242話 彼の本音
診察も終えて、歌のレッスンをする郁人。
今回、アマポセドは掃除などがあるため
レッスンに参加していない。
郁人はかなりのハードモードに倒れそうに
なりながらもレッスンに喰らいついていた。
「次からは俺の真似をして歌え。
ここはもっと声を出す必要があるからな」
「わかった」
郁人はエンウィディアの指示のもと
以前より歌えるようになっていた。
郁人は以前よりも楽しみながらも
歌っていると、エンウィディアが
手を止める。
「……休憩にするぞ。そこで待ってろ」
エンウィディアはふらりと部屋を去った。
〔あいつどこに行ったのよ?〕
(たぶん、コーヒーを淹れに行ったんじゃ
ないかな? エンウィディアは休憩のとき
よくコーヒーを飲むってアマポセドさん
が言ってたから)
〔あいつコーヒー派なのね。
なんか紅茶のイメージがあったわ〕
(たしかに、紅茶とかも似合いそうだな。
あっ、そうだ!)
郁人はホルダーからチュベローズに
もらったチョコを取り出した。
(休憩だし、このチョコをいただこうかな)
〔アルコール度数やばいらしいけど、
大丈……あんたなら大丈夫ね〕
止めようとしたライコだったが、
郁人の酒豪ぶりを思い出してやめた。
そばに居たユーも止めようとしたが、
思い出してチョコを見ている。
「ユーも食べたいのか?」
郁人が尋ねると、少しだけという
感じでユーは見ていた。
「アルコール度数が高いみたいだから
ちょっとだけな」
郁人の言葉にユーは嬉しそうに
尻尾を振るとチョコを少しかじった。
瞬間、尻尾をビビビッと立てる。
「すごい驚いてるな」
〔度数が思いのほか高かったんじゃない
かしら?〕
「そんなに高いのか?」
いまだに尻尾をビシッと立てるユーの姿に
郁人は首を傾げながらいただく。
「………美味しい!!」
口の中に広がるチョコの芳醇な香りと
お酒の風味が見事に調和され、体が
温まるのを郁人は感じる。
「チョコに使われてるお酒は……
へえ、カクテルでナイト・オブ・フィズ
って言うんだ。チュベローズさんに感謝
しないとな!」
このカクテルも飲んでみたいなあ
と幸せそうに花を飛ばしながら郁人は
食べていると
「おい。それはどうした?」
普段より眼光と眉間のシワが3割増しの
エンウィディアが立っていた。
手にはコーヒーを2つ持っており、
チョコを睨んでいるように見える。
「これ? 貰ったチョコだよ。
休憩中に食べようと思って」
「…………これを貰った?」
貰ったの言葉にエンウィディアの
眉間のシワが更に深めると、コーヒーを
テーブルにガシャンと置く。
「おい、見せろ」
「うん……」
エンウィディアの圧に郁人はおそるおそる
チョコの入った箱を手渡す。
「……使われてるのはやっぱりあの
カクテルか。これの意味がわかってん
のかテメエは」
「意味って?」
「……………」
キョトンとする郁人に対し、鋭い舌打ちを
したあとエンウィディアは箱に入っていた
チョコを全部自分の口へと放り込んだ。
「エンウィディア?! それアルコール
が……!!」
郁人の言葉を無視してバリバリと噛み砕いて
いくエンウィディア。慌てる郁人をエンウィ
ディアはじっと見る。
「……………」
その目はどこか虚ろだ。
「どうかしたのか?」
〔……これ、もしかして酔ってないかしら?
よく見たら顔が赤いし。あのチョコを一気に
食べたら当然よね〕
確実に酔ってるわよとライコは太鼓判を
押した。
「大丈夫か? すぐに水を……」
「……………ざけんじゃねえよ!」
「エンウィディア?!」
エンウィディアは郁人の胸ぐらを
掴みかかった。
「なんであんなアマの言葉1つで音楽を
捨てやがった!! テメエには才能がある!
心を惹きつけて離さない、至高の音を
奏でる才能が! しかも音を聞いただけで
書ける才能もアレンジも出来る才能もある!
それをあんな嫉妬に狂ったクソアマの言葉
で捨てやがって……!!」
エンウィディアは自分の気持ちをぶつける。
「たまたまテメエの音楽を聞いたときの
俺の気持ちがわかるか!! お前の音は素晴
らしかったと同時に敗北感を味わった。
俺は今まで自分が納得する音を、心に
響いた音を聞いたことがない。それを
テメエはあっさり聞かせたんだよ!!
俺の心を揺さぶる、響かせる音をな!!
俺はテメエに敵わないと悟った!
理解した! だが、その才能をテメエは
放棄した! 俺が焦がれるほどの才能を!」
今まで言えなかったが態度に示していた
気持ちをエンウィディアは郁人にぶつけ
まくる。
「テメエは自分の才能を理解しろ!!
俺に言われるまでテメエが才能を自覚して
なかったのもイラつくんだよ!!
だから、この俺が太鼓判を押してやる!!
そして、その錆びまくった才能を
磨き上げろ!! 磨いて磨いて磨きまくれ!
あのときの、いや、あのときを超える音を
俺に聞かせろ!! 俺がテメエをあのときを
超える音まで導いてやる!!
