207話 海へと落ちる
潮の匂いがより一層濃くなる。
郁人が海水に足を浸ければ、色鮮やかな
魚がちょっかいをかけに来た。
「ここの魚は人懐っこいんだな」
岩礁に座りながら足を浸ける郁人は
くすぐったそうだ。
〔ここで悪さをする奴はいないからよ。
ここの海はクラーケンの領域であり
海神様と呼ばれるマリンリーガルズの
領域でもあるから〕
(そうだったのか?! 領域が同じだから
喧嘩したりしないのか?)
〔海を汚すことはお互いしないから、
気にしてないみたいね〕
(そうだったのか。そんな海に足を
浸けても良かったのか?)
〔それは大丈夫よ。海の生き物を傷つけ
なければ、泳いでも良いみたいだから〕
(良かった……)
ホッと郁人は胸を撫で下ろす。
そんな海でユーはスイスイ泳ぎ、
クロール、背泳ぎを披露している。
〔あの小さな手足でどうやってるの?〕
(泳いでる姿も可愛いなあ)
泳ぐ姿に和んでいると、急に暗くなった。
「イクト。日差しに当たり過ぎるのは
良くない。日焼けでもしたら大変だ」
振り返ると日傘を差したジークスがいた。
郁人が日に当たらないようにしている。
「日焼け止めは塗ったから大丈夫だぞ」
「塗っていたとしても、日に当たり
続ければ、熱中症などになる可能性
だってある。水分もとったほうがいい」
ジークスはポーチから水を取り出し、
手渡す。
「先程より日差しがキツくなって
いるからな」
「ありがとう」
郁人は水を受け取り、飲んだ。
ジークスは続けて、日焼け止めを渡す。
「日焼け止めもこまめに塗ったほうが
いいぞ」
「なにからなにまでありがとうな」
フタを開ければ、ほんのり甘い、
安らぐ香りがする。
塗りながら郁人は感想を告げる。
「落ち着く香りだな。甘過ぎないし、
良い香りだ」
「気に入ってもらえて良かった。
他にもあるから、使いたいときが
あれば教えてほしい」
頬をゆるめながらジークスは他の種類を
出した。
「ジークスは使わないのか?」
「俺はもう焼けているからな。
全て君用に買ったものだ。遠慮なく
使ってほしい」
「それ全部?!」
次から次へと出てくる日焼け止めに
郁人は目を丸くした。
「まだあるぞ? カタログから君が
使いやすそうなものは全て購入したからな」
「………自分のを買おうな、ジークス」
自慢げなジークスに郁人は思わず
額に汗をかいてしまう。
〔あんた、どれだけ貢がれてるのよ〕
(ジークスの様子から他にもいっぱい買って
るようだし。自分に使ってほしいな……)
郁人はジークスに日焼け止めを返す。
「日焼け止めもありがとう。
日傘も差しっぱなしは疲れるだろ?
俺が持つよ」
「大丈夫だ。これぐらい大したことはない。
君は泳がないのか?」
日傘で郁人を日射しから守りつつ、
ジークスは隣に座る。
「俺はいいかな。泳げないし……」
〔泳げなかったのね、あんた〕
(水死体みたいに浮かぶのは出来るけど、
息継ぎがどうしても出来なくて……)
〔ファザコンや過保護が暴れそうだから
水死体はやめなさい〕
断言したライコは、想像したのか声が
震えていた。
「そうだったのか。
もし、練習したいときは教えてほしい。
協力しよう」
「ありがとう。心強いよ」
感謝を述べていると、海面からメパーンが
顔を出す。
この海が安全かどうか念のため確認して
いたのだ。
「あっ、メパーン。どうかしたのか?」
「うぜえ……」
メパーンは手に持っていたものを
郁人に投げる。
「ぐっ?!」
見事顔面キャッチした郁人は投げられた
ものを見てみる。
「イクト?! 大丈夫か?」
「大丈夫だ。これは……ナマコ?」
投げられたものはブヨブヨとしており、
色が極彩色で輝いている。
〔綺麗だわ。まるで宝石みたい〕
「それは音符海牛だよ」
フラワージェラートを持ったチイトが
後ろに立っていた。
フラワージェラートにつられたユーは
海から飛び出し、1つ貰っている。
「音符海牛?」
「プリグムジカでは楽器を作るのに、
こいつの吐く魔石が必要なんだ。
だから、音符海牛って言うんだって。
極彩色に輝いているから、誰かに
飼われているね。ほら、パパにも」
「そうなんだ。ありがとう」
チイトは説明しながら、ジークスとは
反対、郁人の隣に座る。
郁人は音符海牛を膝に乗せ、
フラワージェラートを受け取った。
「ジークスのは?」
「パパが気にするだろうから持って
きてるよ」
長いため息を吐きながら、チイトは
ジークスにフラワージェラートを
浮かせて渡す。
「感謝する」
ジークスは礼を告げ、フラワージェラート
に口をつける。
郁人もフラワージェラートを
スプーンで掬い、口に入れる。
「美味しいっ!」
フラワージェラートはマンゴーを
主体としたもののようだ。
マンゴーのすっきりとした酸味と
甘さが口の中に広がる。
「人気があるの本当にわかるな!!
