272話 湯船で1杯
郁人はのんびり湯に浸かり、湯船の
へりに頭を置いて天井を見上げる。
「今日はいろいろあったなあ……。
もういろいろあって頭が整理できない
かも……」
あやうく人間卒業しかけたしと呟きながら、
ぶくぶくと湯に鼻まで浸かる。
「疲れたし、あれ呑みたいなあ……」
郁人が見上げると壁から蔦、ナデシコが
現れた。ナデシコはなにかを持っている。
「もしかして……神々の生き血ですか!?」
目を見開く郁人にナデシコはフリップに
伝えたいことを書く。
【飲みたいと言っていたのをユー様から
聞いていたので用意しました。
換気などもご心配なく。周囲に影響は
無いので安心してお飲みください】
「いいんですか?!」
驚きの言葉と同時にユーが扉を開けて
入ってきた。背中には冷えたお猪口が
2つ乗っている。
「……もしかして、一緒に呑んでくれる
の?」
郁人の言葉に少しだけならと尻尾で
ジェスチャーしながら頷いた。
「ありがとう! ユー!! あのときみたい
に誰かと一緒に呑んでみたかったから
嬉しいよ!」
郁人は花を飛ばしながら感謝の言葉を
告げると、ユーは郁人にすり寄った。
「本当に嬉しいなあ! じゃあ、一緒に
呑もっか!」
郁人がお猪口と神々の生き血を受け
取ると、2つのお猪口に注ぐ。
「あっ、ナデシコさんもどうですか?」
【私はお酒に弱いので遠慮させて
いただきます】
郁人が尋ねるとナデシコはフリップに
遠慮する旨を書いた。
「そうだったんですね。では、ユーと
いただきます」
郁人はユーに注いだお猪口を渡す。
「アルコール強いから、ゆっくり
呑むんだぞ」
忠告しながら渡すとユーは頷きながら
受け取り、ひと口。
すると、尻尾をピンと立たせてびっくり
している。
「思いのほかアルコールが強くて
びっくりしたのか?
一気はユーには危ないと思うから
気をつけるんだぞ」
郁人は忠告しながら、神々の生き血を
一気に煽る。
「〜〜っ!! 本当に美味しい!! 神の名が
付くのがわかるよ!」
嬉しそうに顔をほころばせる郁人に
ユーは目を見開いている。
一気に呑んで大丈夫なの? と言いたげだ。
そんなユーに郁人は大丈夫と微笑む。
「あっ、俺は一気に呑んでも大丈夫
だから。心配しないで」
本当に美味しいなあと花を飛ばす郁人に
ナデシコはまたあるものを渡す。
「コレっておつまみですよね?
良いんですか?!」
郁人が目を輝かせるのも無理はない。
ナデシコから渡されたのはモッツァレラを
生ハムで巻いたものや、パスタ、ナッツや
チョコレート、ドライフルーツなどちょこ
ちょこと小皿に盛られたセットだった
からだ。
【私なりにお酒に合いそうなものを
ご用意しました。夜遅くに食べすぎると
お体に障りますので量は控えております。
ユー様の分もございますのでご安心
ください】
自分の分はと聞きたそうなユーに
ナデシコは大丈夫とフリップに書いた。
【他にもアイスなどをご用意してますので、
食べられるタイミングでお声掛けください】
「本当にありがとうございます!
とっても嬉しいです!」
フリップに書かれたナデシコの言葉に
郁人はますます瞳を輝かせて受け取る。
そんな郁人を見て、ユーは壁に触れると
氷の壁付けテーブルを作りあげ、お盆を
乗せるように指さした。
「えっ?! ユーってこんなすごい事が
出来るの?! ありがとう! すごいなあ!」
郁人はテーブルにおつまみセットを
乗せて、ユーを撫でる。
ユーは褒められて自慢げに胸を張った
あと、なにも無い空中から氷でグラスを
作り出した。
「水とかの媒体は?! 何も無いところから
グラスを作ったの?!」
目を見開く郁人をよそに、ユーはグラスに
神々の生き血を注ぎ、郁人に手渡した。
「〜〜!! ちょうど冷たいのも欲しかった
から助かるよ!! ユーは本当にすごいなあ!!」
郁人はユーを抱き寄せると頬ずりしながら
感謝を告げた。
ユーは褒められてますますご機嫌だ。
のどを鳴らして満足げである。
「じゃあ、おつまみをいただきながら
ユー特製グラスで呑もっかな!」
至れり尽くせりだと郁人は頬を紅潮させ
ながら生ハムとモッツァレラをいただく。
「最高っ!!」
生ハムの塩気とモッツァレラのミルクの
優しい甘みがほどよくマッチし、郁人の
頬はゆるむ。ユーも自分用のおつまみセット
をもらって音符を飛ばしながら食べている。
「美味しい! こういったモッツァレラ
チーズもあるんだな!」
【マルトマルシェは酪農が盛んに
なりまして、多種多様なチーズを
生産して販売しているそうですよ。
モッツァレラもその1つです】
「へえ! そうだったんですね!」
ナデシコからフリップで説明を受け、
郁人は納得する。
「マルトマルシェも行ってみたいなあ!
