225話 属していた種族
おそるおそる振り向けば、仏頂面の
エンウィディアがいた。
「エンウィディア……」
「人の楽譜を盗み見した挙げ句、勝手に
改変するとは随分といい度胸じゃねえか?」
「あっ……!」
その言葉に郁人は自身の行動を振り返り、
顔を青ざめる。
「ごめん!! 勝手に見た上に改変しちゃ
って……!! もうしないから!!」
郁人は謝罪し、楽譜も机の上に戻した。
しかし、エンウィディアの不機嫌さは
変わらない。眉間のシワがますます深く
なっている。
〔どうしたらいいのよ?! こいつどんどん
機嫌悪くなってるし!!〕
「エンウィディア、本当にごめんなさい」
郁人は頭を下げ、謝罪の気持ちを表す。
頭を下げる郁人をじっと見ていた
エンウィディアが口を開ける。
「……許してほしいか?」
「うん」
「なら、さっきテメェが改変したのを
楽譜に書け」
「え?」
意外な言葉に目をぱちくりさせる。
「テメェのした事は本来なら殴りたい
ところだが、気になった曲調だったからな。
書いたら大目にみてやる」
「……わかった!」
真っ白な譜面とペンをエンウィディアに
突きだされ、郁人は受け取るとあわてて
椅子に座り、書き始める。
〔………あんた、元の譜面を見なくて
いいの?〕
(1回リズムをとったから大丈夫。
見なくても書けるよ)
〔スゴいわね、それ!? あんたそんなに
記憶力が良かったの!?〕
驚くライコに郁人はスラスラ書きながら
理由を話す。
(小さい頃の感覚をスパルタの影響で
思い出したのかも? 俺、気になった曲は
1度聞いたら書けたからな)
そういえば、音楽をやるように言われた
きっかけは妹が気に入った曲を耳コピして
ピアノで弾き語りしたことだったな
と郁人は思い出した。
〔サラッと言ってるけど凄いこと
なのよ! それ!! 絶対音感なのかしら?
でも、聞いただけで書けるなんて……
あんたもしかして、天才?!〕
(いや、天才ではないかな)
頬をかきながら、ペンを止めることなく
書いていく。
「よし。出来たよ」
ものの数分で書き上げた楽譜を
エンウィディアに渡す。
「……………どうかな?」
「………………………」
エンウィディアはじっと見ると、
ペンを取り出して書き込みだす。
「これはテメエが歌え。授業で使ってやる。
歌詞は書いてやった、だから歌え」
「歌うって…………あの、これなんて書いて
あるの?」
〔あたしもわからないのだけど。
なにこれ? 文字なの?〕
再び突きだされた楽譜を見れば、
文字のような綺麗な模様が書かれていた。
訳がわからず郁人はただ首を傾げる。
「…………はぁぁぁぁ」
わざとらしく長いため息を吐いた
エンウィディアは、模様の下に
郁人にもわかる文字をかく。
「発音は書いた。意味などテメエがわから
なくていい。ただ歌えばいい。テメエの
声で奏でろ」
楽譜を顔に押し付けると、座っている
郁人の足を掴む。
「えっ? なに?!」
顔に押し付けられた楽譜を取り、足を
掴まれた郁人は疑問符を浮かべまくる。
「……痛覚がねーのか。そういやチイトが
そんなこと言ってたな」
エンウィディアは足を掴みながら
眉をひそめる。
「おい、痛みやしびれは?」
「無いけど、どうかしたのか?」
いまいち状況が飲み込めない郁人は
素直に答えた。
不思議そうな郁人に眉をしかめながら
エンウィディアは答える。
「……あいつの魔道具には麻痺系統の
術が施されている。動けば動くほど
麻痺によるしびれは体全体に行き渡り、
追加で激痛も与えるような仕組みに
なっている。気づいてなかったのか?」
「…………違和感はあったけどさ。
痛みどころか麻痺もわかんなかった」
「どんだけ鈍いんだよ、テメエは」
ありえねえとエンウィディアは息を吐く。
「あいつを呼ぶか」
エンウィディアは喉から言葉ととれない
綺麗な音を奏でる。
〔言葉……なのかしら?〕
(なんだろ? 音というかメロディと
いうか……)
不思議に思っていると部屋の扉が開いた。
「……マナティ?」
そこにはマナティが居た。
けれど、星形の浮き輪のようなものをつけ、
体が桃色なので、郁人の知るマナティとは
違うため疑問符がついてしまった。
〔……この子、絶滅しちゃった"マナフィ"
じゃない?!〕
(マナフィ?)
