223話 思わぬ登場
説明を終え、電話口でチイトはため息を
吐く。
《で、あいつらが騒いでいる間に俺は用を
済ませた。女王の旦那がずっと騒がしかっ
たが》
「てっきり、伴侶は同じ種族なのかと
思っておりました……」
相手が人魚でも問題ないのですな
とポンドが呟いた。
《女王は信仰の力をもって神に近い、
いや、ほぼ神だからな。種族など関係
無く結ばれることが可能だ。それに、
長年神として信仰された影響か、どの相手と
結ばれても子の種族はマリンリーガルズと
なる。子によっては種族の特徴差は出るだろ
うが》
「そうだったのですな! では、夜の国に
いらっしゃるマリンリーガルズは……」
《1番マリンリーガルズの血が濃い者だ。
見た目からして、マリンリーガルズと
すぐにわかる程だからな。それだけ血が
濃いから、道中に水のない夜の国まで
自力で辿り着き、川を自分の領域とし、
魚を増やすことも出来るんだ》
「……フェイルート殿はとんでもない方を
射止めたのですな」
目を丸くするポンドにチイトは続ける。
《薬もどうにかなりそうだ。
向こうも助手が出来たそうだからな》
助手に関しては言葉を濁していたが
とチイトは呟く。
《この事もパパに言うなよ。いいな?》
「わかっておりますとも。
ですが、進展があれば連絡をよろしく
お願いいたします」
《そちらもな》
電話はぶつりときれた。
ポンドは携帯をしまうと、作ったドリンクを
持って郁人のもとへ向かう。
ーーーーーーーー
「おまたせしてしまい、申し訳ございま
せん」
「大丈夫。ユーから電話してるって聞いた
から」
「そうでしたか。ユー殿、お伝えいただき
ありがとうございます。こちらドリンク
です」
「ありがとう!」
郁人は受け取り、ドリンクを飲むと
目を輝かせる。
「飲みやすくて本当に美味しい!」
「それは良かった。おかわりもございます
ので、欲しかったらいつでもおっしゃって
ください」
微笑みながらポンドも自分のドリンクを
いただく。
〔……ここって通話可能だったのね〕
ライコは呟く。
〔あの俺様人魚のことだから、音楽の
邪魔になりそうだって電話とかも
妨害すると思ったわ〕
(まだ演奏してないから問題無いと
思うけど……)
たしかにやりそうだなと思っていると
突然、肩を掴まれた。
「様子を観に来たが、いつまで食ってる。
相変わらずちんたらしてやがるな」
振り返ればいかにも不機嫌さを全開にした
エンウィディアがいた。
「エンウィディア?! いつの間に?!」
「おはようございます、エンウィディア殿。
マスターはゆっくり食べる方ですので」
「俺も知ってる。こいつのそれぐらいの
事はな」
宥めようとポンドはしたが、エンウィディア
は眉間の皺を深くする。掴まれた肩は力が
更に入っていた。
「………エンウィディアも飲む?」
不機嫌さを和らげようと郁人は飲んでいた
ドリンクを差し出す。
「……………………」
鋭くなる瞳にまだ深くなるのかと
驚くほどに眉間の皺が刻まれる。
エンウィディアは顔が恐ろしいほどに
整っている為に、怖さは倍増だ。
(えっ?! 俺ダメなことした?!)
〔飲みかけだったのが悪いんじゃない?!
なに飲みかけ渡すんだテメェみたいな?!〕
内心パニックになる郁人とライコ。
「ごめん……!! 嫌だよ……」
下げようとした手をガシリと掴まれ、
ドリンクを奪い取ると一気飲みする。
「………甘ったるい。次はもっと酸味がある
やつを用意しろ。テメエがな」
口元を乱暴に拭い、コップを乱雑に置く。
「とっとと食い終われ。練習する部屋へは
また案内をよこす」
エンウィディアは去っていった。
「………嵐のような方ですな」
「そうだな……」
ポンドの言葉に郁人は頷く。
〔……とりあえず、酸味があるやつ
作っといたほうがいいんじゃない?
