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233話 世界の隙間




   「こんなところに人が、しかもアンタが来る

   なんて予想外だ。天地がひっくり返るか?」


   聞き覚えのない低い、体や心に染み入るよう

   な声がした。


   「おーい! 起きちゃくれねえか?

   久々の人との対面がずっと寝っぱなしは

   寂しいもんじゃねえか。こうやって独り言

   をいうのも飽きてきてな」


   体を揺さぶられ、郁人は目蓋をあける。


   「起きた起きた。おはよう少年。

   良い目覚めとは言えねえがよ」

 

   白くて長い髪を後ろに流し、大きな丸メガネ

   をかけ、ジャケットを羽織った30代くらい

   の、目が離せないどこか不思議な雰囲気の

   男が視界に飛び込んできた。


   「えっと、おはよう……ございます」


   見知らぬ男に目をぱちくりさせながら、

   郁人は体を起こす。


   「…………ここは映画館?」


   辺りを見渡せば、劇場内のカーペット張りの

   階段や、その階段に設置された誘導灯、

   壁に設置されたスピーカーなどが目に入る。

   郁人は階段式に並ぶクッション張りの

   座席列の中央の席に座っていた。


   「なんで俺はここに……? 貴方は……?」

   「俺は“トーニャ“。この映画館の支配人。

   傍観者や観客、見届ける者とも呼ばれ

   ている。気軽に“トー“と呼んでくれや」


   よろしくと手を差し出すトーニャ。

   郁人も手を出して握手する。


   「えっと、よろしくトーさん」

   「さん付けはいただけないな。

   それだとあんたの父親みたいじゃないか。

   トーでいい」

   「わかったよ。えっと……トー」

   「あぁ、それでいい」


   郁人は頷き、トーニャはニヤリと笑う。


   「よし、自己紹介も済んだ。まずはここの

   説明から入ったほうがいいな。ここで話し

   すぎたらあんたは2度とかえれなくなる」


   うんうんと頷きながらトーニャは話し出す。


   「だから、ここからはあんたは

   相槌とかで反応してくれたらいい。

   わかったな?」


   口調は軽いが瞳は真剣だ。

   どういう意味か聞こうとした郁人だが、

   その真剣さに頷いた。


   「よし、お利口さんだ。

   ものわかりの良い奴は嫌いじゃねえ。

   じゃあ、ここの説明からいこうか」


   トーニャは郁人の頭を撫で、口を開く。


   「ここは生者と死者の世界の境。

   この世とあの世の隙間。様々な世界の

   重なりだ。ほれ、スクリーンを見てみろ」


   指をさされ、郁人はスクリーンを見る。


   「!?」


   そこには様々な映像が切り替わり、

   映っていた。


   家族団欒の時間を朗らかに過ごすもの、

   戦場で命からがらに奮戦するもの、

   騎士の決闘や教会で祈りを捧げるものと

   多種多様な映像だ。


   「ここはあらゆる世界の隙間であり、

   様々な世界を覗き見れる空間だ。

   だから、色んな世界のことが見てわかる。

   そら、あんたの居た世界だ」


   そこを見てみればチイトとジークス、

   ポンド、篝が映っていた。


   皆がなにかを覗き込み、とても悲しそうな、

   いや絶望に近い感じだ。


   「チイト! ジークス! 篝! ポンド!」


   郁人は立ち上がり、スクリーンに

   向かおうとしたが、無情にも映像は

   また切り替わった。

   

   「…………っ?!」 

   「おい、話しちゃ駄目だろ。

   たしかに、声を出したくなる光景だがな」


   トーニャは尋ねようとした郁人の口を

   片手で覆うように塞ぎ、告げる。


   「あの光景の理由だが、あんたが死にかけて

   いるからだ。だからあいつらは今、深い

   悲しみにいる」


   郁人が尋ねる前にトーニャは答えた。


   (俺が死にかけてるって……

   どういうことだ……!?)


   頭がこんがらがる郁人にトーニャは

   告げていく。


   「理由は元神のガキがあんたの脳に寄生

   している術式に触れたからだ。

   術式に関しちゃ……あんたは知らないほうが

   いいな……。俺の勘だが言わないでおこう。   

   ……って、混乱して聞こえてねえな。

   まあ、聞こえてないほうがいいか」


   しゃあねえかとトーニャは頭をかいたあと

   郁人の肩を軽く叩いて、意識をこちらへ

   戻して座らせる。


   「で、俺の仕事の1つに生きていた頃の

   思い出、走馬灯をスクリーンに流して、

   あの世へ送るんだが……安心しろ。

   特別に帰してやる」


   トーニャはニコッと笑う。


   「あんたはまだその時じゃねえからな」


   そう言うとトーニャは指を鳴らす。

   瞬間、トーニャの影が歪み、得体の知れない

   何かが覗き込んでくる。


   「っ……?!」

   「少年の世界に繋がる映像のフィルムを

   探してスクリーンに映せ。大至急だ」

   

