32話 火花散る剣戟
ー 剣と剣が激突し、激しく火花を散らし合う
目の前の光景に郁人は
ただただ息を呑むばかりだ。
だってそうだろう。
彼にとって戦闘とは
ゲームや映画で見るだけのものである。
それを今、彼は目だけではなく、
肌、いや全身で体感しているのだ。
ー真剣同士が鈍い音を立て、光が次々と
弾けていく様を。
目の前で繰り広げられる2人の激しい
剣戟に郁人の息が苦しくなる。
隣で観戦している3人はそれぞれ感想を
呟く。
「両者共に実力は申し分ない。
特に、あのスケルトン騎士……
あの者の剣の方が大きい為、
間合いもそれだけあるのだが……
入らせる隙を全く与えていない」
「振る舞いからして実力はあると
判断していたが、あのサイネリアと
渡り合えるか」
「ふーん。
骨だけの癖になかなかやるね」
ジークスはスケルトン騎士の隙の無さに
目を丸くし、ヴィーメランスはサイネリアの
実力を知っている為、両眉を上げている。
チイトは郁人に後ろから抱きつきながら、
じっと動きを見ていた。
(3人の反応から見て、特にスケルトン
騎士がすごいみたいだな。
俺にはどちらもすごいのだけど……)
目の前で繰り広げられる剣戟に
目を奪われる。
(スケルトン騎士がサイネリアと
渡り合える事にヴィーメランスは
驚いていたし、サイネリアはかなりの
実力者なんだろうな。
……どれくらい強いんだろう?)
スケルトン騎士の実力を知っている者は
いないので、強さを理解する為、サイネリアの
実力を知っている右隣で観戦する
ヴィーメランスに尋ねる。
「ヴィーメランス、サイネリアさ……
じゃなくて、サイネリアはどれくらい
強いんだ?」
「そうですね……。
あいつが調子に乗るので
あまり言いたくはないのですが……」
尋ねられたヴィーメランスは顎に手をあて
正直に答える。
「サイネリアの強さはこの国で
片手で数えた方が早いくらいの実力者です」
「それって……
かなり強いじゃないか……?!」
郁人はサイネリアの実力に、
そして、その実力者と渡り合う
スケルトン騎士に心臓が一瞬止まり、
激しく鼓動を打ち出す。
驚いている間に、2人は剣を何度も交え、
綺麗な均衡を見せると、鍔迫り合いへと
移行する。
両者ともに有利な状況に持ち込もうと、
鍔迫り合いから一瞬の判断で剣を奪いに
行ったり、顔を突き上げに動くも
互いに即座に反応するため、鍔迫り合いを
何度も繰り返す。
「あいつ……」
様子を見たヴィーメランスが
サイネリアに向かい声を張る。
「おい!サイネリア!
とっとと使え!!」
言葉にサイネリアは目を丸くする。
「えっ?!使っていいの?!
剣じゃなきゃダメなんじゃ……?!」
「誰も使うなとは言っていないだろう。
そいつの実力を測る為だ!遠慮なくやれ!
それとも……」
ヴィーメランスは短く鼻で笑う。
「貴様の実力はその程度だったか?」
ヴィーメランスの言葉に、
サイネリアは目の奥を光らせる。
「そう言われたら……
お見せしないと格好つかないよねっ!!」
スイッチが入ったみたいに、
サイネリアの雰囲気がガラリと変わった。
先程までのテンションの高さは鳴りを潜め、
生真面目な一点の曇りの無い表情になる。
纏う空気も一転し、あまりに冷たく、
氷刃のようで、触れた肌が斬られるようだ。
サイネリアは鍔迫り合いをやめ、
後方に下がるとスケルトン騎士と
距離をとる。
そして、再び剣を構えると地面を踏み締め、
弾丸のように迫った。
スケルトン騎士は臆することなく、
剣で迎えうつ。
ー 瞬間、音を立て、火花が次々と
散りゆく。
(なんて速いんだ!?
さっきまでの動きとは比べ物に
ならない……!!)
