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1話 1年後、彼は出会った



あれから1年が経った。

人々のざわめきや笑い声、ナイフが皿の上を

こする音がする。


「いらっしゃいませ!」


郁人は現在、囲んでいた人達の1人である

宿屋兼居酒屋、冒険者の憩いの場所

“大樹の木陰亭”の女将ライラックの

世話になっている。



ここに来た当初、郁人の立場はかなり

不安定なものだった。


ソータウンの者達からすれば、珍しい

顔立ちに出身不明、おかしなことを話す

怪しい奴だったからである。


それに、郁人はあとで気づいたことだが

表情が全くないらしい。


声や目が笑っていても表情が無く、言動と

表情が一致していないように感じられた

そうだ。

今は仕草などでカバーしているが、

当初は無いため、気味悪かったに違いない。


誰もが憲兵に引き渡そうとするなか、

そんな郁人を引き受けてくれたのが、

女将であるライラックだ。


ライラックは、女神と言われる程の

美貌の持ち主だ。

藍色の長い髪に、海のように深い青の瞳、

目の下の泣きボクロが艶かしく、内面の

美しさがにじみ出た微笑みは国宝級。

スタイルも、モデル並の身長に抜群の

プロポーションと文句のつけようが無く、

彼女を見るために来る客が後を絶たない。


そして内面もまた、女神そのものであった。


体も以前よりかなり衰弱し、すぐに倒れて

しまう郁人を甲斐甲斐しく世話をし、

この世界のルールなどさっぱりわからず、

当然のことを聞く郁人に呆れず、自身の

子供のように接してくれた。


郁人にとって本当に救いの女神様だ。


現在、戸籍上ライラックの子供に

なっており、ライラック自身に


「お母さんと呼んで欲しいわ」


と花開くような笑みを向けられた。

自身とあまり変わらないように見える

ライラックの言葉に、郁人は困惑した。


が、足を向けて眠れない程の恩人の上、

呼ばないと今にも泣きそうだったため、

お母さんと呼ぶと、もの凄い力で抱きしめ

られた。

ダイナマイトボディに抱き潰され

窒息しかけたのは今ではいい思い出だ。



「イクトちゃん! これをお願い!」

「わかりました!

女将さん!3番テーブル、エール2杯

入りました!」

「わかったわ」


体調も来た当初にくらべ、かなり良くなって

いるため、悪くなればすぐに言うことを

条件に店の手伝いをしている。


郁人は注文の品をもらい、テーブルに

運んでいく最中。


「っ?!」


いきなり足に衝撃を感じて体が前に倒れる。


(これ、料理をぶちまけて大惨事

決定……?!)


顔面強打を覚悟したが、誰かに

受け止められた。


ー「問題ないか、イクト。

足元に気をつけたほうがいい」


聞き覚えのある声に目を開けると、

細身ながらもがっしりとした肉体があった。

顔をあげれば心配そうな表情が伺える。


「大丈夫。ありがとうジークス」

「礼には及ばない。注文の品もこの通り

無事だ」


ジークスの手には品があり、床に落ちた

跡はない。


「キャッチしてくれてありがとな」

「君が気にすることはない。

この品はこのテーブルの者のか」


ジークスが視線を横に向けると、

テーブルの男達は縮み上がる。


「大丈夫イクトちゃん!! 怪我はない?」


カウンター内のライラックが今にも

駆けつけそうだ。


「大丈夫です。

すいません、心配かけちゃって」

「この通り問題ない。イクトは無事だ」


ライラックは郁人の無事な姿を確認し、

胸を撫で下ろすとゆっくり微笑む。


「怪我がなくてよかったわ。

落ち着いて来たから休憩してちょうだい。

ジークスくんもよかったら一緒に」

「はい。お言葉に甘えさせてもらいます」

「ありがとうございます。

じゃあジークス、それ渡すから

もらってもいいか?」


注文の品をもらおうとすると、ジークスは

持っていた方の腕を高く上げる。


圧倒的な背の違いから背伸びしても

全く届かない。


「この者達に言いたいこともあるから

俺が渡しておく。君は先に座って待って

いてくれ」

「……わかった。

ジークス、ご飯は食べたのか?」

「いや、君と食べようと思って

ここに来たからな」

「そうか。じゃあ、女将さんに2人分

頼んでおく」

「ありがとう」

「女将さん!

