23話 2つの疑問
「それって……どういうこと?」
郁人は耳を疑った。
(契約した覚えとかないぞ?!
助けてくれたスケルトン騎士か……?
でも、会ったのはあのときだけだし……
あれ?そういえば……)
考えていると疑問が浮かんだ。
「契約ってどうやるんだ?」
郁人は契約の方法を知らないのだ。
首を傾げる郁人にライコは答える。
「魔物との契約方法は、
魔物から契約書をもらって、
それにサインすることで成立するわ。
契約更新の場合も似たようなものね」
「……ずいぶん事務的だな」
ファンタジーの欠片もない内容に
狐につままれたような気分になる。
「事務的もなにも、魔物だって
契約するなら良い人がいいでしょ?
だから、契約更新という手を残しているの。
嫌なら更新しなくて済むから」
「アルバイトの雇用契約みたいな
感じだな」
聞いた郁人は感想をこぼした。
「けど、契約書にサインした覚えは
ないぞ」
なぜ契約済みなのか心当たりはない。
「今調べるから待ってて。
あんたが契約してるのは……」
ライコが調べようとしたとき、
視界が揺らいだ気がした。
「……目眩か?」
目をこするも、目眩ではなかった。
テーブルの上のティーポットやカップなどが
揺れていることに気付いた。
ー空間が大きく揺らいでいるのだ。
「まさか地震っ?!
ライコ!早く隠れて!」
「ちょっと?!」
郁人はライコの手を取り、
急いでテーブルの下へ隠れる。
「2人も入れる訳ないでしょ?!
というか、ここは夢だから隠れなくて
いいの!」
ライコは郁人に説明する。
「誰かがあんたを起こそうとしてるから
揺れてるだけ!
もう時間がないみたいだし、
……にドラケネス王国の
資料……くからそれを参考に……い!
契約……みの件は1回あんたが呼……!」
ライコが目の前にいるのに、
声が遠くなっていく。
掴んでいた手はいつの間にか存在せず
郁人が必死に手を伸ばしても、
ライコには届かない。
ぐにゃりぐにゃりと絵の具を混ぜるように
景色は歪み、融けていく……。
そして、目の前が真っ白に変わった。
ー「おはようイクトちゃん。
みんな起きてるわよ」
春の日差しのような、柔らかな声が
頭に響いた。
目蓋を光が刺激し、ゆっくり開くと
ベッド脇の椅子に座り、微笑まし気に
見つめるライラックがいた。
朝日を浴びる姿は1枚の宗教画のように
神々しい。
日差しが後光のように見えてくる。
拝みたくなる程のまばゆさに目を細めながら
上半身を上げる。
「……おはよう、母さん」
手の甲で目をこすり、郁人は挨拶を
返した。
〔あんたを起こそうと揺すっていたのは
女将さんだったのね〕
(そうみたいだな)
枕元に置いたヘッドホンからライコの
声がした。
郁人はヘッドホンを手に取り、
首にかける。
「母さんに起こしてもらうの久しぶりだね」
「そうね。
まず、イクトちゃんが寝坊することが
珍しいもの。
私が起こすなんていつぶりかしら?
懐かしいわ」
ライラックは花開くような笑みを
浮かべた。
郁人も懐かしい気持ちになる。
「起こしてくれてありがとう、母さん」
「いいのよ。
イクトちゃんがぐっすり眠れた証拠だもの。
それにしても……
ドラケネス王国に行くのが楽しみなのね。
これがお寝坊さんの原因かしら?」
ライラックはパラパラと捲りながら
優しさを滲ませた笑みを浮かべる。
捲っているのは表紙から判断して
ドラケネス王国のパンフレットのようだ。
〔あの資料、パンフレットはあたしが
作ったの。
強化するまでアドバイス出来ないから、
出来るまでのしばらくの間は
パンフレットを有効活用しなさい。
気になりそうなものをピックアップ
してるから〕
(わかった。活用させてもらうよ。
作ってくれてありがとう)
自慢気に告げたライコに、
郁人は礼を言う。
パンフレットを見終わったライラックが
郁人に手渡す。
「旅を楽しんできてね。
そして、ここに帰って来てちょうだい。
イクトちゃんが無事に帰ってきてくれる
ことが私への最高のお土産になるのだから」
郁人の頭を優しく撫でる。
優しい手つきに、郁人は目を細めながら
頷く。
「うん。
ちゃんとここに帰って来て、
たくさん土産話を聞いてもらうから」
「とびっきりの土産話を期待してるわ。
あと、これ」
ライラックは郁人にあるものを手渡した。
「ミサンガ?」
ライラックの髪色を連想させる
藍色の石がついたミサンガだった。
「これは私お手製のミサンガよ。
イクトちゃんの無事を祈って作ったの」
「……ありがとう、母さん」
郁人は暖かい気持ちに満たされながら
ミサンガを左手首につけた。
「さあ、お着替えして準備できたら
下に降りてきてちょうだいな。
せっかくの朝ごはんが冷めちゃうわ」
「うん、わかった。
早く降りるよ」
ライラックは手を振り、
部屋から出ていった。
〔そのミサンガ、本当に綺麗ね。
しかも、あんたが無事に帰ってくるように
思いがいっぱい込められてるから、
お守りにもなるくらいのものよ。
大切にしなさい〕
(言われなくてもそうするさ)
ライコの感心した声が聞こえ、
郁人は優しくミサンガに触れた。
〔そういえば、あっちの世界の
あんたの母親はどんな感じだったの?〕
(さあ……?