ユーはどう思う?」
食べていたユーは背中のチャックから
携帯を取り出し、少しいじると画面を
見せる。
「へえ〜マルトマルシェって大きな
テーマパークもあるんだ! しかも
お化け屋敷もある! 楽しそうだし
チイト達も誘ってみよっか!」
郁人の提案にユーは頷き、携帯を
仕舞うとまた食べ始める。
「それにしても……ユーは本当にたくさん
食べるなあ。作り甲斐はあるから全然
いいけど。食べる姿も可愛いし」
郁人はもりもり食べるユーを見ながら、
氷のグラスで煽る。
氷の冷たさと神々の生き血を飲んだときの
熱さが意外と合い、郁人は頬を緩める。
「くぅ〜〜!! 冷たさと熱さがいい感じ!!
湯船に浸かりながら呑めるなんて贅沢だよ!
……あっ、そうだ! ナデシコさん、まだ
神々の生き血はありますか?」
郁人が尋ねると、ナデシコは蔦で頷くと
神々の生き血を見せた。
「すいません。ボトルごといただいても?
あとカットフルーツもあればお願い
します!」
ナデシコはまた頷くとボトルを渡して、
壁に消えていった。
「ユー、お願いがあるんだけど
いいかな?」
ユーは快く頷くと、お願いの内容を
聞きたがる。
「こっちのお猪口に入っている神々の
生き血を氷にすることってできる?」
郁人の言葉に尻尾でグッドサインをすると
瞬く間に氷にした。
「ありがとう! これをあと3回くらい
いいかな?」
ユーが了承したので、氷をユー特製
氷グラスに入れたあと、お猪口に神々の
生き血を注ぎ、凍らせるのを繰り返す。
「ユーありがとう! これでずっと冷たい
まま飲めるよ! 氷も神々の生き血だから
薄まらないし!」
郁人は嬉しそうに花を飛ばしながら
ゴクゴク飲んでいく。
「ユーもいる?」
自身をじっと見て固まっているユーに
声をかけたがユーは首? を横に勢いよく
振る。
「わかった。もし呑みたくなったら
言ってくれよ」
【カットフルーツをお持ちしました】
「ナデシコさんもフルーツありがとう
ございます! よし! 生き血にフルーツも
入れたら、見た目も鮮やかだし、サング
リアみたいにアルコールがフルーツに
染み込んでまた美味しくなるぞ!」
ナデシコからカットフルーツをもらい、
それを生き血に入れてまた飲んでいく。
ー そんな水のようにゴクゴク飲んでいく
郁人にユーはあわあわ震えている。
アルコールを過剰に摂取する郁人に
驚いているのだ。
ドワーフや鬼族でもちょびっとずつしか
呑めないというのに、郁人は水のように
ゴクゴク飲んでいるのだから。
しかも、今郁人が呑んでいるのは氷も
神々の生き血製という、時間が経てば
経つほど薄まるどころか濃くなるとんでも
ない代物。
改めて目の当たりにしてユーは郁人の
体を心配して、もう呑むのはやめようと
尻尾でジェスチャーしようとする。
が……
「本当に最高! 今まで呑めたかった分も
呑みまくろうっと!あっ! 神々の生き血を
シャーベットみたいにしてフローズン
ドリンクにするのもアリかも!
ユー、シャーベット状にすることは
できる?」
郁人は嬉しそうに飲んでいき、
笑顔でとんでもない提案をした。
ユーは郁人を止めたかった。
郁人が飲んだ量は神々の生き血を
まるまる1本は確実。もう2本目を
飲み干してもおかしくない。
それに、久しぶりの飲酒なのだから
制限したほうが体には絶対に良い。
そう伝えたかったのだが……
「難しいかな? たしかにシャーベット
状って作るの大変そうだもんな。
また次の機会にしよう」
少し眉を下げて、しょぼんとする
郁人の姿にユーは負けた。
ささっと神々の生き血をシャーベット
にしてみせたのだ。
「ありがとうユー! こうやっていろんな
神々の生き血を味わえてとっても幸せ
だよ! ユーもどうだ?」
フローズンドリンクとなった神々の
生き血を美味しそうに呑む郁人は
ユーにもどうだと伺った。
さすがのユーも神々の生き血を
そこまで呑むことは遠慮したい。
ユーはご飯を食べたいからと首を
横に振る。
「たしかに、神々の生き血はお腹に
溜まりやすいからな。
ふふ、ユーとこうやって過ごせて
楽しいよ!」
ありがとうユーと郁人は神々の生き血を
テーブルに置いて、ユーを抱きしめた。
抱きしめられたユーは喉を鳴らす。
ふと、郁人は思い出したように尋ねる。
「ところでユーってさ、元妖精王の
デルフィから先代って呼ばれてるけど
なにか理由でもあるのか?」
ユーを撫でながら郁人は聞いてみた。
ユーはきょとんとしたあと、さあね?
と言いたげに見つめた。
「えっと、いずれわかるってことかな?」
郁人の言葉にユーは頷くと、ご飯を
尻尾で器用に持ってくるともりもりと
食べだした。
「まあ、わかってもわからなくても
ユーが不思議で可愛いことに変わり
ないか」
気にすることじゃないかもと郁人は
神々の生き血製のフローズンドリンクを
軽く飲み干す。
「フローズンにしても美味しいなあ!
もっと呑もうっと! 今日はいっぱい
呑んで呑みまくるからな!」
神々の生き血に浸かったフルーツを
食べながら、また氷のグラスに神々の
生き血を郁人はなみなみに注ぐ。
そんな郁人の姿にユーはあとでチイトに
"御主人が今まで呑めたかった分を1日で
呑もうとするので定期的に呑む機会を
作ったほうが郁人の体にもいい"
と報告しておこうと決心した。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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