211話 海中神殿
メパーンが御者する馬車は悠々と海中、
下へと進んでいく。
郁人は馬車の窓から外を眺めながら呟く。
「街から離れているような……」
「あいつ、街が五月蝿くて嫌だから
遠くに拠点置いてるんだよ」
「そうなのか。だが、遠くとなると
あれがあるから拠点を置けないだろ」
「あれ?」
篝の言葉に首をかしげる郁人に
ジークスが口を開く。
「彼が言っているあれとは“海中神殿“の
ことだ」
「海中神殿?」
きょとんとする郁人にジークスは説明する。
「この海はマリンリーガルズ以外に
祀られている神がいるそうだ。
その神を祀っているのがその海中神殿
なんだ」
「なるほど。そうなんだ!
どんな神様が祀られているんだ?」
「俺が説明しようと……!!」
「以前からジークス殿は説明するのを
楽しんでおられますからな」
苛立つ篝をポンドが宥める。
そんな篝をよそに、ジークスは
祀られている神について説明する。
「海中神殿に祀られている神は荒ぶる海の神
と呼ばれ、怒りに触れると嵐を起こす。
ゆえに、怒りを招かぬよう近くには家を
置かないように決められていると聞いた
ことがあるのだが……」
「あいつがその神殿に住んでるから
問題ない」
「え?」
「ん?」
「は?」
「なんと?!」
チイトの言葉に郁人達は目を見開く。
「あいつは静かな場所が好きだからね。
国から離れたところにあった海中神殿を
破壊して、自分好みに新しく作り直した
そうだよ」
あっけらかんと告げるチイトに篝は
問い詰める。
「なに罰当たりなことをしている?!
その神に目をつけられるぞ!!」
「そこも問題無いようだぞ。
その神をあいつが取り込んだからな」
「………………………へ?」
郁人は思考停止し、全員が口をポカンと
開ける。
〔ちょっと待って!! あの神が音信不通に
なったのって、それが原因なの?!〕
声からライコは血相が変えたことが
わかる。
停止していた郁人はなんとか口を開く。
「チイト……取り込んだって……」
「正確には、神の"力"を取り込んだと
いうべきかな?
なんでも、決闘することになって敗者は
勝者に力を取り込まれるって決めた
そうだよ。それで、あいつが勝ったから
力を取り込んだんだって」
説明するチイトは眉をしかめる。
「は? 勝手に調べた挙げ句話すなと?
貴様にとやかく言われる筋合いは無い」
チイトはエンウィディアと話しているのか
舌打ちする。
〔取り込んだって……ようするに
神の力を……奪ったってこと……?!
だとすれば、音信不通になったのも
納得がいくわ……〕
ライコは声を震わせる。
〔だって、神の力を奪われたってことは
神の座を奪われたってことだもの。
じゃあ、あのエセ王子は神な訳?!
いや、でもあたしみたいに正式に
認められてないから神なのはこの世界
限定だし、神になろうともしてないから、
神とは呼べないわね。
でも、まずどうやって勝ったの……?!
あの神は戦闘に特化していた
神なのよ……!!〕
自分の憶測を呟きながらガタガタと
歯を鳴らすライコ。
全員の気持ちを代弁するように、
ジークスが尋ねる。
「神相手に勝つとは……本当なのか?!」
「本当だ。あいつ、取り込んだ力で
メパーンや音符海牛といった多種多様な
モノを従えている。神の力を利用してな」
「では、エンウィディア殿は神なの
ですかな?」
ポンドの質問にチイトは首を横に振る。
「いや、あいつは神だと自認して
いないから神とは呼べない。
が、力はあるから強いていうなら……
神(仮)か?」
「本当に倒したのか、エンウィディアは?」
信じがたいなと告げる篝にチイトは告げる。
「あいつが荒ぶる神を倒した証拠はある。
あれを見た方がわかりやすいな。
パパ! あれ見て!」
チイトは窓の外を指差す。
「………あれって」
指差す先に、誰も寄せ付けない雰囲気を
まとった神殿があった。
神殿の上にはエンウィディアの
頭上にある天使の輪のようなものが
存在し、壁などには音楽をモチーフに
したデザインが散りばめられている。
ひと目で誰の神殿なのか、エンウィディアを
知っていれば簡単にわかるだろう。
「神殿はそこに存在する神を体現すると
読んだことがあるが……。
あの建物からして、彼がいるのは明らか
だな」
「マジで倒しやがったのかよ……」
ジークスは目を見開き、篝は声を震わせた。
〔英雄の言う通り、神殿はそこに
存在する神を体現しているわ……。
本当に……取り込んだのね………〕
(もしかして……ライコの友達だった
のか?)
