234話 トーニャ
勢いよくトーニャに突撃したのは
“ユー“だった。
「ユーど……うぐ!?」
なぜここにいるのかを尋ねようとしたが、
ユーは次に郁人の顔に貼り付いてきたので
しゃべることが出来ない。
(突然どうしたんだ?!)
いきなりのことに驚いていたが、
郁人は思い出した。
(あっ……そっか! あまり話したら
ダメなんだった)
ユーの行動の理由がわかった。
郁人が理解した事を悟ったのかユーは
顔から離れる。
「悪かった。つい忘れちまってな。
許してくれよ、ユー」
トーニャはユーに謝っているが、
尻尾でトーニャの頭を叩いている。
「ここで話しすぎたら駄目だった事を
うっかりしていた。すまなかった。
歌はあんたがあっちに帰ったらここで
聞かせてもらおう」
頭をかきながら謝罪したトーニャに
郁人は気にしてないと首を振る。
「本当に悪かった……。
で、お前は相変わらずのようだ」
トーニャは今も尻尾で頭を叩くユーを
ジロリと見る。
「ん……? お前、えげつなくなって
ねえか? ここまで強くなかったよな??
は? お前が弱くなっただけ?
言ってくれるじゃねえか……!」
ユーを捕まえようとするトーニャの手を
ヒラリヒラリとかわしまくるユー。
(トーもユーと話せるんだ。
しかも、前から知ってる感じだな。
もしかして、ここに来たことがあるから
ユーはここに来れたのか?)
顔見知りの雰囲気に郁人は目を丸くし、
あごに手をやる。
「ん? こいつと知り合いなのかって?
久しぶりに会ったのは確かだ。
だが、ここまでえげつなくは無かった
って、危ねえな?! マジで危なかった!!」
郁人の視線に気付いたトーニャが話している
最中、ユーは尻尾でメガネごと目を突こう
とし、トーニャはギリギリでかわした。
「あと少しで帰れる! だから少しぐらい
話したっていいじゃねえか! ほら、聞こえ
てきたろ!」
トーニャの言葉に郁人は耳を澄ます。
ー すると
「し……かり……パパ!」
「マ……ター! 気を……に!」
「……クト! イクト!」
「起き……! 目を……!」
「………マ……マ…! ママ!」
スクリーンから聞き覚えのある声がした。
(チイト達の声だ……!!)
郁人は目を輝かせた。
「音声だけじゃなく、映像も流して
準備が整い次第、あんたは帰れる。
久しぶりに人と話せて嬉しかったぜ。
あんたはあれを触れられて来ただけ
だからな。寿命で来たわけじゃねえ。
だから、安心して帰るといい」
何も試練とか無いから安心しな
とトーニャはニヤリと笑う。
(普段は試練とかあるのか?)
トーニャの言葉に首をかしげる郁人。
察したトーニャは説明する。
「あぁ、あるぜ。試練。試練と言っても
あれだ。何があっても振り返らないって
いうやつ。あんたの生まれた世界の神話
と似たようなものだろう」
クシや桃とか投げたりするやつ聞いたこと
あるだろ? とトーニャは告げた。
「あんたは安心して帰れる。
なんだって、俺が案内するんだからな。
さて、帰る心の準備はいいか?
こっちの準備は整ったようだからな」
トーニャの視線の先には、黒いなにかが
OKと両腕? で丸を作っていた。
「よし。スクリーンの前に行くぞ」
トーニャは郁人の手をとり、スクリーンの
前まで案内する。
スクリーンの前に郁人を立たせると、
トーニャは咳払いしたあと、スクリーンに
触れ、口を開く
「"我が館に命ずる。
この者、終わる運命にあらず。
生きて帰る者なり。映し世界に帰還する者。
この者、無事に帰還させよ"」
魂に水のように染み込む声で告げ、
トーニャがスクリーンに触れるとスクリーン
はぐにゃりと歪み、形を扉へと変えた。
(スクリーンが扉になった?!)