あまりの速さに郁人の目は追い付かない。
高速で火花を散らしてゆくなか、
スケルトン騎士はサイネリアに剣を、
ギロチンのように降り下ろす。
見たサイネリアは口の端を歪めた。
攻撃を跳んでかわすと、
降り下ろされた剣の上に着地する。
ー「氷よ!」
サイネリアの耳飾りが青白く光ると、
地面に食い込んだ剣は、氷で完全に
固定された。
スケルトン騎士は剣を動かそうとしても
びくともしない。
その隙を、サイネリアが見逃すことはない。
「もらった!!」
鋭く、総毛立つ白刃の一閃が
首めがけ振るわれる。
防ぐことも、かわすことも出来ず、
ただ受け入れるのみ。
ー そう思われたが、実際は違った。
スケルトン騎士は一閃を視界に捉えると、
瞬間の判断で剣から手を離し、
体を後ろに反らし避ける。
常人では判断する前に既に斬られて
いただろう。
しかし、スケルトン騎士はそれを最低限の
動きでかわし、なんと、剣を持っている方の
サイネリアの腕を掴んだ。
「嘘でしょっ?!」
サイネリアが思わず声を上げるなか、
勢いよくボールのように投げられる。
投げられたサイネリアは無様に
木々にぶつかることはなく、
空中で回転し魔術で氷の足場を作り
着地する。
合間にスケルトン騎士は剣を地面に
固定していた氷を蹴り壊し、
剣を取り構える。
その瞬間、鈍い音が響く。
サイネリアが迫ったからだ。
再び鍔迫り合いに入る。
「なかなかやるね、君。
僕が来る前に剣で防ぐなんて……」
「そちらこそ。
先程の氷やあの一閃……
なかなか見事なものですな」
「あっさりかわした君に言われたくは
ないかなっ!!」
両者実力を認めながらも、勝ちを
譲るつもりは更々ない。
むしろ、絶対に勝つという気迫に
満ちており、激しい剣戟が続く。
「……2人の動きが速すぎて目が
回りそうだ」
見ていた郁人は、あまりの激しさと
速さに追い付けず目を回す。
素人の目から見たら誰でもそうなるだろう。
「もうそろそろ決着が着きそうだな」
「……成る程な。
あと少しで終わるだろう」
腕を組ながらヴィーメランスが呟き、
チイトも頷く。
言葉に郁人は首を傾げる。
「なんでわかるんだ?」
「イクト、彼らは激しい剣戟を
しているだろう。
片方は現役で騎士をしており、
片方は久々だと言っていた」
左に居たジークスが郁人に説明する。
「たとえ、腕が鈍っていなくとも、
あちらのほうは鈍るだろう」
「あちらって?」
「剣のほうだ」
ジークスの発言と同時に、
スケルトン騎士の剣が派手に砕け散った。
「あまり手入れがされていなかったように
思えたからな。
それに、あのような剣戟に加え、
先程氷を壊すために蹴りを入れていた。
ゆえに、剣のほうがもたないと
判断できる」
「そういうことか……」
説明に郁人は納得する。
「剣が壊れて終わりとか……
納得できないーーーーー!!」
ー サイネリアのほうは納得できて
いないようだが……。
悔しいと、地団駄を踏む。
「君に1撃も与えないで終わりとか……
不完全燃焼過ぎるっっ!!」
「私もこのような形で終わるとは……
拾いものとはいえきちんと見るべき
でしたな」
砕けた剣を見ながら、スケルトン騎士は
肩を落とす。
その言葉に、サイネリアは目を見開く。
「それ君のじゃないの?!」
「私がスケルトン騎士として意識を
持ったときには、鎧から何まで全て
盗まれていましたので」
「うわー……死体から奪い取るとか……
とんだ物好きがいたものだね」
サイネリアは話を聞き、口を歪めたが、
真剣な面持ちになると、スケルトン騎士に
手を差し出す。
「これで勝ちとか納得できないからね。
次はちゃんとした装備で戦おう!」
「勿論ですとも」
2人は堅い握手を交わした。
「2人ともお疲れ様。
勝負すごかったよ!」
そこへ郁人達が集まる。
郁人は目を輝かせながら感想を述べた。
素直な賛辞に頬をゆるませながら、
サイネリアも述べる。
「すごいのは君もだよ、イクトくん。
彼の実力を発揮できるんだから」
「どういう意味?」
頭にハテナマークを飛ばす郁人に
スケルトン騎士が説明する。
「私は貴方と契約している身、
貴方からの魔力供給が無ければ実力どころか
実体化すら出来ないのです」
「そうなのか……」
ふと、郁人の頭に疑問が浮かぶ。
(あれ?