〔いいえ。この世界の担当になったときの
挨拶と苦情の際に顔を合わせたぐらいよ〕
そこまで親しい関係じゃないわ
とライコは呟く。
〔でも……あいつの実力は噂に聞いて
いたから。まさか……あいつが負ける
なんてね〕
(………エンウィディアがごめん。
謝ってすむことじゃないけど……。
本当にごめん……)
謝ることしか出来ない郁人は言葉に
心を込める。
〔あんたが謝ることじゃないわ。
調べたら、戦うことになったのは
あっちから持ちかけたみたいだし。
負けたらどうなるかも、神側が決めた
みたいだもの。
………あたしも取り込まれたりするの
かしらね?〕
(大丈夫。そんなことさせない。
全力で阻止するから)
弱音を吐くライコを郁人は大丈夫だと
鼓舞した。
〔……そうね。あんたが居たら大丈夫だわ〕
いざとなればお願いねとライコは告げた。
「パパ! あの神殿あいつのものだから、
大丈夫だよ! 罰も当たらないから!
それにあの神殿は……」
「………さっきから本当にべらべらと」
エンウィディアの声がした。
脳内にではなく、直接、はっきりと。
見ると御者の隣にエンウィディアが居た。
眉をしかめていかにも不機嫌だ。
エンウィディアは馬車に乗り込むと、
チイトを睨みつける。
「テメエの口は閉ざすことを知らないのか?
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ発情期の
猫みてーにうるせーんだよ。
なんなら俺が今からその減らず口を
永遠に閉ざしてやろうか?」
吹雪のように凍てつく視線に対し、
チイトは鼻で笑う。
「貴様のようなプライバシーすら
守らない、盗み聞きが得意な変態野郎に
言われるとは心外だ。
しかも、永遠に口を閉ざすだと?
やれるものならやってみろ?
パパの前で赤っ恥を晒すだけだ」
空気が明らかに冷たくなり、睨み合い、
火花をバチバチと散らし合う。
「おい! 止めた方がいいんじゃ
ないか?!」
篝が頬をひきつらせるが、郁人は
大丈夫と肩を叩く。
「これ、2人なりのコミュニケーション
らしいよ」
「見ているこちらはヒヤヒヤするものだが」
「だから大丈夫です、篝殿」
「…………慣れろってことかよ」
片眉をしかめながら、篝は髪を片手で乱す。
「それにテメエらはわざわざ俺が
予約してやったホテル行きだ。
神殿に行くのはこいつだけだが?」
エンウィディアは郁人の手首を掴む。
「そうなのか?!」
目を丸くする郁人にエンウィディアは
ため息を吐く。
「この俺が雑音だらけのクソみてえな
街に行って、テメエが歌うのを待つ訳が
ねーだろ」
「俺は承諾してないが?」
睨み付けるチイトにエンウィディアは
わざと眉をあげて、首をかしげる。
「テメエの許可なんざいる訳ねーだろ?
それに、テメエだってこいつの歌を
聞きたいんじゃねえか?」
「たしかに、パパの歌は聞きたいが……」
「なら、そういうこった。
じゃあな。テメエらはホテルで
くっちゃべってろ」
チイト達に中指を立てたエンウィディアは
郁人を連れて水の泡となり消えていった。
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神殿の外廊下で待つエンウィディアは
舌打ちをする。
「あのクソうぜえクソ反則野郎!!
人のことベラベラ説明しやがって!」
エンウィディアは外廊下の柱に怒りを
のせた蹴りを見舞う。
蹴りを受けた柱はヒビが入り、壊れそうに
なったがメパーン達が急いで修理し、
もとに戻す。
1匹のメパーンがエンウィディアを
抗議する。
「うぜえ!」
「あ? この程度の蹴りで壊れかける柱が
悪いんだろうが。
……俺が神だと認めれば、強度は上がる?
ハッ!俺は神になるつもりはねえよ。
ごちゃごちゃ鬱陶しいからな。
神の力で音楽を奏でているとか
あいつにふき込むクソ野郎がいたら
潰したくなる……!!」
音楽は俺の実力、努力の結果だからな
とエンウィディアは呟く。
「音楽は俺の血肉そのもの。
全て俺の才能と努力で培ったものだ。
神なんかの力じゃねえんだよ」
「うぜえ!!」
「あ? じゃあ、なぜ力を放棄しないかだ?
周囲の静けさを保つために最適だからだ。
あそこの奴らがこっちに押しかけれねえように
しているし、今海中を漂う気色悪い呪も
退けれられるからな。
まあ、あいつをそばに置くにも利用できるが」
エンウィディアは獰猛な笑みをみせる。
「ん?待てよ。
なぜあいつらも一緒に神殿に
来ようとしてやがんだ?
……迎えに行ってやるか」
クソ面倒くせえと頭をかいた
エンウィディアは馬車へと転移した。




