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235話 彼は克服した




   「……パ! ……パパ!」


   自分を呼ぶ声に郁人は目蓋(まぶた)を開ける。


   「パパッ!」

   「ママ!」


   1番に飛び込んできたのはチイトと

   ここにいるはずのないデルフィだった。


   「チイト……デルフィ……。

   あれ、なんでデルフィがここに……?」

   「よかった……! 本当に良かった!!」

   「ママー!!」


   チイトは力一杯郁人を抱き締め、

   デルフィは郁人の頬にすり寄っている。


   「起きられましたかマスター!」

   「イクト……!!! 君が居なければ……

   私は……!!」

   「俺を置いていくなっっ!!」


   ポンド、ジークス、篝も郁人のそばにおり、

   全員が目を濡らしている。


   「本当にゴメン。心配かけちゃってさ……。

   ユーが迎えに来てくれたし、助けてくれた人

   がいたから無事に戻ってこれたんだ」


   布団から飛び出したユーが郁人にすり寄る。


   (ところどころ記憶があいまいだけど、

   トーとユーが助けてくれた事や、

   トーのあの言葉は覚えてる……。

   トーとユーがいなきゃ、俺はここに

   戻ってこれなかったんだろうな)


   不思議と怖さより安心感があったなあ

   と郁人は思いながら、トーニャに感謝する。   


   「……助けてくれた人?」

   「うん。俺のことを助けてくれたんだ。

   ユーもありがとうな」


   郁人はユーに礼を告げると気にするなと

   いうようにユーは頬をなめた。


   「…………聞きたいことはいろいろあるけど

   パパが生きてて本当に良かった……!!」


   チイトは涙を流しながら郁人の手をとる。


   「今回、パパが倒れたのはあれが原因

   なんだよね? 今、エンウィディアがやって

   るから心配しないで」


   俺も参戦しよっかな? と伝えるチイトに

   郁人は首をかしげる。


   「原因って?」

   「…………ぁぁぁぁぁぁ!!!」


   遠くで耳をつんざく悲鳴が響いた。


   「なにっ?! ……もしかして!!」


   しかも、聞き覚えのある声に郁人は

   顔を青ざめながらベッドから飛び出し、

   悲鳴のもとへと走る。


   「イクト?! 急にどうしたんだ!」

   「お前、いきなり倒れたんだぞ!

   急に動いてまた倒れたらどうする!」

   「どうされたのですかな?!」


   ジークス達も郁人のあとを急いで

   追いかける。


   「悲鳴が聞こえて……クリュティ!?」


   説明した郁人の視線の先にはエンウィディア

   に踏みつけられているボロボロのクリュティ

   がいた。 


   「……起きたか」

   「あっ! 起きたんだねー。

   よかったよかった。君がいきなり倒れたって

   聞いて旦那様ったらすごい慌ててさあ~」


   エンウィディアはちらりと郁人を見るが

   足を退けはしない。

   アマポセドも郁人に手をひらひらさせる

   だけでエンウィディアを止める素振りは

   一切ない。


   「なんでクリュティを!? 足を早く

   どけて!」

   「こいつが原因だっていうのにか?

   テメェはテメェ自身を殺そうとした相手に

   優しくしろと?」

   「殺そうって……?!」

   「あのね、パパが死にかけたのはあれが

   原因なんだよ」


   目を見開く郁人にチイトが腕に

   抱きつきながら説明した。


   「でも、俺……クリュティになにも

   されてないぞ? 刺されたりとかいった危害

   も加えられていないしさ」


   思い返してみても自分が殺されかけた

   記憶は浮かばない。

   いくら思い出しても、頭を触られてからの

   記憶がないだけだ。


   「それは……パパに覚えはなくても、

   原因はあれだから」


   口を開きかけたチイトだったが告げるのを

   やめ、一拍あけたあと言葉を紡ぐ。


   「俺は生きてるからさ!

   もう大丈夫だから!」

   「ダメだよ。パパが死にかけたんだから。

   俺は許さない」

  

   郁人はクリュティを助けようと

   近づこうとしたが、チイトに阻まれる。


   「ユー殿、私にもマスターがなぜ

   あのような状態になったのか、今の状況

   などもいろいろとわかっておりません。

   が、マスターがこう言っておられますし、

   助けに行ってもよろしいのでは?」


   ポンドも向かおうとしているが、

   ユーに阻止されている。


   「郁人が倒れた理由や今の状況を

   まだ把握できてないんだが……。

   私も動けそうにないな」

   「俺にもどうなっているかさっぱりだ。

   ……この神殿、本当にいろいろと

   施されているんだな」


   エンウィディアのいる空間に

   行こうとした瞬間、ジークスと篝は

   見えない壁に弾かれている。


   〔……いろいろとヤバいことに

   なってるわね〕


   久しぶりにライコが声をかけた。


   〔神殿内の警戒が薄れたと思って

   見たら、まさかこうなってるなんて……!〕

   (なんで俺が死にかけたかわからないし、

   小さい子供があんな状況になってるのは

   見ていて嫌だ……!)


   郁人はエンウィディアに足蹴にされ、

   今にも意識を飛ばしそうなクリュティに

   胸を痛める。


   (エンウィディアに殺して欲しくないし、

   見殺しになんてもってのほかだ!

   なんとかして助けないと……!!

   …………そうだ!!)


