253話 じつはとんでもない歌だった
「〜♪〜〜♪♪」
エンウィディアの伴奏のもと、郁人は
高らかに歌う。
その歌声は舞台に響き渡り、チイト達を
心地よくさせる。
楽譜台に乗るユーは楽譜をめくりながら
郁人の歌を聞いてのんびりしている。
(本当に楽しいなあ……!!)
歌う郁人の気持ちは晴れやかだ。
(この歌……歌っていると心が洗われる
ようだな。冷たい水を飲んだときみたいに
スッとするというか……)
郁人はのびのびと歌を表現していく。
楽譜を見れば、終わりが近づいている。
(もう終わりか……もっと歌っていても
よかったんだけど)
郁人は少し寂しそうにしながらも、
歌い続ける。
「〜♪ 」
最後まで歌いきった。
ー が
(あれ?)
確かに声を出したはずなのに、
最後の音が聞こえなかったのだ。
(最後の歌詞だけ音が消えたような……。
ちゃんと歌ったはずなのに……)
キョトンとしていた郁人だったが、突然
聞こえた拍手でハッとする。
「パパすごいね! とっても良かった!」
「素晴らしい演奏と歌だった!」
「お前があれだけ勧誘されていた理由を
理解した」
「マスターとエンウィディア殿の演奏に
聞き惚れてしまいました!」
「イクトくん! 俺は感動したよ!!
言葉に表せないほど素晴らしかった!」
チイト達が立ち上がって拍手していたのだ。
皆が絶賛し、思い思いに感想を告げた。
郁人は目をぱちくりさせたあと、皆に
お礼を告げる。
「ありがとう!」
郁人は胸を温かくしながら、頭を下げた。
「……まあまあの出来だな」
演奏を終えたエンウィディアが郁人の
もとへとやって来た。
「初めての割にはできたほうだがテメエなら
もっと出来るだろ? 改善点を指摘していき
たいところだが、今は抑えてやる。
次までに練習しておけ。歌は別のやつで
いい」
「次あるの?!」
目をぱちくりさせる郁人にエンウィディアが
告げる。
「言ったろ? テメエならもっと出来ると。
今度は神殿に舞台を用意してやるから
そこで歌え。神殿で俺が練習の成果を見る。
だから、テメエはもっと上を目指せ。
い・い・な?」
「……ひゃい」
ヤンキーばりの眼光に郁人は思わず、
声をどもらせてしまった。
そんな郁人の頭をエンウィディアは
わし掴みにする。
「……やはりなってねえか」
「? どうかしたのかエンウィディア?」
「なんでもねえよ。オイ、そろそろ
戻るぞ。いろいろとうるさいだろう
からな」
《了解〜。たしかにうるさいと思うよ。
僕がこうやって姿を見せたから女王は
気づくだろうし》
僕目立ちまくってるからね
とアマポセドは笑う。
エンウィディアは鋭い舌打ちをする。
「知るか。俺は人が集まってそうだから
うるさいと言ったまでだ。テメエがどう
思われようが、テメエで対処しろ」
《はーい。まぁ、そろそろ話すべきとは
思ってましたし》
では、海底に戻りまーす
とアマポセドは告げた。
ーーーーーーーー
「よかったのか?」
「別に構わぬよ」
「顔が見れただけでも御の字だからね」
ある3人がマンタ型の大型ゴーレムに
乗りながら会話していた。
魔物の大群を退治した風魔王と錬金術師、
黒狼の3人だ。
マンタ型ゴーレムは錬金術師作である。
じつはこっそりクジラの上にあるパール座
まで戻り、郁人の歌を聞いていたのだ。
「本当に会わなくてよかったのか?
お前らのいう父親に」
ずっと会いたいって言ってただろ?
と黒狼は不思議そうだ。
「隠れるように言われたそうだが、
それはパール座でのことだろ?
