288話 サフュラン
※今回、少し下ネタが含まれておりますので、
お気をつけください。
勢いよく襖を開けたのは黒のデザイン
スーツを着た、端正な顔立ちの青年だ。
「探したぞ、カガリ」
白銀の長髪を後ろにくくり、前髪で少し隠れ
た緑の瞳は鋭く、瞳孔はまるで猫のように
細長い。スーツの上からでもわかる体つき
はまるでギリシャ彫刻のようだ。
頭部にある黒い猫耳としなやかな尻尾を
もつ、一見冷たさを感じさせる美青年は
篝から目を離さない。
「篝、この人は? ずっと篝を見てる
けど……」
「……あいつは"サフュラン"。若色所属で
荒事も担当している。夜の国に依頼で
来るたびに絡んできやがる奴だ」
篝は郁人にひっつき青年、サフュランと
距離をとっている。
(篝、この人が苦手みたいだな。
篝は苦手な人が来たとき俺から
離れないから……)
〔そうみたいね。でも、あの黒猫耳
ずっとストーカーを見てるわよ。
穴が開きそうなくらいに〕
ライコの指摘通り、サフュランは篝から
目を離さない。そんな様子に郁人は
篝に尋ねる。
「この人となにかあったのか?」
「……あいつの金銭回収相手が俺が
捕まえるように依頼された相手でな。
どちらが先に捕まえるかで戦ったこと
があるんだ」
「どちらが勝ったのですかな?」
「俺が勝った。……勝ってしまったから
目をつけられたんだ」
ポンドの問に篝は眉間をしかめながら
答えた。サフュランは篝の態度を気に
せず近づき、腕を掴んで口を開く。
ー「俺と"心中"しよう。今度こそ」
「だから嫌だと言っているだろ。
他を当たれ……!」
篝は掴んできた手を振り払い、
郁人から離れない。
〔……………えっと、こいつ心中って言った
わよね?〕
「…………心中は駄目ですっ!!」
郁人は篝を庇いながら、サフュランに
訴えた。郁人の言葉にサフュランは
不思議そうにしていたが、ハッとする。
「なにがあったのかわかりませんが、
命を捨てる選択は駄目です! 話を
聞くぐらいなら俺にも出来ます!!
だから……!」
「?……そうか、文字通りに受け取った
のか。安心してほしい。俺の言う心中は
君の思う心中とは意味が違う」
「意味が違う?」
首をかしげる郁人にサフュランは説明する。
「あぁ。俺の言う心中とはすなわち、
"一晩共にしたい"ということ。
いわゆる"性行為"だ」
サフュランはハッキリ告げると続ける。
「俺は仕事のときに相手に対して
そこまでこだわりというものは無い。
俺を指名し、高い金を払って俺にふさわ
しいようにと着飾り、努力した相手だ。
だから、一夜を共にする。
しかし、プライベートとなれば俺は
好みの者と共にしたい」
オンオフは大事だろ? とサフュラン
は告げる。
「そして、俺は"強者"を好む。
俺を負かした相手が夜のほうでは
どうなるか気になるからだ。共に
高め合い、そして果てたい……!
果てたときの衝動に、俺は心中という
言葉がふさわしいと思った。
だから心中という言葉を使って……
なぜ耳を塞ぐ? 人が説明しているものを
遮るとはどういうことか」
「こいつにはまだ早いんだよ! まず
お前の存在すら早い……!!!」
(? なんで耳を塞がれたんだ?
全然聞こえないんだけど……)
郁人は篝に耳を塞がれて全く聞こえ
なかったのだ。
ポンドとジークス篝の態度に納得する。
「なるほど……カガリ殿は狙われて
いるのですな、命ではないですが」
「それでイクトから離れないように
しているのか。精神の安定のために」
「貴様はパパから離れろ!」
「前から心中心中と言っていると
聞いていたがそういう意味か」
〔表情を1つも変えずにたんたんと
よく言えるわね……こいつ〕
チイトは篝から郁人を離そうとし、
フェイルートは思い出して頷き、
ライコはポツリと呟いた。
ユーは尻尾を逆立て、変なことを
教えるなと怒っている。
(とりあえず、離してもらおうかな)
郁人は篝の手をぺちぺち叩く。
篝は気づいて声をかける。
「離してほしいのか。おい、こいつの前
で言うなよ。絶対に」
「わかった。後ろの災厄やフェイルート
さんに睨まれて、なお言うほど俺は
命知らずではない」
サフュランが了承し、篝は手を離す。
「なんで耳を塞いだんだ?」
「俺の気分だ。こいつのいう心中は
交流をもっと深めたいとかいう意味だ。
俺は嫌だから断ってる。お前も言われたら
断われよ。俺は勿論だがとくにチイトが
暴れる、更地になるまでな」
「わかった」
篝の言葉とその後ろでマントを蠢かせる
チイトを見て郁人は頷いた。
「別にこれくらい……あぁ、なるほど。
君が旦那の言っていた仔猫ちゃんか」
不思議そうにしていたサフュランだが
納得したようだ。
「君のことは聞いている。確かに旦那が
気に入るのも納得だ。旦那は教えるのが
好きだからな。現に俺も教わった者の
1人だ。どうだ? 君も学ばないか? 俺は
元暗殺者だったが、旦那に教わってから
人生観が変わった。退屈でしかなかった
時間がなくなり、目まぐるしく思える
ほど忙しく、心弾むものとなったんだ。
君も一歩踏み出してみるのはどうだろう?」
「君、暗殺者だったのか?!」
「道理でこちらに来る際に足音や気配が
いっさい無かったのですな!」
「いろいろ言いたいことはあるが
こいつを勧誘するな!」
〔こいつ……マイペース過ぎない?
