265話 一瞬で帰宅する
ドラケネスとグラーンドとの会談は
無事に終わった。
リナリア達は郁人達が待っていた
カーネリアン公の邸宅の中庭にいる。
(グラーンド王国の人達、顔が青かったけど
なにかあったのか? 常連さんだけ残った
けど……)
〔あわててやって来た騎士からなにか
聞いたあと様子がおかしかったものね。
まあ、あんたは気にしなくていいんじゃ
ない?〕
グラーンド王国の者達が去っていった方向を
見ていると、リナリア達に声をかけられる。
「皆様、お待たせしてすいません」
「あの事もあったから長引いちゃい
まして……」
「父上、大変長らくお待たせしてしまい
申し訳ありませんでした」
「大丈夫。アフタヌーンティーを
楽しんでたから気にしないで。
ほら、頭をあげて」
頭を下げるヴィーメランスに郁人は告げた。
本来であれば貿易などの話だけで
終わったのだが、テイルの愚行もあり
そのこともあって長引いたのだ。
結果としては、ドラケネス優勢だった
そうだ。
<ドラケネス側が優勢のまま会談は
終わったようだよ>
知っているのは帰ってきたチイトが
こっそり教えてくれたからだ。
(リナリアさん達やさっき帰っていった
グラーンド王国の人達の見た目では
わからないけど……)
テイルが仕出かしたことを考えれば
ドラケネスが優勢だと思うが、リナリアの
顔色を見てもわからない。
<流石に国のトップが顔色を読み取れる
のはまずいんじゃないかな?
わざと読み取れるようにしているなら
ともかくね……>
交渉下手にもほどがあるとチイトは告げる。
<チラッと記憶を覗いたけどドラケネス
の女王が1枚上手だったようだよ。
あれがなにもしなくてもドラケネス
優勢なのは変わりなかったかもね?>
邪竜に対して反旗を翻しただけはある
とチイトは呟く。
(それにしても……あの王子は本当に
とんでもないことをしたな)
郁人はグラーンド王国の城を見て、
改めて思い出す。
(あの王子がヴィーメランスの逆鱗に
触れた結果、城内はところどころ燃えて
いたし、素人目から見てもわかるほど
修復不可能な部分もあったからな。
ここから見てもわかるぐらいに燃えてた
箇所もところどころあるし……)
〔怪我人はかなり多いみたいね。
でも、あんたがエリクサーを渡した
おかげで死者は0。後遺症がある奴も
0のようだわ〕
ライコが調べたことを教えてくれた。
(ヴィーメランスが相手を殺してなくて
本当によかった……。全力出してたら
城も跡形もなく燃えてただろうしな……)
郁人はほっと胸をなでおろす。
<パパを侮辱したのはあれだけだから
じゃない? あいつは元英雄で護る側の立場
でもあったから、他の命までは奪わない
ようにしてた調整してたみたいだよ。
パパが気にするとわかってたのもあるけど>
流石英雄様だとチイトは皮肉まじりに
答える。
<まあ、教育をしっかりできていなかった
両親は行動次第で殺すつもりだったよう
だけどね>
(王様達も無事で本当によかった……!!
でも、本当になんで悪口言っちゃったん
だろうな?)
郁人は不思議そうに尋ねた。
(あの王子は感情に任せてしまったよう
だけど、竜人は尊敬する相手を侮辱
されたら即開戦だからそこは1番避ける
んじゃないか? いくら嫉妬しててもさ)
<前も言ったけど、あれは竜人の特性が
とくに薄かったからだよ。だから、両親は
もちろん、兄弟や教育係とかも口酸っぱく
しながら教えてたようだけどね。
まあ、全部水の泡となったけど>
無駄なことだったねとチイトは嘲笑した
あと、ハッとして尋ねる。
<あっ、パパが気に食わないなら
もう2度と口を聞けないように俺が
始末するけど?>
(そこは大丈夫! 地下牢に彼は入れられて
いるから! だから禁句を言わなくなるん
じゃないかな?)