あいつらがプリグムジカを出た
タイミングで会えばいいじゃねえか」
尋ねられた錬金術師と風魔王は答える。
「僕も会いたいし、そうすれば会えるけど。
でも、会うのは今じゃないかな」
「余も会いたいのはやまやまなのだがな。
今、余はずっと文句言われている。
だから、感動の再会とはいかぬよ」
「あっ、やっぱり言われてるんだね」
あ奴の邪魔をしたから仕方ないのだが……
と風魔王は肩をすくめる。
そんな風魔王に錬金術師は苦笑した。
「言われているって……何も聞こえ
ねえぞ?」
何か聞こえるのかと黒狼は耳をそばだてた。
風魔王は首を横に振り、説明する。
「余だけに聞こえるようにしておるのだ、
あ奴は。まあ、親父殿を眷属にしようと
歌わせ、眷属化に成功したと思った瞬間、
余が台無しにしたからな。文句を言うのは
わかっていたが」
邪魔した時点で余に気付いたゆえな
と風魔王は告げる。
「僕達に攻撃はしてこないから、父様に
無断なのは確定だね。真っ黒くんが内緒で
って言ってた理由がわかったよ。
僕達がいるのわかってたら、絶対に邪魔
するのはわかってるからディア兄様は
かなり警戒するしね」
「…………待て、あの歌がそうだった
のか?」
とんでもないことを告げた2人に、
黒狼は額に手を当て、本当なのかと尋ねた。
「そうだ。あの歌にはそれほどの力が
こもっている。聞き手には影響はないが、
歌い手には影響抜群よ」
「兄様、ヴン兄様にそんな歌がプリグムジカ
にあるか聞いたらやっぱりあるそうだよ」
コンタットの画面を見せながら錬金術師は
伝えた。
「ほう、やはりか。あの舞台であ奴の
演奏のもと歌えば確実に親父殿は眷属に
なっておったな。いやあ、危ない危ない」
風魔王はフハハと笑う。
「ところで、お前はどうやって邪魔
したんだ?」
「簡単よ。最後の声が聞こえないよう、
音が振動せぬように1部だけ空気をなく
したのだ。そうすれば問題ない」
「……んな芸当ができんのはお前だけだろ」
相変わらずえげつない技量だと
黒狼はため息を吐いた。
「父様は不思議がってたよね。最後だけ
声が聞こえなかったから」
「不思議のままで終わらせておけ。答えを
聞けば親父殿は困惑するだろうからな。
それに、周りがうるさくなるぞ」
「たしかにそうだね。
……あのストーカーまでいたから」
錬金術師は眉を寄せる。
「おまけに蛇の獣人になっていたよね。
どこまでついてくる気なんだい?」
「まったく……執着もここまでいけば
呪いだろう。いや、呪いだ。
そして、其方は言葉の責任をとって
もらうぞ」
「待て、なんのことだ?!」
さっぱりわからんと黒狼は声をあげた。
風魔王はため息を吐き、説明する。
「忘れたか? 以前、チョコの話をしていた
際に、其方が親父殿が兄弟以外の竜人や
蛇の獣人に好かれたら大変そうだと申し
ただろ? その言葉が実現してしまったの
だから責任とれ。その責任として此奴の
舞台、クッキングステージに立つといい」
「はぁ?! あれマジだったのかよ?!」
「余の言葉は絶対だと申したはずだが?」
マジだと風魔王は告げた。
ぎょっとして風魔王の顔を見る黒狼に
錬金術師はふふと微笑む。
「じゃあ、僕の舞台の手伝いよろしく
頼むよ。臨時の助手としてね。
その時のテーマは赤ずきんにしようか。
君には……赤ずきんをしてもらおうかな?」
「それも面白そうだが、此奴には自前の
耳がある。あの耳を有効活用せねば
もったいないと思うが?」
「そうだね。折角のふわふわ耳だ。
有効活用しよう。君はオオカミ役だ」
素材を活かさないのはもったいない
と錬金術師はうんうんと頷き、考えを
口にし、イメージをふくらませる。
「料理する際のエプロンはフリフリにして、
愛嬌を持たせよう。あの舞台はメルヘンを
イメージしているからね。
君はガタイ良いし、近寄り難いオーラを
出してるからそれで相殺しようか」
「ふむ、それが良いだろうよ。
で、料理はどのようなものを作る?」
「そうだね。どうしようかな?
あっ、帰る前にここで素材を狩ってから
でもいいかな? ここの海鮮をもうちょっと
集めておきたくて。ここのも使えるかも
しれないからね」
「うむ、構わぬよ」
「おい! 勝手に話を進めるな!!
俺は絶対に出ないぞ!! 話を聞け!!」
話をどんどん進めていく少年2人に
黒狼は抗議した。
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