267話 夏のスフレパンケーキ
大樹の木陰亭、ナデシコによって普段は
ないはずの部屋に全員は集まっていた。
その目的は明らか。
「やはりここのパンケーキは最高よな!」
郁人の特製パンケーキを食べるためだ。
今回、郁人が作ったパンケーキは
"スフレパンケーキ"だ。
ふわふわした食感が特徴のパンケーキで
今回はムジカベリーを使った夏を
連想させるパンケーキを作ったのだ。
パンケーキにかかるソースは青色で、
ソースをスフレパンケーキにかければ
波打ち際連想させ、海のような青色に
最初は驚くが食べれば味はブルーベリーに
近く、ほどよい酸味と添えてある生クリーム
とうまく絡み合い、フォークを進める。
周りにもムジカベリーの他にマンゴー
などのフルーツが飾り切りされて
盛られているため、見た目でも楽しめる
パンケーキである。
「青色のソースには驚いたけど
とても美味しい! イクトくん作って
くれてありがとうね!」
「サイネリアに聞いてからこちらで
食べてみたいと思っていましたが、
このような形でいただけるなんて……
本当に嬉しいです!」
サイネリアとリナリアはパンケーキに
目を輝かせながら食べている。
そんな2人に負けず劣らずもりもりと
食べているカーネリアンは尋ねる。
「このパンケーキは期間限定メニューと
やらになるのか?」
「はい。フルーツが夏限定のものが
多いですので。メニューに載せる際は
夏の限定メニューになります」
「これは夏が終わるまでにたくさん
通わねばな!」
郁人の答えにカーネリアンは拳を握り、
たくさん食べるぞ! と意気込む。
「本当に美味しいです、父上」
ヴィーメランスはパンケーキを食べ、
郁人に感謝を伝える。
「父上の料理をまた食べられる機会を
いただき、誠に感謝いたします」
「そうかしこまらなくていいぞ。
ヴィーメランスも食べたくなったら
来てもいいんだから。家族なんだし」
と告げる郁人にヴィーメランスは目を
ぱちくりさせたあと、ふわっと柔らかく
微笑んだ。
「では、食べたくなったら伺わさせて
いただきます」
「ご飯一緒に食べような」
「はい」
とろけるような笑みを浮かべる
ヴィーメランスはとても嬉しそうだ。
「はわわ……! ヴィーメランス様の
レア顔……!!」
「陛下! しっかり!」
嬉しそうなヴィーメランスの隣で、口元を
両手でおさえて、顔を赤くしながら震えて
倒れそうになるリナリアをサイネリアは
あわてて支えた。
「……このような者が近くにいれば、
あやつに目を向ける訳がないな」
その様子を見てカーネリアンは
納得していた。
向かいではポンド、ジークス、篝が
並んでパンケーキを食べている。
小声でポンドはジークスに尋ねる。
「そういえば、ジークス殿は隠れて
いなくてよろしかったのですかな?」
「グラーンドは私がいた頃はそこまで
交流してなかった国なんだ。私の存在は
知らないだろう」
彼女が生まれてから本格的に交流を始めた
国なんだとジークスは小声で答える。
「もし、知っていたとしても、相討ちと
なった王子がいたという情報くらいだ。
それに、彼女からそのまま居てほしいと
言われてな。サイネリアにもそのまま
居ても大丈夫と太鼓判を捺された」
「そうでしたか。このように食卓を
囲めてよかったですな」
ジークスの言葉にポンドは良かったと
ホッと息を吐いた。
「あいつは相変わらず料理が上手いな。
前もパンケーキを作って振る舞って
いたことを思い出す。……また作って
もらいたいものがあるから頼んでみるか」
篝は思い出しながら、黙々と食べている。
「こいつ本当に鬱陶しいな……。
せっかくパパのパンケーキ食べてるのに。
それに、あいつらもうるさい」
チイトはそんな篝の言動に苛つきながら
もう1つ苛つきの原因を見る。
「ヒドイですよ旦那様ぁー!!