だから……俺のそばで…………」
「エンウィディア?!」
思いをぶつけまくっていたエンウィディアが
突然ぐらりとふらついた。
倒れそうになるエンウィディアを郁人は
支えようとしたが体格差から郁人も
背中から倒れそうになる。
「うわっ?! …………ユー!」
が、ユーが機転を利かせて咄嗟に背後に
回って大きくなりクッションとなって
頭を打ちそうになった郁人を助けたのだ。
エンウィディアも郁人の上に倒れ、
起きる気配はない。
「ありがとう、ユー。助かったよ。
……さっきのはエンウィディアの本音
かな?」
〔明らかにそうでしょ。酔って本音を
ぶちまけたのね〕
あんたへの態度から薄々勘付いてたけど
とライコはこぼす。
〔そいつ、あんたが必死に練習してるとき
少しだけだけど、眉間のシワがゆるんで
たもの。上達してきたときなんて尚更よ〕
(そうだったのか!?)
〔あんたはスパルタ特訓についていくのに
必死だったから、気づかないのも無理はない
わ〕
あれだけのスパルタ特訓だったもの
とライコは呟く。
〔……こいつが1番悔しくて、納得いって
なかったのね。あんたが音楽の道を進まな
かったのが。こいつのいう、自分がものすご
く欲しくて、焦がれる程の才能を捨てたあん
たをずっと身近で見てきたんだもの。
もしかしたら、憤り過ぎて性格まで
変わったのかもしれないわね〕
猫被りがあんたが原因って言ってたのは
これじゃないかしら? とライコは告げた。
「…………俺の音楽を1番認めてくれて、
1番好きだったんだな。そんなエンウィディ
アに本当に酷いことしてきたな、俺」
音楽から逃げてきた自身を振り返り、
郁人はエンウィディアの頭を撫でる。
「ごめんな。自分の好きなものを否定され
続けるのは辛いよな。それも好きなものを
持っている本人に否定されてたんじゃ、
そりゃ怒るよな……改めて反省するよ、俺」
10年以上否定され続けたら激怒するのも
無理はないと郁人は感じる。
「それでも、お前は諦めなかったんだな。
俺以上に音楽のことを愛していたから。
俺の才能を認めてくれていたから。
憎んでもおかしくないのに、俺の指導まで
してくれてさ」
郁人は自分の上で眠るエンウィディアの
頭を撫でる。
「……ありがとう、エンウィディア。
俺の音楽を俺以上に愛してくれて。
嫌な言葉ばかり覚えてた俺を見捨てないで
くれてさ」
〔そうね。あんたは本当に自分を嫌い
だったり、蹴落とそうとする奴の言葉を
覚えてたわね。人間が記憶できるのには
限界があるのだから、大切にしてくれてる
人の言葉を覚えなさい〕
「…………そうだな」
郁人はライコの言葉を噛みしめる。
(本当に俺はあの人の言葉に縛られて
いたんだな)
今までの自分を振り返り、郁人は
そう感じた。
「今はもう大丈夫だ。2人にも教えて
もらったし、なによりエンウィディア
からの後押しもあったからな」
郁人はエンウィディアの頭をまた撫でる。
「本当にありがとうな、エンウィディア」
〔こいつ、そろそろ退かせたほうが
いいんじゃないかしら?
いろいろと面倒そうだも……〕
「旦那様! こちらの部屋の……」
ライコが言いかけた瞬間、アマポセドが
入ってきた。
「…………………」
エンウィディアと郁人を見て固まる。
「………………」
「アマポセドさん?」
「だんなしゃまどうじでええええ!!!」
固まっていたアマポセドは突如涙腺が崩壊
したように泣きじゃくりながら郁人の上で
眠るエンウィディアに抱きつく。
「僕の前ではちっとも気を緩めないで、
寝る姿も見せなかったじゃん!
なのにイクトちゃんの前では見せるの?!
僕だってがんばってるのにいいい!!」
「ぐえ……重い……!!」
エンウィディアだけでも重かったのに
更にアマポセドにも乗られて郁人は
重さで苦しくなる。
「イクトちゃんずるいよおおおお!!
僕だって旦那様に甘えられたいいい!!」
「アマポセドさん……落ち着いて……
上から退いて……」
「ずるいずるいうらやまじいいいい!!」
「お願いですから、話を聞いて……!!」
泣きじゃくっているアマポセドが
エンウィディアが酔っていることに
気づくまで郁人は下敷きとなっていた。
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ライコはチョコについて調べていた。
「あいつが顔をしかめたんだから
海の中でも有名なものなのね。
たしか……ナイト・オブ・フィズっていう
カクテルが使われていて……」
ライコは調べた結果を見て、顔を赤くして
目を見開く。
「なるほど……そうだったの。
ナイト・オブ・フィズは
夜のお誘いのときに使われることが
大半なカクテルなのね……。
あのチョコを相手に送るのも
そういった意味を持つと……
………あの猫被りがいなくてよかった!!」
あの発禁野郎もとんでもないわね!
とライコは顔を青ざめて頭を抱える。
「……とりあえず、あいつには教えないで
おきましょ。教えたら過保護な猫かぶりに
怒られるだろうし」
ライコは調べた結果を言わないことにした。