210話 海で1番有名な魔物
チイトの声が聞こえた郁人は見上げる。
「……………!?!?!?!?」
そして、言葉を失った。
〔いやあああああああああ?!?!〕
ライコは悲鳴をあげた。
「……どういう状況なのでしょうか?」
ポンドは頬をひきつらせた。
なぜなら……
「パパー! 迎えに来たよー!」
チイトが乗っていたものが“クラーケン“
だったからだ。
壊れた天井から見える、黒い太陽。
いや、大きな瞳をギョロつかせ、触手は
残された天井が邪魔だと紙をちぎるように
ベリバキと壊していく。
「大丈夫? 怪我してない?」
そして、チイトは郁人のもとへ飛び降り、
難なく着地した。
「うん。大丈夫だけど……
チイト、その……大きな魔物は……」
「うん! クラーケンだよ!
パパがあいつのに連れていかれたから。
こいつで追いかけたんだ」
見た目の割に速いんだよとチイトは
無邪気に笑う。
「………死にかけた」
「三半規管がえぐれるかと思ったぞ」
真っ青な顔のジークスと篝は別の触手から
落とされる。2人の気分が悪そうだが、
着地は難なく出来た。
〔意外ね。猫被りなら置いてきぼりに
しそうなのに〕
<連れてこないとパパが心配するからな>
仕方なくだとチイトはため息を吐いた。
「まさかクラーケンに乗る機会が来る
とはな……」
ジークスはハハハと乾いた笑いが漏れる。
「出てきた瞬間、夢かと思った」
篝は口元を押さえながらうめく。
「チイトとクラーケンは仲が良いのか?」
「良いというか、こいつ俺の従魔だよ。
契約してほしいって言ってきたからね」
「そうなんだ?!」
「………誰とも契約しない孤高の存在と
聞いていたのですがな」
目を丸くする郁人、ポンドは常識が
また壊れたと目が死んでいく。
〔あり得るかああああ!!!!
クラーケンは契約なんて出来ない
存在として、認識されているのよ!!〕
声から頭をかきむしるライコの様子が
目に浮かぶ。
ふと、郁人は気になった。
「……前にクラーケン食べたけどさ。
それってもしかして……」
「こいつの手足だよ。他のでも良かったん
だけど、味見してこいつのが1番美味しかっ
たから」
「やっぱり!!」
勘が的中した郁人は頭を抱える。
クラーケンは郁人に触手を伸ばし、
肩を叩く。
「美味しかったか聞いてるよ」
「………美味しかったです、とても」
キラキラした瞳でクラーケンに
見つめられた郁人は正直に答えた。
〔ちょ?! 正直に言ってよかったの?!〕
(だって、美味しかったか気になってた
みたいだから……)
郁人の答えを聞いたクラーケンは
体をゆらゆらと震わせる。
「……怒ってるのか?」
「ううん。歓喜にうち震えてるみたいだよ。
まあ、パパに褒められたんだから当然
だよね」
チイトは胸を張ると、ハッとする。
「そうだ! パパまた食べる?
今から食べるなら斬るけど」
「いや、今はいいかな」
ヨダレを垂らすユーを抱っこして
隠しながら、郁人は遠慮した。
「……それより、そのデカブツを帰せ。
大混乱だぞ、あれ」
篝は観客を指差す。
「なぜクラーケンがっ!?」
「領域からは出ないはずじゃ!?」
「クラーケンを従えているのは……
もしかして"歩く災厄"かっ?!」
「いやああああ!!!!」
見てわかる程に観客はパニックに陥り、
バタバタと気絶者が増えていく。
「海の魔物で1番有名なクラーケンを
目にしたら当然だろう。俺も見た瞬間、
固まってしまったからな一部は、彼を
見てだが……」
ジークスは頬をかきながら告げた。
「あの、チイト。みんな怯えてるから、
クラーケンを……」
「たしかに、うるさくなったもんね。
でも、機会があれば1回は乗ってみよう!
