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3話 「そうよ。ようやくわかったかしら?」




「イクトちゃん、わかっているわね?」

「はい……」


現在、郁人はライラックのお説教を

受けている。

一旦閉店している為、店内には2人だけだ。


あの後、部屋前で心配そうにしていた

ジークスとライラックに(はりつけ)にされた者達の

事を説明し、憲兵を呼んでもらった。


が、憲兵の実力ではあのエリアに進めない

ため、頼まれたジークスが同行した。


郁人も行こうとしたが、ライラックに

阻止され今に至る。


チイトは(はりつけ)にした張本人であるにも

かかわらず行こうとしなかったが郁人が

言うと渋々同行した。


(俺が行くように言ったからだろうな……)


郁人が言わなかったら、チイトが暴れた

可能性は非常に高い。

現に、同行を求めた憲兵に対してマントが

怪しく(うごめ)き、あのままでは危ない気が

したのだ。


郁人はチイトの設定を思い浮かべる。


チイトは冷酷無比で、全てを見下す

傲慢な性格。

攻略が特に難しく、突破口をと魔術を

扱えない設定にした。


倒した後はヒロインに心を開くようになり

守ってくれる存在になる。


だが、今では唯一使えたマント以外も

使えており、使えなかった魔術は魔法の域に

まで達している。


しかも、すでに心を開いていて守り方が

かなりえげつない。


(チイトは設定を超えて成長している

のかも……)


「イクトちゃん。話を聞いているの

かしら?」


ライラックに意識を戻すと、両眉を

あげながら、生気のない瞳を向けている。


「暴力を振るわれていたことをどうして

相談してくれなかったのですか?

しかも、原因は私にあると言うのに……

どうして?」

「それは……心配すると思って……」

「心配するのは当たり前です。

だって私は母親なのですから。

母はそんなに頼りないかしら?」

「いや! 頼りになります!!

むしろ頼ってばかりで、迷惑をかけ続けて

いるから、これぐらいは自分で……」



「だったら……もっと頼ってくださいな!」




ライラックの震える声が店内を響き渡った。


「私は母なのですよ!

母が子に頼りにしてもらう事の

どこが悪いというのです!!

ましてや……迷惑だなんて……!!

私は少しも思っておりません!!

そういう風に思われているほうがよっぽど

迷惑で……母は……私は………!!」


ライラックの目の端に大粒の涙が溢れ、

こぼれ落ちる。


(また……やってしまった……)


このような状況になってしまったのは

これで2度目である。


1度目は、体調が悪かったにも関わらず、

心配をかけさせまいと無理をし、結局は

倒れてしまった時だ。


その時、初めてライラックの涙を見た。


涙を見て、ライラックが異世界での

郁人の"母"なんだとはっきりした瞬間

だった。


(もう2度と母さんを泣かせたりしないと

決めていたのに……)


郁人は正座し、床に頭をつける。


「ごめん、母さん。俺……」


“どうか許してほしい。

もう泣かないでほしい"

と顎を震わせ、訴えようとすると


「頭を上げて……イクトちゃんの

可愛い顔が見えないわ」


ライラックの白魚のような手が

郁人の顔に触れ、視線を合わさせる。


「……………」


涙に濡れた瞳が向けられ、郁人は気まずさ

を覚える。


「イクトちゃんはもっと頼っていいのです。

貴方は周囲を気遣い、1人でなんとかしよう

としますが……そんなのは間違いです。

もっと頼ってくださいな」

「……はい、母さん」

「それと、またいじめられたらすぐに

言ってくださいね。

いざとなれば、実力行使も辞しませんから」


ライラックはファイティングポーズをとる。

拳のキレが半端ない。


「でも……母さん目当てのお客が多いし……

そういうことしたら……」

「そんな方、うちの店に来て欲しく

ありません。イクトちゃんをいじめる方は

むしろ願い下げです」


断言するライラックに強い意志を感じる。


「次からは絶対に言ってくださいね。

私は勿論、ジークスくんも望んでいます」


突然のジークスの名前に郁人は目を丸くし、

ライラックを見つめる。


「ジークスくんも貴方が暴力を受けていた

のを知り、とても嘆いていました。

"どうして言ってくれなかったんだ!

