43話 帰る場所と堕ちた訳
「何というか……プロポーズか!?」
ライコの叫びが木霊する。
ここは郁人の夢の中。
ライコが突然現れ、
いつものティーセットが揃った席に
座らせ、訴えだしたのだ。
「言いたい事は山程あるけど、
まずはあれよ!!
綺麗な夜景を見て、
サプライズ花火からの
"一緒に暮らさないか"宣言……
もう1度言うわ……!!」
ライコは目をカッと見開く。
「プロポーズかっ!!!
聞いた時は耳を疑ったし!!
叫ばずにはいられないわ!!」
「もう充分叫んでるぞ……」
郁人はライコの様子を見て、
頬をかく。
「本当はその時に叫びたかったわよ!!
でも、バレるかもしれないから
耐えるのに必死だったの!!」
余程耐えたのだろう、
今、発散しているのがわかる。
「というか、
返事はあれでよかったの?
あいつの言う事は1理あるわよ」
肩で息をするライコに言われ、
郁人は思い出す。
ーーーーーーーーーー
ヴィーメランスの突然の言葉に
郁人は目を丸くした。
「暮らすって……あの塔でか?」
「はい。
ここは下に比べれば空気も
澄んでおりますし、温泉もありますから。
体調も以前のように万全に戻るかも
しれません。
生活も不備があれば即用意出来ます。
金銭面も心配に及びません」
ヴィーメランスは思い至った
理由を説明する。
「なにより……
父上を害する者はおりません。
俺が一生かけてお仕えし、
御身をお守りいたします。
どうか……
ー返事をお聞かせくださいませんか?」
郁人を見つめる瞳は真剣そのもの。
冗談ではないことが伝わる。
(俺も真剣に答えなければ……)
自分がどうしたいのか、
判断を後悔しないか考えを巡らせる。
そして……
「……ごめん。
俺、ここには暮らせない」
結果、郁人は断った。
「ヴィーメランスの言う通り
ここはとても良い場所だ。
空気も美味しくて、温泉に入ってから
体調も良い。
危害を加える人もいないだろう」
「では、なぜ……?」
ヴィーメランスの疑問に、
郁人は考えを告げていく。
「俺を待ってくれる人がいるから。
この世界では身元不明な俺を
家族、息子として迎えてくれた
とても優しい人がいるんだ」
郁人の脳裏に柔らかく微笑む
ライラックが浮かぶ。
「俺を心配してくれる人達もいる。
帰る場所、あたたかい家が、
俺にはあるんだ。
だから……一緒には暮らせない」
あの街、ソータウンには、
ライラックやフェランドラ、
アマリリスなど郁人を心配し、
待ってくれている人達がいる。
ー"いってきます"と言えば
"いってらっしゃい"と。
ー"ただいま"と言えば
"おかえりなさい"と。
返してくれる人がいるから。
それを無視するなど、
その場所を放棄するなど
郁人にはあり得ないのだ。
「……あの街には父上のご家族、
家があるのですね」
「うん。
母さんや待ってる人がいるから」
「……ならば、仕方ありません」
瞳に深い哀愁を宿しながら、
ヴィーメランスは微笑む。
「ごめん。
俺のワガママだな……」
「いえ。
父上が家族を大切にしているのは
わかっておりますから」
気にしていないと首を横に振り、
郁人を見つめる。
「ですが、頭の片隅に
置いておいてください。
貴方にもしもの事があれば、
逃げる場所があるという事を。
ー貴方様を心から迎える者がいる事を」
ヴィーメランスは落ち着いた声で
告げた。
郁人は頷き、頭を撫でる。
「わかった。
言っとくけど、お前も家族だからな」
「……?!
その御言葉をいただけただけで、
俺は嬉しく思います」
口許を緩めたヴィーメランスを、
月明かりが優しく照らした。
2人はこれまでの事を語り合い、
ヴィーメランスに
部屋まで送ってもらった。
ーそして、
現状にいたる訳だ。
今1度問いかけたが、
自分の意志は変わらない。
郁人の帰る場所はライラックがいる、
あの家だから。
「変わらないな。
それにしても……
あんな顔するなんてな」
ヴィーメランスの優しい顔や
寂しそうな顔が思い浮かぶ。
「眉間にシワを寄せてる事が
多いイメージで描いてたから。
寂しそうにしてたのを見たら
すごい罪悪感が芽生えた……」
胸がチクリと痛む郁人に、
ライコは尋ねる。
「あたしはあんた達の雰囲気にも
驚いたわよ。
……あんたホントは女じゃないの?」
「違うから。
正真正銘、男だ」
凝視するライラックに郁人は
きっぱり反論する。
「わかってるわよ。
ただ言ってみただけ。
あいつはあんたを1番尊敬し、
大切で守りたいだけでしょうから。
あんたの居る部屋で一目瞭然よ」
「部屋?」
キョトンとする郁人に
ライコは説明する。
「えぇ。
部屋にあるもの全て最高級品。
王族でも手に入らない代物ばかりよ。
しかも、全てが魔道具。
内容は部屋の住人、
つまり、あんたを守る為のもの」
ライコは郁人を指差す。
「……高級とはわかってたけど、
まさかそれほどとはな。
しかも魔道具だったのか……!?」
「魔道具の内容はあんたに
危害を加えると灰になるとか、
炎系でえげつないものばかりよ。
本当に恐ろしいわ……」
内容に顔を青ざめるライコを見て、
更なる驚きに意識が遠くなる。
「しかも、あの塔にも施されているわ。
国1つ相手しても平気な要塞になるね。
あんたに住むように言ってたけど、
ある意味、国1つをプレゼント
するようなものだわ」
「……マジで?」
「大マジよ」
衝撃的な事実に開いた口が塞がらない。
「次に言いたかったのは、
あいつが元英雄ってこと!
