274話 ヒュドラの毒抜き
大樹の木陰亭の地下にある草原にあるモノ
がいた。優に見上げるほどの巨体には
9つの首がついており、そこにいるだけ
でも圧倒的な存在感と命の危機を感じ
ほど。
その恐ろしいものの名前は……
「これが"ヒュドラ"なんだな!」
郁人は目を丸くしながら告げた。
ーーーーーーーー
郁人は昨日、チイトと話していた通り、
ヒュドラを料理するために大樹の木陰亭の
地下に来ていた。
「食べたことはあるけど、実物は
見たことなかったからこんなに
大きいなんて驚いたな!
こんな大きいのが動いてたなんて
想像できないくらいだ!!」
〔食べたことが先にあるのなんて
あんたくらいじゃないかしら?〕
実物のヒュドラを見て声をあげ、
ヒュドラの周囲を興味深そうに
くるくる周る郁人に、ライコは
思わず呟いた。
「………なんでこいつらもいる訳?」
そんな郁人の隣でチイトは不満そうに
こぼす。
そのチイトの視線の先には……
「ヒュドラ、図鑑で見たことはあった
が……このような魔物だったのか。
死体でもこれほどの存在感だ。生きていれば
どれほどだったのだろうな」
「いてもかなり凶悪な迷宮か突然現れた
個体ぐらいしかお目にかかれる機会が
ねえからな。初めて見たが、かなり
でかいな。予想以上だ」
「この個体……鱗の模様から見てまだ
成長期のようですな。これから更に
大きくなる前にチイト殿が狩ってくれて
助かりましたな」
興味深そうにヒュドラを見るジークス、
篝、ポンドがいた。
眉をしかめるチイトに郁人は説明する。
「ヒュドラの解体するからエプロンとか
念の為に替えの服とか用意してたら
声をかけられて。そのときに話したら
3人ともヒュドラに興味があったみたいで。
ついてきちゃった」
ごめんなと郁人はチイトに謝る。
「パパは悪くないよ! 勝手に来たこいつらが
悪いんだし」
チイトは首を横に振り、パパは悪くない!
と告げた。
郁人はヒュドラを見上げながら考える。
(それにしても……これくらいの大きさだと
解体するのは大変だろうな……。
1番細い尻尾でも俺よりひとまわりより
大きいしなあ。俺の腕力で斬れるかな?)
〔ねえ、あの生き物……さっきから
ヒュドラ見てよだれを垂らしているん
だけど〕
ライコの言葉にユーを見てみると、
ヒュドラの近くでユーはよだれを
垂らしていた。見られていることに
気付いたユーは郁人をチラッと見る。
「……ユー、お腹減ってるんだな。
さっきいっぱい唐揚げ食べてたのに。
ユーの胃袋ってどれだけ入るんだ?
えっと、解体を教えてもらってもいいか?
ユーがすごい見てるから」
ユーをちらりと見ながらチイトにお願い
すると、チイトはユーを見たあと頷く。
「お前、本当になんでも食うな。
うん、大丈夫だよ。ただ、これくらいの
大きさだとパパには大変だと思うから
ある程度解体したのも用意してるんだ」
「わあっ?!」
〔もう1体狩ってたの?っ!〕
チイトが指を鳴らすと空間からもう
1体ヒュドラが現れた。
が、ある程度解体されており、パーツごと
に分けられて、まな板に乗るサイズに
なっている。
「わかりやすいように頭はそのまま
残しておいたけどね。あとはこっちで
斬りやすいようにパーツごとに分けて
たんだ。初めてでこれだけの大きさの
ものを斬るのは大変だと思ったから」
ある程度斬ってたんだとチイトは説明する。
「そのままパパと一緒に斬っても
良かったんだけど、斬った瞬間に毒が
漏れ出るし、パパはグロテスクなの
苦手だからこっちである程度処理もして
あるよ」
「すごいなあ……! ありがとうチイト!
大きいからどう斬ればいいんだろうって
思ってたんだ!」
チイトの気遣いに郁人は心が温まる。
〔いや、感謝より先に驚いたりしなさい
よ……。もう1匹狩ってたこととか……〕
あんたもずれてるわよね……とライコは
ポツリと呟いた。
「ちなみに、これは毒も抜いてるから
安心してね! あっ! でも毒抜きの仕方は
簡単だから見てみる? パパにも出来る
ように考えたもので、他の魔物にも
使えるから」
「じゃあ、お願いしようかな?」
「任せて!」
チイトが自慢げに指を鳴らすと地面が
盛り上がり、それは形を成していく。
「これって……」
「これでキッチンの出来上がり!」
「チイト殿は多才ですな!」
「多才のひとことで済ませれるのか、
これ?」
「これは錬成か……!! だが……錬成する
にしても、必要なものが……」
〔こいつ……本当になんでもありね……〕
全員が驚くのも無理はない。
なんせ、あっという間にキッチンが
出来上がったのだから。
しかも、水回りなども完璧である。
台にはヒュドラの尻尾が置いてあり、
横には包丁もある。
「一旦解体してるのは冷蔵庫に入れて
おくから安心してね。
じゃあ、毒抜きのやり方を見せるけど、
まずは失敗したらどうなるか見たほうが
どれだけ危ないかとかわかると思うんだ」
このヒュドラの毒はとくに恐ろしい
ものだからとチイトは語ると、
ジークスと篝を見る。
「だから、ジジイとストーカー。
貴様らは失敗例を実演しろ。
パパにどれだけ恐ろしいものか
体を張って証明するんだな」
「さらっと殺そうとしてますな、
チイト殿」
「ダメだから! 絶対にダメ!!」
「それは断る。君のことだからこちらが
いくら成功させようとしても、失敗する
ように細工している可能性が高い」
「する訳ないだろ! あとストーカー呼び
するな!」
チイトが名指しで2人を指名し、郁人は
顔を青ざめさせながらあわてて止める。
「とにかく! 絶対にダメだから!