   エンウィディアの気を引くものを考え、

   思い付いた郁人は息を深く吸い込む。



   「~♪~~♪♪」



   喉を震わせ、奏で始めた。


   エンウィディアから教えてもらった

   言葉には出来ない歌。

   言葉では表現できない調べを。

   ただ、この音を聞いてほしいと。


   だから、もうやめてと願いを込めて

   音を紡ぐ。


   「……パパが歌ってる」


   チイトは目をぱちくりさせる。


   「イクトは……もう歌えるようになったのか」

   「録音されたのを聞いたことがあったが……

   これは勧誘される訳だ」


   ジークスと篝は目を閉じて耳を傾け、

   ユーはリズムに合わせて尻尾を揺らしている。


   「………………」


   エンウィディアは郁人の透き通る歌声、

   トラウマから解放されたとわかる歌声に

   驚きで固まる。


   「大丈夫ですかな?」

   「……う……うん」


   その間にポンドがクリュティを助けた。

   郁人はその様子を見て、歌うのをやめる。


   「エンウィディア、練習するんだろ?

   だったら、時間がもったいないんじゃ

   ないか?」


   だから、もうやめてほしいと郁人は告げた。


   「……………………………わかった。

   テメェがするりと歌えるように

   なったからな。更に厳しめに行く」


   エンウィディアは長いため息を吐き、

   アマポセドに指示する。


   「すぐに歌えるようになったとき用の

   楽譜をレッスンの部屋に用意しろ。

   もちろん楽器もな」

   「かしこまりました、旦那様」


   アマポセドはウィンクして綺麗な礼をみせ

   足早に去っていった。


   「ごめんなさい、イクトさん。

   僕……まさかあんなことになるなんて……

   ただ、取ろうとしただけなんだ……」


   ポンドに抱えられたクリュティは

   嗚咽を漏らしながらただただ謝る。


   「本当にごめんなさい……!!

   僕のせいで……イクトさんは……!!」

   「俺は生きてるから。だから泣かないで。

   わざとした訳じゃないんだろ?

   理由はわからないけど、もうきっかけに

   なるようなことはしないでほしいな」


   郁人は大丈夫と頭を撫でた。

   クリュティは何度も頷く。


   「わざとじゃないよ! 本当にもう

   触らないから!! 本当に……本当に……

   ごめんなさい……!!」


   クリュティはポンドの腕から降り、

   郁人に頭を下げた。


   「迎えに来たよお~……って、どしたの?

   すげえ人口密度じゃあん」


   リアーナが音符ウミウシに連れられて

   やって来た。


   「こいつら誰? てか、稚魚ちゃん泣いてん

   じゃん!? しかもボロボロだし?!」

   「つべこべ言わずとっとと連れ帰れ」

   「危なっ!!」


   郁人のもとに来たエンウィディアが

   クリュティの襟元を掴むとリアーナに

   投げ渡した。


   「稚魚にくらい優しくしろよ~

   キラキラくんはさあ。こんなとこ居たら

   危ねーし帰ろーねー。

   てか、いつの間にここにいたん?

   心配したんだからさ~」


   まずは治療しないとねえ

   と、リアーナはクリュティをキャッチし、

   そのまま抱えながら去っていった。


   「テメエが歌えるようになったなら、

   本格的なレッスンを開始する。

   俺はお前が歌えば良いと言ったが、

   きちんとした場で聞かせて貰う」


   エンウィディアは宣言し、

   戻ってきたアマポセドに伝える。


   「旦那様ー! 言われた通り用意してきまし

   たよー!」

   「おい、次はあれを用意しろ。

   こいつの歌声を聞くから雑魚は入れるな」

   「あれってまさか……!?」

   「とっととやれ。

   あとは……こっち来い」


   驚くアマポセドをよそに、エンウィディアは

   フメンダコ達が集める。


   「こいつに用意する。準備しろ」


   エンウィディアの言葉にフメンダコ達は

   敬礼すると、郁人を連れ去る。


   「ちょっと?! なに?!

   うわあああああ!!!」


   郁人はそのまま連れ去られた。




ここまで読んでいただき

ありがとうございました!

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ーーーーーーーー



「……始末されなかったか、残念」


楽譜と楽器を用意するために向かっている

アマポセドは呟く。


「旦那様ってば、相手を苦しめるために

痛ぶるクセがあるからなあ。

一息に始末したら良かったのに……」


元があれなだけあって頑丈だから

見た目ほど弱ってないんだよなあ

とため息を吐く。


「でもまあ、旦那様を見ながら

息絶えるなんて栄誉が与えられなかった

だけいっか!

僕も死ぬなら旦那様を見ながら

死にたいし!」


最期の光景が旦那様なんて羨まし過ぎる!

とアマポセドは頷く。


「……それにしたって、イクトちゃん

甘すぎない?

自分を殺しかけた相手なのにさあ。

……まあ、どう殺されかけたのか

理解してない上、死にかけた自覚が

あんまり無いのも理由かねえ?」


郁人が倒れる瞬間を見たフメンダコの

記憶を読み取ったアマポセドは頭をかく。


「まっ! 自覚が無いのも仕方ないか!

マジで一瞬のことだったみたいだし。

どうやら、すぐに助けてくれる奴も

駆けつけたみたいですし?

……あの体が冷えていく感覚や、

意識を保とうとしても出来ない苦しさ、

言葉に出来ないあの恐怖を

味わってないんだからなあ」


あの感覚を味わえば許す気も

起きないだろう、とアマポセドは考えながら、

楽譜のある部屋にたどり着く。


「さて、楽譜を探しますか!」


アマポセドは扉を開けた。




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