〔あたしがこの世界を担当するずっと前、
昔に絶滅しちゃった子よ!!
たしか、俺様人魚に負けた海神より前に
いた、恵みと平和の神と呼ばれた海神に
属していた種族よ! まさか生きていたなん
て?!〕
ライコは驚きの声をあげる。
「エンウィディア、この子って
もしかして……マナフィ?」
「知ってたのか」
目を少し丸くしたエンウィディアに
郁人は告げる。
「聞いたことあったから。絶滅したとも
聞いたけど……」
「俺が神殿に住み始めて数日経ったときには
勝手に居た。あのマリンリーガルズだって
奇跡的に生きていたんだ。こいつらが生き
ていてもおかしくはねえだろ」
「マリンリーガルズが生きていたのって
奇跡だったのか?」
目をぱちくりさせる郁人に
エンウィディアは説明する。
「……マリンリーガルズはこいつと同様、
前の海神、荒ぶる神より前の神に
属していた」
〔マリンリーガルズってそうなの?!
でも、恵みと平和の神に属していた
種族リストには載ってなかったわよ?!〕
前の担当していた神が置いていった
リストには無かったわ?! とライコが
あわてて書類をめくる音が聞こえる。
「属している者はその神がなくなれば
消えてしまう。眷属の契約と同じもんだ」
「成る程……だから奇跡か……」
「マリンリーガルズは例外だったのか
奇跡的に生き残り、属していた神の
意思に従い、この海を密かに護っていた。
だが、荒ぶる海神の行動に我慢がならず
表舞台に出たようだ」
「どうやって生き残ったんだろ?」
「聞いてばかりじゃなく、テメエで調べろ。
おい、こいつの足だ」
面倒そうに指示をするエンウィディア。
マナフィは郁人の足をなめだした。
「え?! なに?!」
「じっとしてろ」
なめられて足を下げようとしたが、
エンウィディアに掴まれているので無理だ。
〔嘘っ?!〕
すると、なめられた箇所は淡く光りだす。
「これで問題ねーだろ。足を動かしてみろ」
「うん……わかった」
頭が追いついていない中、言われた通りに
動かしてみる。
「あれ?! 足が軽い!」
先程より動かしやすくなった足に
目をぱちくりする。
「ご苦労。あとはのんびりしてろ」
言われたマナフィは軽くお辞儀したあと、
フワフワとどこかへ行った。
〔……マナフィって治癒魔法使えたの?!
初めて知ったわ!!〕
勉強しなおさないと! とライコは
意気込む。
「ありがとう、エンウィディア。
助けてくれて。治療もありがとうな」
「……俺が勝手にしたことだ」
「あと、これ」
郁人はユーの背中から取り出し、
エンウィディアに差し出す。
「酸味があるのがいいって言ってたから」
それは郁人が作ったドリンクだ。
「レモンとかも入れてみたんだ。
ハチミツとか少し入れて飲みやすいように
アレンジしたし、ポンドが作ってくれた
ドリンクよりはスッキリした味わいに
なったと思う」
「……律儀なもんだ」
エンウィディアは少し目をぱちくり
させたあと、受け取る。
「今日は俺の部屋でやるぞ。
まずは発声練習からだ。俺がピアノを
調律している間にしてろ」
「わかった」
郁人は頷くのを確認し、エンウィディアは
ピアノへと向かう。
「……………………」
エンウィディアの左の口角が
少し上がっていたことをユーは
見逃さなかった。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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