地下に来訪者あり
大樹の木陰亭に新しく出来た家。
この世界では珍しいものがたくさん
ありながら、どこか懐かしさを感じる
不思議な家。しばらく日が過ぎても
消えることはないと時間でも証明
された不思議な家。
そこは現在、大樹の木陰亭で働らく
者達や関係者がふらりと立ち寄っては
心を落ち着かせる場所へなっていた。
そんな家に1番長くいる者達がいる。
その者達は……
<今日も美味しい野菜を育てるぞー>
<果物もおコメも育てるぞー>
<ここのお家もキレーにしなくちゃ!>
<いろりでマシュマロ焼きたーい>
ー "イクタン"達だ。
イクタン達はこの家を気に入り、
畑仕事などを終わらせたあとは
のんびり過ごしたりしているのだ。
<ここで飲むお茶はおいしいねー>
そんなイクタンの内の1人(?)が
縁側でくつろいでいると……
「あぁ? 随分ちんちくりんな妖精が
いるじゃねえか」
縁側から見える庭に突然現れたのは
山羊のような角を頭部に生やし、狼のような
耳と尻尾がある、サングラスをかけた魔獣族
らしき偉丈夫だ。腰にさげた瓢箪から
は酒の匂いがかすかに漂う。
「しかも、春の気配がかなり濃厚だ。
春の妖精のトップは現在、療養中で新しい
仲間を増やす余裕は無いはずだが?」
サングラスを少しずらしながら
こちらを見る姿は様になっている。
<だれー? おきゃくさんかな?
お茶をどうぞー>
「いきなり現れた野郎に茶を出すな。
危機感0か?」
別の湯呑みにお茶を注いでもてなす
イクタンに偉丈夫はため息を吐くも
その隣にドカッと腰掛ける。
「まあ、貰えるもんは貰う主義だ。
いただこう」
<おかしもいりますかー?
しょっぱいのとあまいのどっちが
お好み?>
「いや、長居する気はねえから結構。
俺は懐かしい気配を感じて来てみた
だけに過ぎない」
<おいしいよー! じゃがいもをスライス
して揚げたしょっぱいの!
ふわふわの生地の間にお豆を煮たものを
入れたあまーいの! どっちがいい?>
「いや、いらねえ。だから、ぐいぐい
菓子を乗せたお盆ごと押し付けんな!
どんだけ食わせたいんだって……これ?!」
偉丈夫は押し付けられたものの
1つを見て目を見開く。
「これ"あんこ"ってやつじゃねえか?!
お嬢が言ってた甘い豆の菓子だろ!!
どこで手に入れた?!」
<夜の国のカタログに売ってたから
おこづかいで買ったの! おいしくて
育てたらもっと食べれるから育てる
ことにしたの!>
「そのあんこって……こんな豆を
煮たやつか?」
偉丈夫が懐からハンカチに包まれた
あるものを見せる。
それは1粒の小豆だ。
イクタンはそれを見て頷く。
<うん! これだよー! このお豆を洗って
茹でて湯切りしてまた茹でるのー!
やわらかくなったらお砂糖を入れて
まぜまぜしたら美味しいよー!>
イクタンの言葉にしばし固まっていた
偉丈夫だったが気を取り直し、また
尋ねる。
「ふむ……じゃあ、オシルコとやらは
作れるか?」
<つくれる! お汁粉は飲んだらホッと
するんだよ! 寒いときとかオススメ!
今の時期は暑いから冷やしたのが
オススメ!>
「……冷やしか。たしかお嬢がそれも
美味いって言ってたな。それをもらえたり
するか?」
<いいよー。ちょっと時間もらうけど
だいじょうぶ?>
「問題ねえよ」
<じゃ、待っててねー>
「おう、待ってるとも。
…………………さて」
イクタンが去る姿を見届けたあと、
偉丈夫は目的の場所へと向かう。
「気配的には……ここだな」
偉丈夫の目的の場所とは郁人の部屋が
あった場所、謎の少女の部屋だ。
「おーおー、随分とこじんまりした
部屋じゃねえか。広いと落ち着かねえとか
ボヤいてた訳だ」
部屋を見渡したあと、写真立てを手に取り
写真を見て目を細める。
「久しぶりだな、お嬢」
そして、フワリとした髪の少女を指で
撫でる。
「……お嬢。あんたの願い、約束は
必ず守る。だから安心してくれや」
告げる声はとても優しく、柔らかい。
「ちゃんとあれらに……」
<コラ! 勝手に移動しちゃダメ!>
「うおっ?!」
偉丈夫はいつの間にか肩にいたイクタンに
声をあげた。
「いつの間に……!!」
<いつの間にはこっちのセリフ!!
ここのお部屋はレディのお部屋!
勝手に入っちゃダメー!!>
「悪かった悪かった。だから頬を
ペチペチ叩くな。全然痛くねえんだよ。
ほら、オシルコとやらをくれるんだろ?」
<うん! 出来たから来て! こっち!>
イクタンはふよふよと飛んで案内する。
その姿を見て偉丈夫は目を見開く。
「お前、飛べるのか?!」
<飛べるよー。妖精だから魔法使えるもん!>
「……生まれたての妖精はそんなに
使いこなせねえんだが」
初めてだよ、こんな妖精はと偉丈夫は
頭をかきながらついていった。
ーーーーーーーー
<お汁粉美味しかった?>
「あぁ、美味かったよ。ごちそうさん」
縁側へと戻り、お汁粉を食べた
偉丈夫は手を合わせて感想を告げた。
「アンコっていうのは初めて食ったが
悪くない甘さだ。今度はクリが入った
のを頼みたいもんだ」
<くり? あっ! あの黄色くてご飯と
混ぜても美味しいのかな?
それならまた用意しておくねー>
「それはありがたい。そういや、
自己紹介がまだだったな」
忘れていたと偉丈夫は茶を飲んだあと、
名前を伝える。
「俺は"ローテクト"。お前は?」
<俺はイクタンの"ギガ"だよー>
「ギガか。俺が来た事は内緒で頼むぜ。
来たがってる奴に内緒で来たからよ」
<わかったー。ナイショー>
「………ここまで素直だと心配になるな。
まあ、悪いのが来たら追っ払ってやるよ。
美味いもの食わせてもらった分は働こう。
じゃあ、俺はそろそろ行くか」
偉丈夫は立ち上がる。
「また美味いもの頼むわ。じゃあな」
偉丈夫は背中からコウモリの翼を
生やすと飛んでいき、消えていった。
<………あの人、ガーゴイルだったんだ!
妖精犬が強くなったらなれる特別な
種族!>
イクタンのギガは目をぱちくりさせた
あと、消えていった先を見る。
<空間魔法も使ってここに来たんだねー。
俺も使えるようになったら、いっぱい
お手伝い出来るかなー?>
ギガは片付けながら、ふと思い出す。
<あれ? あの人、ごちそうさま言ってた。
オリジナルがいた世界の作法なのに……。
不思議ー>
ギガははてなマークを浮かべた。
ーーーーーーーー
ローテクトは帰りながら思い出す。
(懐かしい気配があると思えば、
まさかお嬢が言ってたオシルコを
食えるとは)
『僕のお気に入りの1つなんだ!
妹が作るお汁粉は特に美味しいんだよ!
僕の大好きな栗も入れてくれるし!
いつか皆で食べれたらなあと思うよ!』
脳裏に思い浮かぶは頬を染めながら
笑うお嬢の姿。
「俺もあんたと食いたかったよ、お嬢」
ローテクトはぽつりと呟いた。
その声は少し震えていた。
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