275話 ヒュドラを実食
「いやはや、それにしてもナイフに
寄生とは予想外でしたな。ヒュドラの
調理光景が見られることも驚きですが」
「ヒュドラの骨は武器素材に良いん
だよな。クナイ用に欲しいんだが……」
「イクトに言えばもらえると思う。
それにしても……綺麗に切るものだ」
ナイフやヒュドラに興味津々な
3人をよそに郁人とチイトは調理を
進めていく。
「パパ、ヒュドラのぬめりを取るのは
海水なみに塩分濃い水がいいよ」
「そうなんだ! ありがとう、チイト」
郁人はチイトのアドバイスのもと、
捌いていく。
〔あんた、魚とか捌けるから早いわね〕
(婆ちゃんが教えてくれてたからな。
早く捌ける自信はあるぞ。
それにしても……本当に美味しいな、
ヒュドラ。ユーにあげたら嬉しそうに
食べてたし)
ヒュドラの身は引き締まっており、
少し味見したのだが脂もちょうど良く、
刺身にしても問題ない美味しさだった。
待ちかねていたユーに刺し身にして
渡したら大喜びで食べていたほどだ。
「お酒のアテにも良さそうだし、
出汁茶漬けとかにしても美味しいかも?
これは神々の生き血にも合うかな?」
「それはわからないけど……どうしたの?
昨日呑んだのにまだ呑む気なの?
呑みすぎはダメって言ったよね?」
「いや、じつは神殿にいたときに
依頼があってさ。ほら!」
あれだけ呑んだのに? と言いたげな
チイトに郁人はコンタットで依頼文を
見せる。
「神々の生き血に合うおつまみを作ったら
送ってほしいんだって。前払いでお金を
もらってるし、結構な額だったから
きちんとしたくて……」
こういうのは早くしないといけない
と告げる郁人にチイトは納得する。
「なるほどね……。たしかにパパの性格
じゃ、こういった前払いされた依頼は
早くしないと落ち着かないよね。
……じゃあ、ヒュドラの調理が終わったら
ほかも作る? 食材なら俺が持ってるし」
「いいの?」
「もちろん。パパのためになるならね。
でも、神々の生き血の呑む量はセーブ
させてもらうから」
それでもいいならと告げるチイトに
郁人は感謝する。
「本当にありがとうチイト!」
「どういたしまして! じゃあ、次の工程に
入るよ! この処理も大切だからね!」
「わかった!」
チイトは工程を伝え、郁人はそれに
従った。
ーーーーーーーー
「よし! 出来た!」
郁人は達成感に満ちながら胸を張った。
チイトが用意したテーブルに並ぶのは
ヒュドラの刺身からひつまぶし、お寿司に
丼などと作れるものを片っ端から作った
ラインナップだ。他にも神々の生き血に
合いそうな料理も並んでいる。
「パパと作るの楽しいからいっぱい
作っちゃったや。またこうやって
パパと作るのもありだね!」
よほど楽しかったのだろう、チイトは
頬をゆるませながら嬉しそうだ。
「途中、俺らも作るのを手伝ったが……
それにしても、すごい量だな」
「まさかヒュドラを調理するとは……
想像もしなかったよ」
「貴重な体験をさせていただき、
感謝ですな!」
篝とジークスは呟き、ポンドは楽しかった
と目を輝かせている。
「こちらはたしか、神々の生き血の
つまみでしたか? マスターが飲まれるの
でしたら、私達は離れていたほうが
よろしいでしょうか?」
「俺なんかは倒れてしまう可能性が
高い。神々の生き血は酒精が高いため
竜人族では近づいてはいけないと言われ
ている代物でもあるからな」
ポンドは尋ね、ジークスは眉を下げた。
「たしかに、合わせるなら飲みたいし……
みんなと離れて……」
「そこは大丈夫だよ。香りがいかない
ように対策するから」
チイトが指を鳴らすと郁人の周囲に
一瞬だけそよ風が起こる。
「風で香りがいかないようにした。
だから、パパは俺の隣でお酒呑めるよ!