じゃあ、魔物とかはなんで実体化
してるんだ?
スケルトン騎士も迷宮で
活動できてたし……)
迷宮での様子を思い浮かべていると、
チイトが以心伝心で声をかける。
<それは、大気中の魔力を貰ってるからだよ。
契約していない魔物は呼吸みたいに
自然と出来るんだ。
契約したら契約者の魔力以外受け付けなく
なるから出来なくなるけどね>
郁人の疑問をチイトが答えていく。
<その分、大気中の魔力を貰ってる奴らとは
違って、魔力を独占出来るから、
本来の実力を発揮できるんだよ>
(成る程……
だからすごいと言われたのか)
説明に頷いていると、サイネリアが
声をかける。
「どうかしたの?
もしかして、どこか具合でも悪い?」
心配するサイネリアに郁人は答える。
「大丈夫。心配してくれてありがとう。
それにしても……剣壊れちゃったし
買わないとな……」
郁人は壊れた剣を見つめながら、
装備について考えるとヴィーメランスが
提案する。
「心配には及びません。
俺のコレクションから献上させて
いただきます」
「コレクション?」
「俺の趣味はなんでしたか父上?」
ヴィーメランスに質問され、設定を
思い出す。
「趣味……
あっ!武器収集か!」
「覚えていただけて光栄です。
剣だけではなく鎧等の装備全て
献上しましょう」
「いいのか?
だって、大切なものだろ……」
郁人はヴィーメランスの言葉に
尋ねてしまう。
(ヴィーメランスは武器をとても大切に
扱い、自分が使うことはあれど、
人に貸したりしない。
ましてや、渡すなどもってのほかだ。
それくらい大切なものなんだから)
尋ねられたヴィーメランスは、
片手を胸に当てながら郁人に告げる。
「スケルトン騎士の装備を固めることは、
父上の安全に繋がります。
父上のお役に立てるというなら、
俺は喜んで献上しましょう。
父上以上に大切なものなど……
俺にはありませんから」
とろけるような甘い笑みをヴィーメランスは
浮かべた。
普段の彼からは想像出来ない微笑みに、
郁人は思わず凝視する。
(描いた俺が言うのもなんだが、
こんな笑みができたのか……?!)
見たサイネリアも声を上げる。
「なにその笑み……?!
女の子が確実にイチコロになるヤツ?!
そんな表情できるの!?
しかも、コレクションって……
ヴィーくんが誰にも見せも触らせも
しなかった超特別なやつじゃん!?
いいなー!僕も見ーたーいー!!」
サイネリアは駄々をこね、
ヴィーメランスの服を引っ張る。
「引っ張るな!シワがついたらどうする!
……ったく、スケルトン騎士の実力を
測れた礼だ。
見るだけなら許可しよう」
ため息を吐きながら許可したヴィーメランス。
許可を得たサイネリアは万歳!と両手を上げ
全身で喜びを表現するように跳び跳ねる。
「やったー!絶対だからね!
僕、急いで風呂に入って塔に向かうから!
それまで待っててよー!!」
抑えきれない笑顔を見せながら
サイネリアは急いで走り去っていた。
最後の言葉はもう聞こえなくなる程だ。
それほどまでに見たいのだろう。
「俺達は塔に戻りましょう」
「そういえば、壊れた剣を回収しないと。
あのままだと危ないし、試したいことも
あるしさ」
郁人は回収に動こうとする。
(俺のもう1つのスキルで、剣を戻せるのか
試してみたい。
迷宮で扉を描いたら出来たし、
もしかしたら……)
スキルの活用法が試せると思ったのだが……
「もう回収されてるけど」
チイトが指差した先には、剣の破片を
煎餅のようにバリバリと
噛み砕いているユーがいた。
3分の2が既にユーの胃袋だ。
「ユー?!何食べてるんだ?!
お腹壊すから早く出しなさい!!」
ユーのもとへ急いで駆けつけ吐き出させ
ようとするが、頬を膨らませ咀嚼するのを
やめない。
「ユー!ペッしなさい!!ペッ!!」
郁人の慌てた声とユーの咀嚼音が辺りに
響いた。
「あの生き物……
歯やその他諸々が人間の口内と
瓜二つなんだが」
「いろいろと混ぜて出来た産物だからな」
ヴィーメランスの問いにチイトは
言葉を濁した。