ジークスの分もお願いします!」

「わかったわ」


2人分の水を用意し、足元に気を配りながら

客から見えない奥へ進む。



ジークスと呼ばれた青年は郁人に足をかけた

張本人、それを笑って見ていた者達を睨む。

睨まれた者達は蛇に睨まれたカエルの

ようだ。特に張本人はそうだろう。


ー 現在進行形で足を踏まれている

のだから。


あまりの痛さに声が出ないでいる。


「足を伸ばすのは構わないが、

通行の邪魔になるのはいただけないな。

もう1度してみるといい。

その時は……


ー 俺がその足を踏み潰す」


「ひいっ!!」


氷のような目つきに男達は悲鳴をあげ、

踏まれていた者は足を引きずりながら

蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「食い逃げもしていくとは……

憲兵に言っておくか」


支払わせる機会を奪った張本人のジークスは

しばらく見届けたあと、さっきまでの表情が

嘘のように柔らかい笑みを浮かべながら、

郁人の元へ向かった。


ーーーーーーーーーー


郁人はジークスの分ももらい、テーブルの

セッティングをしているとジークスがこちら

へ向かっている姿が見えた。


「ジークス! 今日は女将さん特製

ハンバーグだ! 超美味いぞ!」

「そうなのか。君がいうならとても

美味しいのだろう」


ジークスは微笑みながら前の席に座る。

この席は客から見えないため、まかない

などを食べるときによく使っている。


ジークスも一緒に食べるようになってからは

2人の特等席のようなものだ。


「それにしても、用事ってなんだった

んだ?」

「いやなに。あぁやって足を伸ばしすぎたら

危ないと注意しただけだ」

「そっか。他のお客さんがこけたりしたら

大変だしな。俺から注意しても聞いてくれ

なさそうだしホント助かった」

「大したことじゃないさ。

君が怪我してないことが1番だ。

それにしても……このはんばーぐとやらは

初めてみるが、これも君の故郷の料理か?」

「うん。俺の好物の1つだ。

パンや米にも合うからオススメだぞ。

いただきます!」

「イタダキマス」


2人は手を合わせ、ハンバーグに

口をつけた。


ライラックが郁人の故郷の料理を

食べてみたいと言ったのが始まりだった。


郁人が再現できそうなものを作ると、

ライラックは顔を輝かせながら食べた。


それから、この美味しさをみんなにと

メニューに加わり、このようにまかないにも

作ってもらえるようになったのだ。


「これはうまいな、うん。

フォークがすごく進む。俺も好きだな。

君の故郷は食にかなりこだわりがある

ように見える。前に食べたはんばーがー

とやらもとても美味しかったからな」

「かなりこだわりがあるぞ。

うま味という味覚を見つけたくらい

だからな」

「味覚を見つけるか……それはスゴいな。

俺はあまりこだわりがないからな。

ところで、なぜ母さんではなく女将さん

呼びなんだ?

以前は母さんと呼んでいた気がするの

だが……」


ジークスは気になって尋ねると

郁人は頬をかきながら答える。


「いやさ、最初はそう呼んでいたん

だけど……どう勘違いしたのか、旦那と

思われて襲われるのが頻繁(ひんぱん)にあったんだ。

だから、女将さん呼びに変更した。

こっちの方がまだ回数が少ないし」

「……そうか。

で、襲撃した者達はどこにいる?」


ジークスの声がワントーン下がった。

郁人は不思議に思いながらも話を続ける。


「そいつらは女将さんが憲兵に

引き渡したからわからないな。

あのときの女将さんは凄かった。

被害者の俺が、思わず止めたぐらいだ」

「……そうか。ならいいんだ」

(一瞬空気が凍った気がしたが気のせいか。

それにしても……)


郁人は視線をジークスへ向ける。


1人余裕で隠れる程の大剣を背にした、

どこか気品を漂わせている長身の美丈夫。


細身ながらもがっしりとした肉体。

無造作に伸びた茶髪を後ろに結び、

日焼けした肌に端正な顔立ちをしている。

顔の右上半分に火傷の跡があるが、

魅力を損なうどころか惹き立たせていた。


(そういえば、ジークスがこの席で

食べるようになったのは見た目が原因

だったな)


以前ジークスは窓際で食べていた。


しかし、人目を引く端正な顔立ちのため

店内で食べていた、もしくは店前を通る

女性の視線がかなりあったため落ち着いて

食べられなくなり、最終的に押しかけられ、

ここで食べるようになったのだ。


(……あのときは回収するのに苦労したな)


初めて会った際、ゲームにいたら女子人気

NO.1だろうなと思ったのを覚えている。

ここまで親密になるとは郁人自身思いも

しなかったが……


「どうかしたのか?