あいつ、冗談言うタイプに見えないし〕
(早く食べて作ろうかな。うん、
そうしよう)
郁人はライコの言葉に同意し、食べる
ペースを早めた。
ーーーーーーーー
郁人は自作ドリンクをユーの背中に
仕舞ってもらい、エンウィディアの
スパルタレッスンに望んだ。
しかし……
「わかっていてもキツいなあ……」
肩で息をしながら、フラフラと
エンウィディアが指定した次の部屋へ
向かう。
ユーは心配そうに胸ポケットから
見ている。
〔本当にスパルタよね、あいつ。
あんたを甘やかさないようにって
黒鎧を眷属で引き止めて、あんたから
完璧に引き剥がしてるし。あいつを止める
ストッパーがいないもの〕
仕方ないわとライコは息を吐く。
ー 「あれれ~? ここに人、しかも人間が
居るって珍しいじゃ~ん」
聞き慣れない声に振り向けば、セミロングの
髪に肩を出した服と首にかけたゴーグルが
印象的な気だるげな美女がいた。
「あいつのお客さんかなあ?」
棒つきキャンディをガリガリと噛み砕き
ながら郁人へ近付く。
(背が高いな…!!)
〔英雄と同じくらいじゃない?!〕
近付くほどに背の高さがわかり、
郁人は目を丸くする。
「あのキラキラちゃんはいないの~?
頼まれてたやつ作ってきたのにさあ~。
なあ、お前。キラキラちゃん知らない~?」
腰をかがめて、郁人の顔を覗き込む。
「キラキラちゃん……ですか?」
「そうここに住んでるキラキラちゃん。
音楽やってるときが1番幸せって感じで
キラキラしてんの。いつも“ボクは不機嫌
ですので近寄らないで~“って顔してる奴。
………………………………ん?」
ヘラヘラと笑っていた顔が急変、
真顔になり瞳孔が細くなる。
あまりの急変に郁人は肩をびくつかせる。
(え?! なに?! どうしたんだ?!)
〔いきなりなんなのよ?!〕
2人が驚くなか、彼女は呟く。
「……なあ、なんでお前からねえちゃんの
気配がすんの?」
彼女は瞳孔を開きながら首を傾げる。
その様子はホラー映画の1幕のよう。
〔ひっ……?!〕
不穏な気配に郁人は後ずさりし、ライコは
声を上ずらせた。
「お姉ちゃん……ですか?
気配とはどういう……」
「なあ……なんですんだよ? なあ?」
高身長な彼女に見下ろされ、威圧感は
倍増だ。
〔明らかに様子がヤバイわよ!!
あんたの話聞く気なんて絶対ないわ!!〕
「なんでって……言ってんだろうが!!」
彼女がゴーグルをかけた瞬間、
ゴーグルが光りだした。
〔あのゴーグル、魔道具だわ!!
なにかする前に早く逃げて!!〕
ライコの焦り声が頭に響く。
郁人は逃げようと全力で走ったが、
少し遅かった。
「っ!?」
走っていると足を何かに絡まれる。
「鎖っ?!」
絡むものを見れば鎖だった。
〔彼女が具現化させた鎖よ!
彼女が持ってるもの!!〕
鎖を辿れば、ライコの言うように
彼女が鎖を掴んでおり、鎖は郁人の足を
捕らえて離さない。
「逃げんじゃねえよ! なあっ!」
「うわあっ?!」
もう1本鎖が増えると助けようと動いた
ユーごと体に巻き付き拘束し、天井に
逆さまに吊るされてしまった。
「あはっ! 吊し上げ完了〜!
ぶら下がってんのマジウケる!」
歪んだ笑みを浮かべながら郁人のもとへ
やって来る。
逆さに吊られた状況を打破しようと、
郁人は考える。
(この鎖……よく見ると氷か?
なら思いきり暴れれば割れる可能性も
あるかも?)
郁人はなんとか体を動かし、鎖をひたすら
蹴りまくる。
(こういう時、痛覚鈍くなってて良かった
って感じるな。遠慮なく蹴れるし)
〔そんな事考えてる場合じゃないわよ!!
あの子こっちに来てるわ!!〕
あわてるライコの言う通り、彼女は指を
パキパキと鳴らしながらやってきている。
「このままズタズタにしてもいいけど、
まずは気配の出所調べなきゃねー」
〔ほら! なんか物騒なこと言ってるし!!
助けを呼びなさい!! 謎の生き物も拘束
されて身動きがとれないのだから!!〕
(わかった!)
ライコはあわてふためきながら提案する。
「助けてポ……」
郁人はポンドを呼ぼうとしたが止まった。
〔え?〕
こちらに来ていた彼女が消えた。
いや、“吹き飛ばされた“。
「…………クソうぜえ」
もっと正確にいえば、エンウィディアが
彼女を“蹴り飛ばした“からだ。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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