そんなに頼りないのか!

そんなに……信用ならないのか!!”と。

私も同じ気持ちです。


ー そんなに信用なりませんか?」


思いがけないことを言われ、郁人は体の

中心が冷やされるような感覚を覚える。


「いや、信用とか関係ないんじゃ……」


ライラックは郁人をまっすぐ見つめる。


「あります。貴方は心配させるかもしれないと

私達に言ってくれません。

ですが、それは優しさではありません。

単に、私達が信用できないと言っている

ようなものです。私達を信用しているなら、

絶対に言ってくださいね。

わかりましたか?」

「うん。本当に……ごめんなさい」

「絶対ですからね」


優しい指使いで頭を撫でられ、

しばらくの間甘受していた。



ーーーーーーーーーー



「イクト!」


しばらくして、ジークスが帰って来た。

足取りはまっすぐ郁人の元へ向かって

来ている。


「イクトちゃん。言うことはわかって

いるわね?」

「大丈夫だよ、母さん」


ライラックに促され、郁人はジークスの

元へ歩み寄る。


「ジークス……その………」

「どうしてすぐに言ってくれなかった!!」


郁人の肩を掴みジークスは叫ぶ。


「君が暴力を受けていたなど……

相談してくれれば一緒に対処法も考えた!

なんなら、きっちり懲らしめもした!

それなのに……どうしてだ………!

そんなに俺が……私が信用できない

のかっ……!!」


ジークスが自分を“私“と言う時は、

高ぶっている時だ。


そんなにも………


「ジークス、本当にごめん。

迷惑をかけると思ったから言えなかった。

次からはちゃんと言う。

だから……本当にごめん」


ー ジークスを信用していない訳では無い。


思いを込めて、郁人はきっちり頭をさげる。


「……親友から頼られて迷惑などと

思うものか。次からはきちんと言ってくれ」

「わかった」

「もし言ってくれなければ、俺は君を

いじめた奴らを片っ端から斬りに行くかも

しれない」


真顔でジークスが物騒な事を言い出した。


「絶対に言う。親友を犯罪者にする訳には

いかないからな」

「そうしてくれるとありがたい」


郁人の答えにジークスは安心したような

笑みを浮かべる。


「これで解決ね! じゃあ、お茶に

しましょう! 良い茶葉が入ったの!」


手を叩き、ライラックはキッチンへ

向かって行った。


その背中を見送り、郁人は周囲を見渡す。


「そう言えば、チイトはどうしたんだ?

あの人達は大丈夫なのか?」


まだ帰って来ていないチイトに

郁人は首をかしげる。


(あの様子だとすぐに帰ってくると

思ったのだが……)


<俺はここにいるよ>


突然、チイトの声が聞こえた。


脳に直接話しかけられているようだ。

もう1度見渡したが、どこにもいない。


「どうかしたのか?」

「いや……声が聞こえて」

「? 俺には聞こえなかったが」


ジークスは軽く首を横に振る。


(もしかして……俺にしか聞こえて

いないのか?)


郁人は顎に手を当て、考えた。


ー「パパ大正解」


今度ははっきりと聞こえた。


けれど、聞こえた方角が明らかにおかしい。


「……足元から」


郁人は(いぶか)しげに覗き込むと


「……嘘だろ?!」

「イクト!?」


ジークスは郁人の腕を掴み、自身の

背後に移動させると剣を構えた。


そうしていく間にも、足元の影が

歪み始め、膨み始める。


影はどんどん見覚えのある形に作られ

ていく。


「パパ! あいつらをちゃんと憲兵に

渡したよ! ところで……

なにパパに近づいている木偶(でく)の坊」


郁人の影は元通りになり、チイトの姿が

そこにはあった。


鋭い眼光はジークスを捉えている。


その眼光は先ほど見た、(はりつけ)にした

男達を見ている時に似ていた。

ジークスも剣を下ろす気配は微塵もない。


一触即発な雰囲気に思わず郁人は前に出る。


「チイト落ち着いて!