もしや、またあの夢を見ているのか?

たしか……あんたの子だ、責任をとれ

だったか……?

君が子を宿した女性を放っておくような者

には見えない。この俺が保証する。

心当たりも全くないのだから気にする

ことはない」


心配そうな瞳がこちらを伺っていた。


(ジークスには相談したのだったな、

あの夢のこと……)


以前、幻聴が出る程に悩まされていた際

相談に乗ってくれたのがジークスだ。

あんたの子だと言われても、彼女いない歴=

年齢の郁人には何のことかさっぱりで、

頭の整理がつかない郁人の言葉を頷きながら

聞いてくれたのだ。


(ジークスにも本当に世話になりっぱなしだ

よな。危ない時とかすぐに助けてくれるし)

「ありがとう、心配してくれて。

お代わりはいるか?」

「いただこう。依頼を達成したから腹が

減っていてな」

「依頼行ってきたのか!

よかったら話を聞かせてくれないか?」

「いいだろう。今日は……」


話を弾ませていると何かが砕け散る音が

店内に響き渡った。

郁人達は話を中断し、席をたつ。


「何かあったのだろうか?」

「女将さん、どうしました?!」


音がする方を見れば、黒髪の青年がいた。


扉は破壊され、青年の足元に木の破片が

散らばっている事から、この青年が壊した

とわかる。


客達は突然の事に体を固まらせている。

ライラックはカウンターから様子を

見ていた。


(……どこかで見た覚えがある気がする)


郁人は既視感を覚えた。


体を覆い隠すような黒いマント。

そこから見える服も全て黒。

髪も黒く、毛先に行くほど赤くなっている。

髪型はウルフカットに似ており、後ろに

少し流していた。


武器は所持しておらず、足元に木片が

散らばっていることから、扉を蹴破った

と推測できる。

だとすると相当な脚力の持ち主だ。


前髪であまり顔はよく見えず、郁人は

目を凝らす。


「どうかしたのかイクト?」

「いや、どっかで見た気がして…」


そうして、目を凝らしていると

青年の顔が見えるようになった。


一見ツノが生えているように錯覚させる

黒鎧が頭頂部から頬にかけて存在し、

眼光は研ぎ澄まされた刃のように鋭い。

青白い肌は血のように赤い瞳を引き立たせ、

目に下には涙の跡を思わせる刺青。

完成された美しさがあるが、獣を

思わせるような無機質さも宿っている

ように見え、思わず息を飲んだ。


「あの男が壊したのは間違い無いだろう。

君は後ろに」

「……わかった」


ジークスに言われ、郁人は後ろに隠れる。


(いざこざになった際に邪魔したら

まずいからな……)


ジークスの背後から見ていると、

赤い瞳が郁人を映した。


ー その瞬間


「ぐあっ?!」

「ジークス!?」


前にいたはずのジークスが横の壁に

叩きつけられていた。

そして目の前には黒い青年がいる。


郁人には何が起こったのかわからない。


しかし、この青年がジークスに何かしたのは

確かだ。


「おい! 何す……!」


青年を間近で見て、先程より強い既視感に

襲われた。



『イメージカラーはもちろん黒!!』

『見た目は一匹狼を思わせるような

感じね!』



「お前……チイト……なのか……?!」


見覚えがあるのは当然だ。


(だって、こいつをデザインしたのは……!!)



ー「迎えに来たよ……!! パパ……!!」



チイトに郁人は抱き潰された。

パパって何?! と聞く前に、あまりの

力強さに意識が遠のく。


「イクトちゃん!」

「イクト……!!」


遠くでライラックとジークスの呼ぶ声が

聞こえた気がした。




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― 新着の感想 ―
[一言] どうもはじめまして。 作品拝見しました。 とても面白かったです。 (((o(*゜▽゜*)o)))
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