194話 メンタルに効果抜群だ
いつの間にか女になっている郁人(仮)に
篝は息を呑んだ。
(この姿は迷宮が原因かっ?!
精神面も狙っている気はしたが、
まさかここまで攻めてくるとは……!)
迷宮の恐ろしさに篝は舌打ちする。
(一刻も早く欠片を集め、この迷宮から
出ないと俺の精神がまずいことに
なる気が……!!
………………………しかし)
窓に映る、背負っている郁人(仮)を
篝はつい見てしまう。
ー 廃屋にいるにも関わらず、郁人(仮)の
周囲は透き通る水のように透明感がある。
ー 腰まで届く黒曜の髪は絹糸のように
なめらか。
ー 真雪のように白い肌は毛穴があるのか
疑いたくなるほど。
ー 長いまつ毛に縁取られた大きな瞳は
見ていて吸い込まれそうな程魅力的だ。
「あんな大きい相手も一撃なんて、
本当に篝はすごいな!」
ー 鈴を転がしたような透き通った声は
篝の耳を震わす。
(………………あぁ、本当に)
ー 本当に篝の好み"ど真ん中"なのだ。
息をするのを忘れてしまうほど、
敵地、迷宮内にいるにも関わらず
じっと見惚れてしまうほどだ。
(…………クソっ!
この仕掛け考えた奴は性格が悪すぎだ!)
篝は片手で髪をかきむしり、見ないように
しても視線は郁人(仮)にいってしまう。
(……あいつが女で成長したらこんな
姿だったに違いない。
妹も目を見張る程の美人だったからな。
もしあいつが女だったら、本当に
こんな感じで……)
郁人がもし女だったらと思った時に
思い描いたもの以上の姿に篝の瞳が揺れる。
(駄目だ! 考えるな!)
が、篝は頭を横に振り、考えを振り払う。
(こいつは偽物だ。
俺の心の弱さを利用した幻覚……!
……しかし、性格もあいつそのままなら
本当に俺の好みそのものだ。
いやいや、考えるな!!
こいつは郁人じゃない!
俺の好みど真ん中だとはいえ
油断するな!!)
郁人(仮)は視線に気付き、
リンゴのように赤い唇を開く。
「どうかしたのか?
もしかして、しんどいのか?
ずっと背負ってるし……動き回って
疲れてるんじゃないか?」
「っ!?」
耳を振るわす声は心を落ち着かせるが
今の篝には逆効果だ。
「いくら篝が強くてもさ、あんな怖いものを
見続けたら精神的にも疲れるだろ?」
眉を逆八の字に曲げ、心配そうに
見つめると篝にすり寄る。
「俺は篝が心配なんだよ」
「~~~~~~~~~っ!?!?!?!?」
篝は顔から湯気が出そうになり、
声にならない悲鳴をあげた。
そして、派手に床に崩れ落ちる。
「篝?! 大丈夫かっ?!」
「………………………大丈夫だ。問題ない」
篝は深呼吸を繰り返し、落ち着かせると
足に力を入れて立ち上がる。
(……………ヤバいヤバいヤバいヤバい
ヤバいヤバい!!!
このままでは、俺が危ないと脳が
危険信号を出している!!
早くここから出なくてはっ!!)
このままここに居たら危ない!
と篝は欠片の熱がある方へと力強く
走り出す。
「ちょ?! 篝! 速いから!!
速すぎて怖いってば!
もっとゆっくり……走って……!!」
あまりの速さに怖くなった郁人(仮)は
篝にしがみつく。
キイイイイイイイイイ!!
瞬間、車が急ブレーキをかけたように
踵で床を削りながら減速していき、
煙を出しながら篝は止まった。
篝はぐらりと倒れそうになるが
持ちこたえ、床にしゃがみこむ。
「……怖かった」
速さに怯えていた郁人(仮)は安堵の息を
もらすが、ふと気付く。
「……篝?」
止まってからの反応が見られないのだ。
「篝? どうしたんだ? 篝??」
何度声をかけても微動だにしない。
その姿に心配になる郁人(仮)だが、
篝はそれどころでは無かった。
(………………………危なかった)
しがみつかれた際、くらりとする
甘い香りが鼻腔をくすぐった。
背中にはふくよかな柔らかい感触が
2つあり、その感触を意識せざる得ない。
背負った際に落ちないようにと足も
体に紐で固定したのが仇となり、
太ももの感触も伝わる。
ー 自身とは違う"女"の特徴が
ダイレクトにわかってしまう。
(なんでこんなにスタイル良いんだ!!