2人は大事な仲間だし、親友だから!」
「私はイクトの心の友と書いて心友だが」
「俺のほうがもっと深い仲だが?」
「………パパはもうちょっと友好関係を
築く相手を考えたほうがいいよ。本当に」
自慢げなジークスを睨みつける篝。
そんな2人を見ながらチイトは
あるものを取り出す。
「じゃあ、これを使おっか!」
「それは? とても綺麗だけど……
アンティークか?」
〔オシャレなナイフね!〕
チイトが持つそれは真っ黒なナイフだ。
刀身をよく見ると蔦の模様があり、
飾っていてもおかしくないほど品がある。
「これは毒抜きに最適なナイフだよ。
見てて」
チイトがナイフをヒュドラの尻尾に
刺した。
「え?!」
〔ナイフが血を吸ってるわ!?
生きてるの!? このナイフ!?〕
ライコの言う通り、ナイフがどんどん
血を吸っているのだ。
吸っていくごとにナイフの刀身にある
蔦の模様が赤く染まり、おそろしくも
美しい光景だ。
「これは俺が作ったんだ。このナイフは
刺した対象の血を吸いみ、毒は無効化
する効果があるんだよ。プリグムジカ
の迷宮で血抜きしてたの見て思いつい
たんだ」
それで作ったとチイトは語る。
「俺のマントで吸っても良かったん
だけど、パパが調理するならこんな形
のほうが良いかと思って。コレなら
パパも使えるしね!」
「これはまた優れたものを作ったな
君は……?!」
「このナイフ、販売したらとんでもない
ことになるぞ! 誰もが欲しがりそうだ!」
「チイト殿は本当に規格外ですな……!!」
ジークス、篝、ポンドは息を呑みながら
ナイフを見つめた。郁人もナイフを見つ
めながら目を輝かせる。
「すごいなこのナイフ!! まるで生きてる
みたいだ!!」
〔本当よね……!! 刺したら勝手に血を
まるで吸い込んでいるみたいだもの!〕
「? 生きてるよ、このナイフ」
郁人の言葉にチイトはきょとんと
しながら答える。
「まあ、生きてるっていっても動き
回ったりはしないけど。植物みたいな
ものだと考えればいいかな?
前に迷宮で面白そうな植物を見つけたから
ナイフに寄生させたんだよ。
そしたら、こんな感じになってさ。
刺したあとも残らないし、結構便利だよ!」
チイトはナイフを抜き取り、刺した
あとを見せる。チイトの言う通り、
刺した痕跡は見当たらない。
「………マジで生きてるの、コレ」
〔とんでもないの見つけてないコイツ!?〕
郁人は口をポカンと開け、ライコは声を
あげた。
「これ、あとでパパにあげるからね!
他の食材の血抜きにも使えるから!」
ラッピングしてプレゼントするね!
とチイトは嬉しそうに告げた。
「ありがとう、チイト。手入れとかって
どうすればいいんだ?」
「もしイクトがこのナイフで指をきった
としても影響などはないのか?」
「寄生か……危なくないか?」
郁人、ジークス、篝がそれぞれ
気になることを尋ねるとチイトは
答える。
「このナイフはほぼ植物みたいな
ものだから日光に当ててたらいいよ。
それで光合成して勝手にこれが手入れ
するから。水をたまにあげたら大丈夫!」
〔……本当に植物みたいね。植木鉢が
いらないタイプのやつ〕
説明にライコはポツリと呟いた。
チイトはあとの疑問にも答える。
「あと、このナイフがパパに危害を
加えることは絶対にない。俺が教え
こんだからな。パパが指をきりそうに
なれば蔦が生えて傷つくことを防ぐ」
「それは便利ですな!」
「本当になんの植物なんだ?」
ポンドは目を丸くし、篝はナイフを
見つめる。
「この植物の名前って?」
「それがどうやら新種みたいなんだよね。
俺も図鑑とか他のでいろいろ探したけど
見つからなくて……」
「新種だったのか?!」
郁人はナイフを見ながら声をあげると
あっと思い出し、口を開く。
「じゃあ、この植物のことはフェイルートに
聞いたほうがいいんじゃないか?
フェイルートなら植物とも会話できるから」
「たしかに、あいつに聞いたほうが
早いかもね。じゃあ、あとで伝えとくね!
わかったらパパにも教えるから!」
郁人の言葉にチイトは頷いた。
〔……マジでどこの迷宮で見つけたのよ、
その植物〕
ライコはポツリと呟き、ユーはまだかな
とヒュドラの尻尾をよだれを垂らしながら
見ていた。
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