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269話 人間のままでいられた




   郁人の口の中に何かが流れ込んでくる。

   冷たいながらも激しさを感じる、表現

   しようのないなにか。


   (なんだこれっ?!)


   口内だけだというのに全身を波に

   もまれているような、もがいても

   もがいても海底へと引きずり込まれる

   ような感覚。


   「ぐっ……!!」


   郁人は抵抗しようと、せめて吐き出そうと

   したが無駄だ。エンウィディアに口を手で

   塞がれているので吐き出そうとすれば

   さらに流し込まれてしまう。


   「諦めろ」


   エンウィディアが口角をあげると、

   流れは激しくなった。


   「………!!!」


   あまりの激しさに郁人は飲み込んでしまう。


   (おぼれる……!!)


   それは熱く、冷たく、溺れる感覚。

   陸にいるのに海底に落ちていく感覚。

   体が冷たさに覆われる感覚。

   飲み込んだ瞬間に覚えたのはそんな感覚だ。


   「……飲んだな」


   飲み込んだのを確認したエンウィディアは

   手を離す。


   瞬間、陸に引き上げられたような気がした。


   「……たす……かった」


   郁人はペタンと地面に座り込むと、

   めいっぱい空気を吸い込み、吐き出す。


   「イクト!! 大丈夫かっ!!」

   「ゆっくりでいい! 息を整えろ!!

   こいつ、音で壁を張って俺達の行動を

   (はば)みやがって!!」


   どうやら音の壁で阻まれていたらしく、

   ジークスと篝は郁人に駆け寄り、

   背中をさする。


   「イクトになにをした?!」

   「なんの目的があってこいつに!!」


   そんな2人を気にせず、郁人を見下ろし

   ながらエンウィディアは好戦的な笑みを

   浮かべる。


   「よかったな。これでテメェは溺れる

   ことはねえぞ」

   「かはっ……どういう……」

   「パパ大丈夫?! いくらなんでも乱暴

   すぎるよね?」


   咳き込む郁人の背中をいつの間にかいた

   チイトが撫でながら説明する。


   「さっきのはこいつなりに加護を与えた

   んだよ。神だって自認してないけど、

   そういうのは出来るみたい」

   「加護?」


   郁人がきょとんとしていると、チイトが

   教えてくれる。


   「パパが溺れないようにだって。

   だから海や湖、水辺付近で万が一

   溺れたりしても呼吸はまるで陸にいる

   みたいに出来るんだよ。調べたら、喉の

   乾燥も防いでくれるから風邪ひいても

   喉は守られるみたい」

   「……加護の与え方が乱暴過ぎや

   しないか?」

   「最後に関しては部分的な加護なんだな。

   こいつが溺れないのはありがたいが」


   チイトの説明にジークスは目を見開き、

   篝はぽつりと呟いた。


   「たしかに……溺れないのは……

   助かるな……泳げないから、俺……」   


   息を整えた郁人は立ち上がると

   エンウィディアに声をかける。


   「エンウィディア、ありがとうな。

   でも、加護の与え方は今後考えてもらえると

   ありがたいかな? 怖かったし……」

   「………」

   「あー!!! 旦那様ってば、直接加護

   与えたでしょ!! これじゃあ、海や水辺の

   子達がイクトちゃんを旦那様の眷属と

   勘違いして混乱しちゃうでしょうが!!」


   なにやってるの?! とあわてて駆けつけた

   アマポセドは続ける。


   「こんなに力を与えちゃったらイクトちゃん

   人外一歩手前になっちゃうでしょ!!

   寿命が100年以上は当たり前なやつ!!」

   「そうなのですかな?!」


   彼に眷属、人外になってOKなのか

   許可とったの!? とアマポセドが告げた。

   同じく駆けつけたポンドは声をあげて

   しまった。


   「え……?」

   「は?」

   「……本当なのか?」


   アマポセドの言葉に3人の頭は真っ白に

   なる。しばらく固まっていた郁人だったが

   口を開く。


   「………エンウィディア、チイト?」


   郁人は尋ね、2人は正直に答える。


   「たしかにそうだが、テメェには

   なぜか効果が半減以下なんだよ」

   「俺が説明した通りの効果しかないよ。

   まあ、水辺の生き物に好かれやすく

   なってもあまり生活には影響しないから

   言わなかったけど」


   なんで半減以下なんだと不満をもらす

   エンウィディア。

   チイトは嘘を言ったつもりはないよ

   と眉を八の字にする。

   

   (ということは……2人はべつに俺を人間

   から卒業させる気はなかったのかな?)

   〔無かったと思うわ。まず猫被りが

   あんたを眷属にさせる気なんてさらさら

   無いと思うから。眷属にしようとしたら

   絶対に暴れるわよ、この猫被り。

   あと、あんたが完全に人間を卒業しそうに

   なったらさすがのあたしでも気付くから〕


   兆候があったらあたしでもわかるわよ

   とライコは告げた。


   「……勝手に卒業させようとするのはやめて

   ほしいなあ。これからも勝手にするなよ。

   チイトも事実を教えてくれたんだから、

   気にしなくていいぞ。それにしても、

   なんで効果が半減されるんだろうな?」

   「イクト、君が気にするべきところは

   今はそこじゃないと思うのだが……」

   「結果良ければ全て良しじゃねえぞ!

