小話 夏休みのひととき2
晴れやかな青空の下、人々のはしゃぐ
声が響いている。
「お父さん! あれ乗りたい!」
「次は観覧車に乗るって約束でしょ!」
「観覧車に乗ってからにしような」
「はーい!」
親子が声を弾ませながら観覧車に向かう。
「あっ! グリーティングがあるって!」
「一緒に写真撮りたいから行こ行こ!」
女子高生達がキャッキャッと目を
輝かせながら走っている。
ここは大人気の遊園地"ワンダーワールド
ランド"だ。
夏休み中なのもあって、暑い日でも
人々でにぎわい、大盛況だ。
そんな遊園地のとあるパラソル付きの
席、自由に飲食できるように設置され
たところで郁人と篝はお弁当を食べて
いる。
「どう? 篝の好みに作れたと思うん
だけど……」
「かなり俺好みど真ん中の味だ。
ありがとうな、郁人」
「喜んでもらえてよかったよ」
テーブルにお弁当を置いて仲良く
食べる姿は微笑ましい。
「それにしても、篝がこうやって
お揃いでカチューシャ付けたりして
くれるのは意外だったな。俺は妹と
いつもしてるから慣れてるけど、篝は
そんなイメージなかったから」
「今日だけ特別だ。それに楽しむなら
形から入るのもありだろ?」
「そうだね! あとで写真を撮ろう!
グリーティングもしてみたい!」
「いいぞ。マップにグリーティング
してる箇所がいくつか載ってたから
どこに行くか決めないか?」
と、じつは篝はかなり浮かれている。
普段ならつけないキャラがモチーフと
なったカチューシャを郁人と揃いで付け、
首からポップコーンを提げており、
この場に桃山夫妻がもしいたら2度見
してしまうほどの浮かれ具合だ。
そんなことを知らない郁人は篝の
提案に目を輝かせる。
「そうだったんだ! 俺、お化け屋敷しか
見てなかったから知らなかったよ!
決めてから行く!」
「お前、真っ先にお化け屋敷探してた
もんな。まあ、遠目から見てもおどろ
おどろしい建物があったから一発で
わかったけどよ」
篝はここからでも見える幽霊屋敷に
視線をやる。
「惨殺事件が起きた呪いの屋敷を
テーマにしたものだったが、かなり
凝っていたな。だが、中も迷宮じみ
たものだから簡単に出られないと念を
押され、入るのに契約書まで書かされる
ことになるとは思わなかったぞ」
「契約書の理由はあまりに怖すぎるから
トラウマになったってクレームが入った
からって聞いたよ」
「お化け屋敷なんだから怖くて当然
だろ……って、誰に聞いたんだ?」
篝は不思議に思い尋ねた。
(今日は妹に邪魔されずにすむから
独占できるので俺のそばから離れ
られないように手を繋いでいた。
スタッフから話を聞いたりなども
俺がしていたからこいつが誰かと
話す機会はなかったはずだが……)
今日のことを思い出していると
郁人が答える。
「お化け屋敷にいたスタッフさんが
教えてくれたんだ! ほら、綺麗な黒髪
の女の人! お化け屋敷の中で心配して
ついて来てくれてたでしょ?」
「黒髪……女……?」
篝は顎に手をやり考える。
(お化け屋敷にそんなスタッフが
いたか? いたとすれば入り口にいた
男だけで 女性スタッフは1人も
いなかったぞ。
なにより……お化け屋敷に入ったとき
俺とこいつ以外はいなかったはずだ)
子供2人で大丈夫か心配されたが
2人で大丈夫だからと押し切ったので
スタッフはついてきていない。
(だとすれば、黒髪の女は誰だ?
もしかして……いや、とりあえず
話を聞こう。考えるのはそれからだ)
頭に浮かんだ仮説を振り払い、
続きを促す。
「黒髪の女がついてきたって、まず
俺は2人でいけると断っただろ?」
「たしかに断ってたけどさ。あの人、
中のお化け担当だったのか知らなかった
みたいだよ。だって、俺達を見てびっくり
してたから。子供だけで入って大丈夫なの?
親御さんは? って聞かれたから」
「……そうだったか?」
「そうだよ! それでここは迷ったら
危ないからってあの人が案内もして
くれただろ? ここに入ったら外に出れ
なくなるから気をつけてとか、ここに
いるのは目を合わせたら引き込まれる
から要注意とか、この道は安全だから
怖くないよって」
「………………」
篝は思い出した。
郁人はお化け屋敷に入ったあと、
まるで道を知っているかのように
スムーズに進んでいたことを。
途中、郁人がいきなり下を見て
と言ってきたことを。
(あのときはこいつが思いのほか
怖がらないから、頼りにされなくて
少し残念に思っていたが今思うと、
あきらかに誰かに案内されてるような
足取りだった!! 先頭には誰もいなかった
というのに!!)
篝は血の気が引いていくのを感じた。
郁人はそんな篝を心配する。
「どうしたんだ? 顔色が悪いけど……」
「いや……べつに……で、その黒髪のは
出口で別れたか?」
「うん。出口で別れたよ。気をつけてね
って、あと篝に関して気をつけたほう
がいいよとも言われたんだけど……」
「は?」
なんでだろ? と首をかしげる郁人に
言われる筋合いはないと篝も首を
かしげる。
「なんでそんな……」
ー "独占が過ぎると嫌われるわよ"
聞き慣れない声が聞こえた。
振り向いても誰もいない。
ふと視線を感じて見てみれば
幽霊屋敷のバルコニーからこちらを
見る女が1人。黒髪の女がいた。
あの女だけがなぜか遠くからでも
はっきりと見える。直感であの女が
こちらへ話しかけたのだとわかった。
ー "気をつけることね"
その女はにこりと笑ったあと
煙のように消えた。
「…………………」
「篝? どうしたの?」
「……なんでもない」
篝は見なかったことにした。
後日……
「……映ってやがる」
グリーティングで撮ってもらった写真に
幽霊屋敷の窓からこちらを見る黒髪の
女が写っていた。
「あっ! あの人だ!」
「…………知らないほうがいいか」
郁人は目を輝かせ、篝はこの黒髪の女が
幽霊だと告げるべきか考えたが自分以外
に関心が向きそうなのでやめた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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