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248話 その行動にいっさいのためらいは無かった




   囚われているクリュティの意識は

   深い深い底、奈落の底へと落ちていく。


   落ちていくなか、クリュティの意識は

   水に溶けていくように消えていく。

   どんどん自分の形すらわからなくなって

   いた。


   体も足先からほろほろ溶けていく、

   指先からほろほろ溶けていく。

   自分が何者であったのかすら

   わからなくなるほど、泡となり

   ほろほろ溶けていく。


   深く深く、溶けて溶けて、泡となり、

   体、意識すらもほろほろ溶けていく。

   もう全てが溶けて、泡となっていく。


   〜♪


   ふと、ある音が心に入ってきた。


   聞こえた瞬間、心に浮かぶ情景。


   柔らかな風が幼い緑をソヨソヨと

   撫でていく。あたたかな日差しは

   まだ眠る幼子を優しく起こすよう。

   その柔らかな日差しを浴びて花が

   ふわりと咲いている。


   自分はその草原にポツンと立っていた。


   空を見上げれば小鳥達があたたかな

   陽気を歓迎するように唄い、

   足元を見ればさまざまな動物達が

   喜びをあらわすように跳ね回っている。


   そこに桃色の花弁がくるりくるりと踊る。

   それが"桜"だと彼にはわからなかったが

   儚くて、とても綺麗なものだと感じた。

   

   その花弁がどこから来たのか視線を辿り、

   溶けていたはずの心臓がどくりと動いた。



   桃色の雨を降らす桜の木の下、

   そこには"あのこ"がいた。


 

   初めて心の底から勝てないと思った

   あのこがこちらを振り返る。


   桃色の髪が風になびき、ふわりと踊る。

   水色のリボンが桃色の髪をいろどった。


   こちらを見たあのこの肌は雪のように白く、

   薄紅色の頬はまろやかで、長いまつ毛に

   縁取られた大きな瞳はあのこの性格を

   あらわすように、キラキラと優しく

   輝いている。


   あのこはこちらを見て大きな瞳を細め、

   大輪の花のように笑った。

   その笑みを表現するなら、心に温かな光を

   (とも)す”春”だ。


   この美しくて優しい笑顔を知っている。


   もう1度見たくて、会いたくて、

   彼女とせめて友達になりたくて……


   だから、僕は神としての力を失っても

   あのこへの想いだけは渡さないと

   ほんの少し力を切り離したんだ!


   だから、僕は……俺は……!!


   とけていた自己は言葉とともに輪郭を

   どんどん取り戻していく。



   ー 「ここで消えたくないっ!!」



   クリュティは目を開けた。



   ーーーーーーーー



   「ここで消えたくないっ!!」


   先程まで死んだように眠っていた

   クリュティがまぶたを開け、声をあげた。


   「チイト!」

   「わかったよ! パパ!」


   郁人の言葉に頷いたチイトは風のように

   クリュティのもとへ駆けつける。


   「パパがいてよかったな。貴様は心の底から

   パパに感謝しろ。貴様のために楽譜も

   書いたんだからな」


   チイトはマントで杭を作り上げると

   その杭で人魚の皮膚を固定し、衰弱

   しているクリュティの頭を掴んで思いきり

   引っこ抜いた。


   「いたっ! 痛いよ……!」

   「そこしか出てないんだから仕方ないだろ」


   頭を抑えて泣くクリュティにチイトは

   舌打ちしながら、クリュティを掴んだまま

   その場を離れる。


   「―――?!」


   人魚の体に激痛が走る中、なんとかクリュティ

   を取り戻そうと必死に手を伸ばす。


   「させねえよ?」


   アマポセドがその手を三叉槍で刺し貫いた。


   人魚が悲鳴をあげるなか、チイトは

   ユーの結界内に戻った。


   「おかえりチイト!」

   「ただいま、パパ! ちゃんと持ってきた

   からね」


   チイトは郁人に胸を張ったあと、

   リアーナにクリュティを投げ渡す。


   「パパの頼みだから回収したんだ。

   あとは貴様が手当てでもやるんだな」

   「稚魚ちゃん!!」


   リアーナは涙目になりながら、クリュティを

   見事キャッチする。キャッチされた

   クリュティはチイトに感謝の言葉を告げる。


   「よかった……! 生きてる!

   本当によかった……!!」

   「あの……助けてくれて……

   ありがとうございます……」

   「ふん、悪運が強いことだ。

   ……さすが元神なだけはあるか」


   チイトはクリュティを睨みポツリと

   誰にも届かない声で呟いたあと、

   エンウィディアを見る。


   「で、どうする? あの人魚は喉を斬られ

   音もなくなり、力を補充していたタンク

   もなくなったとなれば逃げるか攻勢に

   でるかだが?」

   「……あれは俺の手で片付ける」


   演奏を終えたエンウィディアは

   人魚を睨みつける。


   「俺の手は貸さなくてもいいのか?」

   「いらねえよ。あの人魚(獲物)は俺がやる。

   あれは俺の最も苛立つことをしやがった

   からな。テメェはこのクソ奏者に手を

   出されないようにしてろ」


   エンウィディアは郁人を指差しながら

   チイトに告げると、引き続き人魚の相手を

   しているアマポセドに声をかける。


   「おい」

   「なんです? 旦那様?」

   「あれをやる。テメエは準備に入れ」


   声をかけられたアマポセドはしばらく

   ポカンとしたあと目を輝かせた。


   「マジで!? 本当に旦那様?!

