202話 市場にて遭遇
ソータウンの市場は賑わっていた。
「今日のご飯どうしようか?」
「いらっしゃい!」
「タイムセールやってるよ!」
「お買い得だわ!」
果物や野菜、魚に肉と様々な商品が揃い、
市場を鮮やかにしている。
「イクトちゃんと買い出しなんて
久しぶりね」
「そうだね。母さんと来れて嬉しいよ」
「私もよ。嬉しくて、つい買いすぎ
ちゃったわ」
市場でライラックと郁人は買い出しを
している。
ユーは郁人の肩に乗り、市場をキョロキョロ
と見渡していた。
久しぶりに親子での買い出しに
ライラックは笑みを浮かべる。
「メランくんとナデシコさんがいるから
じっくり買い物が出来るわ」
「いつも慌ててたからね。
そういえば、午後から新しい子が
入るんだっけ?」
「そうなの! メランくんの紹介で、
デュランちゃんというの!
とても礼儀正しい子だったわ。
メランくんの眷属だって聞いたときは
驚いちゃった!」
「メランの……」
〔もしかして、あの子かしら?
あんたを助けるときにゴーレムを
蹴散らしていた子〕
(そうかもな……眷属って言われたら
その子しか思い浮かばないし)
〔あれだけ対話が出来る眷属なんて
滅多にいないのだけど……〕
あの情緒不安定もスゴイわよね
とライコは呟いた。
「そういえば、イクトちゃん。
市場に変化があるのだけど気づいた
かしら?」
「変化?」
きょとんとしながら郁人は周囲を見渡す。
(なんだろう……あれ?
魚の量が増えてるし、あっ!)
気づいた郁人は目をぱちくりさせる。
「魚の値段が安くなって、種類や量も
増えてる!」
「正解!」
ライラックは目を輝かせる。
「最近、鬼王さんがいるマルトマルシェと
交易が増えたからなの!
マルトマルシェは海に隣接してるから
海産物との交易が盛んになって
お安く買えるようになったのよ」
「鬼王さん?」
聞き慣れない単語に郁人は首を傾げる。
「最近、マルトマルシェの王になった方の
異名よ。鬼族の王だから鬼王なの。
その方、国の上層部にいた悪い人達を
粛清したから"粛清王"とも呼ばれて
いるわ」
「そうなんだ……」
〔誰であろうと粛清なんてすごいわね。
どんな王かしら?〕
(たしかに)
郁人はライコの疑問を尋ねる。
「鬼王さんってどんな人だろ?」
「私も詳しくは知らないのよね……。
外交でこちらに来るかもしれないから
そのときに会えるかもしれないわね」
ライラックは笑うと、魚屋に目を引かれる。
「あら! テラマグロが売られているわ!
行きましょイクトちゃん!」
「うん!」
郁人の手を取り、ライラックは声を
弾ませながら店に向かう。
「ごめんください。
このテラマグロなのだけど……」
「お姉さん! 目の付け所が良いね!!
これは……」
ライラックと店主が盛り上がるなか、
郁人はあるものに目を奪われる。
(……………なに、あれ?)
水槽内はタコに青魚、貝と多様な海産物が
あるなか、堂々といるのは"ヤギ"だ。
いや、ヤギというには小さくて丸い。
マスコットキャラのような等身で
眉間にシワを寄せて目付きが悪い。
しかも、下半身が魚という普通の
ヤギではないことは明らか。
そのヤギ(?)は水槽内を泳ぎ、
他の魚を食べようとしている。
何度も目をこすってみても光景は
変わらない。ユーも思わず2度見している。
〔どうしたの? 魚が気になるのかしら?
新鮮なものを届けるために水槽に
入れてるって、店主が女将さんに
鼻の下を伸ばしながら言ってたわ〕
ライコは説明するが、郁人が
気になっているのはそこではない。
<あれ? ママわかるの?!>
胸ポケットに潜んでいたデルフィが
声をあげる。
<あれはね! 海の妖精だよ!
“メパーン”て言って、気に入った人を
御主人と認めて動くの!>
(そうなんだ。
って、デルフィいつのまに?!)
感心していた郁人だったが、
なぜデルフィが入っていたのか尋ねた。
<ママまたお出かけするでしょ?
だから、ソータウンに居る間は
そばに居ようと思って!>
フフンと鼻を鳴らすデルフィは話を続ける。
<普段メパーンは自分に術をかけて
魚に見えるようにしてるんだよ。
それを見破るなんてママすごいね!>
すごい! すごい! とデルフィは
はしゃぐ。
〔……あたしには普通の魚にしか
見えないわ。よく見破れたわね〕
(俺にもなぜかさっぱりだけどな。
とりあえず、海に帰してあげよう)
郁人はホルダーから財布を取り出す。
「すいません。この子をお願いします」
水槽に近づき、指差すとヤギ(?)、
メパーンは近づき、じっと郁人を見ている。
蹄で水槽をカリカリしながら、鼻を
ヒクヒク動かした。
「こいつかい! 値段は書いてある
通りだよ!」
「わかりました」
財布からお金を取り出し、店主に渡す。
「まいどあり!」
店主は金魚鉢の形をした透明な袋を
取り出すと、水を入れて網で
メパーンをすくい上げる。
(あんな袋もあるんだな)
〔あれ、グラデ野郎が開発したそうよ。
あの袋に水を入れても重さを感じず、
魚も新鮮な状態で運べるそうだわ〕
(レイヴン本当にすごいな!)