すごく美味しい!」
「そうだな。これならいくらでも
食べれそうだ」
郁人のスプーンは止まらない。
ジークスはそれを微笑まし気に見つめる。
「これ、店側がありがとうってポンドに
俺達の分も含めて、多めに渡してたんだ。
パパが喜んでくれて嬉しいよ。
ジジイのパパを見る目が気持ち悪いけど」
ジークスを睨んだチイトは
フラワージェラートを食べる。
「……さっきも貰ったけど、
パパが気に入るのわかるな」
「? どうかしたのか?」
ジークスとチイト以外の視線を感じて
見てみると、音符海牛とメパーンが
じっと見ていた。
「……食べるか?」
もしかしてと思い尋ねると、メパーンと
音符海牛は頷いた。メパーンは膝に飛び
移る。
「ほら、仲良く食べるんだぞ」
「パパはいいの? 俺のいる?」
「俺は他にも食べたいものあるから。
ここは海に近いから美味しいもの
いっぱいありそうだし」
気にするチイトに郁人は大丈夫と告げ、
フラワージェラートを2匹に与える。
2匹は嬉しそうにフラワージェラートを
食べていく。
「俺の分もいるか?」
ジークスは2匹に差し出すが、じっと見た後
顔を背けて郁人のを再び食べ始めた。
「なぜだ?!」
「お前の口臭がうつってたんだろ。
匂い嗅いでたしな」
「!? イクト!! 私は臭いのか?!」
「臭くないから! 大丈夫!」
顔を青ざめながら、両肩を掴んでくる
ジークスに郁人は大丈夫と太鼓判を押す。
(こんなに動揺してるの酔った時とか
くらいじゃないか?)
〔気にしてるのね、英雄。竜人は肉体年齢も
10年ずつしか変わらないのに〕
気にし過ぎだわとライコは呟く。
「本当か……?」
「うん。大丈夫だから。
そういえば、ポンドと篝は?」
「あそこで組み手してるよ。
あいつがポンドに挑んでた」
チイトが指差す先を見ると、砂浜で
ポンドと篝が組み手している。
様子から見てポンドが優勢のようだ。
「?」
見ていると腹部を突っつかれた。
フラワージェラートを食べた2匹が
ペコリと頭を下げる。
そして、海へ行こうと引っ張る。
「海に戻りたいのかな?」
〔メパーンはともかく、音符海牛は
降りるの難しそうだものね〕
「ちょっと待ってな。
あっちのほうが降りやすいから」
「パパってば甘いなあ……。
足元に気をつけてね」
「彼の優しさだな」
郁人は2匹を抱えて、海面に近いほうへ
向かう。
ユーも郁人の肩に乗って見送るそうだ。
言われた通りに足元に気を配りながら、
郁人は進む。
「ここがいいかな?」
1番海面に近いだろう場所に2匹を
海につける。
2匹は頭をまたペコリと下げて、
スイスイ泳いでいった。
「捕まらないように気をつけてな!」
郁人は見送り、2人のもとに戻ろうと
立ち上がろうとすれば、裾を引っ張られた。
「ユー……は肩に居るし……」
誰だと視線を向ける。
「「「「うぜええええええ!!!」」」」
そこにはメパーンの大群が海面から
顔を出していた。
裾を引っ張るのは先程の音符海牛を
頭に乗せるメパーン。
〔なにこの数?!〕
「うわあ?!」
郁人は裾をすごい力で引っ張られ、
水飛沫を立てながら海へと消えた。
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とある男は珍しく上機嫌だった。
「あいつらがきちんと連れてくるなら、
そろそろだな」
その瞳は凪のように穏やかで、
体を揺らし、歌を口ずさんだりと
普段の彼からしたらありえないほどだ。
「あいつはしばらく帰ってこない。
邪魔は入らない」
口角をあげ、とても嬉しそうである。
「……こんな気分になるのは久方ぶりだ」
珈琲を飲んだ男は見上げた。
「早く来やがれ、奏者」