   イヨッシャあ!!」


   アマポセドは喜色満面の笑みを浮かべ、

   ガッツポーズを決める。


   「おい、俺が嫌いなことを知ってるか?」


   エンウィディアは結界をぬけると、

   人魚のもとへと進んでいく。


   「人混み、雑音といろいろとあるが

   なにより嫌いなのは……」


   前へと進みながら、自身の前髪を

   かきあげる。


   「演奏を邪魔されることなんだよ!!」


   瞬間、エンウィディアが光に包まれた。


   「なに?!」

   〔まぶしっ?!〕


   郁人はまばゆさに目を閉じ、ライコも

   思わず声をあげる。


   〔なんでいきなり輝くのよ!?〕

   「いったい何が……」


   光が収まったのか目蓋を開けれる

   ようになったので、開けた。


   「え……?」


   郁人は口をポカンと開けてしまう。


   前髪をかきあげたエンウィディアは

   髪型だけでなく衣装まで変わっていた

   からだ。

 

   先程まで着ていた、肌の露出0だった服装が

   上半身の肌があらわになっており、肩から

   手の甲までの手甲を装着し、サルエルパンツ

   の上にはヴェールのような腰布を巻き、

   鎧じみたロングブーツと先程と雰囲気が

   ガラリと変わっている。


   そんなエンウィディアの手にあった竪琴も

   光り輝くと、三叉槍とマイクスタンドが

   合体したような槍へと変貌していた。


   〔なに?! こいつ?! 服装がガラリと

   変わったわよ?! ロックでもやるの?!

   しかも、竪琴もなんか武器みたいに

   なってるし!!〕


   慌てふためくライコをよそに、郁人は

   思わず息を呑んだ。


   (あれ……!! 俺が前に考えていた

   エンウィディアの戦闘服だ!!)


   キャラクターの衣装を考えていた際に

   似合うのでは? と思いついたので

   描いてみたものの、白馬の王子様とは

   あまりにかけ離れていたのでボツにした

   衣装だったからだ。


   「なんでエンウィディアが知って

   いるんだ?」

   「あいつ……いや、俺達にも言えること

   だけど、パパが描いていたのをちょこちょこ

   見てたんだよね」


   パパが描いてる姿を見るのも好きだったから

   とチイトは説明する。


   「そのときに見てたんだと思うよ。

   で、あいつは今着てるデザインを

   気に入ってたんだよね」 


   俺も描いていたのを見てたから覚えてるよ

   とチイトが告げた。


   「王子系の服もいいけど、こういったのも

   いいなあってあいつ言ってたから」

   「そうだったんだ」


   チイトの言葉に郁人は目をぱちくりさせる。


   「旦那様! 準備出来ましたよ!

   こっちはいつでもOKです!!」


   アマポセドがハイテンションで告げ、

   胸をドンと叩いた。

   そんなアマポセドにエンウィディアは 

   指示する。

 

   「なら、とっととやれ。

   範囲はこの劇場だけでいい」

   「了解!」


   アマポセドはヘラっと笑う。


   そして……



   ー グシュリッ



   「え?」


   なんとアマポセドはためらいなく

   自身の腹を三叉槍で貫いたのだ。 




ここまで読んでいただき

ありがとうございました!

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ーーーーーーーー


「ふむ。どうやら魔力の供給源を

奪取したようだな」


茶を嗜んでいた風魔王は遠くにある

パール座を見た。

そんな風魔王に黒狼は尋ねる。


「なんでわかんだよ?」

「魔力の質が変わったからだ。

魔物もこれ以上増えることは無かろうよ」

「………見ただけでわかるもんなのか?」


魔力などに関しては疎い黒狼は

頬をかく。 


「兄様や僕、そして兄弟くらいじゃない

かな? 質を見てわかるのは。

魔力操作に余程長けてないと難しいと

思うよ」


ハイエルフや強い妖精とかも分かると

思うよと錬金術師が告げる。


「そうかよ。俺には到底無理だとわかった。

で……あんたは何してんだ?」

「なにって……どんな料理に合うか

試す前に下ごしらえしているんだよ」


錬金術師の後ろでは見事食材となった

魔物達がゴーレムの手により煮込まれたり、

冷凍されていた。


「魚類の魔物だからね。やっぱり刺身が

いいと思うけど、アニサキスとか怖い

からね。先に加熱したり冷凍したり

処理してからじゃないといけないんだ」

「あにさきす?」

「こっちにはいるかわからないけど、

寄生虫のことだよ。

寄生されたものを食べると激しい腹痛や

嘔吐、じんましんといった食中毒症状を

引き起こすんだ。

魚に寄生したりしてるから念のためにね」


食中毒は怖いからねと錬金術師は

告げながら錬金術師は向かってくる魔物に

魔石を投げる。


魔物に魔石が当たった瞬間、魔物達は

木っ端微塵となった。


「今の魔物は食べれられないからいいかな。

さて、僕も調理したいから兄様。

戦うの代わってもらっても?」

「構わぬよ。調理を終えれば余も料理を

貰うぞ」

「もちろん、構わないよ。

君はどうする?」

「……………俺も食う。酒もほしい」

「わかったよ。君の分も作ろうか。

お酒も用意しておこう」

「あんたらは本当にマイペースだな……」


風魔王と錬金術師は交代だとハイタッチした。

そんな姿に黒狼は魔物を仕留めながら

呟いた。




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