満月うさぎ
これは郁人がこの世界に来る前の話……
満月が空に浮かぶ頃、夜の国にて
フェイルートに客人(?)達が訪ねてきていた。
「久しぶりだね。
君達の元気な姿が見れてとても嬉しいよ」
フェイルートは客人(?)達に会えて、
唇をほころばせた。
客人(?)、いや、うさぎ達はフェイルートの
言葉に嬉しそうに鼻を鳴らす。
そのうさぎは月の光を集めたような
神秘的な毛色をし、瞳には月が浮かんでいる。
このうさぎ達は秋の妖精の祝福、寵愛を
受ける"満月うさぎ"と呼ばれる魔物、
いや……あまりの寵愛を受けているため
妖精と呼ぶにふさわしい種族だ。
「わたし達も恩人さまにお会いすることが
できてとてもうれしいです!
しかも、わたし達が目立たぬように
配慮までしていただいて……
一族を代表して、感謝の言葉を述べさせて
いただきますです!」
1羽のうさぎは話すと、光かがやき、
うさ耳を生やした、5歳ほどの幼い少女へと
変身する。
うさ耳を生やした少女はうさぎの姿と
同じく瞳に月を浮かばせ、髪色も月の光を
集めたまま、可愛らしさも変わらない。
「恩人さまは会ったときと変わらぬまま。
お月さまが似合いますね」
「君達に言われるなら光栄だよ。
あぁ、そういえば君達の好きな花を
用意したんだ。食べるかい?」
「はい! ぜひ! いただきます!!」
フェイルートの言葉に少女は瞳を輝かせ、
他の満月うさぎ達も嬉しさに飛び跳ねる。
「ナランキュラス、入るといい。
用意してあるだろ?」
「勿論です」
廊下に控えていたナランキュラスは
月明かりのような淡い光を放つ、
キキョウに似た花が入ったツタの籠を
持っている。
「失礼いたします。
こちらをお持ちいたしました」
ナランキュラスは一礼してから、
部屋に入ると満月うさぎ達の前に置く。
「先程、摘んだばかりのものになります」
「わぁ!! こんなにいただいても
良かったのですか?!」
「勿論。この望月キキョウは君達の
おかげでこの地に咲き誇ることが出来るの
だからね。
ゆっくり食べなさい。お茶も用意しよう」
「わあい! フェイルートさまの点てたお茶は
絶品なのでとてもうれしいです!」
満月うさぎ達は嬉しそうに望月キキョウの
入った籠を受け取ると、ちまっと用意された
座布団に座り、お茶を待機する。
「レイヴン、道具は?」
「はいよ。満月うさぎ達用の茶器も
用意してますよ」
どこからともなくレイヴンが現れ、
茶道具一式と満月うさぎ達用の茶器を
用意する。
「久しぶりだな、満月うさぎ!
元気そうでなによりだ。
あとで、望月キキョウの花畑も
見てみるかい?」
「レイヴンさんも元気そうで。
ぜひ! 見させてほしいです!」
「じゃあ、茶を飲んだあとで案内すると
しましょうかねえ」
レイヴンは快活に笑うと、
満月うさぎ達は嬉しそうに飛び跳ねた。
満月うさぎとフェイルートの出会いは
植物達がフェイルートに助けを求めた
ことから始まる。
満月うさぎは秋の時期になると
妖精郷から現れる珍しい種族である。
満月うさぎの魔力は草木を生い茂らせる
効果があり、豊穣の使い、植物の友とも
呼ばれるほどのものであるため、狙われる
ことが多い。
ゆえに、妖精の報復を恐れぬ命知らずが
捕まえたのを植物達が知り、満月うさぎを
助けてほしいとフェイルートに伝え、
それを知ったフェイルートが助けたのだ。
それから、彼女達との交流は続いている。
「あっ!
大事なものを忘れておりました!」
いけない! いけない!
と満月うさぎの少女は慌てて花型のポーチから
あるものを取り出す。
「こちら不老若酒です!
お花達が恩人さまのために頑張ってくれた
おかげで良いお酒ができました!」
「いつもありがとう。
君達のお酒は自然と微笑んでしまうほどに
美味だからね。
お花達にもお礼を伝えてもらえるかな?」
「えへへ! 恩人さまによろこんでもらえて
うれしいです! お花達も喜びます!」
フェイルートは不老若酒を受け取り、
満月うさぎ達は喜んで鼻を鳴らす。
「あれが……満月うさぎにしか造れない
という、不老若酒!」
「こうもすんなり貰えると他の奴らが
知れば発狂もんだろうよ」
部屋の角で控えていたナランキュラスは
目を見開き、レイヴンはカラッと笑う。
「あれ、相当有名なもんなんだろ?