気を使わなくても大丈夫だからね!」
一緒に食べれるからね! とチイトは
郁人に抱きつく。
〔この猫被り……本当に優秀よね。
あんたに関わることしか働かないけど〕
<なんで俺がパパ以外のために動かない
といけない? 他は勝手にしてろ>
チイトはどうでもいいと吐き捨てながら
郁人を連れて席に座る。
「ほら! あたたかいものはあたたかい
うちにだよ! 食べよ食べよ!」
「うん。そうだな」
「ヒュドラをこれだけ食べるのは滅多に
ない機会だからな。ありがたくいただこう」
「他の奴らが見たら気を失いそうな
光景だな」
「チイト殿がいるから出来た機会ですな」
ジークス、篝、ポンドも席についた。
ジークスがちゃっかり郁人の隣を確保
しており、篝がそれに睨みつけているが
ジークスは素知らぬ顔をしている。
「孤高……郁人の隣を……」
「まあまあカガリ殿。マスターの前に
座れたのだから良いではないですか。
隣ならまた機会はありますとも」
そんな篝を隣の席に座ったポンドが
なだめている。
「パパ! 食べよ!」
「うん。では、いただきます!」
「いただきます!」
「いただきます」
「いただきます」
「えぇ、いただきます」
郁人の言葉を合図に全員が手を合わせて
告げると、ヒュドラをいただく。
「うん! やっぱり刺身もいけるな!」
口に入れると弾力もあり、しっとりと
した柔らかな食感に郁人は目を輝かせる。
「味が淡白だからどの味付けにも合い
そうだし、たくさん食べれそう!」
〔あきがこない感じかしら? 意外と
いけるわね。ヒュドラじゃなかったら、
人気食材になりそうだわ!〕
ライコも美味しさに太鼓判を押す。
「この茶漬けもいけるな」
「フライも絶品だ!」
「サンドイッチにも合いますな!」
篝は目を丸くし、ジークスは目を輝かせ、
ポンドはバクバクと食べている。
ユーも大皿に盛り、もりもり食べている。
「美味しく出来てよかった!
……えっと、呑んでもいいかな?」
「呑んでも大丈夫だよ。香りが届かない
ようにしてるから。言っとくけど、
まるまる1本は絶対にダメだからね」
「うん。わかった。大切に呑むよ。
ユー、いいかな?」
郁人が食べているユーに声を掛けると
ユーは背中のチャックから神々の生き血を
取り出した。
〔なんでこの生き物が持ってるの?
猫被りが管理してる訳じゃないのね〕
(俺が呑みすぎない対策でユーが
管理するようになったんだ。チイトは
未成年だから持ってたらダメだろ?)
〔……そうだった。猫被りは未成年だった
わね〕
忘れていたわとライコが呟く中、
郁人はホルダーに入れていたお猪口を
取り出し、それに注いでもらうと
大切に味わう。
「うん! やっぱり美味しいな!」
郁人は神々の生き血に頬をゆるめる。
「………本当に美味いのか?」
篝が気になったのか声をかけてきた。
「度数のことは知っているが実物を見た
のは初めてでな。……少しもらっても?」
「いいけど……その……大丈夫?
ドワーフでも倒れるほどらしいけど」
「問題ない。俺も呑める口だ」
呑んでみたいと言われ、郁人は心配
しながらも注いだお猪口を手渡す。
「喉にガツンとくるからゆっくり
呑んだほうがいいよ。気をつけて」
「わかった。これはたしかに香りが……」
郁人、ジークス、ポンドに見守られながら
篝は香りに驚きながらもゆっくり呑んで
いく。
「…………」
「………どうだ?」
「カガリ殿、大丈夫ですか?」
「……………ダイジョウブダ」
「明らかに大丈夫ではないだろう!?
