300話 高嶺の花が3輪
ユーをなんとか宥めながら向かった先
には花園があった。
「花がたくさんある……!!」
提灯の明かりに照らされた花々は
そよそよと風に揺れている。
満月うさぎ達はぴょんぴょんと
楽しげに跳ね回り、飛んでいる蝶を
追いかけたりしている。
(でも、ここ……室内……だよな?)
〔えぇ。襖を開けた先にあったもの。
建物の構造上、室内のはずよ。妖精の
魔力を感じるから、なにか施したのかも〕
郁人は首をかしげるが、妖精なら
あり得るからとライコは呟いた。
〔それにしても、本当に綺麗な花畑ね!
ここで寝転がったら気持ちよく眠れそ
うだわ!〕
(たしかにな……あれ?)
郁人は花畑以外に気になるものがあった。
それは……
「ほんま久しぶりやね。会えて嬉しい
わあ」
「ねえねえ! あなたは冒険者でもある
んでしょ? 冒険のお話とか聞かせて
ほしいなあ!」
「あんたが女の姿になってるって
聞いたけど今はなってないの?」
私服の着物を着こなすタカオと
大きな瞳をキラキラと輝かせながら
話をせがむ赤髪の美少女、金髪に褐色肌
の美女がいるからだ。
〔太夫は相変わらずの美しさね! この
2人は誰なのかしら? かなりの美人
だけど……〕
会ったことあるなら絶対に覚えている
はずよね? とライコは不思議そうだ。
郁人も気になったので尋ねる。
「タカオさんお久しぶりです!
このお2人はいったい……?」
「御二方は蝶の夢にてトップ3を
誇る方々だ。薔薇のように赤い髪の方は
"モゼ"太夫。月のような淡い金色の
髪の方が"シーラ"太夫だ」
「はじめまして! ナランキュラスや
タカオから話は聞いてるよ! 私はモゼ!
蝶の夢のために体張ってくれて本当に
ありがとう!」
「あーしも話は聞いてるよ。あーしらの
留守中にとんでもないことになってたん
だって? 店の子達を助けてくれてマジ感謝
してる。あーしはシーラで、こっちは
ダート。よろしくね」
大輪の花が咲くような笑みを見せるのは
"モゼ"。
ナランキュラスが言うように薔薇のように
赤い髪はもちろんだが、なにより目を引く
のは頭にある猫の耳だ。興味津々と耳を
動かす姿は思わず手を伸ばしたくなるほど。
そんな彼女のはつらつとした元気さは
まるで太陽のよう。空の下を駆けまわり、
元気にはしゃぐ姿が目に浮かぶ美少女。
一方、シーラは褐色肌が特徴的で、
澄んだ青い瞳は海を思わせる。
ダウナーな雰囲気は一見近寄りがたいが、
声はとても柔らかで聞き惚れるものが
ある。ギャルという言葉が当てはまる、
従魔の亀を連れたスタイル抜群の
美女だ。
〔2人共、とっても綺麗じゃない!!
あの太夫とはまた違った方向性の
美しさがあるわ!!〕
ライコも思わず絶賛するほどの美しさ
である2人。
「はじめまして、郁人と言います!
こちらこそ、よろしくお願いします!」
「そんな固くしないでよ! 今回のお祭り
で一緒に頑張る仲なんだからさ!」
「そうそう。同僚なんだしさ」
「えっと、わかりまし……じゃなくて、
わかったよ」
2人の言葉に郁人は押されながらも
頷いた。
「皆さま、仲良しが1番です!」
「そやね。それが1番やわ」
「では、準備してきますのでこちらで
お待ちくださいね!」
満月うさぎはそんな様子を嬉しそうに
眺め、タカオは同意した。
そんな満月うさぎは持ってこないと
と部屋を出た。
その姿を見送ったあと、郁人は口を
開く。
「ところで、作戦のときにお2人の
姿を見かけなかったのですが、挨拶が
遅れていたのならすいません」
「いやいや、あーしら帰省してただけ
だから」
「私もそうなんだ! だから気にしない
で!」
「帰省? シーラさんとモゼさんはここ
出身じゃないんですか?」
郁人の問いに2人は頷く。
「私はマルトマルシェ出身だよ!
誘拐されて売られかけてたんだ!
やばいところに売られそうだったから
必死に逃げてたらフェイルート様達に
助けてもらったんだ! それからここで
働いてるんだよ!
