209話 プリグムジカ
郁人達の見つめる先には驚きの光景が
あった。
ー 大きな珊瑚に覆われた美しい国だ。
珊瑚の中の国は西洋の街並みを再現している
ようだが、海藻が生えていたり、珊瑚で出来
た壁があったりする。住人は魚達に混ざり、
上半身が人で下半身が魚の典型的な人魚が
いれば、完全に人型だが、よく見れば魚の
特徴が見られる人魚が自由に泳いでいること
から、地上とは違うことがわかる。
大きな珊瑚は淡く光っているので太陽光が
差し込まなくても明るく、水がキラキラと
輝き、ゆらゆら揺れ写真に納めたくなる程
のとても美しい光景だ。
「あそこがプリグムジカですな!!」
「本当に海の中に国がある……!!
しかもすごく綺麗!!」
郁人とポンドは歓声の声を上げた。
「あの建物なんだろ?」
「とても豪華な建物ですな」
特に目を引くのは中央に存在する
バロック調の建物。
たくさんの彫刻が彫られ、珊瑚に真珠と
海でとれる宝石がふんだんに使われている。
しかし、けばけばしくはなく、上品な印象を
与え、作り手の技量とセンスが伺える立派な
建物だ。
〔あれはプリグムジカが誇るコンサート
ホール“パール座"よ。
あそこでメインを張れるのは最大の名誉
とも言われているわ〕
(そうなんだ! それにしても、
プリグムジカって綺麗な国なんだな!)
海の中にある国って、まさにファンタジー
って感じだ! と郁人は目を輝かせる。
〔ちなみに、本来の行き方は上にある、
プリグムジカの港と呼ばれる"水の都"
"ティアマット"を介さないと入れない
のだけど。こいつらが許可とってるから
大丈夫みたいね〕
(許可?)
〔入るにはマリンリーガルズの許可が
いるのよ。プリグムジカはマリンリーガルズ
が治める国でもあるから〕
人型が国を治めていない珍しい国ね
と、ライコは郁人に説明する。
〔マリンリーガルズが居るから海の魔物に
襲われずに国の人々は暮らしていけるの。
あの国を覆う珊瑚だってマリンリーガルズが
使役しているのよ。だから、海中でも明るい
のはマリンリーガルズのおかげ。
だから、マリンリーガルズは国民に尊敬
されているわ〕
(そうなんだ! 夜の国で見たことあるけど
すごいんだな! マリンリーガルズ!)
そんなすごいことしてるんだな!
と郁人は目をぱちくりさせた。
〔よく夜の国に移動するの許したなと
思ったけどね。それに、マリンリーガルズは
神として崇められていたりもするわ。
だから、プリグムジカでは歌や演奏は
マリンリーガルズに捧げられるものでも
あるの。マリンリーガルズは音楽が大好き
だから〕
(そうなのか……)
説明を聞いている郁人にポンドが声を
かける。
「マスター、気のせいだと思いたいの
ですが……メパーン殿達、あの建物に
このまま突っ込んでいきそうですな」
「え?」
ーーーーーーーーーー
プリグムジカが誇るコンサートホール
“パール座“。
マリンリーガルズに音楽を捧げる場、
音楽家を目指す者なら誰もがその舞台に
立つことを憧れる場。
その舞台にただ1人、男が竪琴を奏で、
歌っていた。
天上のメロディに誰もが聞き惚れ、
あまりの素晴らしさに涙を流す。
今までの苦楽は流れていき、この歌を
聞くために生きていたのだと、そう感じて
しまう。
それほどまでに素晴らしい天上の歌声、
至高の音楽だ。
歌が終わると割れんばかりの喝采が響く。
「……………」
普段なら、奏でるとすぐに男は舞台袖に
引っ込むのだが今日は違う。
伝える事があると、舞台に居る。
その男を慕う女性達はいつもより見つめ
ていられると心の中でガッツポーズする。
男の美貌は人を惹きつける、とても神秘的
なものだ。
ー 音楽で耳を、姿で目を、全てで
心を奪うもの。
男を表現するなら、この言葉がぴったりだ。
神の寵愛を受けた証だと言われても
過言ではない、青色の天使の輪のような
ものが頭上にある。
マリンブルーの髪に陶磁器のような肌。
人型で足もあるのだが、その両頬に
エラらしきものがある事から種族は人魚
だとわかった。
その瞳は満月のように妖しくも美しい金色。
青と白を基調とした、カッチリとした服装の
とても美しい青年だ。
男は人嫌いなため、演奏が終わればすぐに
去る。それが、今はまだ舞台に居るのだ。
男の一挙手一投足を観客は見つめる。
「………」
視線を一身に受ける男は鋭い舌打ちをした。
「エンウィディア様。本日はお伝えしたい
ことがあるとお伺いしたのですが……」
「……そろそろだな」
男、エンウィディアは天井を見つめると
後方に下がった。
「エンウィディア様?」
