262話 カーネリアン公
郁人が声のするほうを見れば、城の惨状に
顔を青ざめる50代後半くらいの男がいた。
コンパスのようにまっすぐ伸びた背筋に
白髪を後ろに流し、顔に刻まれた皺は
彼の威厳を引き出している。
王冠をかぶれば、誰が見ても王様だと
口にするだろう風格をもった男。
その後ろでは従者が呆然としている。
「あっ!」
郁人には見覚えのある男だった。
「常連さん! どうしてここに?!」
「常連ってことは……大樹の木陰亭の?」
「うん。いつもパンケーキを食べる
常連さんだよ。初めて持ち帰りを希望
した人でもあるかな」
チイトに説明していると、常連は
郁人を見て目を見開く。
「君は……大樹の木陰亭のシェフでは
ないか! どうしてここにおるのだ?!
が、まずこの惨状はなんだ!! 城のどこも
かしこも濡れており、焼跡もあるこの
惨状!! 今日はドラケネス王国と外交が
あったはずだぞ!」
なぜこんなことになっているのだ!?
と思わず叫んでしまう常連。
常連をじっと見ていたチイトは口を開く。
「貴様は……成る程。グラーンド王国、
現国王の父。カーネリアン・グーランドか。
現在は隠居していると聞いていたが?」
「えっ?! 前国王?!」
〔この人、王族なの?!〕
郁人が目をぱちくりさせ、ライコが
声をあげるなか、常連、カーネリアンも
目を見開く。
「君は……"歩く災厄"か!? そこの者は
たしか……プリグムジカの国宝の"楽神"!
なぜ君達がここにいるのだ?!」
カーネリアンは訳がわからないと
困惑していたが、ハッと気を取り直す。
「君達の所在についてはあとで聞こう。
まずはなにがあったのか聞かせてもら
いたいものだ」
「それは私から説明させていただきたく」
サイネリアが綺麗な礼をしたあと、
一歩前にでた。カーネリアンは声を
かける。
「君はドラケネス王国女王の護衛騎士
のサイネリアだね。
よかろう、詳らかに聞かせてもらおうか」
カーネリアンから許可を得た
サイネリアは説明する。
「かしこまりました。先程、カーネリアン公
がおっしゃいましたように本日はドラケネス
王国とグラーンド王国の会談があったのは
事実でございます。
しかし、テイル第3王子がドラケネス
王国の客将の尊敬する方をリナリア陛下と
勘違いしたうえで侮辱したのです。
客将ヴィーメランス殿は尊敬する方、
イクト様を侮辱されたので焼き尽くし、
そして追い詰めました。
そこへ、イクト様が来られて一時的に
場は収まった形となります」
「……そうか………そうか。説明感謝する。
とてもわかやすかったとも」
カーネリアンは成る程と何度も頷き、
王と王妃、そして元凶であるテイルの
もとへと歩み寄る。深く息を吸い込み、
テイルを見据えると
「この大馬鹿者がああああああああ!!」
テイルの頭に拳骨を食らわせた。
「お前は本当に大馬鹿者だ!!
お前のことだどうせ会談で自身の感情を
優先して禁句を言ったのだろう!!
尊敬する者、主が近くにおれば侮辱しても
問題ないとでも考えたか? このたわけ!!
その考えこそが愚かの極み!!この国を
滅ぼす気か!!」
「しかし……」
「お前は口答え、いや口を開くことすら
許されぬ状況だと理解しろ!
隠居している身の我にも客将の噂が
耳に届いていたのだぞ!
国を救った大英雄! 見渡す限りにいた
魔物達を一瞬で灰燼に帰した強者!
その者の主、敬愛する者を侮辱すれば
どうなるかは誰にでもわかるわ!!」
情けないにもほどがある……!!
