237話 目をつむり、唄に耳を傾ける
「あの言葉……どう意味なんだろ?」
騒動のあと、郁人はベッドで倒れていた。
郁人はチイト達が一旦ホテルへ帰る間際の
ある言葉が気になっている。
ーーーーーーーー
『パパ一緒にいれなくてごめんね。
俺もパパのそばにいたいけど、
あの魚野郎がうるさくてさあ』
唇を尖らせたチイトは郁人に
抱きつきながら続ける。
『でも、歌えるようになってよかったね!
俺もパパの歌が聞けて嬉しいな!
あとはあいつが付け足したやつをやる
だけだね』
『頑張って歌うよ。エンウィディアが
満足いく歌が歌えるかどうか俺には
わからないけど……』
『………パパ』
頬をかく郁人にチイトはすり寄る。
<大丈夫。パパなら歌えるよ。
あと、パパはあいつに言うことが
あるんじゃないかな?>
『え……?』
<あいつに塩を送るのは本当に癪だけどさ。
あいつは……>
『さっきからひっつきすぎだ。
お前は離れろ』
眉間にシワを寄せた篝がチイトを
引き剥がした。
『貴様には言われたくない。この万年
ストーカー野郎。パパに年がら年中
ベタベタベタベタと』
『誰がストーカーだ!!』
それからチイトと篝は口論して話は
終わったのだ。
ーーーーーーーー
ライコもチイトの言葉に疑問符を浮かべる。
〔塩を送るってどういう意味かしら?
たぶん、敵に塩を送るってことだろうけど。
どうしてその言葉を使ったのかしら?
あのエセ王子に対してなのはたしかよね?〕
(うん。エンウィディアに対してだろうけど
本当にどういう意味なんだ?)
郁人が頭を悩ませていると携帯が鳴った。
「あっ、デルフィからだ」
見るとデルフィから電話がきており、
郁人はすぐ電話に出る。
「こんばんは、デルフィ」
《ママこんばんは! 俺ね、ちゃんとお家に
着いてるよ!》
デルフィはあのあと、宿題をしないと
メラン達に怒られると帰っていたのだ。
《あのねあのね! 帰ってすぐ宿題も
終わらせたんだよ! 俺頑張ったんだよ!
俺エライ?》
「うん。偉いよ。頑張ったなデルフィ」
《うん! 俺、頑張ったもん!》
声からでもわかるほど上機嫌なデルフィは
郁人にお願いする。
《でね! ママにね、お願いがあるの!》
「お願い?」
《うん! もうおやすみの時間だからね!
ママ俺が卵のときに子守唄を歌ってくれ
てたでしょ? その子守唄をまた聞きたいな
って……ママ、お願いしてもいい?》
「……いいよ。じゃあ、おやすみの
準備しようか」
デルフィのお願いに郁人は頷いた。
〔あんた、もう大丈夫なの?
緊急時じゃなくても歌えるの?〕
(うん。もう大丈夫だから)
郁人はベッドに腰掛ける。
いつの間にか居たユーも隣にいる。
ユーは心配してすり寄った。
「ありがとう、ユー」
郁人はユーを撫で、デルフィに声をかける。
「ちゃんと布団の中に入ったか?」
《うん! 布団はもちろん! パジャマも
着てるし、目覚まし時計もセットして
準備万端だよ!》
「良い子だ。じゃあ……」
〜♪〜〜♪♪
郁人はデルフィに子守唄を歌う。
声を詰まらせることなく、郁人は
気持ちよく、のびやかに歌う。
(ばあちゃんが歌ってたのを覚えていて
よかった。もう、あの記憶が出ることも
ないし)
もう脳裏にあの記憶がよみがえることは
2度とない。アマポセドの言葉はもちろん、
トーニャの言葉があの記憶を
克服させてくれたのだ。
(こうやって歌えるのはアマポセドさんや
トーニャのおかげだな。
やっぱり……歌うのは楽しいや)
郁人はトーニャ達に感謝しながら子守唄を
歌っていると……
《……………》
携帯の向こうから寝息が聞こえた。
どうやら、デルフィはぐっすり寝たようだ。
「……寝たようだな。おやすみ、デルフィ。
ユーもぐっすり寝てるな」
郁人は静かに通話をきった。
ユーも寝ているので、小声だ。
「俺もそろそろ寝ようかな」
〔化粧水とかもバッチリした?〕
(ケアもしたから大丈夫)
ライコに答えながら郁人は、ユーに
布団をかけ、自分も布団をかぶる。
「おやすみ」
郁人はまぶたを閉じた。
