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218話 ある人魚の経緯




   頬をつつかれる感覚に郁人は目蓋(まぶた)を開ける。


   「………ん」


   見れば生活感がない、綺麗過ぎる部屋とは

   違う。アンティーク調の部屋にいた。


   「お疲れ様。あまりのスパルタに気絶する

   ように寝たわね」


   顔を覗き込むのはユーとライコだ。

   つついたのはユーのようで、頬をなめる。

   そこで郁人は確信する。


   「ここは夢の中か……」

   「そうよ、ここは夢の中。

   こいつはさも当然のように居るけど……。

   まあ、座りなさいな」


   ライコは手を叩くと、テーブルに椅子、

   アフタヌーンティーセットが現れた。


   「今日はフレーバーティーにしたの。

   匂いで気分を和らげるといいわ」

   「ありがとう」


   郁人は席につき、紅茶を嗜む。


   「落ち着くなあ」


   柑橘系のスッキリとした香りにホッと

   息を吐く。


   「で、聞かせてほしいんだけど」

   「エンウィディアの事だな?」

   「えぇ。神をも倒した奴の話は聞きたい

   じゃない。明日は我が身かもしれないもの」


   ライコは眉を八の字にした。


   「そんな事はさせないから。

   いざとなれば、俺が盾になる。

   ……エンウィディアだから、少ししか

   時間稼げないかもしれないけど」

   「そこは大丈夫よ。あいつも立派な

   ファザコンだから」

   「……そうなのかな?」


   エンウィディアの態度を振り返り、

   首を傾げながら郁人は口を開く。


   「とりあえず、話をするな」


   郁人はエンウィディアの経緯を話し出す。


   「エンウィディアは捨て子なんだ。

   海の近くで捨てられていたんだけど、

   心優しい老夫婦に拾われたんだ。

   祖父は音楽に造詣(ぞうけい)が深く、祖母は

   ピアニストでさ。祖母の伴奏で祖父と一緒に

   歌を歌いながら幸せに暮らしていたんだ」

   「あいつは産まれてからずっと音楽と

   過ごしてたのね」

   「そうだな。エンウィディアには音楽がある

   のは当たり前だった。エンウィディアは才覚

   を伸ばしていき、時には浜辺で歌って、遊ん

   でいた。


   ー そこで名のある音楽家の目に止まる」


   そこでエンウィディアの人生が変わった

   と郁人は告げる。


   「エンウィディアの才能を見抜いた音楽家は

   自身に教えさせてほしいと志願した。

   音楽家はエンウィディアの溢れる才能に

   惚れ込んだからだ」

   「たしかにあれだけ上手いものね。

   神のあたしでさえ聞き惚れるくらいだもの」


   才能にあふれているわとライコは頷く。  

   郁人は紅茶を飲みながら続ける。


   「エンウィディアは音楽家の生徒となり、

   音楽家は自身の持てる限りの技術を全て

   教えた。結果、エンウィディアは全ての

   楽器をマスターし、作詞作曲も出来る、

   名前を知らない者はいない程の実力者

   となった。けれど、それを許さない者が

   いた」


   郁人は真剣な声色で語る。


   「音楽家の"生徒達"だ。

   彼らは自ら頼み込んでやっと生徒と

   なったお金持ちのご子息。

   けど、庶民のエンウィディアがその

   音楽家に頼み込まれ、自分達の実力を

   遥かに上回り、音楽家として成功して

   しまったからな」

   「生徒達は嫉妬や憎悪を抱いてしまった

   のね……」


   ポッと出の奴が突然何もかもを超えて

   しまったのだからとライコはこぼした。


   「難癖つけようにも、エンウィディアは

   品行方正で自身の実力を(おご)ることなく、

   常に努力していたからな。

   わからない事があれば丁寧に教えてくれたり、

   悩みがあれば親身に相談にのってくれた。

   とても優しく、見た目も綺麗なことから

   白馬の王子様と慕われるくらいにな」

