190話 2つ目の試験開始
篝は浮遊感を覚えた瞬間、
知らない室内にいた。
「何が起こった?!」
突然のことに目を見開いていた篝だったが、
タバコに火をつけ冷静になる。
「………………先程の浮遊感はあいつが
転移させたときの感覚に似ていた。
スタートとも言っていたから
ここは迷宮なんだろう」
一服した篝は携帯灰皿に吸い殻を入れたあと
周囲を見渡す。
見る影もないボロボロのカーテンは
風も吹いてないのに揺れている。
高い天井には部屋を照らしていた筈の
シャンデリアは役割を果たしておらず、
燭台に灯る蝋燭の火が代わりに室内を
照らしている。
高価なタンスや机はほこりが積もり、
呼吸器官が弱い者がはここにいれば
咳が止まらなくなるだろう。
そして、これまたほこりが積もった
本棚には虫に食われた本が乱雑に
置かれている。
「それにしても、ほこり臭いな……
お前は大丈夫か?」
篝は背負っている郁人(仮)に尋ねた。
返答がないのは当たり前なのだが、
見た目が郁人と同じなので
つい篝は気にかけてしまう。
「強い衝撃が加わらなければ
問題ないんだったな」
変化が見られないので大丈夫だと
篝は判断する。
「ひとまず出てみるか……」
歩けば床がギシリと鳴るが、
気にせず篝は扉に進む。
ドアノブに触れようとした瞬間、
上から軋む音が聞こえた。
「まさかっ!?」
篝は反射的にドアノブから離れ、
後方へ一気に下がる。
ガシャアアアアン
瞬間、前からガラスが砕ける音が響く。
砕けたのは天井に吊り下げられていた
シャンデリアだ。
粉々に砕け、真下に居たら篝の命は
危なかったに違いない。
篝は破片が郁人(仮)に当たっていないか
確認し、怪我が無いことに胸を撫で下ろす。
「怪我が無くて安心した」
無表情の郁人(仮)の頬を撫で、
破片に気を付けながら扉に近づき
ドアノブを回す。
いや、回そうとした。
「……動かないな」
しかし、ドアノブはびくともしない。
何度ガチャガチャとしても無駄だ。
「これならどうだ」
蹴破れるか試すも、力が跳ね返される
感覚がする。
クナイでいくら斬っても扉に傷1つない。
「魔術か……解除などは苦手なんだがな」
力尽くでどうにかならないかと
頭をかきながら考えていると、
扉の向こう、その先から気配がした。
「……魔物か?」
神経を研ぎ澄まし、気配に集中する。
(……足音からして身長は2m弱。
なにかひきずる音が聞こえるが……
金属的なものに近いな。
ゆっくりだが、こちらに近づいている。
魔物がどんな姿か見ておきたい。
ならば……)
篝は手近にあった椅子を掴み、
勢いよく扉に投げつけた。
椅子は音を立てながら砕け散る。
その音を聞いて足音はピタリと止むと、
足早にこちらに近づいた。
(引き付けることに成功したな。
扉もこいつに開けてもらうか)
篝は口角を上げると隠れ場所を探す。
(……あそこにしよう)
篝はそこに向かった。
ーーーーーーーーーー
足音の主はズルズルと引きずりながら、
篝のいる部屋の扉に近付く。
扉を前にすると、乱暴に硬いものを
ぶつける。
何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も執拗に。
攻撃に耐えきれなくなった扉は穴を開けた。
穴から見えるは鉄臭い、淀んだ色をした斧。
穴が開いたのをかわきりに、扉は
あっという間に斧によって破壊された。
粉々になった扉から入ってくるのは
おぞましいなにかだ。
魚の腐った臭いを放ち、爛れた皮膚
からは血管、いや内臓が見えている。
頭がある筈のところに頭はなく、
むしろ目も口もない。
ピンク色のひだのついた触手らしき
ものが蠢いていた。
それは腐臭を撒き散らしながら
手当たり次第に目についたものを
斧で破壊していく。
棚や本棚、壁も斧で切りつける、
いや、力任せにぶつけているのだ。
腐臭を撒き散らすそれは気が済んだのか、
またズルズルと斧をひきずりながら
部屋を出ていった。
「……行ったか」
音が遠ざかったのを確認した篝は
音も無く着地する。
篝は天井の角、壁と天井の境で手足を
蜘蛛のように伸ばして固定し、
去るのを待っていたのだ。
「タンスは嫌な予感がして、
咄嗟に上に行ったが正解だったな」
木っ端微塵となったタンスを
見下ろしながら篝は呟いた。
「それにしてもなんだったんだ
あの気色悪いのは……。
危うくSANチェックが入るところ
だったぞ」
額の汗を袖で乱暴に拭いながら、
部屋を見渡す。
「ここには欠片も無いようだ。
……行くか」
淡く光る欠片がないことを確認し、
篝は部屋を出た。
ーーーーーーーーーー
「…………………ナニアレ」
チイトが用意してくれたスクリーンから
篝の様子を見ていた郁人達。
そして、それを見た郁人はつい
こぼしてしまった。
〔………気色悪いっっっ!!