あんた、創ったキャラは
全員悪とか言ってたじゃない!」
訳がわからないとライコは
テーブルを叩く。
「英雄なら世界滅亡に
加担するとは思えないけど、
滅亡のメンバーには名前があるし!!
ヘッドホンごしに聞いていたけど、
もう何がなんだかさっぱりだわ!
わかるように説明してちょうだい!」
開いた口がまだ塞がらない
郁人の様子を無視し、
ライコは矢継ぎ早に尋ねた。
「……ライコの言う通り、
俺のキャラは全員悪だ。
けど、元から悪って訳じゃない。
理由があって、悪と認識されている」
ライコの態度に気を取り直した
郁人は説明する。
「例えば……
チイトはそもそも善悪の基準がないんだ」
郁人はチイトについて話す。
「子供が時折見せる無邪気な残虐さも
表し、大人なら躊躇う事も平気でする。
だから周囲には"悪"と判断される」
「そうだったのね。
もしかして、あいつがあんたに対して
子供っぽいのは……」
「この設定が関わってるかもな。
そして、ヴィーメランスは
国の為に力を尽くした"英雄"だ。
長くなるけど、いいか?」
尋ねる郁人にライコは頷く。
「構わないわ。
あたしから聞いたもの」
同意を得た郁人は
ヴィーメランスの設定を語っていく。
「ヴィーメランスは国に仕え、
軍部のトップに君臨し、
粉骨砕身、国を護ってきた。
部下に恵まれ、婚約者とは忙しくて
文通しかしてなかったが、
心を通わせ順風満帆だった」
郁人は声のトーンを落とす。
「ーしかし、優秀過ぎるために、
王にいつか乗っ取られるのではと
猜疑心を持たれてしまう。
ヴィーメランスは王よりも皆に
慕われていたからな」
「それは疑われそうね。
国を乗っ取れる力もあるし」
ライコは頷く。
「猜疑心の塊となった王は
ヴィーメランスを逆賊と認定する。
ヴィーメランスに嫉妬していた
者達は王に便乗した。
ヴィーメランスがいくら弁解しても、
聞き入れてもらえなかった。
言葉を尽くせばいつかはと信じ、
大人しく牢に入った」
「意外ね。
あいつなら反撃しそうなのに」
ライコは目を丸くする。
「悪意を持たれていようが、
自分が護ってきた王と仲間だからな。
英雄には出来なかった。
王の姿を見て大人しくした方が良いと
判断したのもある」
喉が渇いた郁人は紅茶を飲む。
「部下や婚約者、国民といった、
ヴィーメランスを慕う人達は
助けようと必死に動いた。
王に直談判する人や署名活動と
思い付く限りの事をした。
しかし、王はヴィーメランスを
慕う人達を全員処刑した。
国民の大半を失うと言うのにな。
その事に怒り狂ったヴィーメランスは
王を、国を滅ぼしてしまうんだ」
悪に堕ちる経緯を聞いた
ライコは頷く。
「だから……元英雄ね。
それにしても、随分凝ったわね」
「前から創っていたキャラを
リメイクしたからな。
チイトは元からあんな感じだったけど、
他の奴らは違うから。
悪になった理由がないと納得できなくて」
理由を考えるのに苦労したと、
郁人はため息を吐く。
「他の奴らも理由があるのね」
「その通りだ。
ヴィーメランスがあのように
しているのは、怒る理由がないからだな。
前は国を護っていたから
放っておけなかったのかもしれない」
郁人はヴィーメランスの台詞を
思い出す。
『では、改めて……
俺は"ヴィーメランス"。
イメージカラーは赤。
炎を使い、あらゆる武器を使いこなす。
性格は厳正で苛烈。属性は炎。
好みは武器収集に鍛練。
嫌悪するのは裏切り、口だけの者。
攻略するには他の者と違い、
正々堂々と待ち構えていますので、
戦闘に行くまでの難易度は低めです。
ー貴方様の剣となり、
仇なす者を全て消し炭にいたしましょう』
ヴィーメランスは郁人の手をとり、
自身の設定を話した後、誓ったのだ。
「怒る理由があるから、
滅亡に加担したのかもしれないな」
理由は謎だけどと呟く。
(今の姿を見ると予想がつかないが、
恐らくそうだろうな)
理由はなんだと考える郁人に
ライコは告げる。
「だとすれば、間違いなく
あんたが関係してるわね。
ヘッドホンはあいつにバレないよう
強化したわ。
あたしはあいつが怒る引き金があれば
すぐ教えるから、頑張って止めてよね」
「頑張るよ」
決意を固めていると、
何かが肩に乗った感触がある。
見るとユーがいた。
ライコを見て警戒している。
「ユーどうかしたのか?
ライコは良い人?いや神か?
だから警戒しなくても……」
「ひいっ!?
なんで入って来れるのよー!!」
ライコが信じられないと
声を上げた。
「入って来れるのは、スキル
"夢渡り"を持つ夢魔くらいよ!
夢魔も混じってる訳?!
妖精の籠を使ったって聞いたときも、
息が止まりかけたのに!!
どれだけ混ぜたのよあいつはー!!」
ライコが頭を抱えながら叫んでいると、
ユーが郁人の頬をつついた。
瞬間、視界が揺らぎはじめる。
「これって……?!」
郁人の視界はグニャリと歪んだ。