   「王子様ね……今のあいつからは想像すら

   出来ないわ」


   ライコは想像しようとしたが無理だった。   


   「誰からも愛されるエンウィディアに

   生徒達が嫉妬しない筈がなかった。

   彼らはエンウィディアが妬ましくて

   仕方なかったんだ。

   音楽の神に寵愛されるエンウィディアが。

   そして……凶行に走ってしまう」


   郁人は凶行について語る。


   「生徒達はエンウィディアと会う約束をした。

   コンサートに向けて作詩作曲をしていた

   エンウィディアに息抜きに海で話さない

   かと。心遣いに嬉しくなりながら、 

   エンウィディアは海へと向かった。

   生徒達は見晴らしのいい場所へと連れて行き

   話に花を咲かせていた瞬間、エンウィディア

   を海へと突き飛ばし、海へと沈んでいく姿を

   ただ眺めた」

   「殺されてるじゃない!!」


   ライコは立ち上がり、顔を真っ青にした。


   「大丈夫なの?!」

   「大丈夫だから落ち着いて」


   落ち着かせながら郁人は話し出す。


   「死んだと確信した生徒達はエンウィディア

   が落ちてしまったと助けを呼び、生徒達は

   家の力で事故として処理させた。

   いくら探しても見つからず、悲しみにくれる

   老夫婦に友の形見を分けてほしいと言って、

   エンウィディアが書いた楽譜などを貰い、

   なんと自身が作ったとして公表したんだ。

   老夫婦は盗作だといっても、それも

   生徒達の家の力でもみ消される」

   「殺人に盗作とか……最低じゃない!」


   ライコはありえないと声をあげる。   


   「それから数年の月日が経ったある日、

   老夫婦がいつものように海辺で

   エンウィディアを探していると招待状が

   届く。それは、エンウィディアを

   突き落とした生徒達のコンサートの

   招待状だった。

   突き落とした生徒達はエンウィディアの

   楽譜でトップまで登り詰めていたんだ」

  

   エンウィディアの楽譜はとても素晴らしい

   ものだったからと郁人は告げる。


   「老夫婦は怒りを感じたが、なぜか行かねば

   ならない気がした。

   そして行ってみると、我が物顔で

   エンウィディアの楽譜を奏でる生徒達。

   老夫婦は思わず叫びそうになる。

   うちの子の形見を返せ!! お前達が

   うちの子をどこかへやったのだろ!! と。

   そう叫ぼうとしたとき、音が聞こえた」


   郁人は紅茶を飲み、続ける。


   「心を惹き付けてやまない天上の音色、

   どこか懐かしさを感じる音色が。

   音色を辿れば海を連想させる服を纏った者が

   いた。ヴェールで顔を隠されているが老夫婦

   にはわかった。それが"エンウィディア"

   だと」


   自分の子だとすぐにわかったんだ

   と郁人は告げた。


   「エンウィディアは老夫婦を見て微笑んだ

   あと、再び奏でる。それは人の心を暴く

   音色。罪を犯した者達を懺悔させる音色。

   エンウィディアを突き落とした生徒達は

   罪を告白し、罪悪感に潰されその後、

   自ら命を絶った。老夫婦の訴えを握りつぶ

   した生徒達の家の者達も全てだ。

   こうして、エンウィディアは復讐を果たし、

   老夫婦を人魚の国へ誘って家族で幸せに

   過ごしていく」


   エンウィディアはこんな感じだな

   と郁人は長く話したので喉を潤す。


   「あいつ……そんなこと出来るの?」

   「エンウィディアの音色は特定の感情、

   奥底に眠るものを暴くことができる。

   ほんのわずかにあった罪悪感などを

   増幅させ、爆発させることも可能なんだ」


   あいつは音で人の心を暴ける。

   いわゆる精神攻撃だな。

   と郁人は説明する。


   「だから、エンウィディアを突き落とした

   生徒達や訴えを握りつぶした人の感情を 

   無理やり増幅させ、自ら命を絶たせることも

   できる」

   「……それは恐ろしいわね。

   でも、あいつは突き落とされたんでしょ?