クラーケンはとっても速くて、乗り心地も
良いんだ! 」
「うん。わかった」
無邪気にはしゃぐチイトの頭を撫でながら
了承した。
「よし。一旦、戻れ」
チイトが指示するとクラーケンは頷き、
煙のように消えた。
「速っ?! もう戻ったのか?!」
「まあね。あの機動力があったから、
契約してやったのもあるし」
戻ったのを確認したチイトは郁人の
腕をとる。
「じゃあ、パパ! あいつが予約した
ホテルに行こ!」
「待って! 天井の穴とかは……」
「いつの間にか直っておりますな……」
口をポカンと開けたポンドは見上げている。
郁人も見上げると綺麗に直っていた。
「本当に直ってる?!」
「クラーケンが直していったんだよ。
あいつ、再生魔法使えるから」
「再生魔法だとっ?!」
再生魔法の言葉にジークスは目を見開く。
郁人は聞き慣れない単語に首を傾げる。
「再生魔法?」
〔物を壊れる前の状態に戻すことが
出来るとてもすごい魔法よ。
あの軍人が預けられてる国宝のネックレスに
込められてる魔法が近いわね……。
あれは時間制限ありの無機物限定
だけど……〕
でも……とライコは続ける。
〔再生魔法は今は無き古の魔法。
かなり貴重なものよ。無機物だけじゃなく、
身体すらも再生することが出来るのだから〕
(身体も……!?)
息を呑む郁人にチイトは話す。
<たしかに、クラーケンの再生魔法は身体も
再生出来る。あいつの触手奪ったときも、
自分で再生してたし。
でも、再生魔法はあいつも……>
ピタリとチイトは固まった。
「…………………」
眉間にシワを寄せ、不機嫌になる。
その様子に郁人は声をかける。
「どうした?」
「…………パパ、あいつが連れて来いって
うるさくて」
眉をしかめるチイトに郁人は尋ねる。
「うるさいって?」
「エンウィディアだよ。
あの地獄耳、さっきから五月蝿いんだ」
「五月蝿いとは?
エンウィディア殿はここには
いらっしゃいませんが?」
「声は聞こえないが……」
「あの観客も去ったから俺達しかいないぞ」
不思議そうな郁人達にチイトは説明する。
「あいつは声を届けたい奴に直接
届けることが出来るんだよ。
だから、俺の耳にあいつがずっと
グチグチねちねち言ってるのが
聞こえている。
は? 事実を述べただけだろ?」
指で耳を塞ぐも聞こえているようで、
チイトは顔をしかめながら、
エンウィディアに反論している。
ジークスも質問する。
「その範囲はどこまでなんだ?」
「あいつが聞こえる範囲ならどこでも
可能だ。あいつは音で位置を把握し、
そこから声を届けられるからな。
だから、こっちが遮断しない限り、
どこまでという制限は無いに等しい」
「…………えげつないな、それは」
篝は範囲に額に汗をかく。
〔それ位置把握されてたらどこにいても
会話可能ってことよね?! どうなってる
のよあいつ?! どれだけ聞こえるのよ!〕
ライコは呆然とする。
「あいつ本当に五月蝿い!
パパ! 迎えが来てるし、早く行こ!」
チイトが郁人を連れて向かう先に、
メパーンが馬車の手綱を持って待っていた。
馬の下半身は魚の尾ひれがついており、
エラもあることから魔物だとわかる。
「この魔物はケルピーか?
海にもいるとは珍しいな」
「この馬車、とても綺麗ですな。
女性が好みそうな感じがします」
「メパーンが御者をするのか」
感想を言うジークス、ポンド、篝の
背中をチイトは蹴飛ばす。
「さっさと乗れ。パパも乗ろうね!」
「わかった」
郁人は勢いに圧されるまま馬車に乗った。
メパーンは全員が乗ったことを確認する。
「うぜえ!」
メパーンは器用に蹄で握った手綱を
上から下に叩くと、馬を走らせた。
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エンウィディアは鋭い舌打ちをし、
チイトにスキルで伝える。
「何ちんたらしてやがる。
とっとと、あいつを連れて来い。
あ? なにがねちねちだ?
テメェがさっさと連れて来ねえから
こっちが時間を割いて話してやってるん
だろうが?」
一足先に自分の場所へ戻っていた
エンウィディアは眉にシワを寄せた。
「なにも制限なしで聞こえて、声を届けれる
訳じゃねえよ。
こっちは集中しねえと雑音から特定の音を
聞き出せねえからな。集中すんのも大変
なんだ。テメェの反則級と一緒にすんじゃ
ねえ。オイ! 説明すんならキチンとしろ!
あいつが変に勘違いしたらどうすんだ!
オイッ!」
エンウィディアは目を吊り上げるが、
チイトは聞きやしない。
「クソっ! あのうぜえ反則ガキ野郎!!
……ん? なんだ?」
エンウィディアはメパーンに裾を
引っ張られる。
「……そうか。家具の配置も出来たか。
加湿もしとけ。のどを傷められては困る」
「うぜえ!」
エンウィディアの言葉にメパーンは
敬礼したあと、戻っていった。
「……ついでに、確認しといてやるか」
エンウィディアは舌打ちしたあと、
部屋へと向かった。