258話 迷宮でいただく
郁人はただ困惑しながら料理を完成させて
いた。
チイト達は迷宮内なので見張りに徹しており
ユーは郁人の手伝いだ。
バゲットは黙々とテーブルを置いてセッティ
ングなどしている。
そこにもう1人、普段いないメンバーが
いる。
「そろそろここを出るから挨拶をと思って
君達に会いに来たけど、まさか迷宮で料理
しているなんて思いもしなかったよ!」
面白いよ、本当に! と笑いながら料理の
手伝いをしてくれているクフェアだ。
ライコもその言葉に同意する。
〔本当よね! なんで迷宮内で料理して
んのよ!〕
(それは俺にもわからない……ただ押され
て流されたとしか……)
ライコの疑問に納得しかないが、郁人は
自分の流されやすさに頬をかくしかない。
「これで完成かな? 運んでも大丈夫かい?」
「完成したので大丈夫! 運ぶのお願いしま
す!」
「それじゃあ重そうなものは俺が運ぼう。
君よりは力があるからね」
「助かります! ユーも運んでくれて
ありがとう」
「君の従魔、背中から出てきた触手で
運んでるけど……なんの生き物なんだい?」
「それは俺にもさっぱり……」
郁人達はできた料理をバゲットが手際よく
用意したテーブルに置く。
「お待たしました!」
「ありがとうな。うまそうだ」
「この方、なぜテーブルや椅子をカバンに
収納していたんでしょう?
テーブルクロスにカトラリーともう
食事する気しかありませんよ」
「まず迷宮に持ってくる物じゃねえ」
「イクトが料理を作っている間に、
当然のようにセットしていたが……」
「……あいつらの影響か?」
バゲットは料理に口角をゆるめ、
ポンド達は困惑していた。
ただチイトだけ心当たりがあるようだ。
「フリットです。あとソースも作ってます。
右からチリソース、ハニーマヨ、ジェノべ
ーゼです。あと、シンプルに味わいたいなら
塩もありますので。お好きなものを選んで
ください」
郁人はユーに手伝ってもらいながら
完成したフリットとソース類をテーブルに
並べ、塩も用意する。
「ソースも用意してるとは気が利くな」
バケットは料理に目を輝かせる。
最初、威圧感があったが今では霧散し、
席につく。
チイトは料理の量を見ながら尋ねる。
「パパ、結構な量あるけど材料足りたの?」
「この国に来る途中、ポンドがホーンサを
何匹か倒したからそれを使ったんだ」
「あのときのですな!」
ポンドはあっ! と声を上げた。
「銃弾が当たった箇所は省いてるから」
「君、銃も使えるのか?!」
「ヴィーメランス殿にコンタットで教わり
ましてな」
驚くジークスに、じつは連絡先を交換して
いましたのでとポンドは笑う。
「おい、次は銃を使って手合わせしろ。
銃の使い手は早々いないからな」
「構いませんとも」
戦いたいと告げる篝にポンドは了承した。
「ほら、あたたかいものは?」
「あたたかいうちにだよね!
食べよ食べよ!」
郁人の言葉に全員が席についた。
「いただきます」
いただきますとそれぞれが口にし、
手を合わせてフリットに手を伸ばした。
郁人はフリットをチリソースに
つけていただく。
(うん! 美味しく出来た!)
軽く塩味で味付けした衣のフワフワ食感と
チリソースがほどよく合っている。
ホーンサメの白身も脂がほどよくのっていて
箸を進める味だ。
〔本当に美味しいわ! でも、フライと
フリットってどう違うのかしら?〕
(フライは衣にパン粉を使うけど、
フリットはメレンゲを使うんだよ)
〔なるほど! だからこのフワフワ食感
なのね!〕
説明を聞いたライコは納得しながら
味覚を共有してフリットを味わう。
「パパ! とっても美味しいよ!」
「これは酒が欲しくなるが……
さすがに迷宮で呑むのはマズイか」
「フリットの衣の食感がクセになる。
……迷宮で作ってもらって食べるのもあり
かもしれないな」
「たしかに、迷宮で作るとは考えもしません
でしたが、こうやって食べるとまた食べたく
なりますな」
「美味しいね! これ! 迷宮で食べるなん
て滅多にないことだよ。貴重な経験を
させてもらった!」
チイト、篝、ジークス、ポンド、クフェアと
それぞれ感想を言いながら、フリットを
食べすすめる。ユーもそれぞれのソースを
つけて満足げに食べている。
「………」
そんな中、バケットは黙々と食べている。
食べる手が止まっていないことから
美味しいのだとわかる。
〔こいつ……結構変わったわね〕
(変わったって?)