とカーネリアンは額に手をあて、
ヴィーメランスと郁人のもとへ進む。
「この度は我が国の王子が無礼を働き、
誠に申し訳無い」
なんと頭を下げたのだ。
前国王とはいえ、客将に頭を下げるとは
前代未聞のことだ。
「常連さ……」
〔止めないほうがいいわよ。
これ一応国際問題なのだから。
あんたが怒ってないのはわかってるけど、
あの馬鹿王子はドラケネス王国の
女王を侮辱したつもりなのよ。
だから、あんたは口を挟まないほうが
いいわ〕
(……わかった)
これは国際問題でもあるのだと指摘され、
郁人は口を開くのをやめた。
「父上はこの者と知り合いなので
しょうか?」
が、口を開かざるをえなくなる。
ヴィーメランスは頭を下げるカーネリアン公
を無視して尋ねたからだ。郁人は質問に
答える。
「えっと、うん。大樹の木陰亭の
常連さんなんだ。よく食べに来てくれて、
新商品が出たら必ず食べてくれる人だよ」
いつも美味しかったって感想もくれるし
と郁人は告げる。
郁人の言葉にヴィーメランスはあごに
手をやり考えたあと口を開く。
「父上の店の常連でしたか……。
カーネリアン公、貴様の顔に免じ、
この場は剣を納めてやる。
だが、これからの行動や言動次第では
いつでも抜くことを肝に命じておけ」
ヴィーメランスはカーネリアン公、
国王夫妻とテイルを睨んだあと、
後ろに下がり、サイネリアを見る。
「あとは貴様らで話し合え。その間
俺は後ろで控えていよう」
「了解。一旦、怒りを鎮めてくれて
ありがとう。
では、こちらで話し合いましょうか。
私共のほうは話が済んでおりませんので」
「えぇ、きちんと話し合いませんと
いけませんから」
ニコリと微笑むサイネリアだが、
瞳は微塵も笑っていない。
そばに立つリナリアも瞳が笑って
いなかった。
〔軍人が目立っていたけど、侮辱された
のは女王だものね。そりゃ怒るわよ。
特に女王を主として尊敬しているなら
尚更よね〕
ライコは当然よと呟いた。
「イクト様達はしばらくお待ちいただけ
ますでしょうか? 久しぶりにお会いしまし
たからお話したいですし」
リナリアに尋ねられた郁人は大丈夫
と頷く。
「俺は大丈夫。皆もいいかな?」
「パパがいいならいいよ」
「特に予定もないからな」
「大丈夫ですとも」
「俺も問題ねえ」
チイト達はそれぞれ大丈夫だと告げる。
「勝手にしろ」
「旦那様も問題ないとのことです」
エンウィディアは興味なさげに告げ、
代わりにアマポセドが答えた。
「なら、君達は我の屋敷で待つといい。
菓子なども用意させておく。君の料理
には劣るがな。この者達を我の屋敷へ。
我はこの愚か者を見張る必要があるから
な」
テイルを睨んだあと、カーネリアンは
自身の従者に指示を出した。
指示された従者は郁人達の前に進む。
「かしこまりました。
では、ご案内させていただきます」
「父上、あとで俺も合流させていただき
ますのでお待ちいただけるとありがたい
のですが……」
「わかった。待ってる」
「ありがとうございます」
ヴィーメランスは郁人の言葉に礼をすると
リナリア達のもとへ足を進めた。
「こちらになります。途中で下に降ります
ので足元にご注意ください」
郁人達は従者に案内され、カーネリアン
公の屋敷へと向かった。
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郁人がエリクサーを渡したときのこと……
「おい、あれエリクサーだよな?
なんであんなに持ってるんだ?!」
「チイトが作ってるんだよ。今も俺の
体調に効くものを作ろうとしてるみた
いだけどあまり効果がないみたいで」
俺の部屋ですねたりしてると
郁人は話す。
「それでもういらないからって
捨てようとしたものを貰ってるんだ。
俺に効果が薄いだけで他の人には効果が
あるからさ」
「たしかに、チラッと見たが火傷跡が
きれいになくなっていたからな……」
あんなに効くものを見たこと無いと
篝は呟く。
「だから、捨てるぐらいならちょうだいって
貰ってるんだ。花にも効果があって、病気に
なった花も治るんだ! チイトは水やりのとき
に水の代りにエリクサーあげたりしてるよ」
「……湯水のごとく使うな、伝説の妙薬を!!」
篝は思わず頭を抱えた。
〔あんた、猫被りの影響でエリクサーに
関して反応がおかしくなってるわよね……〕
ライコもポツリと呟いた。