   眷属にならなかったならいいやじゃ

   ねえからな!」  

    「チイト殿が言うなら効果はその通り

   なのでしょうが、少しは気にされたほうが

   よろしいのでは?」

   「君は勝手に人間を卒業させられかけた

   ことに対してもっと怒りなよ」


   郁人の様子に思わずジークスは指摘し、

   篝は声をあげ、ポンドは苦笑し、アマポセド

   は頭を抱える。


   「……でも、まあちょっと卒業はしかけ

   てるからあんまり気にしないのかな?」

   「え? 俺ちょっとだけ卒業してるの?」


   目をぱちくりさせる郁人にアマポセドは

   告げる。


   「だって君はそこの竜人の血肉を食べて

   るんでしょ? それを食ってるなら体も

   いろいろ強化されてるもんだから。

   本来なら剣で斬られても剣が折れる

   くらいなんだしさ」

   「………たしかに俺、ジークスの血肉を

   食べてるもんなあ。それでここまで

   動けているのもあるんだし」

   「だが、効果があまり出ていない。

   もう少し食べるか? 飲んでみるか?」

   「さらっと血を飲ませようとするな!

   やめろ!」

   「ジークス殿! ストップです!!」


   普通なら食べないもんなあと郁人は

   納得した。ジークスはナイフを取りだして、

   指を軽く斬ろうとするのを篝とポンドが

   止める。


   「……おまけに、少し祝福されて

   マーキングされてるから、あの種族にも

   食わされるだろうしなあ」

   「? どうかしました?」


   アマポセドが小声で呟いたので、

   郁人は聞き取れなかった。


   「べつに気にしなくてもいいよ。

   じゃあ、旦那様もそろそろ帰りましょうか」

   「……おい、クソ奏者」


   アマポセドの言葉を無視し、エンウィディア

   は郁人に話しかける。


   「これを渡しておく。抜き打ちでばんばん

   チェックしていくから覚悟してろ」

   「これは……真珠?」


   エンウィディアに手渡されたのは真珠だ。

   綺麗な円形で指の1関節分ほどの大きさが

   ある。


   「それを水に入れろ。そしたらわかる。

   きちんと練習はしろ。絶対にサボるんじゃ

   ねえぞ」

   「マジでサボッちゃダメだよ。また、

   旦那様が演奏やめるとか言い出したら

   今度こそ暴動起きちゃうかもしれないから」


   エンウィディアは告げると、アマポセドは

   槍を取り出すと、地面を小突いた。


   「おお?!」

   「扉が出来ただと?!」


   すると、地面から水が湧き出て扉を

   作り出す。


   「じゃあな」

   「またよかったら、遊びにきてね!

   旦那様が喜ぶから!

   あっ! この扉すぐ消えるから安心して!」


   2人は扉に入るとそのまま帰っていった。

   扉も2人がくぐり抜けると泡のように

   弾けて消えた。


   「……すごいものを見た気がする」

   「パパ! 俺のほうがスゴイよ!」

   〔あの槍……転移機能もあったえぐい

   魔道具だったのね……!!〕


   郁人は口をポカンと開け、チイトは   

   頬をふくらませて対抗心を芽生えさせ、

   声を震わせながらライコは呟いた。


   「とんでもない事してったぞ、あいつ」

   「あの槍……まさか……!?」

   「おや? どうされました?」


   篝とジークスが目を見開く中、ポンドは

   ある事に気づき、声をかけた。


   「お見送りの途中だったのに

   ごめんなさいね」


   声をかけた先には困った表情をした

   ライラックがいた。

   ポンドと郁人はライラックに駆け寄る。


   「マスターの母君。そのように

   困惑されてどうされたんです?」

   「お店でなにかあったの?」

   「じつは、私もさっき聞いたのだけど……。

   これは本人から説明してもらったほうが

   いいわね」


   尋ねる郁人にライラックは告げた。


   「……………ママ」


   ライラックの髪が揺れると、隠れていた

   デルフィが現れた。


   〔そういえば、こいつさっきまで

   いなかったわね。こいつの甘えぶり

   からしたらすぐにでも来そうなのに〕

   (たしかに、パンケーキ作ってる時も

   いなかったもんな)


   郁人はライコの言葉に頷くと、

   デルフィに尋ねる。


   「デルフィ、どうかしたのか?」

   「…………ママ、ゴメンなさい!!」


   デルフィは郁人に泣きついた。


   「どうかしたのか? なにかあったのか?」

   「……………じつはね」


   デルフィは重い口を開けた。




ここまで読んでいただき

ありがとうございました!

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