小話 水龍の番は怖い
郁人達が夜の国で過ごしているなか……
「えええええええええ!!!!!」
ガーベラが経営する"狐福"に勤める
従業員"グラジオラス"はガーベラから
受け取ったとある本を見て声をあげ、
休憩室の椅子からひっくり返っていた。
「うそっ?! 僕達しか知らないこと
ばかり書いてあるんだけど?!」
なんとか起き上がる本をペラペラと
めくって内容を確認し、顔を真っ赤に
している。
「あっ……あぁ……」
「とりあえず落ち着きましょうかあ〜。
ほら、深呼吸してくださあ〜い」
顔を両手で覆って泣いてしまった
グラジオラスにガーベラはハンカチを
渡す。グラジオラスはハンカチを
受け取り、涙を拭くと頭をさげる。
「すっ……すいません……」
「いえいえ、謝らなくて大丈夫ですよお。
これは驚くのも無理はありませんので〜。
その反応からして、この本の内容は
本当なのですね〜」
「……そうです」
「脚色0のノンフィクションものとは
珍しいですよ〜。わたくし初めてかも
しれませんねえ。気になるところを
見つけたら質問しても?」
「やめてください!! お願いします!!」
ガーベラの言葉にグラジオラスは涙目で
懇願した。そんなグラジオラスをガーベラ
はイタズラっ子の笑みを浮かべながら
告げる。
「冗談ですよお〜冗談〜。
……それで、どうしますう?」
「どうしますって……」
「会いに行かれますかあ〜?
水龍さまに?」
「…………………………行きません」
グラジオラスは首を横に振る。
「なぜです? ご自身の番を見つけたい
ためにここまで赤裸々にさらしたの
ですから、それほど想っていらっしゃる
と思いますのに〜」
「…………僕だって会いたいです」
グラジオラスはうつむき、ハンカチを
握りしめる。
「ここまで赤裸々に晒されたんです。
なにをしてるんですかっ!!……と突撃
したい気持ちはいっぱいです。
けど……」
「なにか気になることでも?」
「……はい」
ガーベラの言葉にグラジオラスは頷くと
本をめくり、指で示す。
「この本に書かれていることは本当
なんですが、ここだけ違います。
ここには不治の病と表記してますが
本当は呪いに近いものなんですよね」
「呪い……ですか?!」
「はい……自分に移したからわかるんです。
病ではありません。あれは水龍族を妬む
者達の呪いです。
彼女は男尊女卑がまだ強かった頃に水龍族
のトップに立とうとしましたので、結構
狙われていましたから」
グラジオラスは悲しそうに告げる。
「知ってますか? 水龍族は周囲の感情、
思いを集めやすいんですよ。負の感情が
集められれば集められるほど呪いとなって
思われている水龍本人に伸し掛かるんです。
それに気づくのも死んでからが多かった
ので呪いと気づかれなかったようです
けど」
「それはまあ……難儀な体質ですねえ」
「水龍族は無意識で自身を魔力で覆って
守っているので無事な方々がほとんどです。
けど……彼女はトップに立つために身を削る
思いで頑張っていましたから、守りが
弱まってしまったんでしょうね……。
呪いに蝕まれてしまいました」
グラジオラスはポツリポツリと呟く。
「初めて気づいたときは頭が真っ白に
なりましたよ。僕は彼女の番になるので
水龍族について勉強していましたから
気づけたんです。不治の病にかかったと
気づかれれば彼女を蹴落とそうとする人
が食らいつくのはわかっていました。
だから……自分に移したんです」
「それはユニークスキルで?」
「はい。以前の僕のユニークスキルでも
一気には無理だったので少しずつ移し
ました。ある程度移したら彼女の力は
強いですからもう蝕まれる可能性は
ありませんので」
「……その呪いであなたは死んだんです?」
「はい。結構苦しかったので、彼女が
あんな目に遭わなくてすんでよかった
です」
「では、苦しい思いをしてまで守った
彼女に会わなくてよろしいのですかあ?」
「……………怖いんですよね」
グラジオラスは思いを吐露する。
「あの呪いは魂まで蝕む可能性が
あるんですよ。なので今の僕の魂を
蝕んでいる可能性もあります。
もし僕の魂が蝕まれていたら……
そんな僕が彼女に会えば、彼女が
呪いの影響を受けるかもしれない……。
そのことが怖いんです……」
涙がポロポロと床に落としながら
グラジオラスは続ける。
「それに……情けない話ですが僕は
彼女から無断で離れた。無理やり
別れたので……どんな目で見られる
か……怖いんです……」
自業自得ですけどとグラジオラスは
自嘲する口ぶりで告げる。
「別れるときに彼女に会わず、
手紙で別れる内容を書いて、
勝手に去っていきましたから……。
彼女を裏切ったことに変わりない
ですから……」
声を震わせるグラジオラスに
ガーベラは声を掛ける。
「……そうですか。では、ここで
もっと働いてもらいますよお。
あなたは従業員の中でも優秀です
ので。ティアマットに報告も
しませんからご安心を」
「……ありがとうございます」
「では、紅茶を淹れましょう〜。
たしか葉をきらしていたので
持ってきますから少々お待ちを〜」
「でしたら、ぼ……いえ私が!!」
「そんないかにも泣いてました!
な顔で休憩室を出たら他の従業員が
心配しますよお〜」
「……わかりました。お言葉に甘えます」
「そうしてくださいなあ〜」
ガーベラはグラジオラスに軽く手を
振ったあと、休憩室を出る。
(……あの本、わざと不治の病と記載
されてる気がするのですよね〜。
番だと自称する愚か者が出た場合
の対策として。それに水龍が自分の番
が離れた理由を探らない訳がありま
せんので、呪いだと気づいて対処してる
可能性もあるのですが……)
ガーベラは顎に手をやり、考えた。
(かといって、これらはすべてわたくし
の推測。実際どうなのかはわからない
ですしね……)
息を吐いたガーベラは部屋から
紅茶の葉が入った缶を取り出す。
「とりあえず、イクト様にも内密に
とお伝えしておきましょうか〜」
ガーベラはグラジオラスのいる
休憩室へと足を進めた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
面白い、続きが気になると
思っていただけましたら
ブックマーク、評価
よろしくお願いします!