ー 「入るぞ」
いや、しようとしたがいつの間にかいた
エンウィディアに邪魔された。
「いつの間に入ってたんだ?!」
飛び起きた郁人は目をぱちくりさせながら
ベッドから降り、エンウィディアのもとへ
向かう。
同じく飛び起きたユーもその肩に乗り、
エンウィディアを見ている。
「何かあったのか?」
すると、エンウィディアが突然、郁人の
腕を掴んだ。
「え? なに? うわっ!」
郁人を無理やりベッドのふちに座らせる。
「エンウィディア?」
疑問符を飛ばす郁人にお構い無しと
エンウィディアはその膝に頭を乗せて
寝る準備に入る。
いわゆる、ひざまくらだ。
「え?! どうし……」
「これを歌え」
突然のことに驚く郁人にエンウィディアは
楽譜を見せた。
「子守唄歌ってたろ? あんなんで眠れるか。
こっちを歌え。歌詞の読みは書いてある」
エンウィディアが出した楽譜には
たしかに歌詞は書いてある。
が……
「なんて意味なんだ?」
言葉の意味がわからない。
読めるが内容が理解できず、ユーと郁人は
疑問符を浮かべる。
そんな郁人達にエンウィディアは説明する。
「それは昔の人魚の言葉だ。
テメェに意味がわからなくて当然だろ」
「そうなんだ! どういう……」
「いいから歌え」
説明するのはやめだと目をつむり、
態度で示した。
ー <大丈夫。パパなら歌えるよ。
あと、パパはあいつに言うことが
あるんじゃないかな?>
ふと、チイトの言葉が脳裏によぎった。
(そうだ……俺……エンウィディアに
言わないといけないことがあった)
意味を理解した郁人は口を開く。
「あのさ、エウィディア」
「……なんだ?」
郁人はエンウィディアに言わないといけない
ことを伝える。
ー「今までごめんな」
謝罪し、気持ちを紡ぐ。
「お前が俺の音楽を評価してくれてた
のにさ。今まで俺を嫌いな相手の言葉ばかり
受け取って、音楽を自ら遠ざけてた。
そんな俺のことを見捨てないでくれて
ありがとうな。俺の音楽を好きでいてくれて
本当にありがとう。これからは精一杯
歌わせてもらうから」
郁人は倒れるエンウィディアの頭を
撫でながら思いを告げた。
(あっ……撫でられるの嫌だったかも)
エンウィディアの無反応ぶりに
そう感じた郁人は手を離そうとした。
が……
「………」
エンウィディアは郁人の手を掴み、
自身の頭へ戻す。郁人の手を自身の
頭に押し付けて、そのまま動かない。
(……このままで良いってことかな?)
態度にそう感じた郁人は楽譜を見る。
(このメロディ……優しい感じだな。
見守っているような、安心感があって
温かい気持ちになる。ここの子守唄か?)
楽譜を読んだ郁人は口ずさむ。
〜♪♪
子守唄を歌いながら、無意識で
頭を撫で続けた。
(そういえば……)
不意にエンウィディアの前髪をあげてみる。
(前髪あげる姿も似合うな。
……今のエンウィディアだったら、
あの設定を活かせそうだな。
王子っぽくないからボツにしたやつ)
「勝手に人の前髪をあげるな、クソ奏者」
「あっ、ごめん」
郁人はあわてて前髪を戻した。
「その、前髪をあげてる姿も似合うなって
思ってつい」
「……………」
郁人の言葉にエンウィディアは無反応。
「いいから、とっとと歌え」
「わかった」
言われるまま、郁人は歌うことを続けた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
面白いと思っていただけましたら
ブックマーク、評価
よろしくお願いします!
ーーーーーーーー
チイトと篝が言い争っている間、
ジークスはポンドにあるものを渡していた。
「もし、彼の眷属化が進みそうになったら
これも使ってほしい」
「……これはもしや、ジークス殿の血ですかな?」
「君が調理担当と聞いたからな。
ソースに加工して渡してもいいが、
このままのほうが効果はあると災厄も
言っていた」
「……そうですか。
……血液を使うのは抵抗がありますな」
マスターの気持ちが少しわかった気がします
とポンドは受け取りながら、ポツリと呟いた。