ジークスは俺を守ろうとしただけだから!

さっき影から出たのって条件のだよな?」

「うん! そうだよ!」


郁人に話しかけられ、チイトの雰囲気が

一気に柔らかくなる。


「条件というのはなんだ?」

「貴様にいう筋合いはない」


話が見えないジークスは問いかけるが、

チイトによって一刀両断される。


郁人がチイトの代わりに答えて行く。


「俺をいじめた人達を解放する代わりに、

チイトが俺の影に入る事を許可したんだ」

「無断では駄目だと思ったからね。

パパのそばにいれて、守れるから一石二鳥。

これからは俺がいじめる奴らを全員串刺しに

して行くから。安心してね」

「串刺しは安心できないかなあ……」


無邪気に笑うチイトに冷や汗が出る。

そんな郁人にジークスが尋ねる。


「イクト……その……聞きたいのだが」

「どうかしたのか?」

「その……なぜパパと呼ばれているんだ?

君の子にしてはいささか大きすぎると

思うのだが」


ジークスがチイトをちらっと見た。


(そう言えば、なんでパパなんだ?)

<俺のこと創ってくれたからパパだよ>


脳内にチイトの声が響く。

つまり……


(俺がチイトを創作したから親だと

言う事か。どう説明すればいいんだ……?)

<こいつの事なんてどうでもいいと思うよ。

あっ! それとこの以心伝心(テレパシー)も許可して

くれてありがとう! これで誰にも邪魔

されずにお話できちゃうね>


チイトのクスクス笑う声が脳内を響く。


(一体どう説明すれば……そうだ!)


郁人の頭の中でピンと弾ける音がした。

思い付いた事をジークスに話す。


「ジークス。チイトは俺が小さい頃に妹と

一緒に遊んでいた時の子でさ。

その時にままごとをしていて俺が"パパ役"

だったから。それが定着したんだ」

「そうだったのか。それでパパか」


郁人の苦し紛れの言い訳にジークスは

なんとか納得してくれた。


「あら、貴方も帰って来たのね。

よかったら一緒にお茶しましょう」


ライラックがキッチンから顔を出し、

奥の席へ招く。


「イクト。冷めないうちに行こう」


ジークスは奥へと向かって行く。


「パパはパパなのに……」


チイトのふてくされた声が聞こえたが、

すぐに機嫌を直した。


<まあいいや。誰にどう思われようと

関係ないし。それに、あいつらもいるから

勘ぐられたりしないか>

(あいつらって?)


キョトンとする郁人にチイトは以心伝心(テレパシー)

伝える。


(俺と一緒の時期に描いた他の6人だよ。

最初は一緒にいたけど、パパを探すために

別れたんだ。あいつらも色々やっている

みたいだし、すぐに会えると思うよ)

「でも、しばらくは俺がパパを独占だ!

やったあ!」


チイトは目を輝かせ、満面の笑みを

浮かべる。


(そうだ! チイト以外にも攻略対象を

6人描いた!)


郁人の脳裏に攻略対象の設定が巡って行く。


(全員、戦闘能力がえげつないぞ……!

でも、チイトみたいに人を傷つけない

可能性も……)

「パパ」


チイトの声で現実に引き戻される。


「あいつらもパパが大好きで、心酔してる奴

ばかりだよ。別行動をとってパパを探して

いるのも


ー パパを先に見つけて独占するため。


だから、パパをいじめる奴らがいたら

……ね?

俺よりもえげつないのいるし、いろいろ

楽しめそうだ。

それに……」


得体の知れない不安が郁人の胸によぎる。


「この世界がパパに害をなすなら、

この世界……


ー 壊すから」


その瞳は怖いほど澄んで、郁人をとらえた。

冗談だろうと笑おうとするもできなかった。


だって、見てしまったのだから。


ー 郁人をいじめた者達の惨状を。


チイトだけでも、あの惨状を引き起こすのに

他の攻略対象もそれに加わるのだ。

もう誰にも止められない。


(もしかして、夢で見る責任を取れって……

こう言うことなのか……?!)


遠くで誰かが頷く音が聞こえた。




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