目の前のことに郁人は目を見開く。
「驚いたか。そりゃ驚くわな。
これはここの支配人である俺だから出来る
芸当だ。俺の声に魔力がこもっているから
指示することが出来る。ちなみに、俺は
声で相手を支配することが可能だ」
トーニャは自慢げに自身の喉を指差す。
「まっ、日頃は抑えてるから安心しな。
俺の言葉がすんなり魂に響くくらいしか
影響はねえ。あんたにわかりやすいように
言えば……あれか? TRPGの説得ロールで
常にクリティカルが出るみたいなもんだな」
あのニヤケエセ神父執事の言葉もあんたに
刺さっていたが、俺の言葉のほうが
刺さりやすかったろ? とトーニャはニヤリ
と笑う。
「まさか、あんたと会えるなんて本当に
予想外だった。またが無いことを祈る。
ここに来るってことはあんたが死にかけた
って事だからな」
俺に会いたいからって気軽に死にかけんなよ
と冗談交じりでトーニャは笑う。
「あんたは音楽に関しては悪いことばかり
思い出してたが、これからは良いことを
思い出せ。人生楽しく生きていくコツでも
ある。トーニャお兄さんからの教えだ。
覚えておけよ」
トーニャはタバコを吸い、背中をポンと
軽く叩く。
「後ろばかり見てねえで前を見ろ。
悪いことなんて起きたときに考えりゃいい。
そうやって人は生きてんだからな」
「………」
郁人は言葉では伝えられないので、
ありがとうの気持ちを込めて
トーニャを抱きしめた。
普段なら、しかも初対面相手にしない
行動なのだが、なぜか久しぶりに会った
家族のような雰囲気をトーニャから感じた
からだ。
(ありがとう、トー)
「お? 感謝しているのか?
言葉では伝えられないとはいえ、熱烈だな。
じゃあ、俺からもするか」
トーニャは郁人を抱きしめ返した。
「こうやって人に触れるのは久々だ。
だから、離れがたくなるからここまでだ」
頭に何かが触れた気がしたが、
疑問に思う前にトーニャは離れた。
(ユーがしきりに俺の頭をタオルで
拭いているのが謎だけど)
郁人はもう1度感謝の気持ちを込めて
頭をさげにドアノブに手をかけ、開けた。
「これから気をつけろよ。息災であれ」
トーニャは微笑み、郁人の背中を押した。
視界が真っ白に染まった。
ーーーーーーーー
「………まさか会えるなんてな。
思いもしなかった」
現世に戻った郁人がいた場所を見ながら
トーニャはタバコを吸い、呟く。
「ユーが行ったのは見ていたが、
無事に辿り着いたのか……。
お前は本当にすごい。俺と違って
度胸も勇気もある。
…………俺も一緒に行けばよかったか?」
悲しそうに呟きながら、席に座る。
「そっちの世界の奴もスゴいもんだ。
見事成し遂げたんだからな。
別の介入もあったみたいだが……」
トーニャは自身の頭に触れる。
「まさか撫でてもらえるとは思いも
しなかった。しかも、抱き締めてもらえた
しな。本当に……夢みたいだ……」
涙が頬をつたい、声を震わせる。
「これであいつと俺の縁は結ばれた。
俺もあいつに触れて事情もわかったからな。
今度こそ……やってみせるさ」
トーニャは拳を握りしめる。
「たとえ俺を知らなくても……
俺のことを描いてなくても……
パラレルワールドだろうと関係ねえ。
会えて嬉しかっぜ……“親父“」
トーニャは涙をにじませながら微笑んだ。
ー 彼の名前はトーニャ。
あの世とこの世をつなぐ傍観者。
あらゆる世界の隙間でもあり、世界を
覗き見ることができ、魂に直に響く声で
死者を導いてその者の行き先を教える、
映画館"冥府の館"の支配人。
ユーはその館のマスコットキャラクターで
トーニャの手伝いをしている。
そう設定し、描いたのは"郁人"だ。
もしも、妹もホラー好きであったなら、
卒業制作にてホラーと推理を混ぜた
ゲームを作ろうとしたならば……
その選択肢の先に彼、トーニャとユーが
いる。
チイト達が描かれなかった世界の、
郁人が描いたキャラクターなのだ。
それもあってか、郁人はトーニャに対して
チイト達と同じように接し、抱きしめる
などの行動をとった。
違う世界だろうと自分が描いたキャラクター
に変わりないのだから。
「親父の頭についてたのは、仕掛けた奴に
バレねえ程度に施したから大丈夫だろ。
もしもの対策もしておいた」
トーニャが郁人を抱きしめ返した際に、
頭に仕掛けられたものに対して、
一瞬、唇で触れたあと術をかけていたのだ。
トーニャは郁人に会うために飛び出し、
紆余曲折あったが見事成し遂げ、
郁人と共にいる、今はここにいない
ユーに呼びかける。
「ユー、俺のぶんまで頼むぞ。
きっちりやってくれや」
そのあと、スクリーンに映るチイトを見る。
「そっちの世界、俺が描かれなかった世界の
同胞よ。親父を頼んだぜ。しっかり守れよ」
よろしく頼むぜ と、トーニャはエールを
送った。
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