星祭り
これは郁人がチイト達と出会う前の話……
「あれ?」
郁人はあわてて周囲を見渡してしまう。
なぜなら……
「ここは……?」
星が降り注ぐ野原に、靴も履かず、
なにも持たずにいたからだ。
「俺は自分の部屋で寝ていたはず……」
郁人は首をかしげるが、
あっ! と声をあげる。
「これ夢か! 夢だとわかるから
明晰夢ってやつかな?」
納得した郁人は草原を進む。
「とりあえず、前に進もう。
そしたら、いつの間にか起きてるだろう」
郁人は草原をゆったりとした足取りで進む。
「それにしても……綺麗だなあ。
建物とか遮るものがないから
はっきり星が見える。
母さんが今日は星祭りだって言ってたから
それが理由でこの夢を見てるのかな?」
郁人は思い出す。
ー 星祭りとは、夏の妖精が妖精郷から
出てきて、本格的な夏が始まる合図として
自分の魔力を込めた種を空に打ち上げる
日だという。
打ち上げられた種は空で花開き、
星となって1年間、世界を見守り、
役目を終えた星は流れ星となって
打ち上げた妖精のもとへ帰っていくそうだ。
(流れ星となった種に願い事を言えば
妖精が叶えてくれるんだっけ……。
街の子供達が星型の紙に願い事を書いて
軒先に飾っていたな)
夏の妖精にどんな願い事をするか
悩んでいる子もいたっけ
と郁人は思い出す。
(そういえば、ご先祖様に伝えたいことを
星に言えば妖精が伝えてくれるとも
言っていたな……)
夏の妖精は魂を天国、魂の楽園へ導く
と謂われているからだったっけ
と郁人は思い出した。
(俺みたいな異世界から来た人間の
魂はどこへ向かうのだろう……)
郁人がふと考えていると、
あるものが目に入った。
「白い……藤の花?」
それは郁人がいた世界にあった
藤の花だった。
藤棚に紫色ではなく、乳白色の藤の花が
ほのかに光り、咲き誇っている。
星空の下にあるからか、垂れている
藤の花は夜空から流れる星々のよう。
「すごい綺麗だ!」
「わはは! そうだろう!
普段見られるのは紫だそうだが
この色も良いもんだろう!」
突然、声をかけられた。
肩が跳ね上がった郁人は声のほうへ
視線をやる。
「これは夏藤とも呼ばれていてな。
今の時期にぴったりだ。
汝もそう思わぬか?」
藤の花のカーテンから現れたのは
なんとも不思議な青年であった。
獣耳風の髪型に、夏藤と同じ乳白色の髪が
フワリと揺れ、前髪で左目が隠れている。
金色の瞳はまるで夜空に浮かぶ月を
思わせた。
「それにしても、この羽織や着物は
良いな! うむ! 実に良い!
普段の服は窮屈で仕方ないんだが、
これらはゆったりしていてとても良い。
なにより、儂に似合っておるだろう?」
耳にすんなり通る声は心地よく、
藤の花の羽織がよく似合う、
どこか浮世離れした美しい青年だ。
「お? 儂に見惚れておるのか?
まあ、儂は数千年に1人の超美青年
だからな!
良いぞ、見惚れることを許そうぞ!」
わはは! と扇子を広げて笑う姿は
まるで夏の日差しのように眩しい。
「えっと、貴方は……」
郁人は夢の中で知らない人物に挨拶され
面食らってしまっていた。
「あぁ、儂か?
儂のことが気になるのは仕方ないが
今は気にするな。
ほれ、こちらへ寄れ。儂のそばに
寄ることを許す。人の子と話すのは
久しいゆえ腰をすえて少し話そうぞ!」
青年は郁人の腕を掴むと藤棚の中に
連れて行った。
「どこに行くんです?!」
「星々を拝みながら話せる場だ!
儂のお気に入りの1つでな!
もちろん! この藤棚もその1つだが!」
青年に連れられながら、
藤の花のトンネルを抜けると
そこにあったのは星々を拝める丘だった。
あまりの絶景に郁人は息を呑む。
「すごい……!」
「ほれ、こっちだ」
青年が案内する先、丘の上にはベンチが
あった。まさに絶景を満喫できる場だ。
「ここで星を拝みながら飲む酒は
格別でな!」
「そうなんですか……」
青年はベンチに座り、郁人も強引に
隣に座らせる。
流された郁人は頭上に疑問符を浮かばせ
ている。
(ここは夢なんだよな?
この人、本当に誰なんだ?)
「夢なのだからそう固くなるな。
儂のことは夢の人とでも思えば良い」
ほれ、これでも飲めと青年はどこからか
竹筒を取り出すと渡してくる。
「あの……」
「突然、儂のような美青年を前にして
緊張するのは仕方ない。
が、本当に儂は汝になにかするつもりない。
だから、大丈夫だ」
青年は安心する笑みを浮かべる。
その笑みは警戒を解くのに十分だった。
「……わかりました。
こちらもいただきますね」
ありがとうございますと郁人は受け取ると
竹筒に口をつけた。
瞬間、とろっとした甘さが広がる。
その味に郁人は覚えがあった。
「これ甘酒だ!」
「おっ! やはり汝は知っておったか。
だが、これは完璧な甘酒ではないぞ?