目が据わっているぞ!!」
ジークスの言う通り、篝の目が据わって
おり、明らかに様子がおかしい。
「篝、水を……!!」
郁人が渡そうとする前に篝は酒のつまみ、
ヒュドラのカルパッチョをいただく。
「……いけるな。おかわり。生き血も
追加で」
「……………本当に大丈夫なの?」
「これ、絶対酔ってるよ。でもまあ、
倒れないだけマシだと思うよ。お猪口の
量でも倒れる奴が多いみたいだから」
まだ強いほうだよ、こいつ
とチイトは告げた。
「俺は平気だ。だから追加を頼む。
なんなら郁人がアーンしてくれても
いいし、口移……もごお?!」
「カガリ、これも美味いぞ。
食べるといい」
「これは完全に酔ってますな」
郁人に向かって口を開ける篝に
ジークスがサンドイッチを詰め込んだ。
ポンドはそんな篝を見て苦笑した。
「篝、酔っぱらってるんだな。
……でも、呑んでも倒れないってことは
神々の生き血じゃなかったら一緒に
飲めるかな? そういえば、前も呑んで
たし」
「パパは一緒に呑みたいの?」
首を傾げながら尋ねたチイトに郁人は
頷く。
「1人で呑むのも好きだけど、グロリオサ
のときみたいに一緒に呑みたいなって
思ってさ。ユーも付き合ってくれるん
だけど、どれだけ呑んでも大丈夫なのか
わからないから……」
「ユー殿も呑めるんですかな!?」
驚くポンドにユーはいつの間にか
用意していたマイお猪口に神々の生き血
を注いで呑むと尻尾でグッドサインを
表現した。
「ユー殿は本当に不思議な方ですな……」
「イクトのお酒に付き合えるのは
羨ましいな。私には出来ないから」
ポンドが目を丸くし、ジークスはポツリと
呟いた。
「ポンド、パパがストーカーと呑む
ときや1人で呑むときは一緒に呑め。
特別に許可してやる」
俺が呑めればいいんだが……と
呟きながらポンドの肩を叩いた。
「ユーだけじゃパパの呑む量を制限
したり、おねだりを断ることが難しい。
今、貴様が呑めるか調べてみたが
パパの影響で呑んでも問題ないように
なっている。神々の生き血を呑んでも
酔うことがないほどだ」
パパくらい呑んでも倒れたりしない
とチイトが太鼓判を押す。
「だから、パパが呑むときは呑みすぎ
ないように見張れ。俺でもいいんだが……
パパのおねだりを断るのは難しいからな。
なにかあったときは協力はしてやる」
「かしこまりました。マスターの
ストッパーの役割を承りましょう。
チイト殿の協力が得られるとは
百人力ですな」
ポンドは目をぱちくりさせたあと
頷いて微笑んだ。
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後日、若色のとある1室。
VIPルームにチュベローズととある客人
がいた。
テーブルの上に置かれたヒュドラの料理や
他の料理を見てチュベローズは笑う。
「いやあ、まさかレシピ付きでこんなに
送られてくるとはね。思いもしなかったよ。
そうだろ? アラスカさん?」
チュベローズは前に座る美女、アラスカに
声を掛けた。アラスカは神々の生き血を
呑み、送られてきたつまみを口にし、
味わったあと口を開く。
「そうね。しかも、中にはヒュドラを
調理したものまであるのだもの。
驚いたけど、彼、貴方の言う仔猫ちゃんに
依頼して正解だったわ」
「それは紹介した甲斐があったものだ。
君ほどの方が気に入るなんてそれはそれは
珍しいことだからね」
チュベローズはワインを口にし、
アラスカはあごに手をやり考える。
「紹介してくれたお礼にそうね……
面白いことを知ったから教えて
あげるわ。"あの国"に関することよ」
「おや、それは興味深いね。
あの国はいろいろと隠している事が
多い。とくに魔族や妖精に対しては
過剰なほどだ。俺はその目をつけられ
ている種族だからね。知れるに越した
ことはないよ」
チュベローズは不敵な笑みを浮かべると
口を開く。
「けど、それじゃあこちらが貰いすぎだ。
なにかこちらにしてほしいことがあるん
じゃないかな?」
「察しが良くて助かるわ。
貴方のいう仔猫ちゃんに会わせてほしいわ。
私のお酒をここまで気に入ってくれた子の
顔が見てみたいの」
咲き誇るよう薔薇のように微笑むアラスカに
チュベローズは了承する。
「勿論、構わないとも。どうせなら
会う場所のセッティングもしておこうか。
君は人を嫌うから人払いもね」
「それは助かるわ。それじゃよろしくね。
じゃ、あの国に関することだけど……」
アラスカはとある情報をチュベローズに
伝えた。