突如、天井から轟音が響き渡る。
「「「うぜえー!!」」」
メパーンの群れが天井を壊して入って
きたのだ。
天井の崩落により、怪我人が出るかと
思ったが、破片は全て浮かび上がって
いるので問題は無い。
「本当に突っ込んでいったー?!」
メパーンの群れに乗る青年、郁人は叫んだ。
「メパーン殿達が壊しても破片が
飛ばないようにしておりますな。
本当に器用なメパーン殿達ですな!」
ポンドはすごいと手を叩く。
「きゃああああ!!」
「天井がっ……!!」
「どうしてメパーンがっ!!」
観客は何事かと大混乱。
破片は落ちてこないのにぶつかったと
叫び、出口へ人が集い、ドミノ倒しが
起きたりとパニックだ。
エンウィディアはため息を吐くと、
竪琴を出現させて奏でる。
「本当に美しい……」
「心が洗われるわ……!」
音色が耳に入った途端、観客はぴたりと
止まり、聞き惚れる。
「……綺麗」
「…………」
〔……とても落ち着く、素敵な音色ね〕
郁人達も聞き惚れ、目をつむる。
メパーン達は音の邪魔をしないように、
ゆっくりエンウィディアの前に降り立つ。
「うぜえ」
メパーン達はエンウィディアにペコリと
頭を下げる。
「時間通りだ。よくやった」
演奏を終えて声をかけたあと、
エンウィディアはカツンと靴音を
響かせながら近づき、郁人の襟首を掴み、
持ち上げる。
ー 「お会いできて光栄だ、
クソ奏者様?」
皮肉をたっぷり含んだ言葉に、口の端を
上げて見下す笑みを見せる。
「………………エンウィディア?」
郁人は口をポカンと開けた。
あまりの違いに驚いたからだ。
(エンウィディアはいつも優しい笑みを
絶やさない、白馬の王子様系に設定した
筈……?!)
〔あんたの設定と違うじゃない!!
王子ではなく、あの笑みは間違いなく
魔王系よ?! どこが王子様系?!〕
ライコも声をあげてしまうなか、
エンウィディアは観客に宣言する。
「次に行われるデディケイト・マーレイ、
俺は出ない。他に当たれ。
こいつが俺の前で歌わねえ限り、俺は
舞台に立つこと、演奏することはない。
こいつが歌わなければ……
今回が"最後"の公演だ」
エンウィディアは郁人を落とすと、1匹
だけ残し、他のメパーン達を引き連れ
去っていった。
「―――――――!?!?!?!?」
エンウィディアが去った後、観客達は
阿鼻叫喚。
泣き叫ぶ者や気絶する者、早くこの事態を
伝えねばと飛び出す者、そして、郁人に
詰め寄る者と反応は様々。
「どういう事なの?!」
「あなたが歌わないと……もうあの方の
歌が聞けないなんて!!」
「歌うなら早く歌ってくれ!!」
「この国が滅んでしまう!?」
「あの方の演奏は世界の宝!!
それを失っていいのか!!」
「いいから歌えよ!!」
「あの、俺にも何がなんだがさっぱり
でして……」
「マスター!!」
大勢に詰め寄られる郁人をポンドは
人の波を割って入り込む。
「大丈夫ですかな!」
「うん。ありがとう」
郁人を担いで詰問から守り、ユーは
結界を張って人の壁から守りに入る。
(なんでこんな事に……?!)
急展開についていけない郁人は目を回す。
「パパ! 大丈夫!!」
チイトの声とともに、なにかがぶつかる
音がした。
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夜の国にて……
「珍しい。君が顔を出しているとは。
故郷、プリグムジカが恋しくなったのか?」
フェイルートは花に囲まれた池から
顔を出すマリンリーガルズに声をかけた。
マリンリーガルズは首を横に振り、
フェイルートをじっと見つめる。
「成る程。故郷で謎の病が流行していると
噂になっていたから心配なのか。
君の母親も対策に力を入れているから、
そこまで悪化はしてないようだが
治る兆しが無いのも確かだ。
……連絡を入れるのはどうだ?」
フェイルートは尋ねるが、
また首を横に振り、池に戻っていった。
「心配なら心配だと言えば楽だというのに。
彼女は意地っ張りなところがある。
……そういえば、ナデシコから我が君が
プリグムジカに向かう予定だと聞いたな。
あいつが招待したと聞いたが」
顎に手をやり、フェイルートは考える。
(あいつは素直じゃないが、
我が君を大切に思っているのは確かだ。
その病があるのに招待したとなれば、
我が君が病にかからないと判断している。
となれば……)
推測し、フェイルートはため息を吐く。
「あいつが側にいるから大事なことには
ならないと思うが、連絡が来たらすぐに
出れるようにはしとくか」
フェイルートは呟くと、旅館へと戻って
いった。