   なにかは頷くと、ドプンと影に潜っていった。


   「さて、あんたはしばらくここで待機だ。

   映像が流れたら俺が帰してやるからよ」


   郁人は現状が理解できず頭が混乱しているが

   トーニャの善意は理解できたので

   頭をさげる。


   「あんたは本当に律儀だな。

   まっ、それがあんたなんだろうよ」


   ハハハと目を細め、嬉しそうに笑う 

   トーニャ。


   「さて、待っている間にあんたに言いたい

   ことがある」


   背もたれにもたれながら、トーニャは

   郁人を見つめる。


   「俺はこのスクリーンから様々な

   相手の記憶を見ることができてな。

   前に俺はあんたの過去を見たことがある」


   きょとんとする郁人にトーニャは告げる。


   「あんたの音楽の才能は素晴らしい。

   1人の悪口で失うには悲しいもんだ。

   あんたがどれだけ彼女を尊敬していたかは

   知らねえし、俺にはただの嫉妬に狂った

   女の戯れ言にしか聞こえなかったからな。

   俺は主観で言ってくから、あんたが

   どう思おうが知ったことじゃねえ。

   だから、言わせてもらおう」


   どこからか出したタバコをふかしたあと

   真剣な声色で告げていく。


   「あんたの音楽を好きな奴は大勢いた。

   続けていたら、どんどん増えただろう。

   現にあんたの音楽を今でも好きな奴は

   もう1度聞きたくてレッスンをする程だ。

   だから、悪意で好意を否定すんな。

   それは好意をもった相手に対して失礼だ」


   「第1、あんたの音楽を好きな奴の

   意見は聞かねえのか?

   悪口だけ聞いてたらなにもできねえぜ。

   あんたを案じて言う言葉じゃねえから

   尚更聞くな。中指でも立てとけ。

   悪口を言う奴はどこにでもいる。

   言わない奴だって勿論いるが、

   世の中じゃ言う奴のほうが大半だ。

   だから、悪口だけを聞いてたら

   キリがねえぜ?

   自分の人生、自分の好みといった

   それらは全て自分だけのものだ。

   それを悪口なんかで踏みにじってやるな」


   「だから、好きな奴の意見を聞くと良い。

   あんたを心から好いている奴の声だ。

   好かれるってことはとても貴重なこと

   なんだからよ。それを言葉にして相手に

   伝えるなんて更にすげえことなんだぜ。

   最初から聞かねえんじゃなく、

   受け止めてからどうするか考えな。

   だから、聞いてやれよ」

   「……………!!」


   トーニャの言葉はまっすぐ郁人に刺さった。


   瞬間、スクリーンに映し出される。


   「ナイスタイミングだ」

   (これ……?!)


   それは郁人の“過去“だ。


   《お兄ちゃんすごーい!!》

   《郁人の演奏を聞いてると

   心が温かくなるわ》

   《音楽の神に愛されてるんだろう。

   まあ、うちの子は可愛いからな》


   妹が歌を歌う自分をキラキラした目で

   見つめ、後ろには幼い頃の両親が

   微笑ましそうに笑っている。


   それを見ていた郁人は胸が温かくなった。


   だから、郁人は……


   (そうだ。俺が音楽を好きになったのは

   これが理由だ。俺が歌うと妹が目を

   輝かせて両親が嬉しそうにしていたからだ。

   その空間を作ったのが俺で、胸が温かく

   なって、とても幸せだったから)


   トーニャはその光景を指差し尋ねる。


   「あんたは悪口なんかでこの光景を

   否定すんのか?

   この幸せを無かったことにすんのか?」


   トーニャの言葉に郁人は首を横に振る。


   「俺は……否定しない。

   この光景は俺の大切なものだから。

   ……思い出させてくれて、ありがとう」


   郁人は隣に座るトーニャの頭を撫でた。

   目を丸くし、タバコを落としてしまった

   トーニャに郁人はハッとする。


   「ごめん! いきなり!」


   郁人は目を丸くしたまま固まる

   トーニャに謝る。


   (なんだろ? ついチイト達の頭を撫でる感じ

   で……。癖になってるのかな?

   なら、気を付けないと)


   「……気にすんな。撫でられてびっくり

   したが、悪い気はしなかったからよ」


   郁人の言葉にトーニャはニカッと笑った。


   「そうだ。折角なら歌を聞かせてくれよ」

   「……わかった」


   目を細めるトーニャの言葉に郁人は頷き、

   息を吸う。


   ー 瞬間


   「ごばっ!?」


   トーニャの顔面を物凄い勢いで

   何かが激突した。




ここまで読んでいただき

ありがとうございました!

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ーーーーーーーー


エンウィディアの眷属から郁人の容体を

告げられ、あわててやって来たチイトは

目を覚まさない郁人の手を握り、

涙を溜めた目で見つめる。


(あのガキが夜の国で判明した、

パパに寄生してやがる術式に

触れたからパパが生死の境を

さまよう羽目になったらしい……。

それをユーから聞いたが……)


チイトは思い出し、

ちらりと自分の携帯を見る。


(そのユーはパパに寄生する術式に

抵抗されずに干渉できる確率をあげるために

わざと触るのを見逃したとコンタットに

連絡があった。

きちんと御主人を生きて帰すから大丈夫。

自分が迎えに行くから待っててくれ、と)


ユーからの連絡にチイトは思うことがある。


(あいつはなぜ確信している?

まるでパパの魂がどこに行くのか

把握しているようだ。

……ユーが出来たときから混ぜた

ものもあって、いろいろと怪しいと

思っていたが)


チイトはユーを創ったときに混ぜた

あるものを思い出す。


(パパを好きなところに関しては

疑いはしていないし、他に気になることは

あるが……。そんなことより)


チイトは郁人を見つめる。


「パパ……早く起きて。

俺を置いてかないで……」


ここが帰る場所なんだと伝えるように

郁人の手を握りしめた。



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