事は

産まれなければわからない事だ。


けれど、産んでからアナスタリアが

どんどん衰弱しているのは事実。


自身の考えに吐き気を覚え、

いずれ子供に手を上げるのでは?

と思ってしまう。


王は政務に集中することで

暗い感情、翳りから逃げた。


勿論、子供を愛していた為、

寝た頃を見計らい、顔を見に行ったりした。

おそるおそる頭を撫でてみたりもした。


が、起きている頃はどうしても

出来なかった。


アナスタリアは王が子供から逃げている事に

気づいていたものの、何も言わなかった。


ただ、アナスタリアの空のような

青く澄んだ瞳は自身の心を

見透かしていたような気がした。


逃げてばかりでは意味がないのは

頭の中で理解していた。


この暗い感情が消えた頃に、

起きている子供を抱きしめようと

決めていた。


3人で家族団らんの時間を過ごそうと

思いを馳せていた。


しかし、それは叶わなかった。



ーアナスタリアが亡くなったのだ。



最期まで王と子供を想いながら、

眠るように息を引き取った。


「母上……母上えええええ!!!」


子供は自分の喉が千切れそうな

くらいに泣き叫んだ。


もう目を開ける事はないアナスタリアに

しがみつき、何度も何度も叫ぶ。


それは当然だろう。


たった1人の大切な母が

いなくなったのだから。


王も膝から崩れ落ちたものの、

子供の手前、泣き叫ぶのを

なんとか踏みとどまった。


父がいるからと声をかけようと、

子供を抱き締めようと

泣き崩れる子供の背中に手を伸ばす。


子供はこちらを振り向いた。


「……父……上……」


愛しいアナスタリアと同じ、

空のような澄んだ瞳をしていた。



ー“こいつさえいなければ

死ぬことはなかったのだ……!!“



愛しいと想う気持ちと同等に

暗くおぞましい気持ちが

一気に溢れだしてくる。


王はたまらずその場から逃げ出した。


正反対の感情がぶつかり合い、

頭がぐちゃぐちゃになる。


子供はとても愛おしい(憎らしい)

あの子は俺の、妻との愛の結晶

(あいつが妻を殺した)

違う!あの子のせいではない!

(あいつのせいだ!)

違う!違う!違う!!

あの子は俺の愛おしい子供なんだ!

(あいつは憎らしい子供だ!)

愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい

憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい

愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい

憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい

愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい

憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい

愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい

憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい

愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい

憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい

愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい

憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい

愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい

憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい愛おしい

憎らしい愛おしい憎らしい愛おしい憎らしい

愛おしい憎らしい愛おしい愛おしい憎らしい

愛おしい憎らし愛おし憎ら愛し憎ら愛し憎ら

愛し憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛

憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎愛憎ー


「あいつがお前から女を奪ったのだ。

憎むが良い。

憎悪に身を委ねろ」



地獄の底から響くような声が

聞こえた。



ーそこから王は王ではなくなった。



王は誰かに体の主導権を奪われたのだ。


王はただ見ていることしか

出来なくなった。


必死に体を奪い返そうとしても

焼け石に水。


懸命に奪い返そうとする中、

とんでもない事実を知る。


ー主導権を握った者はなんと、

愛しい我が子を殺そうとしていると。


事実に鼓動が早くなる。

目の前が真っ白になる。


竜の血を濃く受け継いだ我が子を

脅威とみなし、早いうちに

消しておこうとしているのだ。


乗っ取った者の狙いは

国を乗っ取り、内部から潰して、

この国に住まう全てを消す事。


自身の安全を確保し、

宝を奪われないようにする為に。


そこで王は気付いた。



ー自身の体を乗っ取った者、

自身に暗い感情を植え付けた者の正体に。



誰かに助けを求めようにも無駄だった。


なんせ、小指1本動かすことも、

自身の言葉を紡ぐことすらも

出来ないのだから。


せめて我が子を守りたいと、

必死に抵抗した。


邪竜はまだ直接手を下すまでではないと

難易度の高過ぎる戦場に行かせて、

我が子の命を散らせようとしていた。


だから王は、死に物狂いで抵抗し、

出来るだけ生き残れる場所を選択させた。


けれど、やはり戦場に行かせるという

事実に胸が(えぐ)られる。


まるで、心臓に何度も何度も

ナイフを突き立てられているようだ。


王は我が子が無事に帰ってくるように

亡き妻アナスタリアに、神に祈り続けた。


そして帰ってくる度に、

どんどんぼろぼろになっていく

我が子の姿、人形のように

何も映さない瞳を見て、

心が引き裂かれ、泣き叫んだ。


なぜ愛しい我が子がこのような目に

遭わなくてはいけないのだ!!


なぜ愛しい我が子を抱き締めてやれない!!

動け動け動け動け動け動け動けっ……!!


これは私の体だ!私のなんだ!!

お前のものじゃない!!


あの子を戦場に送るのはやめろ!!


あの瞳を、あの姿を見て……

何とも思わないのかっ!!


早くあの子を!我が子を……!!


だが思いも虚しく、

体の主導権を一向に取り返せない。


そして、戦場から帰ってくる我が子を

すぐ死地に追いやる日々が続いた。


心身ともにぼろぼろになっていく

我が子をただただ見ているだけ……。


抱き締めてやることも、頭を撫でることも、

我が子へ言葉を紡ぐことすら出来ない……。


私は……私は……!

あの子の父親だというのに……!!


ここから先、男の記憶はない。



心が砕かれたのだ。

体を一向に取り返せない事実に……



そして……

我が子を、愛しい宝物を、

自分は守れないのだという事実にー



「すまない、アナスタリア。

私達の愛しい宝物を守れなかった……」


男は神に懺悔するように、

亡き妻、アナスタリアに謝罪した。


「すまない、我が子よ……。

体を奪われていたとはいえ、

お前を死地に送り続けた。

父親失格だな、私は……」


自嘲し、声を震わせる。


「お前を1度くらい抱き締めたかった……

もう1度、父と……呼ばれたかった……

こんな父親で……

お前を助けることすら出来ない父親で

本当にすまない……」


闇の中へと沈み行く思考のなか、

男はずっと懺悔し続けた。





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