〔こいつ、じつは英雄の次に目をつけてた
のよね。強さは折り紙つきで定評がある
から。でも、英雄にあと一歩及ばずで
ピリピリしすぎてたからやめたのよ〕
張りつめた糸みたいで少し刺激を与えたら
危なそうだったものとライコは述べる。
〔けど、今のこいつはそんな様子がない。
あのふわふわ髪だって前は無造作だった
のが、今では手入れされてるのが丸わか
りで、見た目とか気にする余裕があるほ
どの精神になってるわ。安定剤を手に入
れたのかしら? それとも……〕
なぜかしらと不思議がるライコをよそに
バゲットはカバンからタッパーを取り出す。
「おい、1部持って帰ってるぞ。あいつら
にも食わせたい」
「大丈夫ですよ」
「悪いな。俺だけ食ったと知ればいろいろ
言われるからな」
「先程の口ぶりから予想していたが、
本当に君はだれかとパーティを組んで
いるのか?!」
バケットの言葉にジークスは目を丸くした。
「君がまさかパーティを組むとは!」
「そういうお前だって組んでるだろ。
まあ、あいつらと居たらいろいろ退屈せずに
済みそうだからな」
バケットは口角を軽く上げ、タッパーに
フリット、別のタッパーにソースを入れると
カバンへ仕舞うと、自分のフリットを食べ
終え手を合わせる。
「ごちそうさまでした。美味かったぜ」
「あっ! テーブルとかは……!!」
「また会ったときに返してくれたらいい」
そのときで問題ないとバゲットは答えると
去っていった。
その背中を見ながら、ジークス、篝、
クフェアが呟く。
「………彼、雰囲気が変わったな」
「そうだな。俺も以前見かけたことがあるが
なんというか……柔らかくなったか?」
「俺も会ったことあるけど、落ち着いたと
いうか、前より余裕が出来てるみたいだ」
「そんなに違うのか?」
郁人の問いにジークスは頷く。
「あぁ。以前の彼はもっとピリピリ
していたからな」
「組んだ奴の影響か?」
「なにかあったのかもね」
去っていくバケットの背中を見つつ、篝と
クフェアは不思議そうにしていた。
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迷宮の一角にて、バケットはある者達に
料理を手渡していた。
「ほらよ、持ってきたぜ」
「やった! 父様の手料理だ!」
「親父殿の料理だ。きちんとした場で
食さねばな」
美少女と見間違うほどに綺麗な少年、
黄金の錬金術師はタッパを受け取り、
今にも跳びはねそうだ。
隣のオーラのある黒い角を生やした少年、
風魔王も口角を上げている。
「そうだね兄様! ちょっと待ってて!」
風魔王の言葉にハッとした錬金術師は
地面に手をかざすと、テーブルや椅子などを
錬成していく。
錬成された椅子などはアンティーク調で、
貴族の家に置いてあってもおかしくない。
それが迷宮内にあるのだから、知らぬ人が
見れば2度見ものだろう。
「こんな感じでいいかな?」
「問題ない。では、余はこうするか」
風魔王が指を鳴らせば、少年達の居る場は
風で包まれる。風はヴェールのようで
とても優美なものだ。
「結界の見た目をアレンジした。これなら
家具とも合うだろう」
「流石兄様! 見事に調和してるよ!」
「お前ら相変わらずこだわるよな」
バケットは呆れたながらも錬成された椅子に
つく。
「お前も作るだろ? 材料はこっちに入れて
おいた」
「察しが良くて助かるよ」
バケットはカバンを錬金術師に放り投げ、
錬金術師は難なく受け取った。
「じゃあ、僕は軽く作るから先に食べてて。
もちろん、僕の分は残しておいてね」
錬金術師は告げると、キッチンなどを
錬成して、料理にとりかかる。
手際はとても早く、料理を常日頃からして
いることが伺えた。
「で、お前らはどうして突然姿を消した?