   なんで無事だったのよ」

   「エンウィディアには自身も知らない、

   ある秘密があったからだ」


   郁人は秘密を語る。


   「エンウィディアは人間と人魚の間に

   産まれた子供だったんだ」

   

   どちらの特性も受け継いだな

   と郁人は説明した。


   ライコは納得しながら、頭に浮かんだ

   疑問を尋ねる。

 

   「あいつ人魚と人間のハーフだったの。

   人魚にしては人間の気配もあるから

   不思議だったのよね……。

   でも、なんであいつは捨てられたのよ?」

   「子供の命を守るためだ。

   母親は人魚の国のお姫様、父親は病弱な

   ただの人間という交際すらも許されなかった

   2人の間に生まれたからな」


   郁人は理由を説明していく。


   「愛した人は病でいなくなり、自分1人で

   育てようにも周囲が許さず、見つかれば

   子供の命が危ない。

   だから、まだ安全な陸に逃がしたんだ」


   海は自分の親、王が目を光らせていたから

   と郁人は告げる。


   「人魚とバレないようにまじないを施し、

   優しそうな老夫婦に拾われる姿を遠くから

   見て安堵し、自身の手で育てられない事に

   涙した。それからずっと海から我が子を

   見ていた。エンウィディアは無意識で母親が

   いる海辺で遊び、奏でていた。

   母親は子供の成長に、奏でる音色に涙し、

   遠くからずっと見守っていたんだ」


   せめて見守っていたかったからな

   と郁人は呟く。


   「あのとき、エンウィディアが海へと

   突き落とされた瞬間も見ていた。

   母親は急いで助けにいき、まじないを

   解除した。そのおかげで、海でも息が

   出来るようになったんだ」

   「だから、突き落とされてもあいつは

   生きていたのね」


   成る程と納得しながら、ライコは

   紅茶を飲む。


   「あっ、でも人魚の親が狙ってたんじゃ」


   思い出したライコは顔を曇らせた。


   「大丈夫。海で奏でる音色を聞いていたのは

   母親だけじゃなかったから。人魚の親も

   聞いていたんだ」


   海で奏でていたから耳に入ったんだ

   と郁人は説明する。


   「その音色はいつしか、人魚の親すらも

   聞き惚れる、人魚の親子のわだかまりを

   解くほどの音色になっていたんだ。

   人魚の親は孫を助ける為に精鋭の医者を

   集め、治療した」


   最後に老夫婦を国へ招待出来たのも

   人魚の親子関係が修復されていたからだ

   と郁人は告げた。


   「そして、国をあげてエンウィディアの

   復讐を手伝い、あるものを渡した」

   「あるもの?」

   「王国で代々音楽が優れた者に渡される

   竪琴だ」

   「そういえば持ってたわね、あいつ。

   あれがその竪琴なのね」


   たしかに弾いていたわ

   とライコは思い出した。


   「竪琴は所有者の意思を汲んで形を変え、

   様々な楽器の音も奏でたり、響かせる事も

   可能なんだ。だから、コンサートに来ていな

   くても、復讐対象の位置を把握し、そこまで

   遠くなかったら聞かせることも出来るんだ」

   「それ……位置さえわかれば簡単に

   暗殺出来るってことよね?

   音楽家のスキルじゃないわよ……!!」


   ライコは顔を青ざめ、頭を抱えた。

  

   「ん?」 


   郁人は体に違和感を覚える。


   「……なんだろ?」


   首の辺りがくすぐったい気がした。

 

   「どうかしたの?」

   「なんかくすぐったくて」


   首を傾げているとユーが突然腹に突進して

   きた。


   「ユー?!」


   視界がぐにゃりと歪んだ。




ここまで読んでいただき

ありがとうございました!

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