214話 覚悟を決めろよ
扉を蹴り開けて入ってきたのは
エンウィディアだ。
ポンドとユーを見て、眉をしかめる。
「なんでこいつらがいる?
……あぁ、従魔だから入れたのか」
そういえばそうだったな
とエンウィディアは頭をかいた。
「不法侵入もいいとこだ。
まあ、いい。邪魔をしなけりゃな」
「えぇ、音楽の邪魔はしませんとも。
ところで、あの扉なのですが……
マスターには少々、重くてですな。
何とか出来ませんでしょうか?」
ポンドの言葉にエンウィディアは
わざとらしくため息を吐く。
「ここに馴染めば簡単に開けれる
ようになる。だから邪魔するな。
こいつに開けさせろ」
「邪魔とは酷い言い方ですな。
マスターにはとても重いのですから、
これからも私やユー殿が開けましょう」
ポンドが自身の胸に手を当て、
ユーはポンドの肩に乗り、胸を張る。
「それが邪魔なんだよ。
もう1度言うぞ、邪魔をするな」
「では、私からももう1度言いましょう。
音楽の邪魔はしませんとも」
エンウィディアは氷のような視線をぶつけ、
ポンドはにこやかな笑みで答える。
ユーもじっと見据え、受けて立つ。
(……なんでこんな一触即発なんだ?
扉がそんなに重要なのか?)
〔俺様人魚には重要なんじゃない?
あたしから言えるのは、扉は黒鎧と
謎の生き物に任せなさいってことだけ。
神殿に馴染むのは良くないわ〕
(ライコは何かわかったのか?)
わかったような口調に郁人は尋ねた。
〔断定ではないけど、なんとなくね。
あんたは歌のことを考えなさい。
俺様人魚が歌わないと国が滅ぶかも
しれないのよ?〕
(そうだな……そっちに集中しないと。
あっ、そういえば)
郁人は目先の問題に集中することにし、
エンウィディアに尋ねる。
「エンウィディアはどうしてここに?」
「そうですな。エンウィディア殿は
なぜこちらに?」
たしかにとポンドも尋ねると、
エンウィディアは舌打ちしたあと口を開く。
「ついて来い。見ればわかる」
エンウィディアはそう言うと、
さっさと出ていった。
「待って!」
「せっかちな方ですな」
郁人達は慌ててエンウィディアを
追いかけた。
長い廊下を走って追いついた
エンウィディアのあとについて行く。
「しかしながら、本当に綺麗な場所ですな。
綺麗過ぎて息苦しさを覚えてしまいます」
「たしかに……」
〔なんて言うのでしょうね?
このヒリヒリ? ピリピリ?
居たら汚してしまいそうというか……
罪悪感を覚えるというか?〕
郁人も感じていたので頷く。
(そうだ。生活感が全くないんだ。
さっきの部屋も家具はあるけど、
生活感が1つも感じられなかった)
自身が感じていた感覚に名前が
ついたことで、納得する。
「なにごちゃごちゃ抜かしてやがる。
テメェは歌うことだけ考えろ」
眉間のシワを更に深めたエンウィディアが
睨む。
あまりの冷たさに背筋が凍えそうだ。
感じ取ったユーが大丈夫と、いつもの定位置
である胸ポケットから肩へ移動しひっつく。
「マスターに歌ってほしいと言っております
が、曲などは決まっているのですかな?」
冷たい視線から庇うように前に出て、
ポンドは尋ねた。
ポンドの態度が気に入らなかったの
だろう、鋭い舌打ちをして口を開いた。
「全て決まっている。
用意が整ったから呼んだんだ。
ここに入れ」
エンウィディアが示した先には
扉が開いた部屋があった。
よく見るとメパーンが扉を開けている。
「失礼します……わあ!!」
「これは……!!」
〔なにこれ!? オペラ座じゃない!!〕
扉の先には、かの有名なオペラ座があった。
天井には大きなシャンデリアがあり、
劇場内を照らしている。
観客席もあるのですぐにでも公演が
出来そうだ。
(テレビで見たことあるけど、
あのオペラ座そのものだ……!!)
