42話 夕焼け色は真っ直ぐ射ぬく
温泉を堪能した郁人は、
用意されていた塔の1室にいた。
「チイトがくれた指輪、
俺が触れてもYパッドになるんだな。
しかも、タッチペン付き。
チイトには感謝しかないな」
Yパッドに絵を描きながら
ヴィーメランスを待っている。
「迎えに来るって言っていたし。
それにしても……」
改めてゆっくりと見回す。
天井には宝石の輝きを
詰め合わせたようなシャンデリア。
下には踏むのを躊躇ってしまう程の
高貴さを感じる絨毯。
あまりに柔らかく上品な手触りに
夢中になってしまいそうな、
深い光沢が見られるカーテン。
大きな窓の枠もよく見ると、
細かい飾りが施されており、
カーテンに全く負けていない。
そして……
職人の技量が見られる洗練された
美しい家具の数々。
極めつけはこの部屋の主人的存在、
天蓋付きキングサイズのベッドだ。
ベッドに座ればずっと
沈んでしまうのではと思う程。
布団は羽のように軽く、
包まれたら心地よい眠りに
つけること間違いなし。
枕も肌触り抜群で、頬ずりしたくなる。
まるで王室のような部屋に、
また異世界に来たのではと考えた程だ。
しかし、部屋の扉には
名前が彫られたプレートが
あるので、考えるのをやめた。
靴箱が無いので靴を脱がなくても
良い部屋だとわかる。
しかし、高貴なカーペットを
履いたまま踏むのを躊躇い、
靴はホルダーにしまい込んだ。
どこに座るか考えた結果、
広すぎる部屋の隅で、
三角座りしながら絵を描いている。
「俺にこの部屋は場違い過ぎるだろ……」
目も眩む程の豪華過ぎる部屋に、
思わずため息を吐く。
すると、
間を置いたノック音が聞こえる。
「父上、お迎えにあがりました。
入ってもよろしいでしょうか?」
「いいよ」
「失礼します」
了承を得たヴィーメランスは
扉を開ける。
「……父上はなぜ靴を脱いで
隅にいらっしゃるのですか?」
ヴィーメランスは隅で三角座りする
郁人を見て目を丸くした。
「その……すごく……
高級そうだから触るのがな……。
汚したら怖いし……」
Yパッドを指輪に戻し、
頬をかく郁人にヴィーメランスは
苦笑する。
部屋の主の意向に合わせる為、
ヴィーメランスは靴を脱ぎ
空間に仕舞う。
そして、郁人の元へ進む。
「父上が思われている程、
高級ではありませんよ。
もし汚れたら掃除しますので」
好きに使ってほしいと
ヴィーメランスは片膝をつき、
告げる。
「それに、家具類は使わなければ
無用の長物に成り果てます。
お気に召さなかったのならば
全て燃やしますが?」
「使うから燃やすのはダメ!」
ヴィーメランスは立ち上がると
人差し指に火を灯し、
燃やそうと体ごと振り向いた。
郁人は立ち上がり、慌てて前に立つ。
「綺麗だから使うのに
少し躊躇っただけだから!!