特に手前みたいな美にこだわるならよ」
「はい。あの酒には名の通り、不老効果が
あると伝えられてます。
よぼよぼのご老人が飲めば、たちまち
体内から若返っていき、肌艶も良い若者に
なるなど言われていますから」
美を探求する者はのどから手が出るほど
欲しい代物です
とナランキュラスは告げる。
「なら、奪うか?
ここで手前のものにしちまうかい?」
「そんなことする訳がない!
あれは満月うさぎ達がフェイルート様へと
丹精こめて造り上げた代物!
思いのこもった献上品を奪うなど
ありえない!」
「アハハ! 手前ならそう言うと思った!」
「……人を試すようなことを言うのは
やめてくれないか」
やっぱりなあ! と笑うレイヴンに
ナランキュラスは額に手を当てた。
そんな光景をフェイルートと満月うさぎ達は
見ている。
「あのお方……もしかして」
「察しの通り、勇者だよ。
あの国から亡命してきたんだ。
どうぞ、熱いから気をつけて」
「ありがとうございます!」
フェイルートは点てた茶を満月うさぎ達に
渡していく。
「あの国の勇者さんでしたか。
あの国はいろいろと危ない気配が
ありますから、逃げるのは賢い選択です。
わたし達を我が物にしようとした方々も
あの国の人達でしたから。
魔物を毛嫌いしてるのに、変ですよねえ。
ふぅ……恩人さまの点てたお茶はやっぱり
絶品です」
と満月うさぎは望月キキョウを頬張り
ながら呟き、茶を飲む。
「妖精に愛されているから魔物と判断
しなかったのかもしれないな。
それに、不老若酒が欲しかったのかも
しれないね」
「このお酒はわたし達が認めた相手しか
渡さないもの。
無理やりでは手に取っただけで消えてしまう
のに……本当に変ですねえ」
「そのことを信じてないのかもしれないよ。
人は自分に都合のいい事しか信じない者も
いるからな。
このお酒、今いただいても?」
「もちろんです!」
了承を得たフェイルートは不老若酒を
いつのまにか女将が用意した猪口に注ぐと
開けていた窓から満月を見上げる。
「今宵も良い月だ。
君達とこうして呑めることを
心から嬉しく思う」
フェイルートは唇をほころばせ、
艶やかな笑みを浮かべる。
「フェイルートさまああああ!!!」
「本当にお美しい……!!」
「月明かりに照らされて、いつもの
美しさが倍増しているわ!!」
「月に照らされるフェイルート様!!
なんと艶やかで、心奪われる光景!!
このような美しい光景を見れるなんて……
もう死んでもいい!!!」
窓から月を見上げ、酒を嗜むフェイルートに
往来にいた人々はとろけた声をあげた。
「……静かに月見酒をさせてくれないか」
「窓から姿が見えればそうなるっしょ?
色香大兄をひと目でも見たい奴らは
適当に石を投げても当たるぐらいに
いるんですし?」
「騒ぎを治めて参ります!」
フェイルートはため息を吐き、
レイヴンは無理無理と手を横に振る。
ナランキュラスは急いで騒ぎの場へと
向かった。
「恩人さまとお月さま、本当に絵に
なります。わたし達は見れて幸運と
いうものですね」
満月うさぎ達は茶を呑みながら
フェイルートの姿を満足げに見ていた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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「恩人さまは大切な方は見つけられましたか?」
「いや、まだ見つけれていなくてね」
「そうでしたか……。
もし、見つけられましたら教えてくださいね!
恩人さまの大切な方ならば、絶対に優しい
素敵なお方! お祝いにまたお酒を造って
お持ちしますので!」
満月うさぎの少女とうさぎ達は
フスフスと鼻を鳴らし、気合十分だ。
「君達の気持ちは嬉しいが、
会ってから判断したほうがいい。
秋の妖精達がずるいと嫉妬してしまうかも
しれない」
君達のお酒のファンでもあるのだから
とフェイルートは遠慮した。
「ですが……」
「造るのはもちろん、構わないとも。
けど、渡すのは会ってからでも遅くはない。
それに、我が君は呑めるかわからないんだ」
「そうでしたか!
たしかに、呑めなかったら気にされるかも
しれません!
もし呑めなかったとき用のものも
作っとかないと!」
満月うさぎ達は何を作ろうか相談し始める。
「気が早いんじゃないですかねえ?」
「だが、我が君だからな」
「たしかに、ぬし様なら気に入られそうだ」
レイヴンとフェイルートは
気が早い満月うさぎ達を見ていた。




