48話 翼の試運転
「……出来た!!」
完成した絵のバランスを確認しようと、
郁人は首を後ろに反らす。
「バランスも……問題ないな。
左右で違うと違和感あるし」
満足気に郁人は頷く。
「さすがパパ!やっぱり上手いね!」
「間近で父上の絵を観覧出来るとは……
感激です!」
「イクトは絵がうまいな。
俺はこういったものは苦手故、
尚更すごいと感じる」
「マスターは料理だけでなく、
芸術方面の才能もお持ちなのですな」
「イクトくんすごーい!」
いつの間にか全員が集まっており、
後ろからYパッドを凝視していた。
「うわあっ?!」
郁人は肩をビクッと跳ねながら
振り向く。
「いつのまに帰って来てたんだ?!
なんで後ろに?!」
「パパが描き始めてすぐかな?
すごい集中してたから
邪魔にならないようにいたんだ」
「父上の集中を乱してはなりませんので、
後ろに控えておりました」
チイトとヴィーメランスは
Yパッドを目を輝かせながら見ている。
「2人がいきなりイクトくんの元に
走ったから驚いたよ」
「君になにかあったのではと
俺達も後を追ったら、君が描いていたんだ」
風のように走っていったと2人は話した。
「父上の描いている姿を
拝謁出来るのだからな」
「描いているパパの横顔を見れるなんて
新鮮だし、とても嬉しいな」
チイトは眩しいものを見るように
目を細める。
<いつもは真正面からだしね。
ペンを持って絵と向き合う姿を見たら
パパに描いてもらってた事も思い出すよ>
2人は口元を綻ばせ、とても懐かしそうだ。
ポンドは不思議そうに郁人に尋ねる。
「マスターはなぜ翼を
描いていたのですかな?」
「ジャケットの機能に飛べるのがあるんだ。
飛行形態を変えれるらしいから
描いていたんだ」
「なんと?!」
「そんな機能があるの?!
なにそれスゴい!?」
郁人の話を聞き、ポンドとサイネリアは
ジャケットを凝視する。
〔本当に不思議なジャケットよね。
魔道具何だろうけど……
属性も何かさっぱりだわ〕
ライコが疑問を膨らませる中、
チイトは無邪気に笑い、声を弾ませる。
「せっかく描いたんだから
飛べるか挑戦してみよう!
うん!そうしようパパ!!」
チイトは画面にある登録ボタンを押した。
「うわっ?!」
突然背中に重みを感じ、郁人が振り向くと
先程描いた翼が見事に生えていた。
自分より1回り大きいため、圧がすごい。
「すっごく綺麗!」
「まるで本物のようだ……!!」
「魔道具とは思えないほどの
自然な翼ですな……!!」
サイネリアとジークスが息を呑む。
ポンドも思わず声を上げた。
3人の驚きに、チイトは眉をしかめる。
「パパが描いたんだから当然だろ。
ねえ、パパ。
動かそうと意識してみて」
「うん……」
チイトは3人への態度とは違い、
優しく朗らかに郁人へ告げた。
翼に口をポカンと開けていた郁人は
正座しながら、目をつむり、集中する。
(動かすか……。
大きいから羽ばたくと皆に当たりそうだし、
自分を包む感じでいこう)
郁人は頭でイメージを固めていく。
すると、頬に柔らかい感触がある。
「ユー?」
ユーかと思いながら目を開けると、
1面真っ白だった。
「これ……もしかして……」
触れるとフワフワと、
触れているのかわからない程の
心地よさ。
「ユーが見せてくれた翼そのままだ!」
翼はイメージ通りに郁人を
しっかり包み込んでいた。
包まれた郁人は日向で干された
布団の中にいるようで思わず
微睡みかける。
いつのまにか肩にいたユーも翼に
頬ずりし気持ち良さそうだ。
〔あんたが大きいと感じたから
自動で大きさも変わったみたいね。
意識を汲んで反応するなんて……
ホント高性能だわ〕
ライコの感心した声が聞こえた。
「パパの思ったように動いてる?」
「動いてるよ。
これなら布団とかいらないかも」
チイトの声が翼越しに聞こえ、
郁人は答えた。
「翼を布団に活用しようと考えるのは
マスターくらいでしょうな」
郁人らしいとポンドは笑う。
「パパの翼ふかふかだもんね。
動かせたし、次は飛べるかだね!」
「飛ぶか……」
「俺達は少し離れておきます。
遠慮なく羽ばたいてください」
ヴィーメランスが郁人が包みこむ動作を
選択した理由を察したのだろう。
郁人に声をかけ、足音が離れていくのが
わかる。
「よし……!」
郁人は深呼吸をすると、立ち上がり
自身が飛んでいる姿を思い浮かべる。
(動かすか……。
ヴィーメランスを参考にしよう)
ヴィーメランスの飛んでいた様子を
目をつむり、思い出す。
(あれ?)