鳥肌が立ったじゃないの!!
うぐう……夢に出たらどうするのよお?!〕
涙声でライコは叫ぶ。
「……あんなもの入ったときには
いなかったぞ」
「私も確認しておりませんな」
額に汗をかくジークスと、頷くポンド。
「……気色悪いなアレ?!
なんだよあのぶよぶよしたヤツ?!」
「……正気を失ってしまいそうなモノで
あることに違いない」
「……SANチェック案件ですわね、あれは」
フェランドラはうぇっと舌を出し、
ミアザはモノクルに触れる。
ベアスターは口元に手を当てる。
異形についてメランが説明する。
「どうせなら……えげつないものを……
用意しようと思いまして……。
屋敷の皆……張り切って……るんです。
あの異形は以前誰かが……持ち込んだ……
呪本を……参考に……したそうです」
「それは面白そうだな。貸せ」
「はっ……はい! こちら……です……!」
チイトが珍しく目を輝かせ、メランは
空間魔術を使い、怯えながら手渡す。
その本は禍々しいオーラを出し、
文字は読めてはいけない気がする。
そんなヤバいものをチイトは躊躇いなく
ページをめくっていく。
「ふむ。これは人間の皮で作られているな。
中の紙も人間を使用とは……これは禍々しく
もなる。内容は……結構面白いな」
「言い当てるなんて……流石で……すね。
持ち込まれた……ことを……
思い出して……使った……そうです。
これなんてすごい……ですよ?」
チイトは悪巧みめいた笑みを浮かべ、
読みこんでいく。
メランも覗きこみ、説明している。
〔……あいつらおかしいわよ!!
人間が材料の本をなんの躊躇いもなく
読んでるなんて……!!
持ってたあいつもあいつよ!!
すぐに捨てなさいよ!!〕
悲鳴をあげるライコは、声からでも
わかるくらい怯えている。
郁人だって心臓が一瞬止まり、
フェランドラとベアスターは頬を
ひきつらせ、ジークスとポンド、
ミアザは固まっている。
「? パパどうしたの?」
「あるじ様?」
様子がおかしい事に気付いた2人は
郁人に近付く。
「……っ!!」
郁人は本を見た瞬間、皮膚が使われて
いる事が頭によぎり、喉をひゅっと鳴らす。
「!! パパもう大丈夫だからね!!」
「あるじ様!!
ほ……ら……! なくなり……ました!!」
異変の原因に気付いたチイトは
メランの空間魔術内に本を放り込み、
メランは急いで仕舞う。
手をどこからか取り出した
アルコールスプレーで消毒し、
2人は何もないと手を広げる。
「パパ汚いもの見せてごめんね!
パパの綺麗な目が汚れちゃうもんね!」
「僕の配慮が……足りなかった……から」
「……大丈夫だ。落ち着いて」
涙目で慌てる2人を落ち着かせようと
郁人は頭を撫でる。
〔こいつらなんかズレてない??
色々と……〕
ライコは呟いた。
耳をつんざく音がスクリーンから
聞こえた。
ここまで読んでいただき
ありがとうございました!
面白いと思っていただけましたら
ブックマーク、評価
よろしくお願いします!