味を再現しただけにすぎん」
こちらには米がないからなあ……
と青年はため息を吐く。
「まあ、汝が勘違いするほどのものを
再現できたとなれば大成功というべきか。
そうだ! 汝の夏で思い出深い食べ物は
なんだ? 儂は食べてみたい!」
「そう言われましても……」
何も持っていないと郁人は告げる。
そんな郁人にわはは! と青年は
扇子をあおぐと、郁人の手に自身の手を
重ねる。
「ここは夢ぞ? 汝の夢ぞ?
儂も力を貸すゆえ、汝が強く思えば
それが出てくる」
「強く……」
郁人は青年の言う通り、目をつむり
夏の思い出深い食べ物を思い出す。
(……たしか、ばあちゃんが作ってくれた)
瞬間、手元が淡く光だすとある形に
なっていく。
「出来た!」
光がおさまり、形づくられたものは
栗と白玉入りの冷やしお汁粉だ。
丁寧にお箸もついている。
「すごい! 本当に出来た!」
「ほう……これは」
郁人は目を輝かせ、青年は興味深そうに
見つめる。
「これは冷やしお汁粉です。
ばあちゃんが夏になると作ってくれたので。
どうぞ、召し上がってください」
「……よいのか?」
本当に貰えると思っていなかったのか
青年は目をぱちくりさせるり
「はい。そのつもりでしたので。
それに、また作ればいいですから」
郁人は再び思い出し、手元に
冷やしお汁粉を作った。
「ほら、作れたでしょう?」
「いやはや、コツを掴むのが早いのう。
では、ありがたく」
青年は無邪気に笑うと、お汁粉に
口をつけると、目をカッと見開いた。
「これは……うむ! じつに美味だ!!
一見、味が重そうに思えたが、あっさりと
しており、この甘い豆もちょうど良い!
白い団子の食感もまた良き!
この黄色いのも良いぞ良いぞ!!」
青年は頬を紅潮させながら、
美味い美味い!と食べ進める。
「喜んでもらえて良かったです。
その黄色いのは栗と言うんですよ」
「栗……これが栗と呼ぶものか……」
青年はしみじみと呟きながら、
栗を見つめる。
「あっ、そういえば、このお汁粉で
ばあちゃんがいつも不思議そうにしていた
事がありましたね」
「不思議とな?」
「はい。じつは、俺のばあちゃん、
栗が苦手なんですよ。
自分も食べるのになぜか栗を多めに
買って、お汁粉に入れるんです」
俺と妹は食べれるからもったいない事には
ならないですけど、と郁人は呟いた。
「そうか……嫌いなのに入れるのか。
たしかに、変わっておるわ」
青年は微笑んだ。
とても寂しそうながらも、大切なものを
見つけたような、儚い笑みだ。
先程までの太陽の笑顔とは違う笑みに
郁人は目をぱちくりさせながら尋ねる。
「あの、なにか気になることでも?」
「いや、何もないよ、何も。
歳をとると感慨深くなってしまうのだ」
青年はいかんいかんとお汁粉を飲み干すと
郁人の顔に手をかざす。
「良いものを食わせてもらった。
本当に感謝する。おかげで良いものに
気付くことも出来た。
この出会いを汝はしばし忘れるが
儂は覚えておこう」
「忘れる……?」
青年の声が遠くで反響しているように
聞こえる。
「本来、会うのはもっと先なのだが
汝は儂のような種族に好かれやすいのか
偶然、儂の領域に迷い込んだのよ。
まさか会えるとは本当に驚いたわ!」
血は争えぬとはこの事よ!
と青年は快活に笑う。
郁人はどういう事か聞きたいが、
声が出ない。口が動かない。
「お礼と言えばなんだが、言祝いでやろう。
今では祝福と申すか?
まあ、儂ほどの者が与えるとなると
大層目立つゆえ、ほんのちょぴっとだが。
儂の同族は相手を気に入れば拉致りそう
なのがいるので、それを防止するものをな」
青年が呟くとともに、光に包まれる。
「儂の祝福に気付かれぬように
目隠しもしておくか。
気付きそうな者が最近現れたが、
その者には話もつけておくゆえ」
待ってと郁人は言いたかったが、もう遅い。
視界は歪み、真っ暗になる。
「息災であれよ、別世界の迷い子よ」
どこか遠くで聞こえた気がした。
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柔らかな日差しとともに、
ライラックの笑顔が見える。
「おはよう、イクトちゃん」
「おはよう……母さん」
郁人は目をこすりながら起きる。
「どうしたの、イクトちゃん?
まだ眠いのかしら?」
「ううん……違うよ。
なにか見たような気がして。
……なんだったんだろ?」
不思議そうに郁人は首をかしげた。
ここまで読んでいただき
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「まさか、会えるとは思いもしなんだ。
まったく、縁というのは恐ろしいものよなあ」
青年は自身の領域である星降る野原の
ベンチにて、酒を煽りながら呟く。
「今の時期は特に儂の力が増すとはいえ、
こうも迷い込んでくるとは……。
うむ。さすが、血の縁よ」
あの者とはたまごのときに会ったのだが
と青年は星を見上げる。
「今年も綺麗に打ち上がっておるようだ。
感心、感心!
………さて、話をつけに行ってくるかのう。
初対面とはいえ、言葉を間違えれば
斬りかかりそうじゃが」
腰をあげて、野原を歩く。
「あの真っ黒ボウズ、話がわかる奴なら
良いのだが……。
あやつの地雷を踏まなければ問題ないと
思うがの」
計画にはあの者の力が必要と占いで
出たからのと青年は足を進めた。