しばらく集中していると、
浮遊感があることに首を傾げる。
目を開けると、自身が飛んでいることに
気づいた。
「俺、飛んでる?!」
下をみれば、チイト達がこちらを
見上げていた。
ジークスとポンド、サイネリアは
驚きのあまり興奮している。
「イクトがもうあんな高くまで……!!」
「マスターが魔力を使っている様子は
無いのにあそこまで飛べるとは……!!」
「空を飛べる魔道具をこの目で拝める
日が来るなんて思いもしなかったよ!!」
チイトは目を輝かせ、
ヴィーメランスは称賛する。
「パパすごーい!!」
「お見事です父上!
すぐに使いこなしてみせるとは!」
肩に乗るユーがすごいと小さな手で
パチパチ叩く。
〔成功ね!
1発で出来るなんてスゴいじゃない!〕
(ありがとう。
見本が近くにいたからだな。
翼の動きとか見ていて良かった)
皆に手を振り、ユーを撫でると
ホッと息を吐く。
「迷宮って上から見たら
こんな感じだったんだな」
郁人は迷宮を見渡した。
下から見ていた時は気づかなかったが、
上から見るとフィールドが分けられて
いるのがわかる。
「俺達が居たのは草原で、
先に抜けると岩場になるのか。
……チイト達が狩りまくった場所も
すぐ分かるな」
〔そこだけ真っ赤だものね〕
見るとチイト達が狩っていた場所が
赤く染まっていた。
まるでペンキをぶちまけたようだ。
〔迷宮で倒された魔物は数分立つと
迷宮の魔力に変換されて消えるのに……。
どれだけ狩ったのよ、あいつらは。
魔力変換が間に合ってないじゃない〕
(……それは聞いて良かったのか?)
“迷宮に出現する魔物の死体は
回収されない限り煙のように消えていく“
ジークスからそれは聞いた事あるが、
理由は未だに解明されてないとも
聞いていた。
〔あっ……!〕
どうやら聞いてはいけなかったようだ。
〔………全力で忘れなさいっ!
もしくは口外しないこと!
いいわねっ!!〕
慌てふためいた声が耳をつんざく。
「わかった。
って、おわああああああああ?!」
ライコのうっかりに頬をかいていると、
郁人の体は真っ逆さまに落ちていく。
〔忘れろとは言ったけど、飛ぶことを
忘れろなんて言ってないわよ!?
早く翼を羽ばたかせなさい!!早くっ!!〕
ライコに急かされるも、いきなりの事に
頭が追い付かない。
地面に吸い込まれるように
郁人はどんどん落ちていく。
〔イクトっ!!〕
悲鳴が聞こえたとき、
郁人の体を空中でなにかが受け止めた。
ーそれはユーだ。
文字通りクッションとなって
地面と衝突することを防いだのだ。
そして、ゆっくりと地面に降りていく。
「パパ大丈夫!?」
「父上!御無事ですか!!」
「イクト!」
「マスター!」
「大丈夫かい!?」
全員が顔を青ざめながら
郁人へ駆け寄る。
「心配かけてごめん。
意識してないと難しいな。
ユーも助けてくれてありがとう」
郁人はユーから降りて、頭を撫でる。
ユーは嬉しそうに尻尾を揺らすと、
手の平サイズに戻り、肩に乗って
頬にすり寄った。
「次は意識を忘れないように
気をつけるよ」
「その時は俺も補助に入るから!」
「俺も入ります。
許可が無い限り1人で飛ぶのは
禁止にさせていただきます」
「君を受け止める者が絶対必要だ」
「しばらくは必要だね。
君が怪我をしたら大変だから」
「わかった。そうする」
「マスター、絶対ですからな」
全員の心配そうな態度を見て、
郁人は頷く。
〔無事で良かったわ。
本当に良かった……!!
……あたしが話しかけたから
集中出来なくなったのよね。
……本当にごめんなさい〕
ライコの声がどんどん小さくなっていた。
郁人は優しく声をかける。
(ライコのせいじゃないから。
気にしなくていいよ)
〔でも……〕
<そうだな。
貴様がかなり話しかけたから
パパが落ちたりしたんだ>
苛立ちながらチイトが以心伝心で
話しかけた。
<これからは説明なども俺がする。
だから、貴様はさっさと失せろ>
ライコに対し、不愉快そうに
チイトは鼻で笑った。
〔うるさいわね!
あんたに言われる筋合いは無いわよ!!
ていうか、度々説明の邪魔をするかと
思えばやっぱりわざとだったのね!
あたしの役割を奪うなー!!〕
<貴様の横道に逸れる説明より、
俺のほうが適していると判断したまでだ。
貴様のような駄女神よりよっぽどな>
〔誰が駄女神よ!この病み猫被り!!〕
脳内にチイトとライコの言い争いが響く。
(もとの調子に戻ったみたいだな……)
声からライコがいつもの調子に
戻った事がわかり、胸を撫で下ろす。
(いつものじゃないと調子が
狂うんだよな……。
まるで……まる……で…………)
誰かとライコを重ねていたことに
気付いた。
しかし、誰と重ねていたのかわからない。
思い出せない。
頭に靄がかかっているようだ。
(一体俺は誰と……??)
必死に思い出そうと、頭を巡らせる。
ぐるぐるぐるぐる、何度も何度も。
それを遠くから聞こえる風の響きが遮った。