俺もわからないんだ)
〔わからないって……
もしかして、来る直前の記憶だけじゃなく
その記憶も失ってるの?!〕
焦るライコに、郁人は首を横に振る。
(いや、もとからないんだ。
写真では見たことあるけど……
優しそうな感じだったよ)
〔それってどういう……〕
「よし、準備できた」
話しながらも、ちゃくちゃくと
準備していた郁人はパンフレットを
手に取り捲る。
「ライコが作ったパンフレット見やすいな。
へえ……ドラケネス王国って、
温泉がある国としても有名なんだな。
入ってみたいな……ん?」
郁人はパンフレットを見てあることに
気付いた。
「ライコ。
このパンフレット、菓子の材料が
特にピックアップされて、
しかもマーカーとか引かれてるけど……」
〔準備ができたなら行きましょう!
待たせたら申し訳ないもの!〕
「……そうだな」
ライコがわざと声を張り上げ、
郁人は空気を読んだ。
ーーーーーーーーーー
ライコは自室で資料と向き合う。
その資料は他の神々から借りた
異世界人に関するものだ。
資料に目を通しながら呟く。
「こっちに来てから、あいつは
1回も帰りたいとか家族に会いたいとか
言わないのよね……。
他の神々が連れてきた人達は
言ってたりするのに……」
突然こちらに連れて来られた者達は
家族に関する件や故郷を思い浮かべ、
懐かしいものを探したり、帰る方法を
探したりする。
極まれに移住前提の者もいるが、
大半の者は前半である。
郁人の資料を見て、情に厚く、
特に、家族を大切にしていると
知っていた。
なので、家族のもとへ帰りたいだろうと、
最初会ったときに、異世界からの帰還を
持ちかけた際、一瞬だが何も映さない瞳を、
無機物のような瞳を郁人はしたのだ。
見た瞬間、ライコは思わず背筋が
凍りついた。
ー感情が全て抜け落ちた、
陶磁器の人形のように見えたからだ。
見間違いだと思っていたが、
やはり気になったので、
試しにあちらの家族の話題を出した瞬間、
またしても、普段の彼なら絶対にしない
表情を一瞬見せた。
ーあいつにそっくりな表情を……
「あいつ……
まさか細工でもしたの?」
ライコはそっくりな表情をする、
郁人をこちらに呼んでもらった神を
思い浮かべた。
あの神は自身より更に上の神格を持ち、
本人にすら気付かれずに
細工をするなんてお手のもの。
郁人がいた世界や、家族に関してなどを
思い出さないように細工をしているの
かもしれない。
「だとしても……なんの為に?」
故郷を思いだし、彼がホームシックに
ならないようにする為か?
家族の話題を出して早く帰りたい
と思わせない為なのか?
それとも……
数々の疑問がライコの頭を駆け回る。
「もう!
答えをいくら探しても見つからない系とか
好きじゃないのよあたし!!
あいつ絶対に教えないだろうし、
まず会うのが難題だし……
あー!!」
頭を抱え、声を荒げると
資料を机に勢いよく置いた。
ライコは背もたれにもたれかかる。
「……時間をかけてでも絶対に
答えがわからないといけないわね。
あいつに手を借りたのはあたしだし、
責任はあるのだから……!!」
拳をぎゅっと握りしめた。




