197話 許可はとれなかった
歓迎会のあと、郁人は自室でユーと
入浴剤を選んでいた。
「どの入浴剤にしようかな?」
〔たくさんあるわね。そんなに買ってたの?〕
(ユーがカタログから購入してたんだ。
いろんな種類があるからどれにしようか
悩むなあ)
〔……そいつ、いつの間に買ってたのよ。
あとカタログ使いこなしてるのね〕
本当になんの生き物なのよ
とライコはため息を吐いた。
ユーは入浴剤の中から、薔薇の形を
したものを手に取る。
「おっ! 薔薇の形だ。香りも薔薇で
良いな!
効果は……安眠効果があるんだ!」
〔薔薇には美肌効果もあるわよ。
安眠効果もあるなら、それが
良いんじゃない?
あんな化け物を見たんだから〕
このまま寝たら夢に出そうだわ
とライコは告げる。
〔あたしも薔薇のお風呂に入ろうかしら?
安眠効果があるなら夢を見ないで
ぐっすり眠れそうだもの〕
あんた達もゆっくり浸かりなさいよ
とライコは告げた。
そのまま風呂に行ったのだろう。
「じゃあ、この入浴剤にしようか」
郁人は薔薇の入浴剤を手に、ユーを肩に
乗せたまま脱衣所へ向かい、服を脱ぎ、
洗濯機に放り込む。
ユーが洗濯機の設定をし、スイッチを押す。
「ありがとう、ユー。
ゆっくり浸かろうな」
郁人は入浴剤を手に、浴室の扉を開けた。
ー「遅かったな。先に入ってるぞ」
そこには湯船に浸かりながら
酒を手にする篝がいた。
「なんでいるの?!」
「お前の部屋に入ったときに
チラッと確認してから、入ってみたいと
思っていたからな。
話もあるからここで話せばいいなと
先に入ってた」
篝は悪びれた様子もなく、酒を煽る。
「とっとと入れ。
勿論、シャワーを浴びてからな」
いきなり浸かるのは体に良くない
と篝は忠告した。
「……いつものことだから良いか」
前もいきなり入ってきてたし
と郁人は諦めてシャワーを浴びる。
ユーは流れについていけず、
いいの?! と慌てていた。
「そいつが先住民その1か。
名前は……ユーだったな。お前も呑むか?」
そんなユーの慌てぶりを知らずか、
篝はマイペースに酒を勧める。
ユーは篝の態度を見て諦めたのか、
ため息を吐いたあとシャワーを浴び、
入浴剤を湯船に入れ、湯に浸かると
猪口に入っていた酒を煽る。
「薔薇の入浴剤か。湯船に花びらが
浮かぶとはこだわりを感じる。
それにしても、いい飲みっぷりだ」
「ユーも呑めるもんな。
俺と呑むの付き合ってくれるし」
「そうだったのか。
いや、待て。お前呑んだのか?
ルームシェアするときに一緒に飲む
って言っただろ」
篝は不満げに眉を寄せる。
「そうだったっけ?」
「あぁ。約束した。
俺も思い出すまで忘れていたが、
お前も忘れてたのか」
「うん。ごめん……忘れてた」
「お前の記憶のこともあのキューブから
知っていたが、今実感した」
聞いたのと体感するのじゃ差があるからな
と篝はこぼし、また酒を煽る。
「篝も呑めるんだな。これ美味しい!」
郁人は空いている篝の隣に入り、
酒をもらい呑む。
「俺が蛇の獣人だから、
それも関係しているのかもしれないな。
で、聞きたかったことなんだが」
篝は真剣な目で郁人を見据える。
「なんだ?」
「お前……
ー あの孤高に体を洗われたのは本当か?」
「……へ?」
真剣な口調で聞かれたことに郁人は
口をポカンと開ける。
「もっと真剣なことかと……」
「真剣に大事なことだ。
孤高にお前のことを聞いたら
疲れて動けなくなってたから、
一緒に風呂に入り、頭や体を洗ったと
言っていた。俺以外に洗わすのは
どういう事だ?」
納得がいかない
と篝はしかめっ面だ。
「そんなこと言われても……。
トレーニングした疲れで倒れた俺を
ジークスが介護してくれただけだぞ?
疲れて倒れる俺のせいだけど、
ジークスには迷惑かけたなあ……」
と郁人はこぼす。
「あいつは迷惑とも考えてない。
むしろ、お前の世話が出来て、
力になれて嬉しいと言っていたからな。
俺はまだお前を洗ってないのに、
他に先にやられるのは気に食わない」
「………もしかして、風呂で待ってたの
それが理由?」
「お前が俺より先に洗わせたからな」
俺以外に洗われたお前が悪い
と篝は眉間にシワを寄せる。
「俺がお前の頭を洗ってやるし、
体も隅々まであいつより綺麗にしてやる。
なんなら、歯も磨いてやってもいい」
「別にいいよ。自分で洗うから」
「あいつには洗わせておいて、
俺に洗わせないとはどういうことだ!」
「篝のそのこだわりはなに!?」
歯ブラシを構える篝は不満をあらわにし、
郁人はなんで!? と声を上げた。
「えっと、ほら!
俺と篝は店でしか会ってなかっただろ?
冒険のときの話をしよう!
パーティ組むなら知ってたほうが
いいかも!」
「キューブからある程度得ている上、
ドラケネス以外は大体見ていたからな。
だから、そこまで知らない訳じゃない」
「そんな前から見てたのか?!」
「流石にドラケネスまでは無理だったが」
空飛ぶ魔道具も無ければ、あの風の壁を
突破できる代物もないからな
と篝は頭をかく。
「ドラケネス以外は把握している。
夜の国も1部知らないことはあるが……
とりあえず、洗わせろ」
「だから、なんでそこにこだわるの?!」
「ママー入るよー!
