306話 レッスン中にて
「ひさびさだと……キツいかも……」
次の日から、郁人はスパルタレッスンに
挑んでいる。慣れない女装姿、それに
着物の重さでいつもよりバテ気味だ。
「おい。少ししか期間空いてなかった
はずだが? なんでそんなナヨっとしてんだ
テメェ。そろそろ休み時間だがこのまま
……」
「旦那様、落ち着いて。クールダウン!
イクトちゃんは今、女の子だから。普段と
違う体に慣れるのに時間がかかっても
おかしくないんじゃない? 休める時に
休むのも大事だよ」
そんなスパルタレッスンの講師は
エンヴィディアだ。
レイヴンから知らせを受け取ると、
すぐさまこっちへ来たらしい。
アマポセドはその付き添いで来ている。
「旦那様、来るときは嬉しそうに
してたのにねえ」
アマポセドはヘラっと笑いながら
告げる。
「旦那様ってば、イクトちゃん自ら
音楽の授業もしてほしいってお願いした
って聞いて、本当に嬉しそうだったよ!
それはもう、聞いた瞬間に出かける準備を
したくらいって……ちょっ?! 旦那様!!
叩かないでくださいよ!!」
「テメェがペラペラ減らず口を叩く
からだろ」
こちらへ来た経緯を話すアマポセドの
頭をエンヴィディアが叩いた。
「まず、テメェがなんでここにいる?
とっとと部屋から出ろ」
「いやぁ~それが、旦那様の御兄弟に今回
イクトちゃんは音楽だけをやるわけじゃ
ないからやりすぎないように見張っといて
くんない? って言われてるんで。
なので僕はここにいまーす!!」
「……あいつだな、あの鳥野郎」
胸を張って離れない宣言するアマポセドに
エンヴィディアは舌打ちした。
「だったらテメェもレッスン受けさせて
やる」
「それは泣く泣くですがお断りさせてもらう
ね。ちゃあんと報酬も前払いでもらっちゃっ
てますんで」
きっちりもらっちゃったんでとアマポセド
は親指と人差し指をくっつけお金を貰った
と示した。
「しかも、そこにユーくんもいるから。
たとえ僕が見過ごしても、ユーくんが
レッスン止めるだろうからね」
アマポセドが視線で示した先には胸を
張るユーがいる。そして、背中のチャック
からスケジュール表を取り出すとレッスン
の時間割表を叩いている。
「ほらね? やる気のある見張りがいる
からさって…………ん?」
「…………誰か来やがるな」
アマポセドが襖をじっと見つめた。
ユーも見つめ、エンヴィディアも眉間に
しわを寄せながら見ている。
郁人は誰だろ? と首をかしげる。
「来るって誰が?」
「俺も知らねえ音だ。だからテメェの
知人でもねえよ」
「んー……この気配は……」
エンヴィディアが告げ、アマポセドは
なにやら顎に手をやっていると
襖をノックする音が響く。
「すいません。ここにプリグムジカの
楽神と謳われる方がいらっしゃると
レイヴン殿からお聞きしました。
入ってもよろしいですか?」
襖をノックした主の声は落ち着いて
いながらも心にすんなり通る、緑豊かな
平原を翔ける風のように心地よく、
頼まれたら断れない声だ。
「えっと……構いませんよ」
〔綺麗な声ね……!! こう心にすっとくる
声というか……!!〕
そんな声色に郁人はすんなり許可して
しまった。ライコは声の綺麗さに驚く。
「突然の来訪だというのに、許可いただき
ありがとうございます」
許可をもらった声の主が襖を開けた。
「………………天使?」
〔えっ……?! 天使ってほとんどいない
んじゃ……!!〕
郁人とライコが思わず呟いてしまったの
も無理はない。
窓から差し込む光に照らされる金糸の髪、
澄み切った空のような瞳には十字の文様が
浮かんでいる。まるで絵画から出てきた
ような美しさをもつ青年がいたからだ。
そんな人々を正しい道へと導くオーラを
放つ青年の後頭部には天使の輪"ヘイロー"
が輝いている。
「僕が天使の血を引いているとわかった
のですか? ……あぁ、このヘイローがあり
ますからすぐに分かりますね。
目立ちますから、これは」
隠そうにも隠せないんですと天使は
あははと笑う。
「っと、自己紹介もしていませんでしたね。
失礼いたしました。僕は”アスト”。
“アスト・ハッカ・イーヴィルム”と申し
ます。これでもイーヴィルム国の王を
しております。以後よろしくお願い
しますね」
綺麗な礼をするとふわりと柔らかな笑み
を浮かべる天使、アスト。
そんなアストに対し、アマポセドも
笑い返す。
「これはこれはご丁寧にどうも。
まさかこんなところで魔王様にお会い
できるとはねえ」
「魔王っ?!……あっ! たしかに瞳が!」
〔瞳孔に十字があるのは魔王の証よね?!