けど、レイヴン様が私の家族が探してる
って教えてもらってからたまに帰って
るの!」
「あーしはティアマット出身。あーしは
従魔ちゃんのダートが拐われて助けに
行ったんだけど呪われちゃってさ。
どっちも瀕死だったとこをフェイルート
様に助けてもらったんだ。で、ダート
がここを気に入ってるからここにいんの。
前は水龍様に呼ばれたから帰ってただけ」
「働くまでの経緯が想像と違った……」
〔誘拐されるは死にかけるはハードよね、
これ……〕
「ここで働く者はそういった経緯の者
が多い。慣れろ」
1つのドラマが書けそうな話に郁人と
ユーはぽかんと口を開け、ナラン
キュラスはそんな郁人の肩を叩いた。
「えっと、シーラさんは水龍様に
呼ばれて帰ってたみたいだけど
知り合いなんですか?」
きょとんとする郁人にシーラは説明する。
「あーしは水龍様に仕える一族の1人
だかんね。あーしがここにいるのOK
されたのもいろんな事を知って水龍様
の力になれるようにって理由だからさ。
そんな水龍様に呼ばれたら帰らないと
いけない訳」
「ちなみに、呼ばれた理由を聞いても?」
「別にいいよ。水龍様の番様を見つけたら
報告するようにって言われただけだから」
「番を?」
「そーそー。番様」
ピジョンニュースにも載ってたやつ
とシーラはこれこれと携帯を見せる。
「最近になって番様がいるって確定してさ。
前から水龍様が探してたけど、肝心の
番様が思い出してなかったんだよね。
でも、もう思い出したのはわかってる
から草の根をかき分けても探せって
言われた訳。イクトさんも、もし
心当たりあんならよろしく。
ほい、これが番様に関する情報」
「えっと……これは小説?」
〔タイトルからして悲恋ものよね?
てか、この亀スキル持ちなのね。
収納スキル持ちの魔物って狙われ
やすいからそれで拐われたのね〕
ダートから受け取り、シーラが
渡してきたのは1冊の本だ。
本のタイトルは”結ばれなかった番”
である。
「水龍様と番様は結婚の約束をして
たんだけど、番様は水龍様の不治の病
に気付いて自身のスキルを使って自分に
その病を移したんだって」
そういうユニークスキル持ちだった
らしいよとシーラは告げる。
「で、番様は水龍様の病を自分に
移したあと、万が一でも病がまた
水龍様に移ったらいけないからって
姿を消したらしいよ。水龍様は後で
知って、悲しみにくれ、また再び会えた
ら絶対に離さないって誓った……
ていう内容が書かれてる本でーす」
「すごいネタバレ。えっと、それは
実話?」
シーラに郁人が尋ねると、シーラは
そうだよと頷く。
「うん、実話。そのときの事を水龍様
自身やその妹君、番様の友人といった
関係者の話を聞いたり、番様の日記を
参考にして書かれたから。水龍様は確実に
番様を見つけたいから書籍化することを
許可したらしーよ」
「……俺がもし番だったら恥ずかしくて
名乗り出ない気がする」
〔あたしも絶対に名乗り出ないわよ……
むしろ逃げるわ〕
大丈夫なのかと心配する郁人にシーラは
大丈夫とウィンクする。
「そこは大丈夫だって。番様はなんてこと
してるの?! ってあわてる性格らしい
から」
「そこも折り込み済みでの書籍化
なんだ……」
郁人が渡された本を見ていると、
モゼがはーい! と手を挙げる。
「ねえねえ! 私もその本読みたい!!
どこに売ってるの?」
「別に買わなくてもいいよ。向こうが
情報欲しいから渡してこいって蝶の
夢のスタッフ分以上も渡されてるから」
「ありがとう! じゃあ、弟の分もいい?
弟は本が好きなんだよね!」
「いーよ。持ってて持ってて」
「その、俺ももう1冊ほしいです」
「全然OK。部屋の一角が埋まるほど
あるからじゃんじゃん持ってって。
てか、イクトさんのパーティーメンバー
分もあとで送るわ」
郁人が手を挙げると、シーラは親指を
立てた。
〔それ、あの番に渡すため?〕
(うん。ガーベラさんとはコンタットで
連絡できるから、ガーベラさん経由で
渡してもらうつもり)
〔聞いた限りでは、番は心の整理が
ついてなさそうだものね。いきなり
会わされるよりは段階を踏んでて
いいんじゃないかしら?
まあ、過去の恋愛を暴露されてるけど〕
(……気絶しないといいな )
郁人は渡す用の本もポーチに仕舞った。
ユーも気になるのかシーラから貰って
いる。
「おっ、黒丸くんも欲しいの?
あげるあげる。てか、タカオもいる?
意外と面白いよ、これ」
「なら、わらわも貰っとくわ」
「俺もいただいても? 恋愛小説は
あまり読んだことがないんだ」
「いいよいいよ。あんた読んでるの
いっつも美容系だもんね」
わいわいと小説について述べていると
襖の開く音がする。
「皆様! おまたせしました! こちら
"不老若酒”になります!」
襖を開けた満月うさぎは満面の笑みを
浮かべた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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思っていただけましたら
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