猫被りとかもマイペースと思ったけど、
こいつもなかなかよ〕
サフュランの経歴に驚くジークス。
なるほどと納得するポンド、警戒する篝、
ライコはサフュランのマイペースさに
呆れている。
<……パパ、こいつこれからパパに
なにするか分からないから消して良い?>
(チイト落ち着いて! この人は危害を
加えに来たわけじゃないから!)
額になる青筋を走らせるチイトを
郁人はなだめる。
騒がしい現状にフェイルートは空気を
変える。
「君は勧誘で来たわけではないだろう?
君のいう旦那はどこにいる? 今回、君達の
協力も必要だから呼んだんだが」
「協力?」
「俺達の情報収集能力や処理能力が
買われたってことだよ、仔猫ちゃん」
郁人が首を傾げていると声とともに
襖が開いた。
「久しぶりだね、仔猫ちゃん達。
元気にしていたかい?」
「途中で会ったんで連れてきましたよ。
いきなり部下の1人がどこか行っちゃった
ようで……って、ここにいたか」
チュベローズとレイヴンだ。
チュベローズの後ろにグロリオサも
おり、郁人に手を振る。
「よお! 久しぶりだな! クフェアから
聞いていたが向こうでも大変だった
らしいじゃねえか!」
「チュベローズさん、お久しぶりです!
グロリオサも久しぶり!」
郁人は久しぶりに会えて手をひらひら
と振った。
「……なんかパパ、親しげじゃない?
あの色吸血鬼と」
「チュベローズさんとコンタットで
やり取りしててさ。神々の生き血も
貰ったんだ!」
「買収されてる?! だめだよパパ!!」
チイトは顔を青ざめ、注意した。
「あんな言われようしてるが、
よろしいので?」
「俺の行いの結果、身から出た錆
だから注意しようがないかな?」
「そりゃたしかに!」
チュベローズの言葉にレイヴンは
ケラケラ笑った。
「さて、話し合いたいから回収を
頼めるか?」
「あぁ、彼の回収だろう? カガリンに
熱をあげているからね。クシラン、
回収を頼むよ。グロリオサと共に別室で
待機していてほしい」
「かしこまりました」
チュベローズとグロリオサの後ろから
美女が現れた。
「お初にお目にかかります、私は
"クシラン"と申します。どうやら
サフュランがご迷惑をおかけしている
ようで」
肩にかからないかの長さの真紅の髪に
インナーカラーの黒を入れ、紅い瞳は
凛としており、その者がいる場だけ
空気が違うのがわかる。
サフュランと同じスーツを着て
胸元に薔薇を飾った女性だ。
〔綺麗な人ね! あんたがいた世界で
男役してそうな人だわ!〕
(たしかに! 見た目もだけど、立ち振舞い
や話し方からしてそんな感じだな!
……あれ? 若色って女の人いたんだな)
〔調べたけどいるようね。若色は男の割合が
多いけど、女性も働いているそうよ〕
郁人が目をパチクリさせるなか、
クシランがサフュランの襟首の後ろ
を掴む。
「突然走り出したと思えば……今は
職務中だろう。勝手に行動するのは
許されない」
「やっと見つけたんだ。駆け寄るのは
仕方ないだろ」
「仕方なくはない。しばらく君は大人しく
しているといい」
「ぐっ?!」
クシランがもう片方の手、指先から糸を
出すとサフュランをぐるぐる巻にした。
「え!? 今のなに?!」
「彼女は蜘蛛の魔人なのさ。接客も
だけど、こういった仕事もお願いして
いてね」
驚く郁人にチュベローズが説明した。
「では、私共はこれにて一旦失礼
いたします。話し合いの邪魔になり
そうですから」
「こいつ、本当にそいつを狙ってる
からよ。俺達はこいつ連れて待機
してるんで」
クシランは一礼し、じゃあまたと
手を振るグロリオサと去っていった。
もちろん、簀巻きにしたサフュランを
忘れずにだ。
〔………嵐が去ったみたいね〕
(本当にな……)
ポカンとする郁人達にフェイルートは
手を叩き、口を開く。
「役者も揃ったことだ。祭りの話に
戻るぞ。今回祭りをきっかけに蝶の夢は
若色と同盟を組むことになった」
「同盟?!」
「どういう経緯だ?!」
「君達は本当に反応が良いね。見ていて
飽きないなあ」
目を丸くする様子にチュベローズは
楽しげに口角をあげた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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