「ほらよ!」
袋をきゅっと締めた店主は郁人に渡す。
「ありがとうございます」
郁人は袋を受け取り、メパーンを見つめる。
「イクトちゃんも買ったのね!
ここのお魚はいつも新鮮でお値段も
お手頃なのよ」
ライラックも会計を済ませたのか、
袋を手に持っている。
「これだけ新鮮だから、刺し身や海鮮丼が
出来るわね! 作るのが楽しみだわ!」
足取り軽やかにするライラックに
郁人は頬をかく。
「……母さん、この子が魚に見える?」
「? 魚に見えるけど?」
「……家に帰ったら話すね」
ライラックは小首を傾げた。
ーーーーーーーーーー
買い出しから帰った2人を迎えたのは
テーブルを拭いているメランだ。
「おかえりなさい。
……あれ?……あるじ様……それ……」
メランは布巾を置くと、じっと
メパーンを見つめる。
「……術が……かかってます……ね……。
えい……」
ブレスレットを錫杖に変え、1振りする。
瞬間、淡い光を放った。
「あら?! 魚じゃなかったのね!」
ライラックはメパーンを見て目を見開く。
「もしかしてイクトちゃんわかってたの?」
郁人の言動を振り返ったライラックが
尋ねた。
「うん。逃がしてあげようと思って」
「パパいいの? 折角買ったのに……」
影から現れたチイトがメパーンを見ながら
告げた。
「いいんだ。逃がすって決めてたから」
郁人が見ながら告げると、メパーンは
カリカリと閉め口を引っ掻く。
「出してほしいんじゃない、そいつ?」
「そうみたいだな」
郁人が抱えて閉め口を緩めた瞬間、
メパーンは勢いよく飛びだした。
「うぐっ!?」
顔にへばりつかれ、目の前が暗くなった
郁人は後ろに倒れ込む。
「大丈夫?!」
が、チイトがすぐに支えたお陰で倒れずに
済んだ。
「ありがとう、チイト」
「うぜえ……」
至近距離から誰のでもない、ドスの効いた
声が聞こえた。
「うぜえ!!」
声はまた聞こえ、メパーンが蹄でつつく。
「……もしかして?」
郁人は額に汗を流しながらメパーンを
顔から引き剥がす。
「うぜえ」
声の主はメパーンだった。
下ろせと言わんばかりに暴れる。
「お前だったのか?!
ちょっ、暴れないで落ちるから!!」
「大丈夫だよ、パパ」
チイトがメパーンを掴むと放り投げた。
〔なにしてんのよ、この猫被り?!〕
「メパーンがっ?!
……あれ?」
放り投げられたメパーンはそのまま
悠々と泳ぐように宙を飛んでいる。
「メパーンは一定時間、飛べるんだよ」
「そうなんだ!」
「メパーンがなぜここに?!」
「珍しいな」
「海の妖精がなぜこちらに?」
飛ぶメパーンを見ているとジークスと篝、
ポンドが目を丸くしながら入ってきた。
「ジークス! 篝! ポンド!
どこか行ってたのか?」
「ギルドの訓練所でお2方と手合わせを。
マスター、このメパーンは?」
「魚屋さんに居たから買ったんだ。
海に逃がそうと思ってさ」
ポンドの質問に郁人は答えた。
答えにジークスは頷く。
「その方がいいだろう。一時期ペットと
して飼われていたが、メパーンは妖精だ。
生半可な覚悟で飼ってとんでもない目に
遭った者も多いんだ」
「逃がすのに俺も賛成だ。
妖精とあまり関わらないほうがいい。
逆鱗に触れたら厄介だからな」
ジークスと篝が同意見なようだ。
話を聞いていたメパーンは篝のもとに
飛んできて、そのまま突進する。
「どうやら、厄介と言われたのが
気に食わないようですな」
「うぜえええええ!!!」
「事実は事実だろ……
こいつ! 蹄で叩いてきたぞ!!」
篝が捕まえようとするが、ひらりと
交わして突進を繰り返している。
「突進をやめろ!」
篝はメパーンを止めようと、動き出す。
「店内で……暴れないで……ください
……ね」
メランが篝に1声かけた。
(……メパーンの鳴き声ってうぜえなのか?)
うぜえ! と鳴くメパーンを見ながら
郁人は考えていた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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よろしくお願いします!
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じつは、来年にリクエスト企画を考えております。
あん責シリーズを読んでいただいている
皆様のおかげでここまで書き続けてこられました。
ですので、感謝の気持ちを込めてなにかしたいなと
考えてリクエストにいたりました。
本当に調子にのっていると思われるかも
しれませんし、リクエストが来ない可能性も
覚悟しております。
リクエスト企画の詳細につきましては、
内容をまとめ次第、募集させていただきたいと
思いますので、その際はよろしくお願いします。