気に入ってない訳じゃないぞ!!」
凶行を止めようと、
郁人は自分の意見を必死に伝える。
「カーペットは靴より素足のほうが
柔らかさを感じれるから
脱いでるのもあるし……
ベッドとかも気に入ってるから!!」
「……そうですか」
郁人の慌てように口角が上がっており、
火もすぐに消していた。
瞳も笑っている為、
からかわれたのだとわかった。
「……もしかして、からかった?」
「すいません父上。
少し緊張されていたので
俺なりにほぐそうと思いまして……」
うつむき加減に視線をそらす。
「緊張されていた理由は
わかりませんが、あのように
過ごしても問題ありません。
この部屋は父上のものですから」
ヴィーメランスが示した先に、
ベッドをトランポリンのように
跳び跳ねるユーの姿があった。
しかし、それとは対照的に
ヴィーメランスは郁人をからかった事を
少し気に病んでいるようだ。
「ヴィーメランスのおかげで
緊張がほぐれたよ。
ユーのようには難しいけど
ありがたく使わせてもらうから」
察した郁人は礼を言い、
気にしてないと態度で示す。
「ありがたくなどとんでもない。
先程も申しましたが、
この部屋は父上のものです。
好きにお使いください。
後で、靴入れも用意しましょう」
靴入れに、郁人は声を弾ませる。
「それは助かる。
ありがとう!」
そして、ふと思い出す。
「そういえば……
見せたいものがあるって言ってたけど」
頭にはてなマークを浮かべる郁人。
「見てからのお楽しみです」
ヴィーメランスは表情を明るくした。
「では、
夜の空中散歩へと参りましょう」
郁人を片手で抱き上げると、
窓に進み、枠に足をかける。
「空中散歩って……?」
全て言いきる前に、
ヴィーメランスは
勢いよく外に飛び出した。
咄嗟の事に郁人は思わず、
ヴィーメランスの頭にしがみつく。
「うわああああ?!」
「落ちませんのでご安心を」
ヴィーメランスは竜の翼を生やし、
空中で停止する。
「ユーはここで待機だ。
部屋の番をしていろ」
ついていこうとするユーに向かい、
クリームフルーツを投げた。
ユーは見事、口でキャッチすると、
食べながら窓から離れていく。
「ヴィーメランス飛べたもんな……」
心臓が凄まじく動いたが、
深呼吸をして落ち着かせた郁人は、
ヴィーメランスの頭を放した。
肩に手を置き、設定を思い出す。
「はい。
父上が設定されたように
空も翼で自由に移動できます」
翼はヴィーメランスの髪色と同じ色だ。
郁人は動く様子を興味深く見る。
(描いたのと同じだ。
こうやって動くのか)
瞳を輝かせながら見る郁人に
ヴィーメランスは告げる。
「今から行く場は、
父上には肌寒いでしょう。
こちらを御召しください」
ヴィーメランスは肩にかけてある
コートと空間魔術から軍帽を
取り出し、手渡す。
「寒さに弱いとお聞きしてますから」
「ありがとう」
郁人はコートと軍帽を身につけた。
(そういえば……
ヴィーメランスが羽織るの
マントかコートか悩んだな。
マントはチイトとかぶるから
コートにしたっけ)
「どうかされましたか?」
「何でもない。
どこに連れていってくれるんだ?」
尋ねた郁人にヴィーメランスは
柔らかく微笑む。
「それは秘密です。
今から行きますので、俺が言うまで
目を閉じていただいても
よろしいでしょうか?」
「わかった」
郁人は素直に目を閉じる。
瞬間、夜風が勢いよく頬を撫で、
通りすぎていくのがわかった。
肌を冷たい風が刺激する。
が、軍帽が頭部を、コートが体を
寒さから守ってくれているので
意外と平気だ。
(コートと帽子を借りて正解だったな。
俺の体は寒いと動きが鈍くなって、
次第に動かなくなるから。
ジャケットだけじゃ危なかったかも)
郁人はソータウンがとてつもない
寒波に見舞われたときを思い出す。
あのとき、寝る前に薬を
飲んでいたにも関わらず、
体がぴくりともしない。
瞬きするのにも時間がかかり、
助けを呼ぼうとしても、
声が全く出なかった。
ライラックが来たから良かったが、
もしかしたら、あのまま
死んでしまうのではないかと
体の中心から冷やされるような
感覚を覚えた程。
あれ以来、寒くなれば
薬を通常より多めに飲み、
かなり厚着する事にしている。