こいつ魔王なの?! たしかに天使も
人より魔力があって、体の1部とかが
違うから魔族の1種だけど!!
魔王になることあるのね?!〕
郁人とライコが驚いている中、
アストも目をぱちくりさせる。
「瞳のことを知っているのですか!
これを知っているのは珍しい……。
フェイルート殿のもとで働いているなら
知っているのも当然なのでしょうか?
ところで、貴方様のお名前は?
夜のように黒き髪をもつ可憐な乙女」
「乙女……?」
〔あんた、今はここで働いてる女の子の
姿してるから乙女って言われても
仕方ないわよ〕
(忘れてた?! エンヴィディアといるから
気が抜けてた!!)
どう答えようか慌てる郁人より前に
エンヴィディアが口を開く。
「こいつはまだ源氏名が決まってねえ。
だから答えようがねえよ」
「そうだったのですか! それは失礼いたし
ました! たしか、蝶の夢では源氏名以外
名乗るのはNGでしたね……では、なんと
お呼びしましょう……」
エンヴィディアの言葉に申し訳なさそうに
眉を下げたアストは顎に手をやり考える。
「状況から見て楽神殿から教わっているの
ですね。では、源氏名が決まるまで歌姫殿
と呼ばせてもらいましょう。よろしいで
しょうか?」
「えぇ。そのようにお呼びください」
「では、歌姫殿と呼ばせてもらいますね」
「で、テメェは俺になんの用があって
ここへ来た?」
不機嫌なエンヴィディアにアストは
その手を取る。
「貴方に感想を伝えに来たのです!
貴方の音楽はとても素晴らしいと!!」
目を輝かせながらアストは絶賛する。
「僕はあまり音楽に興味がなかったの
ですが、貴方の音楽を初めて耳にした
とき心が、魂が震えたのを感じたのです!!
これが音楽の真髄なのだと!!
僕も少しでもは近づきたいと日々努力
していますが、なかなか……。
ですが、それで貴方の音楽はまさに
至高だと痛感しました!!」
「………はぁ」
アストは興奮冷めやらない様子で続け、
エンウィディアは何も言えないでいる。
「貴方の音楽が保管された録音貝は
全て購入させてもらいました!!
最近販売された重厚感のあるロック? と
いうものも実に素晴らしい!!
貴方の音楽はとどまることを知らない!
まさに天上の音楽です!!」
「わかったから手を離せ!」
エンヴィディアはあまりの熱に押され、
手を振りほどこうにも出来ないでいる。
「わあ~旦那様が押されてる〜!
珍しっ!」
アマポセドは目をぱちくりさせ。
珍しいものを見たと驚いた。
「旦那様があんなふうに押されるなんて
なかなか見られない光景だよ!」
〔あの俺様人魚が押されるなんてね!〕
(多分……前のエンヴィディアと似てる
からかも?)
〔前のって?〕
<前のってどういう意味?>
ライコと話しているとまさかの
アマポセドが以心伝心に割り込んできた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
面白い、続きが気になると
思っていただけましたら
ブックマーク、評価
よろしくお願いします!