〔罰を受けても言うようじゃ王族には
向いてないわよ。自分の感情を優先
させた段階でいろいろとアウトだけど〕
ライコは感想を述べた。
「用事も終わったし、木陰亭に帰ろう!」
早く帰りたいとチイトが郁人に
抱きついた。
「女将さんとあの白いのがお前の帰りを
待ってるだろうしな」
「帰ってゆっくり休んだほうがいい」
篝とジークスも同意した。
「帰るのなら我も同行してもよいか?」
そこへ声をかけたのはカーネリアンだ。
「久しぶりにパンケーキが食べたくてな。
構わぬか?」
「では、私も同行させていただいても
よろしいでしょうか?」
リナリアも行きたいと告げてきた。
「俺は大丈夫ですけど……その大丈夫
ですか? 警備とかそういうのは……」
突然の元国王と女王の言葉に郁人は
頬をかきながら尋ねた。
「いつも内緒で行っとるし、ソータウン
では君の店が1番安全だから問題ない」
「ヴィーメランス様達とあの妖精達が
手掛けたお店ですからね。しかも、あの拳神
と謳われた方が経営されているのです。
ソータウンでは1番安全な場所かと」
警備面について問題ないと2人は
断言した。
〔たしかにそうよね。この2人の言う
通りだわ。あの妖精族が建物と同化してる
から、監視カメラがあるようなものだし。
情緒不安定とその眷属もいるのだもの〕
1番安全だわとライコも同意した。
「父上、俺も同行させていただいても
よろしいでしょうか?」
「僕も護衛騎士として同行しても?」
「うん、大丈夫だよ」
郁人は承諾した。
「じゃあ、僕達もよろしくね。
旦那様も気になってるみたいだし」
「おい、チイト。ととっとやれ」
「貴様に言われなくてもやるに決まってる
だろ。俺もパパのパンケーキを食べたい
からな」
エンウィディアに指示されたチイトが
パチンと指を鳴らす。
ー 瞬間、景色が変わった。
先程までいた場所とは全く違う。
一面が緑に包まれた草原に立っていた。
風が髪をなびかせ、どこまでも青空が
広がっている。
「ソータウンにこのようなところは
あったか?」
「もしかして……」
「なるほど。ここがそうか」
首をかしげるカーネリアンに対して、
心当たりがあったリナリアはあっ! と
声をあげ、ヴィーメランスは興味深そうに
見渡している。
「やれとは言ったが、本当に相変わらずの
規格外っぷりだな、テメェは」
「前もしてたけど魔道具無し、無言で
やっちゃうなんて本当に恐れ入っちゃうよ」
エンウィディアはわざとらしくため息を
吐き、アマポセドは目をパチクリさせた。
〔……ねえ、ここって〕
(チイトは大樹の木陰亭に帰ろうって
言ってたからな。この草原は……)
郁人が考えを述べていると心が温かくなる
声が聞こえる。
「イクトちゃん! おかえりなさい!」
草原の奥からライラックが駆け寄って
きたのだ。郁人もライラックに足早に
駆け寄る。
「母さん! ただいま!」
「ナデシコさんがここにいるって
教えてくれたのよ! 元気な顔が見られて
よかったわ!」
ライラックは微笑みながら郁人の頭を
撫でる。
「じゃあ、やっぱりここって……」
「大樹の木陰亭の地下よ。前に写真撮影を
した場所よ。覚えてたかしら?」
「うん、覚えてたよ」
「やはりな……」
「道理で見覚えがあるはずだ」
〔この大人数を一瞬で瞬間移動させる
なんて……?! 本当にありえないわよ!!
この猫被り!!〕
ジークスと篝は納得したように頷き、
ライコは声をあげてしまった。
「ここは地下なのか?! 地下にしては
空などがあるが……?!」
「大樹の木陰亭に住まわれている
ナデシコ殿が改装したのでしょう。
彼女も妖精の1人ですので」
「……妖精のすることに驚いていては
キリがないか」
驚くカーネリアンにポンドが説明している。
「あっ! パンケーキを食べたいって
チイトくんから聞いているわ!
場所も用意しているから案内するわね!
御2方は席はどうされますか?」
ライラックがカーネリアンとリナリアに
尋ねる。
「そのようにかしこまらんでよい。
いつものように頼む。席もこの者達と
同席で構わぬよ。ただ、少し離れた場所が
よいかもな。今回いるのは我だけではない。
気づく者は気づくやもしれぬからな」
「私も問題ありません。皆様と一緒に
召し上がりたいですので」
カーネリアンは少しお願いし、
リナリアは大丈夫と頷いた。
「かしこまりました。私は準備して
きますので。ナデシコさん、案内
お願いしてもいいかしら?」
「あっ! 母さん! 俺も作っていい?」
去ろうとするライラックに郁人は
声をかけた。
「試してみたいのがあって。いいかな?」
「イクトちゃんは帰ってきたばかり
だから……」
「キッチンに行くなら俺のを作れ」
渋るライラックだったが、それを
制するようにエンウィディアが告げた。
「あら? この方は?」
「俺の家族のエンウィディア。
プリグムジカに誘ったのはエンウィディア
だったんだ」
「あら! そうだったの!」
目をぱちくりさせるライラックに
アマポセドが声をかける。
「すいません。イクトちゃんに作って
もらってもいいですかね?
旦那様は言ったら意地でも曲げない
んで……」
眉を下げたアマポセドは申し訳なさそうに
言うと、ライラックは郁人に尋ねる。
「イクトちゃん、無理してないわよね?」
「大丈夫! 向こうでアフタヌーンティーを
いただいてゆっくりしたから!」
大丈夫と告げた郁人にライラックは頷く。
「わかったわ。じゃあ、お願いね」
「うん! じゃあ、俺も作ってくるから!
待っててほしいな!」
「わかった! 待ってるね!」
郁人はライラックとともにキッチンへと
向かった。
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「やっぱり、あの2人があのまま何もしない
訳が無いわよね……」
グラーンド王国の様子から原因を調べた
ライコは呟く。
「命は奪ってないけど、もう再起不能
じゃない。メンタルボロボロよ。
……まあ、このことはあいつに言わない
ほうがいいわ。知らぬが仏ってやつね。
あたしが伝えたらやばくなる可能性だって
あるもの」
ライコは虎の尾を踏むようなことは
したくないと言わないことを選択した。