「着きましたよ父上。
目を開けてみてください」
以前の出来事を思い出している間に、
着いていたようだ。
郁人はゆっくり目を開ける。
「……………!?」
そして息を呑んだ。
吸い込まれそうな程の美しい三日月。
光輝く星々が今にも降ってきそうな
圧巻の夜空が目の前に広がっていた。
視線を下に向ければ雲1つ無く、
地上の明かりがきらびやかに見え、
まるでイルミネーションのよう。
空と地上が一体となり、
1つの芸術作品に思えた。
「すごい……綺麗だ……」
「父上の居られた世界では
お目にかかれない景色かと」
ヴィーメランスは自慢げに話す。
「俺も初めて見たときは
息を呑みました。
まるで世界を自分の物にした
かのように思えましたから」
郁人の様子を見上げ、
ヴィーメランスは胸を張る。
「そして、この景色に少し手を加えた
ものが見せたかったものになります」
左手に炎を出現させると、
遠くに放り投げる。
炎はどこか懐かしい音と共に
遠くへ進み、一気に炸裂した。
次々と大輪の花々が夜空を飾り、
瞬く間に消えてゆく。
きらきらとした火の粉が
顔に当たるのではないかの距離に迫る。
「花火だっ!!」
郁人は炎の正体に目を輝かせた。
「父上は夏の時期になると
よく妹君と浴衣を着て、
縁側で見ていられましたでしょう」
懐かしいと目を細める。
「こちらではお目にかかれませんので、
挑戦してみました」
「まるで近くで見ていた
みたいに言うけど……」
隣で見ていたように言うので、
思わず尋ねた。
「父上はいつもスケッチブックを
持参されておりましたから。
紙ごしにですが、見ていました」
ヴィーメランスは郁人を見つめる。
「父上は長い間、俺達を
一生懸命描いてましたから。
熱意が伝わったのでしょう。
その内に俺達に意識が芽生え、
父上のことを見ていたのです」
「……そうだったのか」
疑わしそうな郁人だったが、
様子を見て真実だと悟った。
アドレナリンが急上昇し、
一瞬、全てを忘れてしまう。
描いていた間に意識が
芽生えていたなど
誰も思わないだろう。
それが彼らは郁人が
こちらに来るよりも前、
描いてた頃から
意識が芽生えていたのだ。
誰だって驚くに決まっている。
郁人の様子など露知らず、
ヴィーメランスは語る。
「いつか貴方様と直接
話をしてみたい、触れあいたい。
そして……
創り出してくださった事への
感謝を告げたいと思っておりました」
心情をヴィーメランスは吐露していく。
「我らの悲願が異世界でありますが、
ようやく叶いました。
本来、創造主である貴方様を
父上と仰ぐのは不遜に
あたるかもしれません。
しかし、少しでも近くにありたいと
父上と仰いでしまいました。
まず、その事に謝罪を……」
頭を下げると、
ゆっくり顔を上げた。
「そして……
俺達をずっと描いてくださり……
心から敬意を。
ー誠に感謝いたします」
夕焼けのような瞳は
柔らかい輝きに包まれていた。
驚きをまだ飲み込めていないが、
ヴィーメランスの柔らかな表情に
目を奪われる。
郁人は自分の気持ちを
素直に紡いでゆく。
「まさか……
そんな前から意識があって
そばにずっといたなんて驚いた。
俺もこうやって会えて嬉しい」
心が温かいもので満たされる。
郁人はそれを感じながら述べていく。
「父と呼ばれるのには
びっくりしたけど……
不快になんて思ってない。
むしろ呼び捨てでもいいから。
会いたいと思ってくれて……
ありがとうな」
「……?!」
ヴィーメランスは口元に手をやり
表情を隠すが、瞳が潤んでいるのは
隠せていない。
その様子を見て、
郁人はヴィーメランスの頭を
優しく撫でた。
撫でられている事に目を丸くするが、
ヴィーメランスの嫌がる素振りはない。
(つい撫でてしまったけど、
嫌ではないみたいだな。
今思い出したが、髪を乱されるの
嫌がるタイプだったんだが……。
良かったかな?)
サラサラとした髪艶を楽しんでいると
ヴィーメランスが口を開く。
「父上……」
「どうかしたか?」
不思議そうな郁人の手を
ヴィーメランスが取る。
「こちらに……
拠点を替えるつもりはありませんか?
ー俺と共にここで暮らしましょう」
夜空を大輪の華々が彩る中、
夕焼けの瞳が郁人を真摯に見詰めた。