妹はたしか細身だった筈……
なんでそこは似なかったっ!!)
お前らは双子なんだろ!!
と篝は心中で叫び続ける。
(気を散らせ! 別の事を考えろ!!
背中に意識が集中し続ければ
俺の尊厳などが終わる……!!
迷宮内で興奮しだした変態とか
言われるに違いない!!
……クソっ! こいつが他人の姿だったら
気にせず進めるんだがっ!!)
篝が気を紛らわせようとしていると、
郁人(仮)が声をかける。
「大丈夫か篝? 怪我でもしたのか?
怪我したのなら早く手当てしないと……」
「……大丈夫だ」
「……嘘だな。お前、無理してる」
郁人(仮)は口をへの字にすると頬を
指で引っ張る。
「なにをひる? はなしぇ
(何をする? 離せ)」
「俺は嘘つきなんかの言うことは
聞かないからな」
「なんでうしょだと思うんでゃ
(なんでそう思うんだ)」
「小さい頃からずっと居たんだから
それくらいわかるよ」
「……居たのはお前じゃない」
篝は心を鬼にし、白魚のような手を
払いのけた。
背負われてる郁人(仮)は少し震えると
尋ねる。
「……俺が偽者と思ってるんだな」
「……そうだ。
俺が知るあいつと全然違うからな」
悲しげな声色に痛む胸から目をそらし、
篝は歩き始める。
「……ここにいる俺はたしかに、
篝の知る俺とは違う。
でも、俺は俺。篝の友達、親友だよ」
郁人(仮)は口を開くと自身を背負う
篝に寄り添う。
「さっきまで動かなかったからな。
だから、偽物。姿を似せた人形だって
疑ってるのかもしれない……。
けど、心臓だってこうして動いて、
俺はちゃんと生きている」
鼓動を感じてもらおうと、郁人(仮)は
胸を更に押し付けた。
「自分の手で確かめたいなら……
恥ずかしいけど、隅々まで調べて
くれても構わないから」
篝が俺を信じてくれるなら
と郁人(仮)は篝にぎゅっと抱きつく。
「俺の性別を勘違いしてたって
謝ってきたときに、俺の体を触って
確認したよな?
だから……その……あのときみたいに
俺のことを触ってくれても大丈夫。
篝になら……いいよ」
頬を赤らめながら郁人(仮)は告げた。
「♯≒∞≫∧∀♮ッッッ!!!!!!!」
篝はまたしても声にならない叫びを上げ、
顔を百面相しながらゴンゴンッと
壁に頭を何度も何度も打ちつけ始めた。
「篝っ?! どうしたの!!」
突然の奇行に郁人(仮)は目を丸くし、
しばらく固まる。
そんななかでも、篝は頭を打ち続け叫ぶ。
「あいつはそんなこと言わんっ!!
幻よ去れ!! 俺の都合のよい幻!!
幻=煩悩!! 煩悩は消えろ!!
108回!! 108回叩きつければ
煩悩は消えるか!!
誰か鐘を!! 除夜の鐘を持って来い!!
俺の頭で打ち鳴らしてやるっっっ!!」
「篝?! 自分のこと傷つけたら
駄目だってば!! 落ち着いて!!
いい子だから! ね!」
なんとか落ち着かせようと幼子に
するように抱き締めて頭を撫でる。
「あっ! ほら!
頭にこぶが出来てるじゃないか!!
冷やさないと!!?
「……………や……か…」
「どうした?」
「♯≒∞≫∧∀♮ッッッ!!!」
篝は大声で叫ぶように、聞き取れない
なにかを唱えて走り出した。
「篝?! どうした?! 篝っ! ねえ!!
……篝が壊れたあああああああ!!!」
なにかを叫びながら屋敷内を走り回る篝に
近づくモノはいなかった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
壊れた篝はもはや本能で進み、
ひたすら欠片を求めて走っているが、
妨害したい者達は篝の異様な様子に
怖がって近づけない。
「なに……アレ? 壊れちゃった感じ?」
その中に自信作を壊されて立腹してた
デュランもいたが篝の姿を見て、
ドン引きしていた。
「うわあ……マジキモい。
メラン様、ごめんなさい……!
あれに近づくの無理ぃ!」
気持ち悪い!! とデュランは顔を青くし、
泣いた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
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よろしくお願いします!
ハロウィンの小話に篝と郁人の幼少期を
作者が描いたイラストを載せました!
見ていただけたら嬉しいです!
ちなみに、篝は背負っていたモノが
郁人に似ていなかったら、全く
気にしないでガンガン進みます。