僕がいないときに演奏するなんてえー!!」
「テメェのリアクションはいちいち
うるせえんだよ」
ボロボロと涙をこぼしながらエンウィディア
に訴えるアマポセドに冷たい視線を浴びせ
ながらパンケーキを食べるエンウィディア
だ。
アマポセドが泣いている理由は、
エンウィディアがドライアドである
ナデシコに演奏していたからだ。
「なんで演奏したんです?!」
「陸にいる妖精族は滅多に会えねえ。
だから、俺の演奏にどんな反応するか
見たかったんだよ。花束を貰えたって
ことは高評価ってことだろ」
エンウィディアは貰った花束を満足気に
見る。
「あっ! その花! お茶にして飲むとのどに
良い効果があるやつじゃん!」
「そうなのか、気が利くな。演奏する度に
いちいちうるせえ奴とは大違いだ」
「僕には僕の良さがありますう〜!!」
「……本当にうるさい」
「チイト、落ち着いて」
騒がしさに声を唸らせたチイトを
郁人は落ち着かせる。
「たまにはこうやって賑やかな場で
食べるのも良いよ」
「……たしかに、普段の静けさをありがたく
感じるからいいのかな?」
「そういう意味じゃなかったんだけど……」
郁人は思わず頬をかいたあと、口を開く。
「それにしても、エンウィディアは
演奏してたんだな」
「うん。ドライアドであるナデシコに
聞かせて反応が見たかったんだって。
ナデシコが防音してくれたから、外には
漏れてないよ。漏れてたら他の客が押しかけ
そうだし。こんなものも売ってるみたい
だからファンも来るかもしれないしね」
チイトはあるものを取り出した。
手のひらサイズの巻き貝だが色合いは淡く、
オパールのような輝きを放っており、
普通の巻き貝とは思えない。
「それは……巻き貝?」
「これが"メモリーシェル"って言われる
ものだよ。海では手紙の代わりにこれに
自分の声を録音して、相手にメッセージを
送ったりするんだよ。あいつはこれに
演奏を録音して、売ったりしてるけど」
「そういえば、アマポセドさんが
そんなこと言ってたな……」
〔たしか、あの軍人の騒動のコンタットが
来る前に言ってたやつよね〕
郁人とライコは思い出した。
「だって、旦那様の演奏を広めたかった
ですからねえ」
聞いていたのかアマポセドが会話に
入ってきた。
「前にイクトくんには説明したけどさ、
旦那様の演奏は国宝、いや世界の宝レベル。
それを神殿の中だけとかもったいない
でしょ?」
独占も悪くないけどとアマポセドは呟く。
「それに、たまたま聞いた子達が
また聞きたい、誰が弾いているのか
気になると神殿の周囲をうろつきはじめ
ちゃいまして……。神殿の周囲はホーンザメ
とかうろつくエリアで危険ですし、
旦那様も周囲をうろつかれて苛ついて
たんで」
雑音がうるさいとそれはもう気が立って
ましたよと思い出しながら告げる。
「隠れるようにしていたら人は暴きたく
なる性分。ですんで、プリグムジカの
パール座に乗り込んで演奏しちゃえば?
って提案したんです。そしたら、旦那様が
乗り込んで見事にプリグムジカ1の音楽家
になり、僕は押し掛けてこないように
演奏された音楽をメモリーシェルに録音し、
それを売って旦那様の生活や楽譜収集の
資金にしたんですよ」
ガッツリ儲かりましたよ〜とアマポセドは
ヘラリと笑った。
「イクトくんには無料でプレゼントするね!
これを聞いて練習したほうがいいよ。
旦那様ってば諦めてないから。君を自分と
並ぶくらいにして、いずれ音楽の頂点に
立たせること」
「へ?」
思わぬ言葉に郁人は目をぱちくりさせる。
そんな顔を見てアマポセドはやっぱりと
告げる。
「君は旦那様が聞きたいから授業を
していたと思ってたんだね。それもある
けどそれだけじゃないよ。旦那様は
君のトラウマを克服させて、音楽の
頂点に、自分の隣に並ばせたいんだ。
君の才能が埋もれてしまうことを1番恐れて
いるからね。自分と並ぶ才能がある君が
音楽から離れてキレていたくらいだしさ」
「エンウィディア……そこまで俺のことを
評価してくれてたんだ……」
まさかそこまでと郁人は目をぱちくり
させた。
「旦那様の態度じゃわかりづらいけどね。
だから、覚悟しといたほうがいいよ?
これで終わりじゃないからさ」
「……スパルタはまだ続くんですか?」
「そうだろうね。抜き打ちチェックも
入ると思うから」
「……俺のことを評価してくれるのは
嬉しいんだけどなあ」
「まあ、頑張れば?」
スパルタをちょっとゆるめてほしいなあ
と郁人は呟き、アマポセドはヘラっと
笑った。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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スフレパンケーキを試食する郁人と
アマポセド。
ユーは作ってもらったのをモリモリ
食べている。
「こんな柔らかいんだ! 見た目からでも
柔らかいとは思っていたけど予想以上だ!」
「うん! 久しぶりに作ったけど、
上手く出来てる!」
「これを焼いていくのか、僕も
やってみても?」
「勿論です! たくさん作らないと
いけませんから。むしろお願いします!」
「えっと、やり方はっと……」
アマポセドはスフレパンケーキを
焼き始めた。
何個か失敗したものは2人とユーのお腹に
入ったのは言うまでもない。