「なにボーッとしてやがる。さっさと座れ」
「うぜえ!」
見とれている2人に声をかけ、
メパーン達がその背中を押す。
「わかったから。そんなに押さないで」
そのまま席に案内され、着席した。
「すごい……!!」
「この空間だけ神殿とは違うように
思われますな!」
キョロキョロ見渡す2人の耳に、
声が聞こえる。
「劇場内では静かにしてろ。
今からはじまるんだからな」
いつの間にか舞台にいたエンウィディアは
2人に背を向ける。
「テメェら、出番だ」
同時に舞台袖からメパーンや音符海牛、
フメンダコといった様々な魔物達が
次々と現れる。
皆が持っているのはトロンボーン、
バイオリン、ヴィオラ、コントラバスと
いった楽器だ。
グランドピアノにはメパーンが待機
している。
「もしや……」
ポンドが思わず呟く。
エンウィディアは指揮棒を持ち、
こちらにお辞儀すると再び背を向ける。
指揮棒が高らかに振るわれた。
ー 瞬間、オペラ座は別の空間と化す。
旋律に心が揺さぶられ、オーケストラは
1つの世界を産み出し、 郁人達を世界に
呑み込んでいく。
息をするのも忘れてしまうほど、
瞬きを忘れてしまうほど、
惹き付けられ、魅せられていく。
〔すごい……! もう言葉では表せないほど
本当にすごいわ……!!〕
ライコはエンウィディア達が紡ぐ
音楽の世界に惹き込まれる。
(………このメロディ)
音楽の旋律が郁人の心をざわつかせた。
このメロディは幼い頃、音楽を心から
楽しんでいたときに歌ったことがある。
あるコンクールにて、賞をとった、
恩師に感謝をこめて歌ったもの。
賞をとった郁人の頭を笑顔で撫でて
くれたのに。
本当は歪みに歪んだ形で受け取られた、
悲痛のメロディ。
『あたしはあの上の子がムカつく!
全てがもう苛立たしいのよ!』
恩師の歪んだ顔が浮かび上がる。
トラウマをえぐり、染み込み、染み渡る。
自然とポロポロと涙がつたう。
(……気にしてないはずなのに。
なんで……もう忘れたはずなのに……
どうして……?)
疑問がぐるぐると頭を巡る。
<テメェはまだ引きずってんのかよ>
頭にエンウィディアの呆れ声と
ため息が聞こえた。
<テメェは音楽から離れた生活を
していたからな。
筝を引いたとはいえ、それは長え
ブランクだ。
だから、今から音楽と共にある生活を
させる>
郁人の意見は求めない、反対など許さない
というエンウィディアの意志が声から
わかる。
<それと、前に歌っていたがなんだ
あの声は?
蚊が飛んでるかと思ったぐらいだ。
もっと腹から声を出しやがれ。
あれが子守唄とか、烏滸がましいにも
程がある>
後ろを向いているはずなのに、
今にもガンを飛ばしているようだ。
<この俺がテメエをきっちり
調律してやるんだ。
あんなもんで俺が歌を聞いたと
思うんじゃねーぞ>
いいな? とうなるエンウィディア。
エンウィディアの圧に郁人は思わず頷く。
<公演が終わり次第、発声練習だ。
他にも楽器に触れて、テメェの勘を
取り戻す。
俺はフェロモン野郎みてえに甘く
ねえからな?
きっちり骨身に染み込ませてやる>
演奏が終わったのだろう、指揮棒を
下ろした。
エンウィディアは振り向き、笑う。
<覚悟決めろよ、クソ奏者>
その笑みは魔王のように、逆光が
似合うものであった。
凍りつきそうな笑みに郁人は固まるしか
なかった。
〔………………演奏は優しいのに、
笑みで相殺どころか怖くなったわ〕
音楽の世界から強制的に目覚めた
ライコは思わず呟いた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
面白いと思っていただけましたら
ブックマーク、評価
よろしくお願いします!
ーーーーーーーーーー
「あの俺様人魚、あたしの考えが
合ってるなら厄介だわ」
一時的に郁人との通信を切ったライコは
自室で呟く。
「神格が高いから出来ることだけど、
どれだけあいつがほしいのよ」
恐ろしいわとライコは息を肩を抱く
「神殿で生活することになったのが
痛いわね……。
黒鎧と謎の生き物がカバーしてくれてる
から大丈夫そうだけど……。
てか、なんでカバー出来るのよ。
黒鎧は加護があるっぽいからわかるけど
謎の生き物は本当になんでなの?」
猫被りはなにを混ぜたのよ
と頭を抱える。
「とりあえず、あいつに自覚させたら
駄目ね。意識したら急速に馴染んでしまう
わ。あたしも出来る限りカバーしないと」
ライコは気合を入れるため、両頬を叩く。
「ドラケネスに出たドラゴンと似た気配に
ついても調べて、あいつを出来るだけ
カバー!
仕事が増えたけど、プリグムジカ滅亡を
防ぐためだもの……気合入れろ! あたし!」
ライコは気を引き締めた。