あれ? 蛇の人……たしかカガリだよね?
なんでいるの?!」
そこにデルフィがやってきた。
頭にタオルを乗せ、入る気満々だ。
「お前は……デルフィだったな。
入る前に相手の了承をとってから入れ」
「そっか。ごめんなさい」
「篝、その言葉そっくりそのまま返すよ」
郁人は思わずツッコミを入れた。
「俺はいいんだ。俺とお前の仲だからな」
「カガリ、ポカンって空いてた穴が
もうないね。ママで埋まってる。
よかったね! 思い出して!」
デルフィはもう寂しくないね!
と言いながら、シャワーを浴びる。
「それはどういう……」
「あぁー!!
先代だけ美味しそうなの食べてる!」
郁人が聞こうとしたとき、
デルフィはズルいー! と声をあげた。
見ると、ユーがピックを刺した
色とりどりの小さな円形の
アイスを食べていた。
「いつのまに?!」
「さっき背中から出していたぞ。
なんの生き物なんだこいつ?」
郁人が驚いていると、篝が教えてくれた。
見られていると気づいたユーが
背中から大皿に入れたアイスを
出してくれた。
その皿ごとを郁人に渡す。
「ありがとうユー。みんなで食べるな」
礼を言われたユーは自慢げに胸を張った。
「いただきます! ……これリンゴ味だ!
さっぱりしてて美味しい!」
「俺も貰うぞ。
これは……ブドウだな。イケるぞ」
「じゃあ、俺も。これ……みかんだ!」
デルフィと篝に続き、郁人も1つもらった。
さっぱりした酸味と果物特有の甘さが
見事に凝縮されている。
「美味しいよ! ユーありがとう!」
郁人の言葉にユーは満足げなオーラを
出した。
「これママじゃなくて先代が作ったの?」
「さっきからお前をママと呼んでいるが……
まさか! 産んだのかっ!?」
「産んでない。卵から孵ったんだ。
まず産めないぞ、俺」
目を見開く篝にそんなわけないだろ
と郁人は返答した。
「ママが1番卵のときに愛情くれたから
ママだよ!」
「そうなのか。じゃあ、
ー 俺のことはパパと呼べ 」
当然のように篝がデルフィに告げた。
「なんで!?」
「お前がママと呼ばれているなら
俺はパパだろ? もしくは父か?」
同棲するなら尚更だ
と篝は聞かれたのが不思議そうだ。
ユーは何言ってんだお前?
と言いたげな視線をぶつける。
「そうはならないから。
……デルフィ?」
微動だにしないデルフィに郁人は
声をかけた。
「イイイイイイイイイイイイ!!!」
瞬間、大声をあげながらジタバタ
と暴れ出した。
「デルフィ!? 落ち着いて!」
郁人は落ち着かせようと抱えるが、
デルフィの様子は変わらない。
「急にどうした?
よし、父としての初仕事だ。
俺がなだめよう」
「イイイイイイイイイイイイ!!!」
篝が手を伸ばすが、デルフィは尻尾で
手をはたき落とし、威嚇している。
「篝がからかうから、デルフィが
怒ったじゃないか!」
「からかってないが? 本気だ」
「イイイイイイイイイイイイ!!!」
篝は不思議そうにし、デルフィは
ますます暴れる。
「お風呂で暴れたら怪我するから!
落ち着いて!」
「そうだぞ。
母の言う事は聞いたほうがいい」
「イイイイイイイイイイイイ!!!」
「篝はいったん黙ってて!」
「なぜだ?!」
郁人はデルフィをなだめ、
篝が不服ながらも黙っている様子を
ユーは呆れながら見ていた。
「やはり……おかしいな」
篝がポツリと呟いていたことは
誰も知らない。
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その後、ユーに呼ばれたポンドが
駆けつけた。
「突然、ユー殿から呼ばれたので
どうしたのかと思いましたが……
篝殿、勝手にマスターの部屋に
入らないでいただきたい。
まして、勝手に入浴するのも
いただけませんな」
「同棲するならいいだろ?」
「親しき仲にも礼儀ありです。
それに、ユー殿やデルフィ殿から
許可を得ていないでしょう」
「ママとられるからイヤアアア!!」
デルフィは同棲を断固として反対し、
ユーも手で☓を作っている。
「ほら、御2方も反対しております」
「……仕方ねえ」
篝は口ではそう言っているが
諦めた様子は欠片もない。
「……諦めておりませんな」
思わずポンドも口に出してしまうほどに
態度に出ている。
「俺にパパいらないもん!
だから認めない!!」
「? パパとは?」
「篝が俺がママって呼ばれてるから、
自分のことをパパと呼べって
からかってさ」
「……絶対本気でしょうが、
指摘しないほうが良いですな」
「? どうした? なにか言ったか?」
「いいえ。なにも」
あの2人がいたら戦場になってましたな
とポンドは呟いた。
「私だけがユー殿に呼ばれた理由が
ハッキリしただけですので」
「パパいらないもん!
寂しくなったら作るからいらない!
ママそっくりの作る!!」
「とんでもないこと言ってない?!」
「命を作るのはやめましょう!
まず作れるのですかな?!」
デルフィの問題発言に
2人は思わず声をあげた。
「?
俺がパパになるからいらないだろ
っ! 叩くなユー!」
不思議そうな篝の頭をユーが叩いた。