しかも、俺があいつらのそばを離れたの
を見計らったように風で居場所を伝えて
きてな」
バケットはテーブルに肘をつき、
風魔王を見る。
「なに、まだ親父殿と会う心づもりが
出来てなかっただけだ。特に深い意味は
ないぞ」
「………そうかよ。なら、事前に言え」
「なんだ? 余達に置いてかれたとでも
思ったか? 余は其方を気に入っておる。
当然、置いてかぬよ」
「るせえ」
ハハハと笑う風魔王をバケットは睨むが、
効果はない。
「兄様! テーブルのセッティングお願い
してもいいかな?」
「構わぬよ」
「ありがとう!」
「お前にこんな事頼むのはあいつぐらい
だろうな」
セッティングし始めた風魔王を見て、
バケットは呟いた。
「他の奴らが見たら発狂もんだろ。
とくにあれなんて気絶するんじゃねえか?」
「そうさな。だが、余に頼み事をして
よいの我が同朋と親父殿ぐらいよ。
まあ、其方の頼みも聞いてやらんでも
ないが」
「それはそれは光栄なことだ」
「して、そろそろ腰を上げて着手するか」
セッティングを終えた風魔王は席に
座り、顎に手をやる。
「冒険者が本業だが、副業にも手を抜く
わけにはいかぬゆえな」
「……お前ぐらいだろうな、副業なんざ
言う奴は」
バケットははあと息を吐いた。
「余は休暇中だというのに、任せた
あ奴等が悪いのよ」
「はいはい。それで道理が通るんだから
怖いもんだな、本当に」
「当然であろう? 余は風魔王”マモン”。
全てを見通し、全てを我が物とする者
ゆえな」
道理が通らぬ訳がないと風魔王、
いやマモンは口角をあげた。
その姿は王者の風格が漂うものである。
見る者がいれば跪くことだろう。
「ルフェベル! 帰ったら少しやることが
ある。手を貸してもらうぞ」
「わかったよ。ちょっと手を出すんだね」
話を聞いていた黄金の錬金術師、
"ルフェベル"は微笑む。
「父様が驚くように頑張らないと」
「そうだな。親父殿を楽しませねばな」
マモンは楽しげに空間から取り出した
ワインの入ったグラスに口付けた。
ここまで読んでいただき
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マモンがそのままワインを口にしよう
としたが、寸前でバゲットに取り上げ
られる。
「で、流れるように酒を呑もうとするな。
見た目を考えろ、見た目を」
「む、別によいではないか」
「見られてたら止めなかった俺が捕まる。
オーラがすごいお前を捕まえる度胸が
無い奴らにな。あと、迷宮で酒をのむな」
俺だって控えてるんだぞとバゲットは
抗議する。
「別によいではないか。酒を呑んでも
余は遅れをとらぬぞ。むしろ威力が増す」
「もっと駄目だ。お前、自分の技の威力を
考えろ。飲むならこっそり部屋で呑め。
このワインは預かるぞ」
「くっ……! 余の見た目と余が強い
ばかりに!」
バゲットはワインを取り上げ、マモンは
悔しそうだった。
「では、部屋に帰れば呑ませてもらうぞ。
このワインは当たりなんだ。其方も呑むか?
其方の舌を肥やしてやるわ」
「そうかい。じゃあ、ありがたく」
マモンの言葉にバゲットは口角をあげた。
「で、其方はきちんと親父殿に自己紹介
したのか?」
「………忘れてたな」